挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

空想科学祭参加作品群

トランスホーム

作者:虹鮫連牙
 この作品は、空想科学祭2011参加作品です。
 http://sffesta2011.tuzikaze.com/

※2011/8/2、本文中の誤字を修正しました。
 『午前十四時』→『午後二時』
 昨晩の予報では、午前中はずっと雨が降り続くと予想されていたお天気ですが、ご覧ください見事な快晴です。
 私は今、取材ヘリに乗って某県の上空から生中継で声をお届けしております。
 ただいまの時刻は午後二時五十分になったばかり。
 今からちょうど十分後には、文字通り、日本全土を震えさせるであろう熱い戦いが展開される予定です。
 テレビの前の皆さん。そしてラジオをお聴きの皆さん。
 間もなくです。間もなく、私の眼下に大きく広がる大地において、熾烈を極めた建築物たちの激闘が繰り広げられようとしています。
 どうか最後までお付き合いください。
 …………日の本の国に宿りし八百万の神達よ、今日、この地で開かれる騒がしき疾走を、喧しき暴走を、熱き激走をお許しください! 新天地を求める勇者達に栄光あれ! 新世界へと駆け上がる世帯主に光よあれ!
 さあ、憧れの地に立つのは一体誰だ!? 
 さあ、夢見た地に建つのは一体誰だ!?
 さあ、新居住地で笑うのは一体誰だ!?
 転居先住所争奪戦、『第十三回トランスホーム』、いよいよ開幕ですっ!
 …………改めてご挨拶させていただきます。
 本日開催されるトランスホーム、上空からの実況を担当させていただく“ゲンダ”です。よろしくお願いいたします。
 さて、今回で第十三回目を迎えることとなりましたトランスホーム。
 ルールは既に皆さんご存知のことと思いますが、簡潔に説明させていただきます。
 トランスホームは、“今までに見たことも無いような引越しサービスを提供したい”という思いから生み出された、大胆にして過激な転居先住所争奪バトルです。複数の建築物が、希望する転居先に誰よりも早く辿り着くことを目的とするレースなのであります。
 主催の不動産会社が提供する、超が付くほどの優良地に転居を希望する人が四名以上集まった場合に開催されるこのトランスホーム。
 参加資格は、“可変機能搭載建築物に在住していること”。参加が可能な可変機能搭載建築物は、ロボットモード時は二足歩行の可能な人型であることを原則とします。
 スタート地点は参加建物の現住所からです。これに伴い、各参加者のお住まいの場所や立地条件によっては、目的地までの距離に差が生じることとなります。しかし、現住所から新住所にライフワークを完全に移すという引越しの本分を重んじるトランスホームでは、これを不公平だとする意見は認めておりません。どうぞご理解下さい。
 新しい住所が欲しければ、意地でも勝ち取ってください!
 スタートの合図と同時に、参加建物は同時に変形開始。住宅モードからロボットモードへと変形が完了した建物から、目的地へ向けて走り出していただきます。
 なお、ロボットのパイロットとして認められるのは、世帯主か建物の責任者、もしくは建物に入っている代表テナントの責任者のみです。それ以外の方の操縦は、主催者が指定する引越し業者の代行パイロット以外一切認めません。
 ロボットモードで走行し、ゴールである新住所に到着したら素早く住宅モードに変形してください。出場機体のうちの誰かが、新住所上にて住宅モードへの変形を完了した時点でレースは終了。そこに居座った建築物が勝者となります。
 ロボット同士による戦闘は認められます。ただし、戦闘は互いがロボットモード時の場合のみです。住宅モードの参加建物を狙うことは反則となります。
 また、ロボットモード時での戦闘において、武器の使用は認めません。
 攻撃箇所はロボットの四肢のみ。パイロット席が設置される胴部や頭部への攻撃は反則です。
 周囲にある非参加建物等への損壊についてですが、壊さないように気をつけてください。もし損壊した場合は弁償していただきます。主催者は、参加者自身による無関係の建物等への損害に関して、賠償は一切負担しません。皆様、最善の注意を払ってレースに臨んでください。
 そして最後となりますが、雨天でも決行です。まあ、本日は大丈夫でしょう。予報も外れて真っ青な空が広がっています。絶好のお引越し日和です。
 スタートまでまだ少し時間がありますね。ではここで、参加する建物をご紹介したいと思います。
 エントリーナンバー一番。
 参加建物名『中村さんち』。
 近年では減少傾向にある、一般家庭からの出場となります。奥さんと息子さんの三人家族。今年になって勤め先の会社で課長へと昇進したご主人がパイロットです。パパの良いとこ見せてやれ!
