「ねぇ早夜、そう言えばさっき、王様に鞭打たれた時、ナイール王子に庇ってもらったって言ってたわよね?」
話が一段落付いた所で、蒼が早夜に尋ねた。
「え? うん、そうだけど……?」
「で? どうなの? ナイール王子って?」
「……? 如何って?」
「だーかーらー、人から聞いた話によれば、ナイール王子って美形だそうじゃない。如何? かっこいい?」
「え!?」
そのように言われ、早夜はカァーっと顔を赤らめた。
あの格好の事と、手に入れると言われた事。同時に思い出した。
「え? ちょっとちょっと、何々? もしかしてナイール王子となんかあったの!?」
だがもう一つ思い出した事。
小さい、子供と言われた事。
「えぇ!? 何で急に頬っぺた膨らませてるの!? もうこうなったら、正直に全部私に打ち明けなさい!」
「ひゃー! 蒼ちゃん、そんなに強く抱きしめたら苦しいよ!」
とその時、二人の目の前にカンナが何の脈絡も無く現れた。
「サヤ様……」
「うわぁ、ビックリした!」
「カンナさん? 如何したんですか?」
「ナイール王子が戻ってまいります……」
「え! 本当!?」
大変だとばかりに、早夜は立ち上がる。
「蒼ちゃん、亮太君、私、一応出歩いちゃいけない事になってるから、もう行かなくちゃ! またチャンスを見て、会いに来るからね! あ、二人も絶対に出歩いたりとかしちゃ駄目だよ? 特にお城の人達とかに見つからないようにね!」
「あ、ちょっとサヤ!?」
蒼は声を掛けるが、早夜はカンナに連れられ、そのまま消えてしまった。
「ああー、行っちゃった……。亮太、またもやライバル出現の予感よ?」
「は!? 何の話だよ?」
「ウフフー、早夜は王子様たちにモテモテよねー? セレブを惹きつける何かが備わってるのかしら?」
「ど、どういう事だよそれ!?」
焦った様に、蒼に詰め寄る亮太。
「まぁ、どちらにしろ、亮太にとっては大きな壁よねぇ? その王子様達も、リュウキさんも?」
「うっ!!」
グッと胸を押さえる亮太。
何より一番の問題は、リュウキが結構シスコンだという事だ。
確かに、どんなものよりも、大きな壁だと言えた。
「良カッタデツ! 蒼、トッテモ楽シソウナノデツ!」
「フム、実際は不安で堪らんだろうに……。でも、あの早夜が来て、本調子に戻ってきたという所かのぅ……」
少し離れた場所で、蒼と亮太を見守っていた花ちゃんとピト。
うんうんと、花ちゃんの言葉に、ピトも頷くのだった。
寝室に戻ってきた早夜は、慌ててローブを脱ぐと、それを持ってオロオロとしてから、ベッドの下に隠す事にする。
ローブをベッドに下に突っ込んで、よしっと頷き顔を上げた所、丁度ナイールが扉を開けて入ってきた。
「……サヤ? そんな所で、一体何を?」
ベッドの向こうから、しゃがみ込んで顔だけを出している早夜の姿に、ナイールは怪訝そうに顔を顰めた。
「べっ、別に何もしてませんよ!」
ギクッとして、思わず声が裏返ってしまった。しかも、ドギマギとして、視線を彷徨わせてしまう。
ナイールにとっては、その様子は、怪しい事この上ない。
そして、後ろ手に部屋の扉を閉めた所、「ああっ!!」と早夜が声を上げた。
(な、何でカンナさん、まだそんな所に居るの!?)
なんと、ナイールの閉めた扉の影に、カンナが立っていたのだ。
カンナは、ナイールの後ろ姿を静かに眺めた後で、早夜に目を移し、何やら示している。
早夜はナイールを気にしながらも、カンナの示す方へ目を向けた。どうやら早夜の足元を示しているようだ。
(ああっ! 靴履いたままだ!)
