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第二部《序章》
3.ナイールの質問
「大丈夫ですか、サヤ様。何処か顔色が優れぬように思いますが……」
「あ、いえ。今日は魔法を使って、ちょっと疲れちゃっただけです……」

 魔法というのは、オースティンに使った、あの治癒と幻術の事だ。
 そして、早夜は今、クラジバールへと行く。
 城の人たちとはもう、お別れは十分に済ませた。
 いま、早夜がいる場所。それはアルフォレシアが一望できる、あの丘であった。

「サヤ様、私はあちらについたらまず、サヤ様をナイール王子に引き渡さねばなりません。その後は、姿を消し、サヤ様につかず離れず見守っております」
「えっと、それは……その、ずっとですか?」
「はい、それが私の役目。そして私の生き甲斐です……」
「………」

 熱のこもった眼差しを向けられ、思わず一歩下がる早夜。
 そんな事を生き甲斐とするなんて、一体どういった世界の人なんだろうと思った。
(でもそれって、トイレやお風呂の時もなのかな……)
 などと考えながら、困った顔をする。

「あの、じゃあ私がいいと言うまでは、たとえ危ない目にあったとしても、助けないでくれますか?」
「サヤ様、それは……」
「人は生きていれば、多少は危険な目に会うものです。でもその度に助けてもらっていたら、いつまで経っても成長しないじゃないですか。私は成長したい。強くなりたいんです。
 だから、何もせず、見守るだけにしてください」
「ですが……」
「本当に危なくなった時や、私の手に負えなくなった時は、ちゃんとカンナさんに助けを求めますから」

 すると、カンナは納得しないながらも、

「仰せのままに」

 と呟き、呪印を出現させ、指先から解けさせると、紐状にして早夜を縛るように纏わりつかせる。

「このような扱いになります事を、お許しくださいませ……」
「あはは、しょうがないですよ。だって私はカンナさんに掴まるという事でクラジバールに行くんですから」

 この事もあるので、お城の人たちには見送りをしてもらわなかったのだ。
(何か、情けないし……。過保護なあの人達だと、今直ぐ止めろとか言われそうだもんね……)
 すると今度は、足元から呪印が広がり、早夜とカンナを包み込んでゆく。

「心の準備をなさって下さい。視界が開けた時、そこは既にクラジバールです」

 早夜は黙って頷いた。
 何故ならば、早夜を縛り付ける呪印は、今や口までも覆っていたからだ。
 そして、視界までも覆われてゆく。
 早夜は緊張で、少しばかり震えた。
 まるで心臓までも縛り付けられたかのように、ギュッと縮まる思いがするのだった。



 気付けば、早夜は何処かに横たわっていた。
 絨毯だろうか、とても柔らかい。
 そして、頭上からカンナの声が聞こえてきた。

「ナイール王子様、只今戻りました……」
「っ!! カンナ!?」

 若い男性の声。とても驚いているようだった。

「そんな現れ方は、リジャイだけで十分だよ……」

 溜息交じりの声に、早夜はピクリと反応する。
 リジャイという名に反応したのだ。
(そういえば、リジャイさんの用事って何なんだろう……)
 最後に会ったのは、あのリジャイの過去の話を聞いた時だ。
 試しに指輪に話しかけてみると、

『今ちょっと、手が離せない用事が出来ちゃったんだ。だから、あまり、話しかけられても返事は出来ないと思う』

と言われ、それからというもの、話も出来なくなってしまった。

「この者が本当に……?」
「はい、間違いなくこの方です……」

 物思いに耽っていたら、いつの間にか、若い男性の声が直ぐ近くに聞こえてきた。
(この声の人が、ナイール王子?)
 リジャイが言っていた話だと、ナイール王子はまだ、異界人には寛容な方らしいという事。
(どんな人なんだろう? 話せば分かってくれる人なのかな?)
 そんな事を考えていると、直ぐ近くで誰かが此方を覗き込む気配がする。

「そんなまさか……こんな子供が……?」
「ふむっ!?」

 思わず声が漏れてしまった。
(た、確かに私は小柄だけど、でも子供は酷いよぅ!)
 早夜は泣きたくなった。アルフォレシアでも、小さいとは言われたが、まだ子供とは言われなかった。
 それとも、気を使って言わないでくれていただけだろうかと、ちょっと思ってしまう。

