「ムエイなら、カムイの特訓に付き合うと言っていたぞ」
リュウキに会いに、奴隷居住地の中でも、一際大きい建物にやってきた早夜とミリア。
その住人を呼び出した所、その人物はこのように言ったのだ。
そして早夜は、その人物の容姿を見て吃驚してしまう。
浅黒い肌に金色の髪と瞳。
それだけであったのならば、ここまでは驚かなかった。
早夜の目は、その人物の頭と腰に向けられていた。
何故ならば、そこには獣の耳と尻尾が存在したのだ。
思わず釘付けになってしまう。
物凄くふさふさで、触り心地が良さそうであった。
「あ、サヤちゃん? こいつはロイっていうの。普段ムエイ様はこいつの家で過ごしているのよ」
「何!? サヤ? ミリア、その娘は?」
「フフフ、なんと、ムエイ様の妹のサヤちゃんよ!」
「な、なんと!」
ロイは吃驚して早夜を凝視した。
言われてみれば似ていなくもないか、と首を傾けて見ている。
早夜はと言うと、ロイに見つめられモジモジとしていた。
だが時折、チラチラと彼の頭を見たり、腰の辺りを見たりしている。
「なるほど、ムエイと同じ漆黒の髪と瞳だな。我の名はヴァ・ロイという。ロイと呼んでくれて構わない」
「は、はい! ロイさんですね。私は桜花早夜です。初めまして!」
ペコッと頭を下げてくる早夜に、ロイはうんうんと頷く。
「我はサヤに会えて嬉しいのだ。ムエイはずっと、おぬしの事を気に掛けていた」
早夜が顔を上げると、ロイはにっこりと笑い掛けてきた。
「よし! 我がムエイを呼んできてやろう! ここで待っているのだ!」
そう言うと、ロイはムエイを呼びに掛けて行ってしまった。
「ああ、ロイ! あー、行っちゃった……。別に私が呼びに行ってもよかったのに……」
ミリアはロイの背中を見送りながら、そんな事を言う。そして、隣の早夜をチラリと見ると、いつまでもロイの背を見送っている事に気が付いた。
やけに熱い視線だ。
ミリアはそれを見て、ハッとする。
(も、もしや、サヤちゃん。ロイに一目惚れ!?)
早夜としてはロイのふさふさの尻尾を見ていただけなのだが、ミリアはそんな勘違いをしてしまうのだった。
(こ、これは! 応援しないとかしら? そう、未来のお姉さんとして!)
一方、ミリアがそんな勘違いをしているとは露知らず、ロイはムエイの元に辿り着く。
「おお、ムエイ! 大変なのだ!」
「?? ロイ? 如何した?」
剣の稽古をしていたのであろうリュウキは、剣を構え、額から汗を流している。
「ん? カムイが居らぬな……?」
「ああ、カムイだったら、腹が減ったからと言って何処かへ行ってしまったが……」
「そうなのか……と、こうしている場合ではないのだ! 喜べムエイ! なんと、お前に会いにサヤが来ているのだ!」
「っ!!」
リュウキは目を見開きロイを見る。
そして、剣をおさめ、汗を拭うと急ぎ走り出そうとする。
「ああ! ムエイ待つのだ! まだ居場所を言っていないぞ!?」
するとリュウキは立ち止まり、ロイを振り返った。
その目は早く言えと催促していて、少しばかり怖い。
「あ…うぅ…わ、我の屋敷にいるのだ。早く行ってやるといい……」
リュウキは頷くと、全力で走って行ってしまった。
一方、ロイの屋敷の前では、早夜とミリアが今か今かとリュウキを待っていたのだが、その時、道の向こうから男性が歩いてくるのが見えた。
青い髪にがっしりとした体系で、派手なバンダナを付けた男性。背中に大きな斧を背負っている。
「あれ? カムイじゃないの」
「あん? ミリア、んなとこで何してんだ?」
「何って、それはこっちの台詞よ。あなたムエイ様と一緒に居たんじゃないの?」
「ああ、なんか腹減っちまって、食いもん探しに来た。んで? ミリアは?」
「ムエイ様を待ってるのよ」
「何でだ?」
「それは、ムエイ様の妹、サヤちゃんが会いに来たからよ!」
ミリアが得意げに、カムイの前に早夜を連れてくる。
「あんだって!? ムエイの妹!?」
カムイは目を見開き、早夜をまじまじと見る。
「はー、これがムエイの妹かぁ」
