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《第一章》
2.らぶりぃパジャマ
「ただいまー!
「お邪魔します」

 そう言って玄関に入る二人。
 そうすると、すぐに蓮実が出迎えてくれた。

「おかえり、蒼。早夜さんもいらっしゃい」

 そんな蓮実の格好は、相変わらずフリルのエプロンだ。 

「ああ!! 早夜チャンおかえり! さあ、お兄ちゃんにただいまのハグを!!」

 そう言って抱きつこうとする楓を、蒼がいつものように阻止する。その様子を早夜は、苦笑しながら見ていた。
(おかえりか……なんかいいな……)
 母のアヤはいつも残業ばかりで、自宅にはお帰りを言ってくれる者は居ないからだ。
 そんな事を考えながら、ボーっとしていると、蒼が早夜の手を引いた。

「ほら、早夜。馬鹿お兄なんかほっといて、早く行こう」



 それから、テーブルに着くと、すでに先客が居た。
 和服姿の男性が、音楽雑誌を読んでいる。亮太の父、翔太郎だった。
 普段、彼はこうして着物姿で過ごしている。最初出会ったあの姿は、自宅ではほとんど無いものらしい。
 早夜も最初、そのギャップに驚いたが、現在では此方の姿の方が馴染み深くなっていた。
 その傍らには、相変わらずのマリアの姿もある。

「あの、翔さんマリアさん、お邪魔してます」

 彼らの前でぺこりとお辞儀をする。

「んっ!」
「早夜チャンおかえりー! あーチャンも(蒼の事)おかえりー!」

 マリアがにこやかに返事をする。

「あっ! 早夜お姉ちゃん、お帰りなさい」

 そう言って出てきたのは、海里だった。それにピクッと反応する蒼。

「あ、こら! 私には挨拶無しなの?」
「ああ、あーちゃんもおかえりー」
「んん? 何かついでみたいな言い方ー……。ふーん……あのね早夜。この子実は、この前男の子にラブレターもらったのよ」

 意地悪な顔で早夜に耳打ちする蒼。

「あー!! 言わないでよー!」

 海里は頬を膨らませて言う。


「ただいま」

 その時、玄関から茜の声が聞こえてきた。
 蓮実はぱっと顔を輝かせる。

「茜さん、お帰りなさい」

 そう言って、パタパタと掛けていく姿は、まさに夫の帰りを喜ぶ妻そのものだった。
 耳を澄ますと、二人の声が……。

『蓮実、お帰りのキスはしてくれないのかな?』
『ええ!?』
『たまには、蓮実からしてもらいたいな……』
『えーと……』

 ……しーーーーん……

 ガチャと、暫らくしてドアが開いて、満面の笑みの茜が出てくる。その後ろから、頬を赤らめた蓮実の姿。

「あーあ、まったくバカップルなんだから……」

 蒼が、そんな様子の二人を見て、ぼそりと呟いたのだった。



 その後、亮太の姉の百合香も帰ってきて、(今日は清楚な感じのワンピース姿)皆でテーブルに着き、すき焼きパーティーは、開催された。

「あれ? 亮太君は?」
「あいつは、部活で遅くなるから、先に食べちゃいましょ?」

 何か悪いような気がしたが、皆は構わず食事を始めるので、早夜もそれに習った。

「そういえば、前から思ってたんですけど、百合香さんは何のお仕事をしているんですか?」

 何とはなしに聞いてみる。何故かいつも違う格好なのだ。この前など、チャイナ服で現われた。
 百合香は卵をかき混ぜる手を止め、少し考えるようにすると、爽やかな笑顔で唇に指を当てた。

「それは、な・い・しょ」
「そうなのよ! ユリ姉の職業だけは、ここに居る誰も知らないのよ」

 蒼の言葉に百合香はフフッと笑った。

「でも、如何わしい仕事じゃない事だけは断言できるから、安心してね、パパ、ママ」



「そういえば、蒼ちゃんと亮太君って、許婚同士なんですよね? 何か素敵ですよね……」

 そう言った早夜に、一同ピタリと動きを止めた。
 マリアは嬉しそうに顔を輝かせる。

「そうだよ! 私たちが、学生時代のときに約束したんだ! 私たちが、将来結婚して子供が生まれたら、子供同士で結婚させようねって」
「ええ! 学生時代って、皆さん同級生なんですか?」

 早夜が驚いて言った。
 するとそんな早夜を見て、茜が苦笑する。

「いや、同級ではないよ……私たちは生徒会の仲間だったんだ。翔さんが会長で、私が副会長を勤めた。蓮実とマリアは、それぞれ書記と会計だったかな」
「それで、翔さんの卒業式の時に、この約束をしたんだよね」
「うん……まあ……かわいい約束だったよね……」