 エントリーナンバー二番。
 参加建物名『スーパーミヤザワ』。
 地元民の生活に根付いたスーパーミヤザワが、更なる売り上げアップを狙って決断したのが店舗の移転。駅が近く、人も多く集まるこの場所は見逃せないぞ!
 エントリーナンバー三番。
 参加建物名『市立女鹿土呂小学校』。
 小学校がまさかのお引越しだ。子供達が安全に登校出来るようにと、交通整備が万全である場所に学校を構えたい。そんな想いを抱き、トランスホーム史上初となる小学校が参戦です。PTAも全面的に応援しています!
 エントリーナンバー四番。
 参加建物名『カラオケスナック加那子』。
 仕事帰りのサラリーマン、愚痴と涙にまみれてる。そんな彼らを迎えるは、酒とつまみとママの笑み。マイク片手に一曲歌えば、聞こえてくるのは加那子の合いの手。中村さんちのご主人は、お得意様でも今日は敵。加那子ママ、堂々の参戦です!
 エントリーナンバー五番。
 参加建物名『虎穴』。
 謎の建物名を名乗る虎穴は築ゼロ年の新築だ。大丈夫か? 無傷で済むことは不可能と呼ばれるトランスホームに、出来立てホヤホヤの建物が出場です。壊れてほしくないぞ!
 以上、今回の参加建築物は五件です。
 さあ、スタートまでの時間もあと二分となりました。
 当番組のリポーターが同乗させていただいている建物もありますので、そちらからの実況も楽しみですね!
 …………さぁて、いよいよ始まります第十三回トランスホーム。
 既に秒読みが始まっています。
 ではスタート前に、皆さんの胸に刻み込んでいただきたいお名前をご紹介しましょう。
 トランスホームは、“家は家族です”でお馴染の、『ベイケル・マイホームサービス』が主催しております。
 そしてこの番組は、“未来を変身させる会社『勝馬建設』”と、“人と機械が手を結ぶ『富鷹重工』”、“夢への荷造り手伝います『スティービー引越しセンター』”の提供でお送りします。 
 …………さぁ! 遂にこの時が来た! レース開始の合図は皆さん既にご存知ですね? 準備はいいですか?
 いくぞぉ、五秒前! 
 四……三……二……せーのっ!
「トランスホオォォォォォムッ!」
 一斉に変形開始だぁぁっ! 



 きゃあ! すごい振動っ!
 お騒がせして申し訳あり……ひゃあっ! 動いてます! 家がもの凄い勢いで動いてます!
 こちらはエントリーナンバー一番、参加建物名『中村さんち』の中です! 中村さんちからの実況は私、“クスノキ”がお送りさせていただきます。
「よっしゃあー! 発進だぁー!」
 …………はい、良いスタートを切りました。
 改めてご紹介します。今、私がいるここは、参加建物名『中村さんち』のパイロット席となります。
 ただいま中村さんちは変形を完了させたばかりで、つい先程、はじめの一歩を力強く踏み出したところです。
 こちらの住宅は、中村さん一家が三年前に手に入れた、念願のマイホームだそうです。
 引っ越したいけれど、今の家を手放すのはちょっと。そんな思いを抱く転居者たちの夢を叶えた可変機能搭載住宅は、勝馬建設と富鷹重工が共に築き上げた大きな功績と言えましょう。中村さんちのご主人である中村幸太郎さんも、そう考える一人です。
 ようやく手に入れたマイホーム。幸せの象徴です。しかし、唯一つ難点をあげるとすればそれは、駅が遠いということ。せっかくのマイホームなんだから妥協するんじゃなかったと、ご主人は毎朝、駅まで二十分の道のりを歩いて会社に向かっていたのです。
 そんな想いを秘めていた中村さんは、今年の四月に、勤続十年となる会社で課長に昇進されました。そしてこれを機に、思い切って今回のトランスホーム参加を決めたようです。
 先ほどの“発進だー”という叫びをお聞きになりましたでしょうか? 実は中村さん、このトランスホームに参加するために、建築物操縦教習所に通い、操縦の腕を磨いてきたと言います。
 現在、中村さんちは良いペースで住宅街を駆け抜けています。周辺住宅や公共設備にも被害は出ておりません。概ね順調といった感じでしょうか。
 では、落ち着いている今のうちにインタビューをしてみたいと思います。
 中村さん、本日のトランスホーム参戦ですが、夢だったマイホームを更に高みへと置くための第一歩といったところでしょうか?