「カンナ、この子の目隠しを外せ。ただし、口の拘束はそのままに」

 万が一、呪文を使われないようにと警戒の為だ。

「……御意」

 静かにカンナが返事して、早夜の視界を覆う物が無くなった。
 いきなり明るくなり、目をパチパチと瞬かせる。
 そして早夜は、ゆっくりと自分を子供と称した人物を見上げた。
 こげ茶色の癖のある髪に、褐色の肌。澄んだ泉のようなブルーの瞳。綺麗な顔立ちをしていた。
 しかし、そんな事は如何でもよかった。
(そんなっ、同じ位の年齢の男の子に、子供って言われたっ!)
 見た所、十七、八といった所だろうか。
(私だってもう直ぐ十七歳になるのに……)
 本格的に泣けてくる早夜。ジワッと目に涙が浮かんでくる。
 そんな早夜を見て、単純に怖がっているのだと思ったナイールは、一度戸惑った顔を見せた後、片膝を付き体の下に手を差し入れ、優しく起こしてくれた。
 そして、安心させるように表情を和らげると、

「私はナイール、この国の王子です。このような扱いになって本当にすまないね。全ては我が父、ムハンバードの自分勝手な妄想の為……。恨んでくれて構わないよ」

 そう言った彼は、何処か苦しげであった。
 それからナイールは、カンナに机に置いてある箱を取る様に命じる。
 カンナは素直に言われた通りに箱を取ると、それをナイールに渡した。
 その時に、早夜と一度だけ目が合うと、カンナは目礼をし、直ぐに離れた。ほんの一瞬だった為、ナイールに気付かれる事も無い。
 ナイールは箱を受け取ると、中身を取り出した。
 それは銀色の輪っか、枷であった。

「これを付けさせてくれれば、拘束を解いてあげる。いいね?」

 顔を覗き込み、優しく言うナイールに、早夜は素直に頷いてみせると、彼は満足げに頷き、その枷を早夜の細い首に付けた。
 すると、見えない何かが体に纏わり付くのを感じたが、やろうと思えば、今直ぐにでもこの枷を外す事が出来るので、全く怖くは無かった。

「この首輪は、魔力の枷でもあるんだ。もし、下手に逆らおうとすれば、とても恐ろしい事になるから、素直に私の言う事を聞くんだよ?」

 そのナイールの言い方は、子供に対するものであり、酷く胸にチクチク刺さってくるが、一応素直に頷いておく。すると彼は、ニッコリと笑い、頭を子供にするように撫で、「いい子だ」と言った。
 その行為は、物の見事に胸に突き刺さり、大いに早夜を傷付けた。
 ショックのあまり、目から涙をボロボロと零れさせると、目の前のナイールはギョッとして、慌ててその涙を拭う。

「カンナ! 早くこの拘束を解いてあげるんだ! 全く、私は子供のあやし方など知らないというのに……」
「〜〜ッ!!」

 カンナが拘束を解いた。それと同時に、乾いた音が部屋の中に響く。
 ナイールは何が起きたのか理解できず、頬だけがジンジンと熱い。そして、続けざま彼の耳に少女の声が響いた。

「私は子供じゃありません! もう直ぐ十七です!」

 早夜はナイールの頬を平手で殴っていたのだ。
 カンナはそれを端から見ていて、

(お見事です、サヤ様……)

 と心の中で称賛していたのだった。




「すみません……いきなり殴ってしまって……」
「………」

 その後、カンナは部屋を出て行き、ナイールと二人きりとなってしまった。
 ナイールと早夜は今、椅子に座っている。
 そして、彼に謝罪するも、彼はずっと無言であった。
 見た感じでは怒っては居なさそうだが、何やら考えているようである。
 早夜はコソッと、今しがた叩いてしまったナイールの顔を盗み見る。
 彼の頬には、薄っすらと手形が浮かび上がっていた。
(いくら腹が立っていたからって、いきなり殴っちゃうなんて……私ってこんなに、小さい事がコンプレックスだったんだ……)
 改めて、自分の弱点を知った早夜。