 そう、遠い目をする茜。
 それを聞いて、マリアはぷぅっと頬を膨らませる。

「もうっ! かわいい約束じゃなくて、素敵な約束でしょ? 最初は、ユリちゃんと楓君も許婚同士だったんだよ。それから、亮チャンとあーチャンが産まれて、年も同じだし丁度いいねって」
「でも、一番大事なのは、本人の意思だからね……」

 と、蓮実。

「そうよねぇ、本人の意思が大事よね……」

 と、これは百合香。

「そうだよね、だって亮兄ちゃんは……」

 そう言って、チラッと早夜を見る海里。
 そこでハッと気付くマリア。

「あ、そっか、亮チャンって……」

 皆、一様に早夜を見る。
 早夜は何故自分が見られているのか分からずに首を傾げた。

「ただいま」

 そこへ丁度、亮太が帰ってくる。
 一歩部屋に足を踏み入れ、「うっ」と、立ち止まった。
 皆が此方を生温かい目で此方を見ていたからだ。そして、彼らがそろって『おかえりー』と、ニヤニヤしながら言ってくる。
(な、何なんだ!? この空気は!?)

「お帰りなさい、亮太君」

 その時、早夜に挨拶をされた亮太は思わず口に手を当て、赤面してしまった。
 早夜が家に居る事にも驚いたが、それ以上に、早夜にお帰りと言われた事が嬉しかったからである。
 そんな亮太の様子を見て、一同が『ねー』と顔を見合わせていた。

 

 食事も終わり、一同まったりとした空間の中、蒼が早夜に訊ねる。

「ねえ早夜、今日このまま泊まってかない?」

 すると早夜はニッコリと笑ってに頷く。丁度、お願いしようと思っていた所だった。あの夢を見なくなって、朝起きた時のあの感覚は、相当堪えるのだ。
 それを聞いた蓮実は、

「あ、そういえば……この前、買っておいたんだった」

 そう言って、部屋を出て行く。
 暫くすると、紙袋を持って戻ってきた。

「パジャマ買ってきたんだ。勿論、早夜さんの分も」

 嬉しそうな蓮実に「えっ!?」と、驚く早夜。わざわざ、買ってくれるなんて、悪いなと思った。
 そして、蓮実は、袋をゴソゴソと漁ると、

「はい、早夜さんのはこれ! ウサちゃんフード付きパジャマ!」

 ぴらっと、そのパジャマを見せる。
 
 “ブーー!!”