「えと……初めまして、桜花早夜です」
ぺこりと頭を下げる早夜に、カムイは豪快に笑って、大きな手で早夜の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「んな、畏まんなよ! 俺はカムイってんだ。ムエイとはダチだぜ!」
「それはそうと、ムエイ様は如何してるの? 一緒には来ていないわよね?」
ミリアが尋ねると、カムイはハッとして早夜を見下ろす。
「そっか。ムエイに会いに来たんだもんな。じゃあ、俺がムエイの所まで連れて行ってやるぜ!」
「え!? キャア!」
いきなり早夜の視界が高くなった。
カムイが早夜を抱えあげ、自分の肩に座らせてしまったのだ。
「えっ!? ちょっ、カムイ!?」
ミリアが慌てて引き止めようとするも、カムイはそのままスタスタと歩いて行ってしまう。
「ど、どーしよー……。私までここを離れたら、ムエイ様が来た時、説明もフォローできないし……。
よしっ、待とう! ムエイ様を!」
「あのっ! カムイさん、下ろして下さい!」
早夜はカムイの頭にしがみ付きながら、必死に訴えた。
このままでは、リュウキとすれ違いになってしまう。
「カムイさん。リュウキさんならあそこで待ってたら――」
「それにしても、お前ちっさいなー」
早夜はその言葉に、ピクンと反応する。
プクッと知らずの内に頬を膨らませていたのだが、
「あ、違うか? 俺の方がでっかいからか!」
そう言ってカムイは、肩の上に居る早夜に向かい、ニッと白い歯を見せ笑い掛ける。
「俺さ、体がでかいから、よく何食ったらそんなにでっかくなんだとかって言われるんだぜ? んなの知るかよなぁ?」
ガハハと陽気に笑うカムイに、早夜も釣られていつしか笑顔になっていた。
彼からは、何も早夜をからかう様なそんな感じは一切無かったからかもしれない。
ただ思った事を口にした。それだけなのだ。
「私もよく、小さいって言われるんです」
「ん? 何だ、じゃあ俺だけがでかいからじゃねーのか。ハハッ、何か俺ら似てんな!」
「フフッ、そうですね」
二人の間で、何やら通ずるものがあったようである。
確かに彼は大きい。彼からしてみれば、自分は小さくて当たり前かと思えた早夜であった。
そして、ロイの屋敷の前。
そこにはリュウキの姿があった。
「なに!? カムイが早夜を連れて行った!?」
「はい、止める間もなく行っちゃいました……」
ミリアがリュウキを前にモジモジとそう言うと、リュウキはすぐさまカムイの後を追おうとするので、ミリアは慌てて止めた。
「ああ、駄目ですよムエイ様! またすれ違いになっちゃったら如何するんですか? きっとサヤちゃんがカムイに説明して、ここに戻ってきますよ」
(それに、そうした方が私とムエイ様が、二人きりで居る時間も長くなるものね♪)
などと浮かれていたミリアであったが、そこにロイが戻ってきて、ミリアを大いに落胆させた。
「ム!? 何故サヤの姿がないのだ?」
「さっきカムイが来て、ムエイ様に会わせてやるって言いながら、何も聞かずに連れて行っちゃったのよ」
「何!? それでは完璧なすれ違いではないか!」
「あ、そうだ! ロイ、あなた探しに行きなさいよ。私、ムエイ様とここで待ってるからさ」
「ヌヌッ、ミリア、いくらムエイと二人きりになりたいからと言って、我に押し付けるなんて酷いのだ!」
ムスッとしながらロイが言うと、ミリアはギクリとして視線を彷徨わせる。
「もー、何言ってるのよ、ロイったら! 私はサヤちゃんの為を思って……」
「?? 何故我が探しに行く事が、ムエイの妹の為になるのだ?」
「え? えっとぉ、それはー……」
ミリアはチラッと横目でリュウキを見る。
彼は今、カムイが行ってしまったという方向を見ていた。
(この事、ムエイ様の前で言っちゃまずいかしら……)
早夜の事になると冷静さを失い取り乱す様子を思い出し、黙っておいた方がいいなと思った。
(そうよ! ここはサヤちゃんの恋の応援をしてあげなくちゃ! そう、未来のお姉さんとして!)