「サヤ? いきなり大きな声を出して、どうかした?」
ナイールが首を傾げ、自分の背後を振り返る。
カンナが見つかると思い、ドキンとする早夜であったが、その時にはもう、カンナは姿を消していた。
早夜はナイールが後ろを向いている隙に、素早く靴を脱ぎ、ベッドの下に放り込んだ。
「?? 何も無いようだけど……」
「な、何でもないですよ! ただちょっと……そう! お、お腹が空いただけです!」
早夜はガバッと立ち上がると、咄嗟にそう言った。
実際、早夜はとてもお腹が空いていた。ついでに、お腹も鳴った。
ナイールは、キョトンとした顔をすると、プッと噴出し、
「分かったよ。何か用意させよう」
そう言って、使用人を呼び寄せる。
「君の場合、しっかりと食べないとね? 大きくなれないよ?」
苦笑しながら、彼の視線は早夜の胸元へと移動する。
「っ!!」
早夜はハッとして、ベッドのシーツを引っ張り出すと、自分の体に巻きつけた。
今更ながら、自分が露出度の高い服を着ている事を思い出したのだ。
「ハハハ、私に指摘されるまで気付かないなんて、君は鈍感だな」
可笑しそうに笑うナイールであったが、次の瞬間、探るようにスッと目を細め、
「それとも、気付かないほど、他の何かに気をとられていたのか……」
心の中でギクリとする早夜。
しかし、ナイールは直ぐに笑顔に戻ると、
「まぁ、何はともあれ、気付かないほどに、その服に慣れたという事かな?」
こんな服に慣れたくないと思いながら、早夜はまたもや「あ!」と声を上げる。
「今度は何かな?」
早夜はそれに答えられず、ブンブンと首を振る。
(そういえば、マオさんに連絡は如何しよう……? またチャンスはあるよね?)
早夜はチラリと腕輪を見る。
そんな早夜を興味深げに見据えながら、ナイールは「フーン」と頬杖を付いた。
(サヤ、君は明らかに何か隠している……。でも、君を放す気はない……)
獲物を逃がさまいとする獰猛な獣のような鋭い光が、ナイールの瞳の中で煌くのを、早夜は気付く事は無かった。
「さぁ、怪我した奴はさっさと並ぶミョ! イーシェは暇じゃないミョ! イーシェがお前たちを治療してやるのを、ありがたく思うんだミョ!」
「ちょっとイーシェ。いつも思うんだけど、その怪我人の呼び寄せ方はどうかと思うわよ……?」
奴隷居住地の少し開けた広場みたいな場所で、イーシェは治療を行う為、声を高らかに叫んでいる。
その傍らで、ミリアは困った顔をしながらイーシェに言った。
「いーんだミョ。下手に優しくして、大した怪我でもないのに来られても迷惑ミョ。力の無駄遣いミョ。現に、今こうしてここに来るのは、本当に治療の必要な人間ミョ」
「うーん、そう言われてみればそうかもね……」
ミリアは続々と集まる人々を見る。
確かに大怪我を負った者や、骨折の類の者達ばかりだ。かすり傷の者は居ない。
「まぁ、貴族の奴らは、かすり傷でも大騒ぎして、大掛かりな魔法を要求したりするミョ。そんな奴らにはイーシェ、治療と称して呪いをこっそり掛けるミョ」
「の、呪い……?」
「そうミョ。禿げる呪いや、太る呪い。水虫になる呪いなんかもあるミョ」
「………」
何とも地味な呪いであった。
そしてミリアが、その場を離れようとした時、目の前にフードを被った小柄な人物が立っている事に気付く。
「えっと、もしかして治療を受けに来たの? だったら並んで――」
「イーシェさんって、あそこにいる人ですか?」
その声は細く高く、少女のものであった。
「え? ああ、そうよ。もしかして動けない人でもいるの?」
「いいえ。お礼を言いに来たんです」
「お礼? えっと……あなた異界人?」
この国の奴隷にしては、肌の色が白かった。
この少女は、ミリアの質問に頷いてみせると、フードを取り払った。
「あっ!」
ミリアは、思わず声を上げずにはいられなかった。
黒くて長い、ストレートの髪。瞳もまた漆黒であった。
ミリアは彼女に会った事がある。その時彼女は意識はなかった。
「ム、ムエイ様の妹さん!?」
「?? 私の事を知ってるんですか? それにムエイ様って……リュウキさんの事、だよね……?」
首を傾げる早夜に、ミリアは詰め寄る。
「よかった! もうすっかり良さそうね。私、ミリア。ミリア・スティングスよ! あなたの事は、イーシェが治癒魔法を施した時に、一緒に居たから知ってるの。それと……あなたのお兄さん。ムエイ様とは、近い将来、恋人になる予定よ」