 その時、水を飲んでいた亮太は、盛大に吹き出した。
 
「ちょっ! もー、汚いなー、やるならあっち行ってやってくれる?」

 そう蒼が怒った。
 早夜はビミョーな顔で、そのパジャマを受け取ると礼を言う。

「あ、ありがとうございます……」
「はい、蒼と楓にも」

 そう言うと、二人に手渡す。
 蒼はネコ、楓にいたっては、ペンギンだった。

「で、私のは何だい?」

 茜が尋ねると、蓮実は残りのパジャマを出した。

「茜さんは、ライオンと羊、どっちがいい?」

 その質問に、茜はふっと笑うと、

「何? 蓮実、それってもしかして願望?」
「えっ?」

 首を傾げる蓮実に、茜は詰め寄った。

「ライオンみたいに襲いたいの? それとも、子羊みたいに襲われたいの?」
「ち、違います!! 残りがたまたまこれしかなかったんですっ!!」

 慌てて力いっぱい否定する蓮実。すると茜は、つまらなそうに羊のパジャマを取った。

「しょうがないな、今日は、羊にしとくよ」

 そう言ってから二ヤッと笑うと、頬杖を着いて蓮実を見た。

「今夜は楽しみだな、どう私を襲ってくれるのかな?」
「もうっ! 子供達が居るんだから、そういう話は禁止です!!」
 

 そんな様子を見ていた杉崎家母のマリア。

「ねぇ、翔さん。私達もアニマルパジャマ買おうよ」

 正太郎の腕をゆすりながら、マリアは言った。
 それを聞いた亮太は、やめてくれと思った。

「ねぇ、翔さんはどんな動物がいい?」

 そう尋ねるマリア。
 亮太は心の中で懇願する。
(親父! 頼むから断ってくれ!)
 その時、翔太郎が口を開いた。

「……パンダ……」

 シーーーンと静まり返る室内。
 温度が、一気に下がったかのようだった。

「へー、パンダかー、翔さんってパンダ好きだったんだ」

 そう言って笑うマリアに、翔太郎はまた口を開いた。

「……色が潔い……」
「色? うん、白と黒だもんね、いさぎいいよね!」

 そう言って、納得するマリアだったが、そのほかの面々は一同心の中で(訳分からん!!)と、はもっていた。
 その時、百合香が、この場の空気を変える、ある提案をした。

「ねぇ、早速だからお披露目しましょうよ」




「いやー、翔さんが二言以上しゃべったのには驚いたわ……よっぽど好きなのね、パンダ」

 今、早夜と蒼は、二階の蒼の部屋に居る。そして、二人であのパジャマに着替えていた。
 百合香の提案は通ったのである。
 
「あれ? 早夜、その首にぶら下げてるのは何?」

 下着姿になった早夜に蒼が尋ねた。
 見れば紐が首に掛けられ、その先には小さな袋のようなものが着いていた。

「ああ、これ? お守りだよ。お母さんが肌身離さず持ってなさいって」

 そう言って早夜は、それを手に取る。
 蒼は、それをまじまじと見ると、

「中には何が入ってるの?」
「んー……私にもよく分からないんだけど……。もし、離れ離れになっても、また出会えるおまじないって、お母さんは言ってたな……」
「ふーん、どんなおまじないなんだろ? 後で聞いてみようかな……」



 その時、一階リビングでは――。

「楽しみだねー!」
「ん!」

 はしゃぐマリアに、うなずく翔太郎。

「私は早夜ちゃんさえ見れればいいわ……ねぇ、亮太?」

 百合香が、亮太に同意を求める。
 亮太は、顔を赤くして怒鳴る。

「俺に同意を求めるな!」
「え? 亮兄ちゃん、楽しみじゃないの? 早夜お姉ちゃんの、ウサ耳フード姿」

 海里が、ニヤニヤとした顔で亮太に言う。
 そんな弟に、動揺したようにあわてて否定する。

「バッ! んなっ、そんなんじゃない! 俺はただ蒼と、楓兄を笑ってやろうと……」

 その時、「お待たせー」と言う蒼の声に、亮太はビクッと体を震わせた。

「まずは私達から……。お楽しみは後に取っておくものだろう……?」

 そう言って、出てきたのは、茜と蓮実だった。
 そのあまりのファンシーさに、亮太はうっとうなった。
 フード部分に、動物の顔が描かれており、頭の上には動物の耳が付いている。それは、大の大人が着るには、あまりにも可愛過ぎないか? と亮太は思ったが、意外と二人は似合っていた。

「わー! 二人とも可愛いー!! 手と足の部分は、ちゃんと動物の手足なってるんだね!」

 マリアが、はしゃいだ。翔太郎は、無言で手を叩いている。

「茜さん可愛い……」

 ポーとした様子の蓮実。そんな蓮実に、くすっと笑う茜。

「じゃあ、今夜は襲われちゃうのかな?」

 そう言う茜に、蓮実はポーとしたまま、

「……うん、襲っちゃう……」

(おい!さっきそういう話、禁止って言ってなかったか?)
 と、心の中でつっこむ亮太。

「じゃあ次、蒼行きます!」

 そう言って腰に手を当て、モデル歩きで出てくる蒼。その手には、お尻部分に付いた長い尻尾をつかみ、くるくると回している。
 中央まで来ると、モデル立ちできめた。

「うわー! ニャンコも可愛い。長い尻尾も可愛いねー。あ、ニャンコには、鈴も付いてるんだね!」 

 蒼の首元には、いわれた通り大きな鈴が付いている。
 翔太郎は、やはり無言で手を叩いている。

「はーい、じゃあ続いては、お待ちかねの早夜っち登場!」

 と言う蒼だったが、早夜はなかなか出てこない。
 その時、扉が少し開いてピンク色の動物の手が出てきた。
 そしてひょこっと顔を出すウサギの耳、早夜の顔も一瞬出てくるが、すぐに引っ込んでしまった。

「ううっ、蒼ちゃん、恥ずかしいよぅー……」

 そんな声に、何とも言えない空気が漂う室内。
 皆、一様に微笑んでいる。

「ほら、早夜。あんたすんごく可愛いから出てきなって、買ってくれた蓮見ちゃんにもちゃんと見せてあげなくちゃ」

 その言葉に、漸くそろそろと出てくる早夜。
 そして、全身が出てきたと思うと、タタッと蒼の後ろに隠れてしまう。その時、お尻の部分が見えたのだが、可愛い丸いウサギの尻尾が付いていた。

「かわいいー!! 早夜チャンすごく可愛い!」

 マリアの声に、翔太郎も今までで、一番拍手の音が大きかった。
 そして皆、何気に亮太に目を向ける。
 亮太は、ぽかんと口をあけたまま顔を赤くして、早夜に魅入っていた。
 そんな亮太の姿に皆、無言で顔を見合すと、『ねー』と声を出さずに首を傾けるのだった。



「僕、忘れられてないか?」

 楓が、寂しそうに、廊下から部屋の様子を伺う。
 青いペンギンのパジャマを着ている楓。
 彼は完全に忘れ去られていた。

「それにしても……早夜チャン……良い……。蓮実ちゃん、グッジョブ!」

 彼の顔は、だらしなくゆるんでいたのだった。

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