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《第一章》
2.ピトの薬
 早夜を抱え、ナイールはそのまま自室へと向かう。
 そして、廊下の途中に、カンナが立っている事に気づいた。
 ナイールは彼女に、イーシェを呼ぶように命じる。
 すると、カンナは暫し早夜の事を見つめ、そして頭を下げると、呪印を出し、姿を消した。
(気のせいだろうか、今カンナは自分にではなく、サヤに向かい礼をしなかったか?)
 ナイールはそう思ったが、今は急ぐ事にする。

 自室に着くと、無駄に広い寝室のベッドに早夜を傷に触れぬよう、うつ伏せにして寝かせる。
 ナイールはあまり、このベッドで眠る事はない。日々の殆どを、別棟の執務室で過ごしているからである。
 寝る時も、ソファーで寝る位だ。

 ナイールは、横たわる早夜を見下ろす。
 その背は無残にも裂け、真っ赤に染まっている。
 あのままであったのなら、恐らく、自分もまたこの様になっていたであろう。
 ナイールは首をめぐらせ、自分の背中を見る。
 服が裂け、肌が見えていたが、傷は一切見当たらない。

「サヤのお陰か……」

 使用人を呼びつけ、自分の物と早夜の着替えを用意させる。
 早夜の着る物には、ある注文をしておいた。それを聞いた使用人は、目を見開かせたが、そのまま従い退室する。

「枷の代わりだ……」

 ナイールはそう呟きながら、自分の手を開く。そこには銀色の欠片が存在した。
 早夜に嵌めた枷の欠片である。
 魔力の枷である、銀色の輪っかは、いとも簡単に解除されてしまった。

 ナイールは考える。これは一体、どういう意味なのだろうかと。
 自分は囚われていないという意思表示であろうか、それとも王に何かをするつもりであったのだろうか。
 それに、あの時、早夜の瞳が赤く染まっていた事にも、何か意味があるのだろうか。
 あれはまるで、アルフォレシアの魔眼使いのようではなかったか。
 これは偶然なのであろうか、それとも何か繋がりがあるのだろうか。
 考えれば考えるほど、分からない事は募ってゆく。

 その時、カンナがイーシェと、それに何故かミリアも伴って部屋に現れた。

「怪我した異界人というのは、そいつかミョ?」

 ベッドに横たわる早夜を見て、イーシェが尋ねる。その背の傷を見て、眉を顰めた。

「この傷は……また王が鞭打ったミョ?」
「まぁね……」
「それで、この子供は何者ミョ? 初めて見る顔ミョ」

 早夜を観察しながらイーシェが尋ねると、ナイールは少しばかり噴き出す。
 怪訝そうにイーシェが顔を向けると、

「いや、この娘は子供ではないそうだよ。17だと言っていたかな」
「ミョミョ!? ぜんぜん見えないミョ!」

 そして、改めて早夜を眺めるイーシェ。

「きっと、体の小さい人間の世界から来たミョね……」

 しみじみと呟くイーシェに、ナイールはクスクスと笑いながら、

「そうでも無いみたいなんだけどね……。それに、この娘は今日、アルフォレシアから連れてきた異界人だ」

 それを聞いて、イーシェだけでなく、ミリアもハッと顔を上げた。
 ミリアは、早夜の傷を見て、少しばかり青ざめていた。
 もしかしたら、両親を殺された時を思い出してしまうのかもしれない。

「それってもしかして――」
「そう、この間の、あの魔力の主だ」

 頷くナイールを見て、ミリアは口に手を当て、驚愕に目を見開く。

「じゃあ、じゃあ――」
「ミリア!」

 ミリアが何か言いそうになった時、イーシェがそれを遮った。

「今すぐピトの所に行って、体力を回復させるような、アイテムか薬でも貰って来るミョ。この娘、イーシェの魔法を受け付けないほど、弱ってるミョ。何か、魔法を使いまくって、体が限界に来てるみたいミョ」