「僕はねぇ、この日に残りの人生全てを賭けているんですよ。トランスホームで勝利を手にして、最高の地で曾孫の顔を見るまで暮らそうってね」
 そうですか。やはりそれはご家族のためを思ってでしょうか?
「もちろんそれもありますね。それと……男って、自分の夢を失くしたら終わりじゃないですか?」
 ははぁ、中村さんの意気込みがもの凄く伝わってきます。
 さて、パイロット席の後部座席には、中村さんの奥様と息子さんも搭乗していらっしゃいます。
 あ、息子さんが元気よく手を振っていますね。可愛らしい顔ではありますが、額に汗を浮かべて緊迫した表情も見せています。
 やはり、父親の逞しい姿に感極まっているのでしょうか。見惚れているのかもしれませんね。子供はこうしてお父さんの背中を見て育つのでしょう。僕もいつかお父さんみたいな男になる! そんな声が聞こえてきそうな、素敵な表情を浮かべています。
「パパ!」
 あ、どうぞ。お父さんを応援してあげてね。
「おトイレいきたい!」
「今は無理だよ! トイレはロボットの右膝にあるんだから!」
 あっちゃー、それは無理です。
 おおっと! 奥様が慌ててビニール袋を取り出していますが、まさかこの袋は簡易トイレとするためでしょうか。さすがは奥様です。用意周到万々歳です。
「ママ漏れちゃうよ!」
 息子さんが必死の形相でお尻を押さえています! まさかの大きいほうだ! シートベルトで固定された状態では、さすがに袋を当てることもできません!
 中村さんち、早くも大ピンチを迎えております。
「ちぃ! しまったー!」
 ん? どうされたのでしょうか? ご主人が突然血相を変えて大声を……ってひやああぁっ!
 何があったのでしょうか!? 順調に走っていた中村さんちが急激な方向転換を行ないました! 
 中村さん、何があったのですか!?
「んなろぉ! ちくしょおぉぉぉぉっ!」
 レーダーを確認してみましょう…………な、なんとぉ! 
 中村さんちのすぐ近くには、エントリーナンバー四番の『カラオケスナック加那子』が急接近していたぁ!
『中村さん! ここは私に譲ってくださらないかしら!? 今度サービスしちゃうわよ!』
 なんとカラオケスナック加那子の外部スピーカーを通じて聞こえてきたのは、エントリーナンバー四番の建物に住まう加那子ママの声だぁ!
 このような状況においても、夜の女として生きてきた気位を感じさせる加那子ママ! そして誘惑! 相手が常連客だろうと何だろうと、勝ちたいものは勝ちたい! 
 彼女が伊達ではないことを物語っております。
『こないだおいしい佃煮をお裾分けしたじゃない? あれのお返しと思ってさ!』
 あつかましい! あつかましいです加那子ママ!
 彼女の訴えに対して中村さんちはどう応えるのでしょうか!?
「…………え? そうだったのか? うん……うん」
 奥様がご主人に何か話しかけているようです。
 まさか修羅場の予感か? 奥様から、加那子ママへ向けて伝えたいことがあるようです。
 ご主人、咳払いを一つして心の準備を整えます。
 さあ、どんな返答をするのでしょうか?
「佃煮を食べた家内が、その日の夜にお腹を壊したようですが?」
 盛ったのかぁっ!? 恐るべしご近所、加那子ママ!
 ああ、しかしそんなことを言っても良かったのでしょうか? カラオケスナック加那子がもの凄い勢いで突っ込んできます。レースそっちのけで、こちらは激しい肉弾戦へと突入しそうな気配がしてなりません。
 ロボット同士の衝突が始まってしまっては実況どころでは無くなってしまうので、私からの中継は以上とさせていただきます。
 では続いて、『スーパーミヤザワ』の中にいる“キタガワ”さんにお送りしましょう。
 キタガワさーん? 