完全に、早夜の気持ちを勘違いしているミリアであった。
そしてその時、リュウキがいきなり駆け出した。
「ムエイ様?」
「おい、ムエイ? 何処に行くのだ?」
ミリアとロイも其方に目を向けると、そこにはカムイの姿があった。
しかし、早夜の姿は何処にもなく、リュウキはカムイに詰め寄る。
「カムイ! 早夜は何処だ!?」
するとカムイは、困ったようにポリポリと頬を掻くと、
「あー、それならカンナが迎えに来て行っちまったよ。何でも、ナイール王子が部屋に戻ってくるから、こっちも急いで戻んなきゃなんないんだとさ」
「……そうか……」
「俺の早とちりのせいで悪かったなぁ……。サヤがお前によろしくっつってたぜ?」
リュウキに落胆振りに、流石のカムイも罪悪感を感じ、慰める為にリュウキの肩に手を置くと、
「いやー、何つーか、サヤは礼儀正しいな。それにちっこくて可愛いし。ムエイが必死になる気持ちも分かる……」
そこまで言って、カムイは肩に置いた手を離した。
リュウキが物凄い形相で睨んでいた為である。
「妹に……サヤに手を出してみろ……例え誰であろうと、息の根を止める……」
低いその声に、その場に居合わせる三人は、背筋が凍る思いがした。
リュウキのシスコンぶりは、会えない分、確実に彼の中でエスカレートしつつあった。
その頃早夜は、ベッドのシーツをドレスのように体に巻いて、ナイール王子の前にいた。
「ははは、結構器用だね」
ナイールはその姿を見て、そんな事を言う。
そして早夜に花束を渡した。
「え? 何ですか?」
その花束を受け取り、驚いた顔で彼を見上げると、ナイールは蕩ける様に笑って、早夜に顔を近づけてくる。
「あなたの心を手に入れる為にね……」
「っ!!」
早夜は目を見開かせると、顔を真っ赤にさせ俯く。
「何か欲しい物はないかな? 私がそれをプレゼントしよう。宝石はどうかな? この国の女性は服で着飾れない分、装飾品を付けて自身を美しく飾るんだ。
ああ、そういえば、サヤも元々付けているようだけど……もしかして誰かに送られた物だったりする?」
ナイールは早夜の手を取り、そこに嵌められている、指輪と腕輪を見る。
一瞬ギクリとする早夜であったが、ただの装飾品として気になっているようなので、取り敢えずホッとした。
そしてナイールの手が、今度は早夜の耳に触れ、思わずビクンと体を震わせてしまう。
「しかも、この耳飾は片方だけ……。誰かと片方づつ付けていたりするのかな? 見たところ、此方の耳にはしていた形跡は一切ないから、落としたとか、君が外して誰かに贈ったりとかは考えにくい……。やはり、誰かに贈られたと考えた方がしっくりくる……」
もう片方の耳にもナイールは触れてきて、指先で擽る様に動かされ、たまらず早夜は肩を竦ませ、ナイールから離れようとした。
しかしグイッと腕を引っ張られ、今まで擽られていた耳に唇を寄せてきた。
「相手は男……?」
囁くように尋ねられ、思わずギクリと体を強張らせると、ナイールは早夜の肩に額を寄せて、クックッと笑い出す。
「なるほど、相手がいたという訳か……。何故考えが及ばなかったのか……その見た目に騙されたな……」
「み、見た目って事は……子供みたいという事ですか……」
早夜は少しばかりムスッとした顔になる。
するとナイールは顔を上げ、妖艶に笑った。
「私は今まで、随分と失礼な事を言ってしまっていたみたいだね。例え見た目がどうであれ、あなたには恋人が居た訳だからね?」
「えぇ!? こ、恋人!?」
早夜の脳裏に、リカルドやシェル、リジャイの顔が浮かぶ。
「……それはサヤの居た世界の男? それとも……アルフォレシアの人間?」
「えっ! あ、あのっ!!」
カァッと顔を赤らめる早夜に、ナイールは後者と受け取り、顔を寄せてきた。
早夜の顔を真正面に捉えるナイール。