 イーシェは更に不機嫌そうに呟く。

「全く、どれだけ魔法を使ったんだミョ。魔道士なら、自分の限界くらい知っておくものミョ」

 そして、いまだ呆然としているミリアに、イーシェは再度声を掛ける。

「ミリア! 何してるミョ!? さっさと行くミョ!」

 漸くハッと我に返り、「わ、分かった!」と言って部屋を出て行くミリア。
 慌てて、研究所へと走るのであった。
 そして――。




「ムエイ様と同じ、黒髪の女の子です!」

 研究所に辿り着いたミリアは、すぐさま早夜の事をリュウキに告げた。
 彼は、その事を聞いて、あまりの衝撃に言葉が出ない。

 アルフォレシアから連れてこられた異界人。この前の凄まじい魔力の持ち主である。そして、黒髪の少女。
 これはもう、早夜以外にあり得ない。
 リュウキは今すぐ早夜の元に向かおうとするが、すぐさまカムイに押さえつけられる。

「放せ!」
「まぁ、待てって! 俺は難しい事とかは分からんが、今回ばっかりは、今お前が行っちゃやばいんじゃないかってのは分かるぞ」
「そうジャぞ、ムエイ。今お前さんが行ったら、もしかしたらお前さんの素性が知れてしまうかもしれん」

 カムイの言葉に乗っかるようにしてピトも言う。
 しかし、今早夜の事で頭がいっぱいのリュウキには、そんなものはどうでもよかった。

「そんなもの、とうにバレている!」

 ナイールと最初に出会った時の事を思い出す。
 あれは明らかに、自分の事をアルフォレシアのリュウキだと疑っていた。

「そうジャの……バレとるかもしれんの……。でも、バレてないかもしれん……。本当の所はワシにも分からん。そんな時はな、ムエイ。下手に動かん事ジャ。
 それに、下手をすれば、お前さんの妹が“万物の力”と言うすごい力を持っている事が知られてしまうかもしれん。
 もし万が一、その事が王のムハンバードに知られてしまったら。あの男の事ジャ、お前の妹を利用し、無茶な事をしようとするかもしれん。
 妹を大事と思うなら、今は堪えるんジャ。そうすればきっと、チャンスは幾らでも巡ってくる」

 ピトの説得にリュウキは漸く落ち着き、再び椅子に座って片手で目を覆うと、深く溜息をついた。

「皆すまない。取り乱した……」
「ウム! 気にするな、ムエイ。ずっと会えなかった妹が、近くに居ると言うのだから、それは無理もない事なのだ! 我も、ムエイが妹に会えるよう、協力するのだ!」
「俺も協力するぜ! ついでにお前らにもな!」

 カムイがニカッと笑って、蒼と亮太に向かい親指を突き出した。

「って、俺達はついでかよ……」
「まぁ、それは仕方ないんじゃない? 彼らとは出会って間もないんだし、片や赤の他人、片や仲の良い友人って言ったら、どうしたって友人の方を取るもんでしょ?」
「それは確かにそうだけどさ……でも、早いとこ早夜さんに会わないと……」
「ああ、そうよね、早く会って早夜から告白の返事聞きたいわよね……」
「バッカ、違うって!」
「あはは、分かってるって! おばさんの事も言わないとだしね」
「いや、それもあるけどさ……」

 亮太はそう呟きながら、蒼の呪符と包帯の巻かれた腕を見る。
 今は見えないが、包帯を替えた時にチラリと見えた。
 最初と比べて、明らかに広がっている。
 早い所、どうにかしなければ、どんどん広がってしまうかもしれない。
 それに、本人は隠しているみたいだが、相当痛いらしく、蒼の部屋の前を通った時に、啜り泣きの様な声を聞いたりもした。それを聞いて、胸が痛んだ。
 そして、もしかしたら、早夜の力であれば、それをどうにかできるかもしれない。
(蒼、俺は早夜さんもそりゃあ心配だけど、お前の事だって凄い心配なんだからな……)
 恐らく無理して笑っているだろう、蒼の笑顔を見て、亮太は心の中で呟くのだった。