 はーい、こちらキタガワです!
 どうやらクスノキさんの方では激しいバトルが繰り広げられそうな予感ですねぇ。
 しかし、こちらも目が離せない展開となっておりますよ。
 私のいるスーパーミヤザワは、先ほどまで順調に走行をしているかに見えました。
 しかし、現在では少しトラブルが発生しておりまして、店内、もといパイロット席内は混乱しております。
 同乗していた店舗スタッフの皆様が慌しく対策を考えている中、スーパーミヤザワの店長さんにお話を聞けることになりました。
 どうぞよろしくお願いします。
「ああどうも。よろしくお願いします」
 あの、現在スーパーミヤザワにはどのようなトラブルが発生しているのでしょうか?
「実はですね、鮮魚コーナーの魚を入れていたコンテナが壊れてしまったようでして」
 え!? それは大変じゃないですか!? だって商品ですよね?
「……はい」
 これはお店としては大きな損失となりそうですね。
 しかし何故鮮魚コーナーに魚があったのでしょうか? 一般的な考えからしても、店舗がトランスホームに参加する場合は数日前から営業をお休みするものだと思っていましたが?
「休めませんよ。うちは二十四時間、年中無休で十八年やってきてますからね。今日だってトランスホームに勝ったら即刻勝利記念のセールを行なうんですから」
 商人です! 逞しい商い魂が感じられます!
 しかし、それでも問題が消えたわけではありません。店舗がロボットモードである今、まさか鮮魚コーナーに行って片づけをするわけにもいきませんからね。
 ちなみに鮮魚コーナーは、ロボットのどの辺りに位置しているのでしょうか?
「左腿の部分ですね」
 左腿ですね…………あー! 確かにパイロット席の床下から、微かにですが生臭さが漂ってきます! 
 大丈夫でしょうか? これは相当量の魚が散乱している状態だと見受けられますが。おそらく住宅モードに変形すると、鮮魚コーナーは魚まみれになっていることでしょう。
 さて、ではこのトラブルに対して店長さんはどのようにお考えなのでしょうか。
 何か対策は検討されていますか?
「いや、対策と言っても現状はどうにも」
「店長!」
「え? 何?」
「魚が! 魚がロボットの関節から零れ落ちてます!」
 なんだってー!? まずいぞ! 大事な商品が流出だぁ!
 店長さんの顔色が変わっております。パイロット席のモニターに外部カメラの映像を回すように指示していますね。どのような状況になっているのか、私も確認してみたいと思います。
「おい、まずいって! 今日の特売品が落ちてんぞっ!」
「だから俺は言ったろ!? シャケの入荷は抑えろって言っただろ!?」
「俺はマネージャーの指示通りにしたんだよ! ふざけんなっ!」
「それより精肉コーナーは!? 平気なの!?」
「誰か早く状況を報告しろってんだよぉ!」
 もの凄い剣幕で店舗スタッフの方々が怒声を飛ばし合っています! 窮地に立たされた人間とは、かくも恐ろしいものなのです!
 …………ん? これは?
 な、何と言うことでしょう! ロボットの関節から零れ落ちた魚が街中に散らばり、付近に住む人々がそれを我先にと集め始めております! しかもお魚咥えたドラネコまでいるぞ!
 これが所謂火事場泥棒というものなのでしょうか!? たとえば、ばら撒かれた一万円札を拾う人々は容易にイメージも出来ましょう! しかし、マグロやメバチの切り身でこの光景を見ることになろうとはぁ!
 店長さん、この状況をどう見ますか?
「ぐっ! …………仕方ないでしょう! 当店からの出血大サービス! 前祝いにくれてやりましょう!」
 商人だぁ! 商い魂ここに極まれり!
 番組をご覧の皆さん、第十三回トランスホームをスーパーミヤザワが制した暁には、是非ともご来店のほどをよろしくお願いいたします。
「本当にお願いしますよ!」
 では、こちらからの実況はこれぐらいにして。
 次は“ウラヤマ”さんにリポートしていただきましょう。
 ウラヤマリポーター、よろしくお願いします!