その綺麗な水色の瞳に見据えられ、吸い込まれそうになり、早夜は慌てて目を逸らそうとするが、顎を取られ、それを阻止されてしまう。
「私はあなたを放したりはしない……」
「え……?」
此方を見据える彼の瞳は、怪しく煌き、早夜の心を捉えようとするみたいだった。
早夜自身、彼から漂う怪しい色気に身動きが取れないでいた。
「逃がすつもりもない。私が……その恋人を忘れさせてあげるよ……」
「あ…う…その……」
ナイールはそのまま早夜に唇を寄せてゆく。
「あなたがその恋人を思い出す暇も無いほどに、私はあなたを快楽に溺れさせる事も出来る……」
だが決して触れることはせず、彼の吐息が早夜の唇を掠める。
「けれど、私はサヤの心ごと全部が欲しい。肉体的に手に入れたとしても、そこに心が無ければ、砂の如く滑り落ちてしまうんだろう?」
「サヤがそう言ったんだよ」とナイールは早夜から身を離した。
早夜が火照る頬をそのままに、彼を見上げると、彼はその手を取り甲に口付ける。
「ならば私は、あなたの許しが得られるまで待つとするよ。この指輪や耳飾に負けない物をあなたに贈ろう。もし許してくれるのであれば、その時はこれらの装飾品を外して欲しい……」
「え……」
外すと言っても、この指輪やピアスはリジャイにしか外せなかったりする。
何と言っていいものやら戸惑っていると、
「そうだ、王妃の首飾りでも贈ろうか。この国の始まりの王、サーゴ王が自分の妻に送った首飾りだ。何でも魔道具らしいけど、長い年月でその効果も失われ、今ではただの装飾品に過ぎない。それでも見た目は素晴らしい物だから、きっとサヤも気に入るよ」
「えぇ!? お、王妃の!? って駄目です! そ、それはナイール王子の本当に好きな人にあげて下さい!」
するとナイールは首を傾け、
「私の好きな人? それはサヤではないのかな? 私が誰かにこんなに執着するのは、あなたが初めてだし」
「ええぇー!? でもでも、ナイール王子は私の力が欲しいんですよね!?」
「ああ、そうだね。でも今はサヤの全てが欲しいと思っているよ。サヤの怒った顔や拗ねた顔は可愛いと思っている……」
早夜は、てっきりナイール王子は、自分のこの万物の力に引かれたのだとばかり思っていたが、それは違ったのかと思い始める。
しかし、ナイールの瞳を見ても、亮太のような純粋な想いも、リカルドのような真っ直ぐさも、シェルのような情熱も、リジャイの様な愛情も感じなかった。
それでは彼の想いは一体何なのだろう。
「で、でも、私異界人ですよ。この国では異界人は奴隷なんですよね……。それなのに、他の人は何も言わないんですか……?」
そうだ、この国では自分のような異界人は底辺の人間なのだ。
そんな人間に、王妃の首飾りとか好きだとかは御法度なのではと思っていると、ナイールが口の端を上げた。
「そんなもの……私が王になれば全てが変わる……。異界人やこの国に元から居る奴隷も全て自由だ。貴族なんてものもなくなる……」
彼の瞳の泉のような色が、まるで水底のような暗さを持った。その冷たさに、早夜は一瞬、本当に自分が水底に居るかのような寒気を覚える。
しかしそれは本当に一瞬の事で、ナイールは直ぐに笑顔を見せた。
そして、良い事を思いついたという顔で早夜を見て言った。
「そうだ、今度この国に居る他の異界人達に会わせよう。この国で友人を見つけるといい。その為にちゃんと服を用意させるよ。私が一緒であれば、好きなだけ外に出歩いても構わないから……」
にこやかに笑うナイール。
確かにその申し出は嬉しい事だし、何よりリュウキと会えるチャンスであった。
でも、素直に喜んでもいいものだろうか。
微笑む彼を前に、そんな事を思う早夜なのであった。
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