「あ、そうだ! ちょっとピト! 体力を回復させるアイテムか薬はない? イーシェに頼まれたんだけど……」
「フム、ない事もないの……。何でジャ?」
「それが、そのムエイ様の妹さん、魔法を使い過ぎたらしくて、治癒魔法を受け付けないほど、体力が低下してるらしいわ」

 すると、それを聞いたピトは頷き、ミリアの隣に立つと、

「どれ、行こうかの」
「え!? なんで? アイテムは? 薬は?」
「ん? 薬ならここに居るよ?」

 そう言って、自分を指差すピト。

『ハァ!?』

 一同、戸惑いの声を上げる。

「ワシ、樹木人ジャろ? 植物の中には、時に人に良い作用を与える物もある。
 ワシの場合、効能は、滋養強壮、疲労回復、新陳代謝を高めるジャ。栄養も満点で、まさにうってつけジャろ?」

 ニカッと笑うピト。
 しかし、周りの者はちっとも笑えなかった。

「ちょっと待て、ピト。まさか、早夜の為に、その身を犠牲にするつもりじゃないだろうな?」
「あはは、何、犠牲と言っても、たかだかコップ一杯ほどの血を、飲ませるだけジャよ。大した犠牲じゃあないジャろ?」

 それを聞いて、周りの者たちは、ホッと安堵する。
 しかし、ピトはニッと笑って、彼らを青くさせる事を言う。

「なんだったら、腕の一本でも摩り下ろそうか? ワシら樹木人は、あまり痛みを感じんし、十年もすれば、また生えてくるしの」




「ミョミョ!? 何でピトが来るんだミョ!?」
「フム、だってワシ、薬だし」
「ミョ? 何言ってるミョ。意味が分からないミョ」

 再び戻ってきたミリアは、何故だかピトを連れて来た。
 訝しげな顔をするイーシェ。その場に居るナイールも、不思議そうに見ていた。
 ピトは彼らにニッコリと笑いかけると、ベッドに横たわる少女に目を移す。

「この娘か……フム、確かに体力が著しく低下しておるの。どれ、誰かこの娘の体を起こしてくれんかの」

 すると、カンナがそれに応じ、早夜の背中を極力触れないよう注意しながら、慎重に起こしてやる。
 それを確認したピトは、ナイールにナイフはないかと尋ねる。
 そして、ナイールは何処からかナイフを持ってくると、ピトに渡した。
 ピトは、その刃の部分を握り込んだかと思うと、一気に引き抜いた。

「ミョ~~!! いきなり何してるんだミョ!」
「キャー! 見てるだけで痛い!」

 痛そうな顔をして騒ぐ、イーシェとミリアを無視し、ピトは上を向かせた早夜の口の中に、今しがた傷つけた自分の手を持って行くと、ギュッと握り込んで、血を流し入れる。
 本来赤であるべき血の色は、水のような無色透明で、辺りにはフルーツの様な甘い香りがたち込めてくる。
 皆が目を見張る中、ピトは言った。

「言ったジャろ? ワシは薬ジャよ。飲めば疲労回復に滋養強壮、新陳代謝も高まって、おまけに栄養満点なんジャ! かつて、サーゴ王も飲んだ事があるぞ」
「っ!! サーゴ王が!?」