 こちらはゴール地点の近くにあります、とある八階建てビルの屋上からお送りしております。
 これからしばらくの間、実況は私ウラヤマが担当させていただきますので、よろしくお願いいたします。
 さて、今回のトランスホームですが、報告によれば全参加建物がスタートと同時に変形を完了させ、順調なスタートを切ったそうです。
 エントリーナンバー三番『市立女鹿土呂小学校』と、エントリーナンバー五番『虎穴』は、ゴール地点から両者のスタート地点を考えると、ちょうど私のいる場所を通過していくのが最短コースとなっているのですが、果たして彼等の走りゆく勇姿を見ることが出来るでしょうか?
 ここで、ただいま名前を挙げた二件の参加建物について少しご紹介をさせていただこうかと思います。
 エントリーナンバー三番の女鹿土呂小学校ですが、本日は日曜日ということもあり、学校はお休みでした。
 しかし、スタート時の小学校が変形するところを一目見ようと、そして自分達の学校が勝ってくれることを祈願しようと、今朝の早い段階から、小学校の周りには大勢のギャラリーが集まっていたようです。
 女鹿土呂小学校のパイロットは、今年でなんと六十歳になるという校長先生が自ら操縦しているそうですよ。お元気ですねぇ。
 校舎の前で校長先生が出陣の挨拶をしていると、周辺に集まった子供達から元気いっぱいの校歌が送られたらしく、校長先生は涙を流してパイロット席に入っていったという感動的なエピソードが寄せられました。
 子供達の想いが小学校に勝利をもたらすのか、非常に楽しみなところです。
 さて、次にエントリーナンバー五番の『虎穴』ですが…………この建物に関しては正直なところ、詳しい情報が届いておりません。
 つい先月工事が終了したばかりという虎穴は、多目的ホールのような、そして宿泊施設となり得るような設備のある建物だということです。
 パイロットから寄せられたコメントは「精一杯頑張ります」という一言のみでして、建物所有者はメディアを通じての素顔と名前の公開を拒否しました。
 ちなみにトランスホームでは、転居者のプライバシー保護を目的として、建物所有者に関する情報を任意で非公開にすることが出来ます。また、トランスホームの開催地が公開されないのも同じ理由であることは、皆様ご承知の事と思います。
 さあ、謎の建物虎穴と、子供達の期待を背負った女鹿土呂小学校。果たしてどちらが先に私の目の前を通過していくのでしょうか?
 …………ん? あれは、もしかして?
 き、来ました! 凄まじい足音を轟かせながら、参加建物が真っ直ぐ走ってきます。
 果たしてどちらが…………いや、これは! 二件同時に走ってきている模様です!
 先頭を走るのは女鹿土呂小学校。三階建て校舎という重量級建築物らしい、力強くて逞しい走りを見せております。 
 そしてその後方に重なるようにして続くのは虎穴です。ロボットモードの虎穴は、女鹿土呂小学校とは対照的にスマートでスタイリッシュなボディーをしております。そして最も特徴的な点は、虎穴の頭部が虎の顔を模したデザインであること。なかなかオシャレな造りをしておりますね。
 一見すれば虎穴の方が速そうではありますが、女鹿土呂小学校の後ろにぴったりとくっついているのには何か理由があるのでしょうか?
『ええい! さっきから我が校の後ろにぴったりとくっつきおって!』
 おおっと! 女鹿土呂小学校の校長が突然の攻撃だ! 振り回された女鹿土呂小学校の右腕が、危うく虎穴の頭部を直撃するところでした。間一髪で虎穴は避けましたが、新築が傷つきそうでヒヤリとします。
 ところで、ロボット同士の戦闘における頭部への攻撃は反則なのですが、校長先生は分かっているのでしょうか?
 アンフェアなプレイは教育的指導の対象になってしまいます。
『金魚のフンのように張り付きおって! 一体どういうつもりじゃ!?』
 校長先生! 立場的にも下品な言い回しにはお気をつけください! 
『別に何か企んでいたわけではないさ…………ただ、小学校を応援する子供達のためにも、少しばかり華を持たせてやろうと思っただけのこと』
『何!?』
『だが、勝ちだけは譲れない』
 両者がいつの間にか向かい合っています。まさかここでロボットバトルの勃発か? 
 虎穴が一気に女鹿土呂小学校へと接近していきます! 半端ではない重量差ですが、まさか真正面から勝負を挑むつもりでしょうか? 
 虎穴、それは無謀だぁ!
『ふんっ!』
 ああっと小学校の強烈ラリアットが繰り出され……たが、当たらないっ!