「あのー……ナイール、さん? 王子様って呼んだほうがいいのかな……?」
「どちらでも構わないよ」
「あっ」

 漸く声を掛けてもらい、早夜はホッと安堵する。
 彼の口元には笑みが浮かび、それが作り笑いなのか、本当の笑みなのか、いまいち判断がつかなかった。

「あの、ごめんなさい。頬っぺた痛くありませんか?」
「まぁ、痛いね……」
「………」

 ズーンとショックを受ける早夜に、ナイールはクスクスと笑った。

「全く……変わっているね、君は……。ムリヤリ連れてこられたと言うのに……。お人好しなのか、単なる馬鹿なのか……」
「え……」

 サラリと悪口を言われた。

「それとも、何か意図があって、わざと攫われてきたのか……」
「う……」

 ナイールの眼光が鋭くなる。
 早夜はその視線に耐えられなくなり、そろっと視線を外す。
 何だか、その綺麗なブルーの瞳に見つめられると、ポロッとうっかり、本当の事を話してしまいそうである。

「君にはこの後、王に会ってもらう事になる。その前に、質問しておきたい事があるんだけどいいかな?」
「あ、うっ、はい……」

 慌てて首を縦に振る早夜。
 ナイールがクスリと笑う。
 何だか恥ずかしくなって、早夜は頬を染めた。
(ううっ、同い年位なのに、物凄く落ち着いてる……って言うか大人っぽい……)

「まずは、君の名前」
「は、はい。桜花早夜って言います」
「オオカサヤ……」
「えっと、早夜が名前です」
「成る程、姓が先なんだね? それにサヤ……綺麗な響きだ」

 今度はサラリと褒められ、照れくさくなり俯いてしまう。

「ではサヤ、この世界にはどうやってやって来たのか? あの凄まじい魔力……あれは本当に君が?」

 疑わしげに此方を見下ろすナイール。
 早夜は素直に頷いていた。
 そして、リュウキの事以外は、正直に話す事にする。

「その……此方の世界には偶然やってきて……そして、最初に出て来た場所が、たまたま魔力を増幅する部屋で……」
「増幅部屋……成る程、それであれほどの力が……。それにしても、増幅部屋って事は、最初から王宮に現れたという事か……。それはさぞや歓迎された事だろうね、幸福の遣いとして……」
「は、はい……皆とても優しくしてくれました……」
「優しく、ね……。ではサヤ、アルフォレシアではどんな人と親しくなった?」
「う……えと、王族の人たちと仲良くなりました。王様と王妃様には、もう一人娘ができたみたいだと言われました」

 彼らの事を思い出し、自然と笑みがこぼれる。
 しかしながら、ナイールは険しい顔になった。

「娘か……それは少し厄介だな……」
「え?」
「それでは、アルフォレシアの、もう一人の幸福の遣いはどんな人だったか教えてくれるかい?」
「え? リュウキさんの事ですか?」

 パッと顔を上げ、親しげに彼の名を口にする早夜を、ナイールは訝しげに見据える。

「……君は彼を良く知っているの?」
「え? ああ、はい! リュウキさんは、私のお兄さん……みたいにな人です。強くて、でも優しくて……。セレンさんって言う素敵な恋人が居て、二人は凄く愛し合っているんですよ! セレンさんのお兄さんの、リカルドさんとは友人同士で、何か男の友情って感じで、何か憧れちゃいます!」

 と、ここでハッとする早夜。
 リュウキの事を聞かれ、何だか嬉しくなって、ついペラペラと喋ってしまった。
 チラリとナイールを窺うと、彼は険しい顔で物思いに耽っている。
 ぶつぶつと何かを言っていたが、それは早夜にまでは届くとは無く、やがて諦めたように息を吐き出し、軽く首を振った。

「……私の思い違いだったのか……」
「はい?」
「いえ、何でも……では次の質問。アルフォレシアでは、このクラジバールの事をどんな風に聞いていた?」
「え……あ、その……異界人を呼び出して、奴隷にしていると……」

 正直に話すと、ナイールはフッと笑った。

「そう、その通り。我がクラジバールは、異界人を呼び出しては、戦の駒に使ったり、奴隷として、この国の為にこき使っている。
 それを知ってもなお、サヤ……君は何故か平然としている。さて、何故か……?」