 ナイールが目をむく。

「お前さんも、疲れた時なんかにどうジャ? ワシの所まで来れば、いつでも飲ませてやるぞ?」
「……いや、遠慮しとくよ……」

 透明だがこの液体はピトの血である。いくら、サーゴ王が飲んだ事があると聞いても、飲む気には到底なれない。

「そうか? サーゴは美味いと言っておったぞ?」
「う、うまい?」
「ジャが、ワシの血だとバレた途端、一切飲まなくなってしまったがの」

 愉快そうに笑うピトに、ナイールは呆れて溜息をついた。

「血だと隠して飲ませていたのか……」

 我が国の創始者になんて事をと、思わずにはいられないナイールであった。
 その時、ピトはガシッと肩を掴まれた。
 見ると、目を爛々と輝かせたイーシェが、興奮して叫ぶ。

「新陳代謝! 今、新陳代謝と言ったかミョ!? って事は、お肌にも良いミョ!?」

 その勢いに、少々圧されながらも、ピトは頷いた。

「まぁ、そうジャの。ワシの血を飲んどった時のサーゴは、お肌がつるつるだったの」

 するとイーシェは、体をフルフルと震わせ、おまけに背中の透明な羽も細かく震わせたかと思うと、それをバッと広げた。

「キャア!? 如何したの、イーシェ!?」
「ミョミョミョ~!! 美肌ばんざーいミョ!! この際、血とかそういうものは目を瞑るミョ。イーシェ、美への探究心は人一倍ミョ! 後で飲ませるミョ!」

 その勢いに、ピトだけでなく、ミリアやナイールもたじろぐほどだった。

「そうと決まれば、早く治療を終わらせるんだミョ!」

 イーシェは早夜に向かい、呪文を唱え始める。

「あれ? 体力は回復したの?」
「そんなもの、最初の一口二口で大分回復したミョ! 後五口も飲めば、鼻血ぶーミョ!」
「は、鼻血……?」
「何、言葉の文ジャろうよ。恐らく、体力が全快すると言いたいのジャろう」

 そう言うと、ピトは手を引っ込めた。

「もういいぞ」

 早夜の体を起こしていたカンナに、ピトは声を掛けた。
 カンナは頷くと、抱き起こす時と同じ位の慎重さで、早夜をまたうつ伏せに寝かせる。
 すると、その傷だらけであった背中は、イーシェの治癒魔法によって、みるみる内に回復していった。それを見て、一同ホッと胸を撫で下ろす。

「そう言えばピト。リジャイは其方に行っていないだろうか?」

 ふと思い出したのか、ナイールがピトにそう切り出した。
 ピトはチラリと視線を寄越すと、ヒョイと肩を竦める。

「いや、ここの所とんと姿を見せんの。何ジャ、何か用事かの?」
「いいや、ただちょっと思い出しただけなんだ」
「何、枷をしておるんジャ。この国の何処かには居るジャろう」

 ピトは嘘をつく。
 枷などはとっくに外されている。それも、そこに横たわる少女によって。
 そしてピトは気付いた。少女の首には枷が無い。

「ナイール王子、この娘、枷をしておらんが、如何してかの?」

 すると彼はピトを一度静かに見据え、こう言った。

「壊れてしまったよ……」
「何ジャ、古い枷だったのかの?」
「どうやらそうみたいだ。使い回ししているからね……」
「そうか……」

 ピトには嘘だと分かっている。分かった上で、話を合わせていた。
 恐らく壊れたのではなく、解除されてしまったのだと想像がつく。それをナイール王子は他の者に知られたくはないのだろう。

「最近では、お前さん、サーゴの話を聞きに来なくなってしまったのぅ」

 何となく懐かしくなってピトは言った。
 するとナイールは、肩を竦めて溜息交じりに答える。

「色々と忙しくてね。王があんなだと、仕事は増える一方だ」
「そうか」

 ナイールの言葉に、ピトもまた肩を竦めるのだった。


「終わったミョ!」

 イーシェがフーと息を吐き出し、早夜から離れる。
 早夜の剥き出しになった背には、もう一切の傷も見当たらない。
 完全に治癒したようである。
 そしてイーシェは、グリンとピトに向き直り、目を光らせてジリジリとにじり寄る。