 なんと虎穴は、そのマッシブボディーでジャンプをし、軽々と小学校を飛び越えてしまいました! 驚くべき機動性を見せております! まさにアスリートスタイル!
 ラリアットが空振りに終わった小学校は、前につんのめって倒れていくっと……うお! おおおっ! 豪快に倒れましたぁ!
 幸いにも周辺の非参加建物には被害が出ていませんが、女鹿土呂小学校の右手が酷く損傷しております…………今入った情報によりますと、右手の被害状況の詳細として、五年二組と六年二組の教室が損壊したもようです。おそらく損壊した教室に貼り出されていたものでしょうか。遠くに生徒が書いたと思われる書初めが舞っています。
 カメラさん、アップで映してください…………あー、やはり書き初めのようですね。『ウコン』、『臭気』、『七三分け』、『小遣いアップ!』と言った文字が舞い踊ります。一体何をテーマとして書かれたのでしょうか?
 しかしこれは大変だぞぉ。トランスホームが終了しても、五年二組と六年二組は授業が受けられないかもしれません。そんなことになってはPTAも黙ってないぞ!
『行かせてもらう』
 なかなか立ち上がらない女鹿土呂小学校を見ることも無く、虎穴がクラウチングスタートの体勢から一気に駆け出していきました。一体どこまでアスリートなのでしょうか?
 謎に包まれた出場者、虎穴。おそらく彼は、第十三回トランスホームの最終決戦に加わることでしょう。あのスピードならばあと数分でゴール付近に到達するはずです。
 さあ、盛り上がってまいりました第十三回トランスホーム。
 果たして超優良地に建つのは誰なのでしょうか? 楽しみになってまいりました。
 では、私からの実況はここまでとさせていただきます。
 ラストはやはりあなたにお任せしましょう。
 よろしくお願いします、ゲンダさん!


 承知しました。ここからは再びゲンダの実況でお送りさせていただきます。
 ヘリは一足先にゴール地点へと到着しました。
 上空からでも分かります。ゴール地点は確かに素晴らしい土地ですねぇ。
 ベイケル・マイホームサービスが自信を持って提供するこの地は、新都心化計画が予定されている場所です。コンセプトとしては「古きを重んじ、新しきを柱とする」だそうで、昔からある地元風景を崩すことなく、しかし細かなところに新世代的な街づくりの要素を盛り込んでいくことを目指しているとのことです。
 駅が近いゴール地点は、元々ベッドタウンとなる予定の場所でして、現時点ではまだ開発段階の場所です。故に、今回のトランスホームにおいて中村さんちのような一般家庭と、小学校のような公共施設が同時参戦することも可能なほどの広さが用意されております。偶然なのか神の意思なのか、最終決戦における大暴れをするには、もってこいのフィールドでもありますね。
 そして幾度もご紹介しておりますように、駅が近い。
 これだけでも大きな利点ではないかと思いますが、まだまだ、それだけではありません。
 駅前には風情漂う賑やかな商店街が立ち並んでおります。電車を利用すれば、二駅先には巨大ショッピングモールがあることや、レジャー施設も揃っております。
 この地は、古き良き時代と最新の時代、両方の“人の流れ”というものが上手く混ざり合った場所です。ここに住めるというのは、間違いなく大きな幸せへと繋がることでしょう。
 …………はぁー。
 申し訳ありません。私、今一人で勝手に浸ってしまいました。
 この地に建つことを夢見た人々が今、この国の大地にて激しい戦いを繰り広げていることを思うと、感傷に浸りたくもなります。
 参加物件数は五件。
 しかし、勝者は唯一人。
 いつも思うのです。トランスホームによって憧れの地に住まうこととなった人は、どんな気持ちになるのかと。そして、惜しくも敗北してしまった人々は一体どんな気持ちになるのかと。
 『犠牲なくして勝利無し』。こんな言葉を誰かが言っていました。
 しかし、敗北した人々は本当に勝者の犠牲となった人々なのでしょうか? 
 引越しとは、古い地を捨てて新しい地に住むことです。
 ですが皆さん、考えてみてください。
 敗北した人々は、共に戦った建物と共に現住所へと帰っていくんです。
 そう、帰る場所があるんです。
 新住所に建つことが出来るのは確かに素晴らしいです。しかしそれと同じように、疲れてボロボロになった自分達をいつまでも待っていて迎えてくれる現住所も、また素敵ではないでしょうか?