「は、はい?」
キョトンとして、ミリアを見つめる早夜。
ムエイ……リュウキの恋人は、セレンティーナではなかろうか。そう、心の中で呟く。
「ミリア! 何してるミョ! 患者は待ってはくれないミョ! ついでにイーシェはもっと待たないミョ! 早く行ってくるんだミョ!」
イーシェが、患者に治療を施しながら鋭く叫んだ。
「あー、はいはい。全く、仕事してる時のイーシェは、鬼のようだわ……。イーシェ、この子は昨日の子よ。ムエイ様の妹の……」
「えっと、桜花早夜です。この度は、治療して下さって、ありがとうございました」
早夜はペコリと頭を下げる。
イーシェはチラリと早夜を一瞥した後、
「お礼なんかいらないミョ。でも、どうしてもお礼がしたいって言うのなら、何か手土産の一つでも持ってくるミョ。
イーシェ、お前の友人のアオイが持ってた、チョコレートと言うものが、甚く気に入ったミョ。
お礼と言うのなら、あんな感じのお菓子が欲しいミョ」
「え!? チョコレートですか!? ご、ごめんなさい。持ってないです……」
「なら、もう用は無いミョ。イーシェは仕事中ミョ。ここにいる怪我人達を治療しなきゃいけないんだミョ。
下手をすれば、こっちから出向いて治療しなくちゃいけない時もあるミョ。お前に構っている暇なんか無いんだミョ」
「じ、じゃあ、イーシェさんのお仕事、お手伝いします!」
それではこっちの気がおさまらないと、早夜はそう申し出る。
イーシェはフンと鼻を鳴らしながら、
「昨日みたいに倒れる事にならないようにして欲しいミョ。イーシェ、そう何度も面倒見切れないミョ。でも、どうしてもやりたいのなら、やってみるといいミョ。お前の魔法、ちょっと興味があるミョ」
「ちょ、ちょっとイーシェ?」
ミリアが心配そうに声を掛ける中、早夜はパッと顔を輝かせ、
「ありがとうございます!」
と頭を下げた。
それを見て、イーシェは眉を顰める。
「やっぱりお人好しミョ。イーシェはお人好しが嫌いミョ……」
そして早夜は、その場にいる怪我人達を一箇所に集めた。
「えっと、傷のある方はこっちです! 骨折している方はこの一角に集まって下さい! 両方の方はこの中央に! 病気の方は此方に!」
「何してるんだミョ? まさか……」
「それじゃあ、皆さんの治療を開始しますね」
イーシェが目を見張る中、不安げな怪我人達に向かい、早夜は魔力を放出させる。
その魔力は地面を這い、彼らを取り囲むと、巨大な魔方陣となった。
早夜の目を見てみれば、赤く染まっていて、髪も舞い上がり、何とも異様な迫力を醸し出している。
人々に、ある種の畏怖を与える光景であった。
魔方陣が輝き、魔法が行使されるのを、イーシェは呆然として眺めている。
「信じられないミョ。全く違う術を同時にやってるミョ……。と言うか、一つの魔方陣に収めてしまうなんて……そんなの見た事無いミョ」
「イーシェには出来ないの?」
確かに凄そうではあるが、そのどこら辺が凄いのか、全く理解できない。
「イーシェには無理ミョ。第一イーシェは、呪文詠唱の方が得意なんだミョ」
「……? イーシェは魔方陣が出せないの?」
「やろうと思えば出来るミョ。でも、イーシェは文系だから、図形とかを覚えるのが苦手なんだミョ」
「……魔法使うのに、文系とかってあるんだ……」
「大有りミョ! 呪文は力ある言葉の組み合わせミョ。大きな魔法になればなるほど、それは文章となって、時には一つの物語を作り出す事もある位ミョ。
でも魔方陣は、図形の組み合わせミョ。力を象徴する形というものがあって、それを省略化させて、小さくまとめる事が、魔方陣を作り出す上で、大事な焦点になってくるミョ。でもまず、力を象徴する形を覚えて理解しないと、例え魔方陣が出せたとしても、その術を行使する事は不可能なんだミョ。
イーシェ、その図形の理解がからっきしミョ。図形を覚えるより、文や言葉を覚える方が、イーシェには向いているんだミョ」
「へぇ、そうなんだ……」
話の半分も理解できたのかは怪しいが、一応ミリアはそう返事をした。
「あ。でもピトとかは、魔方陣も呪文詠唱もどっちもやってるわよね? じゃあそれって、凄い事なんじゃないの?」
「そういう奴は、魔術が凄い云々より、頭ん中もの凄い情報量で、いわば天才と呼ばれる奴ミョ。