「さぁ! このイーシェに、美肌の元を飲ませるミョ!」

 流石のピトも、イーシェのその異常な興奮状態に、身の危険を感じた。

「ま、待つんじゃイーシェ! まずは一旦落ち着くんジャ!」

 イーシェはナイフをピトに差し出し、

「さぁ、ズバッと行くミョ! ズバッと!!」
「ちょっとイーシェ!? 止めなさいって……」

 ミリアがイーシェを止めようとした時、イーシェとピトの体に、青白く光る呪印が現れ、二人を包んでゆく。

「どうぞ、そういう事は、他所でやってください」

 それと同時にそのような声も聞こえてきて、二人はあっという間にその場から姿を消してしまった。

「え? ちょっと!?」
「……研究所に飛ばしました……」

 カンナが静かな声で告げる。

「えぇ!? 何で!?」
「煩かったので……」
「だからって、いきなり飛ばしちゃう事ないでしょー!」
「申し訳ありません……」
「私に謝っても仕方ないでしょーが!」
「はぁ……」

 ナイールは二人の言い争いを、呆然として見つめている。正直驚いていた。
 この騒動にではなく、カンナの行動についてだ。
(……カンナが自分の意志で動いた!?)
 カンナは今まで、命令しなければてこでも動かなかった。ある意味頑なでもある。
 そのカンナが、命令も無しに、煩いからという理由で、動いたのだ。
 そこでナイールはハッとする。
 先ほどピトに、早夜の体を起こすように言われた時も、確か、命令ではなくただのお願いだった筈である。
 果たしてこれは、一体どういう事なのだろうか。
 ナイールはチラリと早夜を見る。
(まさか、サヤが何かしたのか……?)
 全く分からない事だらけである。
 とにかく、彼女からは目を離さないようにしておこうと、ナイールは考えた。
 その為にもと、先ほど使用人に頼んでおいた着替えを手に取ると、それをミリアに渡した。
 別にミリアとカンナのどちらでもよかったが、たまたまミリアが近くに居たのだ。

「……? ナイール王子? 何これ……?」
「サヤ……この娘の着替えだよ。そのままでは可哀想だろう? 着替えさせておいてくれるかな?」

 そう言われて、ミリアは渡された服をその場で広げてみた。
 思わずギョッとする。

「な、何これ!?」
「この国の貴族の服を用意させたんだ」
「え!? 貴族の服? これが?」
「そう、何なら君の分も用意させようか?」

 ニッコリと笑って言うナイールに、ミリアは顔を真っ赤にして、ブンブンと首を振った。

「じゃあ、私も着替えてくるよ。私が着替えを終える頃には、そちらも終わらせておいてくれるかな?」

 そう言って部屋を出ようとするナイールに、ミリアは慌てて声を掛ける。

「あのっ、でも、この子は異界人なんでしょう? 何で貴族の服なんか着せるの!?」

 すると、顔だけ此方に向け、ナイールはフッと笑みを浮かべる。

「……一応、守る為でもあるんだけどね?」
「守る?」
「それと、逃げないように、かな……?」

 一瞬、ゾクッとする眼差しを向けるナイールに、あのムハンバードの影を見てしまう。
 いくら、自分たち異界人に親しく接しているといっても、やはりこの国の人間なのだと思わせる笑みであった。
 しかし、彼は直ぐにその笑みを引っ込めると、

「では、よろしく頼むよ」

 と、部屋を出て行ってしまった。
 何だか疲れたように溜息をついてしまったミリア。
 改めて手元にある服を見つめる。

「それにしても、これってどうやって着せるものなのかしら……」

 少々顔を赤らめながら呟くミリアであったが、ふと顔を上げ、カンナと目が合った。
 彼女はじっと此方を見つめている。
 試しに、

「えと……分かる?」

 と尋ねてみると、カンナはコクリと頷いた。

「何なら、私が着せましょうか?」
「え? 本当!? お願い!」

 ミリアはズイッと服を差し出し、ここで、
(あ、ここは命令しなくちゃ駄目なのか)
 そう思って、言い直そうとするのだが、口を開く前にその服をカンナは受け取った。
(あ、あれ?)
 首を傾げるミリアであったが、すぐさまカンナが、