 トランスホームが開催される度に、私は思うのです。
 新しい地に建って満足する人々、住み慣れた地に帰って安心する人々…………勝っても負けても、トランスホームは、確実に日本の地を愛する人々を増やしています。
 こんな素晴らしい企画を生み出してくれたベイケル・マイホームサービスに、我々は感謝しないといけないのかも知れません。
 ご覧いただけますでしょうか? ゴール地点を目指して近づいてくる影が三つあります。
 少し深呼吸をさせてください。
 …………ふぅ。
 では、参りましょう。
 第十三回トランスホーム! ファイナリストを改めて紹介させていただきます!
 エントリーナンバー一番、中村さんち! 
 機体の損傷率はおよそ十二パーセント! 大きなダメージは無し! 激戦となったカラオケスナック加那子を下して、今! 最終決戦の地へとやってきました!
 エントリーナンバー二番、スーパーミヤザワ!
 撒き散らしてきた特売品のお魚達は、地元民達がおいしくいただきました! ゴールした暁には閉店時間を大きくオーバーしての祝勝セールが待っているぞ! 皆さん、お買い物はもう少々お待ちください!
 エントリーナンバー五番、虎穴!
 謎の新築物件がまさかのファイナリスト入り! 驚くべき機動性能を駆使して、この三つ巴の戦いに嵐を巻き起こすつもりだ!
 三者がゴール地点に到達するまでの距離はほぼ同じ。新住所の座を巡る熱いバトルが繰り広げられるのは間違いないでしょう。
 途中でクスノキさん、キタガワさんにコメントを貰いつつも、私が最後に気合いを入れた実況を届けさせていただこうかと思います。
 …………よし。
 いくぞぉ! トランスホーム最終ラウンド、突入だあぁぁぁぁっ!
 先手を仕掛けたのは二番のスーパーミヤザワ。左手側から攻め込んでくる一番中村さんちのタックルを受け止めると、そのまま一気に地面へ叩きつけたぁ! 失った魚の売り上げを取り戻すためには絶対に勝利が欲しい。そんな気持ちを感じさせる一撃です! 
 中村さんちを置き捨て、スーパーミヤザワが激走します。
 ああっとしかし! そこに背後から近づく黒い影が一機! 
 やってきましたダークホースの五番、虎穴! 獲物を狙う虎の爪は、スーパーミヤザワを逃がさない! 
 虎穴がミヤザワの右腕を掴むと、ミヤザワが咄嗟にその腕を振り切りました! 良い反応です。やはり虎の気配がミヤザワのセンサーを過剰反応させたのでしょうか。
 虎穴の腕を振り切る勢いに乗せて、ミヤザワのバックブローが唸りを上げます。
 虎穴が紙一重でそれを避けたぁ! 虎の顔に髭があったのならば間違いなく掠めていたことでしょう。しかし、そこはさすがアスリートスタイル、虎穴! 全ての動きを見切っていたと言わんばかりにギリギリの距離、最小限の動きで避けました。
 次に攻撃を仕掛けたのは虎穴。伸ばした両腕がミヤザワの左腕を捕らえます。
 おおっと! 虎穴が捕らえた腕を捻り、ミヤザワを振り回して投げた! 
 転がるミヤザワ! すぐに立ち上がって体勢を立て直そうとするも、左腕を故障したようです! 左腕には確か冷凍食品売り場があります。非常に大きなハンデとなりますが、それでも決着を急がなければ冷凍食品が溶けてしまうぞぉ!?
 虎穴がゴールに向かおうとしたところ、やってきました中村さんち! お待たせしました中村さんちぃ!
 トイレに行きたい息子さんはどんな様子でしょうか、クスノキさぁん!?
「顔が青いです!」
 まだ我慢していたぁ! 偉いぞ倅! 
 ご主人の夢と情熱を実らせるため、そして連れ添う奥様の幸せのため、そして限界ギリギリの息子のため! 早いところゴール地点にて住宅モードになりたいところです。
 しかし、そうはさせないと虎穴! 虎穴が立ち塞がった! 
 中村さんちの繰り出す風呂場パンチも、寝室キックも、その全てを虎穴が避けていきます。そのスマートなボディーに見合うだけの華麗な動きで中村さんちを翻弄しているようです。
 そして虎穴が動き出したぞぉ! 中村さんちの繰り出した右廻し蹴りを受け止めると、そのまま中村さんちを転ばせてしまった! 