そして、両方出来ると、何かと効率もいいんだミョ。魔法陣じゃ納まり切らない所を呪文で補ったり、逆に呪文で表現できない所を魔方陣で補ったり出来るから、魔力の省エネにも繋がるんだミョ」
「ふーん……」
「因みに、ロイがよく使っている呪符なんかも、実はその図形と言葉の組み合わせだったりするミョ。作った者の魔力を取り入れてあるから、決められた条件を満たしていれば、例え魔力の無い者でも扱う事が可能なんだミョ」
「って事は、ロイって天才なんだ」
へぇと感心するミリアに、イーシェは言った。
「ただ、呪符の場合、もの凄く地味ミョ。きっとロイの奴は、夜なべしてコツコツと呪符を書いているに違いないミョ」
そんな事を二人が話している間に、怪我人達は次々に回復してゆく。
そして、全員が回復すると、早夜はフーと息を吐き出し、イーシェの方を見てニッコリと笑う。
「イーシェさん、治癒完了しました」
「ご苦労様ミョ。お前がいれば、きっとイーシェはお役御免、間違い無しミョ」
「え? えぇ?」
「ちょっと、イーシェ!」
遠い目をして呟くイーシェに、戸惑った声を上げる早夜。
ミリアもギョッとしてイーシェを眺める。
だがイーシェは、直ぐに顔を早夜に向けると、
「とまぁ、冗談はこの位にして、動けない奴はいないかどうか、見回りに行くミョ」
スタスタと歩き出すイーシェ。
「え!? イーシェってば冗談だったの?」
「あ、待って下さい! 私もお手伝い――」
「別にもうお前はお礼をしたんだから、手伝いなんかしなくてもいいミョ。それに、そんな風について来られても迷惑ミョ。そんな事している暇があるなら、さっさとムエイに会って来るといいミョ」
最初、イーシェの冷たい態度にしょんぼりとしていた早夜であったが、ムエイと言う名を聞いてハッと顔を上げた。
ミリアもポンと手を叩く。
「そうよ! ムエイ様だわ!」
「あのっ、今何処に居るんでしょう?」
早夜は興奮気味に尋ねる。
「そんなの知らないミョ。自分で探すミョ」
「もう! ちょっとイーシェったら、そんなに冷たい事言わないで、手伝ってあげましょうよ!」
「それなら、ミリアだけで探すの手伝ってあげるといいミョ。きっとその娘を連れて行けば、ムエイは感謝して、ミリアにキスの一つでも贈るかもしれないミョ」
「えぇ!! 本当!?」
「え? え?」
イーシェとミリアの会話に、視線を忙しく交互の向けながら、早夜は戸惑う声を上げる。
「そうと決まれば、サヤちゃん! ムエイ様を探しに行くわよ! な、何なら私の事、お、お姉ちゃんなんて呼んでもいいわよ? いやぁん、ミリアってば恥ずかしい~!!」
探しに行こうという申し出はとってもありがたかったが、それ以外はちょっとと躊躇われた。
「じゃあ行ってくるわね、イーシェ!」
「あー、行って来るといいミョー」
イーシェはヒラヒラと手を振りながら早夜とミリアを見送る。
早夜もイーシェに一言挨拶をしようかと思ったのだが、口を開いたと同時に手を掴まれ、ミリアにグイグイと引っ張られて、それは叶わなかったのである。
「あ、あの……ミリアさん……?」
早夜は恐る恐るミリアに声を掛けた。
ミリアは先程から「ムエイ様……」と呟きながら、何やら妄想している最中であった。
そして、早夜が呼んでいる事に気付くと、
「嫌だわ、サヤちゃん。ミリアお姉ちゃんって呼んで?」
キラキラと目を輝かせながらのミリアの言葉に、早夜は少々たじろぐ。
「い、いいえ、その……それはちょっと……」
セレンとリュウキの仲を知っている為、何とも複雑な心境である。
「もー、サヤちゃんったら。恥ずかしがり屋さんなんだからっ! まぁいいわ。それでなぁに?」
ニコニコと首を傾げるミリアに、早夜はチラチラと彼女に視線を送りながら、
「あの、実はナイール王子の事なんですけど……」
すると、ミリアはハッとして早夜を見る。
その顔は、何処となく赤く染まっているように思えた。
そしてミリアは、早夜の肩をガシッと掴んだ。
「サ、ササササヤちゃん!? あなたもしかして、ナイール王子と何かあった!?」
ミリアには、あの時ナイールに渡された貴族の服だとか言う、際どい服が脳裏に浮かんでいた。
しかも、あの後ナイールとは二人っきり……。
その事を思うと、ミリアの中ではあらぬ事を考えてしまう。
そして今、こうしている中で、早夜はミリアの言葉に顔を赤らめている。
それを見た時、ミリアの中で衝撃の雷が落ちた。