「では、この方の服を脱がせるので手伝ってください」

 その言葉にハッとして、素直に手伝うミリアであった。




「着替えは済んだかい?」

 再び部屋に入ってきたナイールに、ミリアは曖昧に返事をする。

「その、一応着せましたけど……」

 顔を赤らめ、ミリアは頷いた。

「そう。では、ご苦労様。もういいよ」
「え?」
「後は私が彼女の面倒を見るから。君たちは持ち場に戻るといい」

 ニッコリと笑って、有無を言わせない雰囲気に、ミリアは黙って頷くのだった。




「ミョミョ! ものすごく甘ーいミョ! これは売れるミョ! “ピト汁”として売り出すミョ!」
「……いや、そんな名前じゃ、誰も買わんと思うぞ……」

 げっそりとしたピトが呟く。
 あの後、カンナによって、研究所に飛ばされたピトとイーシェ。
 いきなり現れた二人に、その場にいたリュウキたちは驚かされたが、何かを訊ねる前に、

「ミョ~! 血を飲ませるミョ~!」
「待て! まずは落ち着かんか!」

 そんな追いかけっこが始まり、唖然とするしかなかった。
 結局、興奮状態のイーシェが落ち着く事は無く、手首を切り落とさんばかりの勢いで、ナイフを振り下ろそうとするのを、カムイが止めに入るという事になり、そしてカムイが押さえている間に、ピトはコップに血を入れるという事で落ち着いた。
 コップの中の液体を飲み終わり、

「ミョ~、何だかお肌に張りが出てきた気がするミョ……」

 うっとりとして呟くイーシェに、ピトはやはり疲れたように、

「……そうか、それは良かったの……」
「明日もまた飲ませるミョ!」

 上機嫌ではしゃぐイーシェに、ピトはハァーと深い溜息をつくのだった。
 そしてそこに、ミリアとカンナが現れた。
 カンナの呪印によって、直接飛んできたのだ。

「あっ、ミリア! ピト汁はすごく甘くて美味しかったミョ! ミリアも後で飲ませてもらうミョ!」

 現れて早々、イーシェにそんな事を言われ、何とも微妙な顔をするミリア。

「わ、私は遠慮しとくわ……」

 そう呟いた時、ミリアの前にリュウキがやってきて詰め寄ってきた。

「ミリア! 早夜はどうなった? 目覚めたのか? 何か言っていなかったか?」

 矢継ぎ早に問われ、ミリアはドキドキとリュウキを見上げる。
(ああ、ムエイ様の顔がこんなに近くに……)
 ポッと頬を染めながら、ミリアは答える。

「あ、あの……ムエイ様の妹さんでしたら、傷が治って、イーシェ達が居なくなった後も、まだ眠ったままでした……」

 モジモジとしているミリアの様子には気付かず、リュウキは「そうか……」と呟き、チラリとカンナの方を見る。
 リュウキにとって、カンナは早夜を無理矢理このクラジバールに連れて来たのだと思っている。
 なので、向ける視線は自然と険しいものになった。
 しかしカンナは、そんな眼差しをそのまま受け止めると、その場に跪いて頭を垂れた。

「っ!? どういうつもりだ!?」

 その行動の意図が分からず、リュウキは戸惑った声をあげる。
 他の者も、怪訝な顔をしてカンナの事を見た。

「我が覇王、サヤ様の兄上様……リュウキ・オルカ様……。今回サヤ様は、貴方とご友人方にお会いになられる為、自らの意思でこの国へと遣って来られました」

 リュウキは、そしてその場に居る者全員、カンナのその態度と言葉の内容に、目を見開かせるのだった。



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