 そして駄目出しの関節技! まさかプロレスに付き合わせる気か!? 
 中村さんちの右膝が軋んでおります! 駄目だ虎穴! そこは壊しちゃいけない! まずいぞ中村さん!
 その右膝には、トイレがあるんだあぁぁっ!
 く……砕いたぁっ! 洋式便器が空中を舞っています! 飛散するトイレットペーパーが便器に纏わり付いていく! この光景はさながら便器に天使の翼が生えたかのような!? 
 勝利のためならば容赦しないと言わんばかりの猛攻! 
 トイレの神様に虎が牙を剥いたぁ!
 クスノキさん!?
「大変です! 息子さんがウン」
 結構です! そのままでいてください! 
 中村さんちの勝利が絶望的となりました!
 しかぁーし、ここにきて最後のチャレンジャー登場! 虎に挑むは最強の商人達! 
 再度の挑戦! お待ちしておりましたぁ!
 敵が虎ならコチラは鯱か!? 
 いいやマグロか!? メバチか!?
 スーパーミヤザワご来店、いらっしゃいませえぇぇぇっ! 
 負傷した左腕、もとい冷凍食品売り場のダメージは大きいが、そんなことは関係ない! 店長さんの雄叫びが聞こえてきそうだ!
 対する虎も吼えた! 既に一対一の状態に等しいこの最終ステージ、もはやレースは行われておりません!
 一騎打ちです! この勝負の行方は予想し難い!
 ところで虎穴、どこか懐かしさを思わせます。
 虎の顔に驚異的な身体能力から繰り広げられる技の数々。
 ん? 待てよ?
 も、もしかして! 虎穴、あなたはまさか!?
「こちらスーパーミヤザワの中からお送りするキタガワです! ゲンダさん! 我々はもうこれ以上は無理です! …………この虎、強すぎるうぅぅっ!」
 ああ、何と言うことでしょう!
 スーパーミヤザワ、陥落です!
 そして砕かれた右膝と異臭を引き連れて地を這う中村さんちにも、明らかに勝ち目が無い!
 ゴール地点まで僅か二百メートル。虎穴が軽快な走りを見せて、ゴール地点へと…………立ちましたぁ! 
 しかし、“立つ”だけではいけません。勝者はそこに“建って”ください!
『トランスホームッ! 住宅モード!』
 虎穴が再び吼えた!
 折った足が展開。外装の開放を行ないながら地面に広がっていきます。更に立ち上がるパーテーションの数々と、トイレや浴室を含む各部屋が次々と出現!
 胸部アーマーの中に収納されていた屋根と玄関が姿を晒し、縮こまった両腕は施設の二階へと形を変えていきます。南側に位置する一角にはテラスも完備!
 そして最後に、虎穴の象徴とも言える虎の顔が、施設のシンボルとして屋根に乗ると完成です! 
 今、ようやく気が付きました。そして虎穴のパイロットにも気が付きました。
 あなたは往年のスーパーヒーローではないか!
 第十三回トランスホーム! ここに完全決着!
 勝者は…………!
『変形完了…………“虎穴”改め、“児童擁護施設、虎ノ穴”』
 何と言うことだ! 虎穴の正体は児童養護施設だった! 
 ああっと! 完成した虎ノ穴に近づく老夫婦がいます。彼らは一体何者だ?
『俺が事前に施設の寄付を約束していた施設運営者だ。この恵まれた地に、子供達の笑顔を咲かせてほしい』
 お引越しおめでとうございます! 番組より蕎麦を送らせていただきますので、是非ご賞味ください。
『悪いが、俺はもう立ち去るとしよう』
 え? そんな! ではせめてお名前だけでもお聞かせください!
『…………伊達直人』
 わたくし、涙が止まりません! なんと大きな愛の寄付!
 こんなラストを誰が予想したでしょう。他の参加者からも拍手が送られております!
 では改めまして…………今回のトランスホーム、勝者は虎穴となりました!
 番組もお別れの時間となりました。長いことご視聴、ありがとうございます。
 では皆さん、次回のお引越しまで、ごきげんよう!

 <了>
空想科学祭2011 cont_access.php?citi_cont_id=663016409&s

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