「ま、まさかサヤちゃん……本当に……? ナイール王子に傷物にされちゃった……?」
「はい? 傷物? 王様には鞭打たれて怪我はしましたけど?」
キョトンとして首を傾げる早夜を前に、ミリアはブンブンと首を振った。
「違うわ、サヤちゃん! だってあなた、あんな露出度の高い格好で、ナイール王子と二人きりになったのよ!」
「っ!! 何でその事をミリアさんが知ってるんですか!?」
早夜はその事実に、戸惑うと共にあたふたとしてしまう。
もしかして、他の者達もあの格好の事は知っているのだろうか。
「だってあれ、私とカンナであなたに着せたんだから」
「え!? 本当ですか? えっと、それで、他の人はこの事を……」
「言える訳ないじゃない! それで? どうなの!? ナイール王子に押し倒されちゃった!?」
「押し――」
一気にボッと顔を真っ赤にさせる早夜。
確かに押し倒され、君が欲しいと言われた。
「お、押し倒されちゃったの!? 押し倒されちゃったのね!」
早夜の真っ赤になる顔を見て、そうだと確信したミリアは、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「サヤちゃんってば、あなた……。そんな目に会ってたのに私たちの前であんな風に笑顔で……。心配させまいとしたのね……。なんて健気な子なのかしら。
それにしてもナイール王子ったら、普段は温厚そうに見えて、やっぱりこの国の人間よね!」
憎々しげに、ナイールの名を呼ぶミリア。
「え!? いや、その……ただ押し倒されたくらいで――」
「え? だって、手篭めにされちゃったんじゃないの!?」
「て、手篭め……?」
早夜の脳裏に、とある時代劇のワンシーンが流れる。
悪い代官や殿様が、善良な町娘を「よいではないか、よいではないか」と追い掛け回すあの光景を……。
(手篭めって……あんな感じ?)
そんなちょっとずれてる事を考えているなどとは露知らず、ミリアは早夜の首を捻っている様子に目を瞬かせた。
「サヤちゃん、何もされてないの? キスとかは? 変な所触られてない?」
「キス!? 変な所って……。私、何もされてませんよ!」
思いっきり首を振って否定する早夜に、ミリアは全身を脱力させると、心の底から安堵の溜息をついた。
「ハァ~、よかったぁ~! サヤちゃん何もされてないのね! でも、どちらにしても、あの格好の事とかは絶対に内緒にしなくちゃね」
「も、勿論ですよ! 絶対に言わないで下さい。恥ずかしいので」
顔を真っ赤にさせる早夜に、ミリアは苦笑して言った。
「確かに恥ずかしいだろうけど、理由はその事じゃないのよね。もし、ムエイ様がこの事を知ってしまったら、王子様に食って掛かる位はしそうって事。もしこれで、手を出されてた日には、ムエイ様、ナイール王子本気で切りかかっちゃうわ」
「えぇ!? あのリュウキさんがですか? そんなまさか!」
夢の中で見ていたリュウキは、いつでも落ち着いていて冷静で、ミリアが言うような、直情的に動くタイプには到底見えない。
しかし、ミリアは首を振った。
「まさかって、サヤちゃん。あなたがこの世界に現れた時も、このクラジバールに来たって知った時も、ムエイ様、それはもう凄い取り乱しっぷりだったのよ。カムイって言う力持ちの男がいるんだけど、その彼が取り押さえなきゃいけない位にね」
「そ、それって……」
「サヤちゃんの事が凄く大事なのね。きっと、元居た世界では、すっごい仲のいい兄妹だったんでしょ」
「………」
早夜はミリアの言葉を聞いて、何も言えなくなってしまう。
そして、キュッと口を引き結び、ポロポロと涙を零し始める。
それを見てギョッとするミリア。
「え!? 如何したのサヤちゃん! 何処か痛い? それとも、気に触るような事言ったかしら?」
アタフタとするミリア。
早夜はぶるぶると首を振って見せると、顔を上げミリアを見上げる。
「違います。凄く嬉しいんです……」
そう言って、涙を零しながら微笑む早夜に、ミリアは暫し何も言えなくなってしまう。
その笑顔は早夜が言っている通り、心底嬉しそうに、そして幸せそうなものであった。
今回、イーシェの口を借りて、魔法の説明を入れました。
魔法に、文系と理系があったなんて……。自分で考えていてビックリです。
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