 静かな声の彼に、早夜はゾクリと背筋が寒くなった。
(ど、如何しよう、怖い……)
 早夜はギュッと手を握り締めた。
 だが、何故か彼はこれ以上追及する事は無く、早夜はホッと一息ついた。

「ホッとするのはまだ早いよ。まだ質問はあるからね」
「え!?」
「次の質問。君が得意な物は?」
「私の得意な物? お料理とか?」

 首を傾けて尋ねた所、彼はポカンとした後、「ブッ」と吹き出した。

「あはは! 面白いな君は! そうか、君は料理が得意なんだね」

 フフッ笑いながらそう言うナイール。
 早夜は、焦って否定する。

「い、いえっ! それ程、大層な腕ではありません! 人並みです!」

 そう答えた所、更に笑われてしまった。
 肩を震わす彼を前に、早夜は如何したものかと所在無げに指をもてあそぶ。
 そして、一頻り笑って満足したのか、ナイールは少々赤くなった目で早夜を見つめた。
 如何やら、涙が出るほど笑ったらしい。

「得意と聞いたのはね? 魔法とか、武術とか、学問とか、そういった部類の事を聞いたんだ。まぁ、料理も別にいいけどね……珍しい食べ物とか作ってくれるなら――」
「い、いえ! そんな大した物は作れません……」

 早夜は恥ずかしくて、顔が上げられなかった。
(あう〜、そっか、そうだよね……。この状況で聞いてくる事だもん。私ったら、何言ってんだろう……)

「えっとですね……魔法が使えます……」
「魔法と言うと? 治癒とか攻撃とか色々あるけど?」

 ニッと笑いナイールが尋ねてくる。
 最初と比べて、かなり親しみの篭った眼差しであった。

「あのですね、その……色々です……」
「色々と言うと?」
「ですから、魔法全般? あ、後、魔法の知識とか?」
「何でそこで疑問系なのかな……」

 クスクスと笑いながらナイールが呟く。
 しかしそこで、彼は身を乗り出すと、早夜に顔を近づけ囁いた。

「もし役に立つのであれば、君は自由に出歩く事が出来る。それに快適な住まいもね」

 思わずドキリとする早夜。
 彼の顔が近くにあるせいもあるが、今言った彼の自由にという言葉、それは早夜が望むものであった。
 自由に動き回れれば、リュウキや蒼達を探す事も出来る。

「だ、大丈夫です。ある程度の事は出来ると思うので……や、役に立つと思います!」

 うんと頷く早夜に、ナイールは手を伸ばすと、その顎を取り上向かせた。

「え? え? な、何ですか!?」
「サヤ、君は何も分かってないね? 役に立つという事がどういう事か……。もし、アルフォレシアと戦わなくてはならなくなった時、君は役に立てるの?」
「っ!!」

 早夜は目を見開く。
 澄んだ泉のような綺麗なブルーの瞳の中に、悲痛な表情をした自分の顔が映し出されていた。
 だが直ぐに、その瞳は閉じられ、顎から手が外される。

「ほら、君はやっぱり馬鹿だ……」

 フッと笑われた。

「今の所は、何処とも争う予定は無いから大丈夫……。でも、王の前では嘘でも役に立つと言った方がいい。自由に動き回りたいのならね」

 早夜はキュッと下唇を噛んだ。
(私、本当に馬鹿だ……何も考え無しで……)
 落ち込んでいると、頭に温かな感触がある。ナイールが、手を置いてくれたのだった。
 泣きそうになって見上げると、ナイールが真面目な顔で言った。

「じゃあ、これが最後の質問」

 最後と聞いて、何処かホッとする早夜。
 ポンポンと軽く頭を叩かれ、観察するように上から下に視線を移しながら、ナイールは言った。

「サヤ、君の世界では皆、君の様に体が小さいのかな?」
「はい?」

 彼のその顔は真面目ながらも、その瞳は楽しげだった。
 わざとだと思った瞬間、“パシィッ”とまた、思わず手が出てしまったが、頬に当たる寸前で止められてしまう。
 手首を掴みながら彼は、ニヤリと笑った。

「私は君ほど馬鹿ではないから、同じ事は二度は食わないよ」
「〜〜っ!!」

 何だかその笑顔を見て、物凄く憎たらしく感じる早夜であった。



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