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《第五章》
15.星降る日・後編
 空はすっかり暗くなり、星がちらほらと見え始めた頃、人々は手に星かごを持って、外へと赴く。
 その日は新月。あの巨大な月もなりを潜め、空には星の輝きだけが、儚げに、そして美しく煌めいていた。
 そして、一粒の光が、ひらりと舞い落ちてくる。
 それを合図とするように、一つ、また一つと光の粒が止め処無く振ってくる。
 降りた星は、その地に留まる事をせず、解ける様に大地に吸い込まれていった。



「うわー!」

 その様に感嘆の声をあげ、早夜は顔を目いっぱい上に向ける。フードを被ってる為、こうしなければ見えないのだ。
 そんな早夜に、苦笑交じりに声をかける者が居た。

「おい、サヤ。そんなに上ばっかり見てっと、すっ転ぶぞ」

 リカルドである。彼は、早夜の頭にポンと手を置く。

「そうだな。まぁ、その時は、俺がちゃんと支えてやるから安心しろ」

 そう言って、早夜の腰に手を回すのは、シェルであった。
 今、早夜はこうして、二人の王子にぴったりと寄り添われている。二人は護衛なので、傍に居るのは当たり前なのだが、これは幾らなんでもくっ付き過ぎではないだろうかと、早夜は思った。因みに、シェルとリカルドに気を使ってなのか、何故かルードとカートはこの場にいない。
 昼間、指輪と耳飾について散々問われ、リカルドやシェルだけでなく、バーミリオンとマオにまで問い詰められたものだから、早夜は屋根の上であった事を喋るしかなかった。とはいっても、耳を舐められた事や、告白された事とかは省いたのだが、それでもこの二人には、早夜の様子で何かあったらしいという事に、何となく気付いたみたいだった。
 お陰で、何時にも増して、べったりと引っ付かれている訳なのだが、早夜にとっては心底恥ずかしい事である。
 周りには早夜たちだけでなく、国賓の者達も居るのだが、幾ら夜で暗いといっても、真っ暗という訳ではなく、ましてや今は、星が降って辺りはほんのり明るい。
 おまけに頭上には、紐に括られた星かごが無数に張り巡らされている。それらの星かごは願い事用の物ではなく、ランプ代わりのようだった。
 なので、こうして二人の男にぴったりとくっ付かれている早夜は、目立って仕方が無い。

「あの、もう少し離れて……」

 早夜がそうお願いしようとした時、後ろの方が少々騒がしくなった。
 何だろうと見てみると、そこにはミヒャエル親子が居たのだが、何と、ミシュアの持っていた星かごに星が入ったのだ。
 皆が祝いの言葉を言う中、当然その願い事を訊ねる。
 そしてその願いというのが、

「弟か妹が出来ますように」

 であった。
 それで更に、周りは祝賀のムードが漂う。そんな中で、ミヒャエルとアイーシャは、顔を見合わせ、照れた様に笑い合っていた。
 早夜たちも、彼らに近づき「おめでとう」と言った。

「あ、サヤ! あのね、ミシュア、お姉さんになるんだよ! 早く生まれてこないかな、弟か妹!」

 そんな事を言って、皆を沸かせるミシュア。

「ミヒャエル、おめでとう。アイーシャも……」

 シェルが彼らにそう言った。
 一瞬、驚いた顔をする彼らであったが、嬉しそうに笑って、「ありがとう」と礼を述べる。

「でかした、息子よ!」

 そう言ってミヒャエルの肩を叩くのは、アルファード王だった。
 よく見ると、目が少し潤んでいる。多くの人の前なので、泣く事は憚れるらしい。
 そんな様子を、早夜は微笑ましく見ていた。そして、改めて家族に会いたいと願うのだった。
 そして早夜はふと気付いた。ミシュアの持つ星かごの中の星が、じわりとにじんで、アイーシャの腹に向かい流れてゆくのを。

「え?」

 驚きの声を上げる早夜であったが、それに気付いたのは如何やら自分だけのようである。

 その時ふと、誰かに呼ばれた気がして振り返ってみると、多くの人々の中、何か見覚えのある人物を見た様な気がした。
 そして――……。

「早夜、あなたは今、幸せですか――……?」

 直ぐ後ろで、そんな言葉を掛けられた。
 早夜は振り返る事が出来ない。何故ならば、その声はとても懐かしく、忘れがたい声だったからだ。
 ふわりと、頭に暖かい何かが触れた。思わず目に涙が浮かぶ。
 そんな筈はない。ないのだけれど、その声と温もりは間違いなくあの人のものだった。

「……おじぃちゃん先生?」

 恐る恐るそう囁いた。答える様に、頭の上の温かい何かは、するすると早夜の髪を撫でてゆく。
 堪らなくなり、早夜は振り返った。

 ザァッという音と共に、目の前に薄紅色の雨が降る。
 目の前には桜並木が存在した。

「……え?」

 今、目の前に広がる景色に、早夜は目を見張った。
(何で!? だって今、私はお城の庭に居た筈……)
 そして、幻影なのかと思い、足元を見てみるが、魔法陣などは一切見受けられなかった。それに、リカルドやシェルの姿も無い。

「――早夜、大きくなりましたね……」
「っ!!」

 いつの間にか、隣に彼が立っていた。此方を優しげに見つめ、微笑んでいる。
 目に涙を浮かべる早夜の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
 何もかもが懐かしい。この眼差しも、声も、ぬくもりも……。

「……おじぃちゃん先生……」
「今まで、いっぱい頑張りましたね。ずっと見ていましたよ……」

 ハッと早夜は彼を見る。ふるふると首を振った。

「御免なさい。私、おじぃちゃん先生の言ってた事、ちっとも守れてなかった……。今日だって私……」
「いいえ、大丈夫ですよ。早夜、あなたはちゃんと前に進んでいます。人を幸せにしていますよ」

 そして彼は、手を差し出してくる。
 しわくちゃな手。こんなに小さかっただろうか……。

「さぁ、行きましょう。あなたの家族の元へ……」
「え!?」
「時間はあまりありません。少しの間だけ、会わせて上げます。ただし、あちらからは此方は見えませんよ」

 フッと笑って、彼は言った。

 そして早夜はハッと気付く。
 願い事、星かごに入る星……。それは――……。

 早夜は、そのしわくちゃな手を取った。懐かしく、温かいその手に。



 そして気付けば、目の前にはリュウキが居た。
 大きな樹の根元にしゃがみ込み、手には星かごを持っている。口元には笑みを浮かべ、星が降ってくるのを眺めていた。

「うわぁ、本当に星が降ってる!」
「おおっ、すげー……」

 その声に、早夜は思わず振り返る。

「えっ!? 蒼ちゃん? 亮太君? 何で!?」

 そこには、日本に行っている筈の蒼と亮太の姿があった。彼らは上空を見上げながら、感嘆の声をあげている。

「もう少し早くに俺を呼んでくれていれば、星かごの作り方を教えてやれたんだが……」

 リュウキが蒼達に話しかける。

「いえいえ、こうして降ってる星を見てるだけでも、十分です!」
「そうですよ! お兄さんが気に病む事なんかありません!」
「ははは、だから君にお兄さんと言われる謂れは無いのだけどな!」

 そんな会話をしている彼らに、早夜は暫し呆然とする。
 何故彼らは一緒にいるのだろう。リュウキがいるという事は、ここはクラジバールの筈だ。
 では、蒼と亮太は此方に戻っているという事であろうか。
 そして、急に彼らが遠ざかる。いや、此方が遠ざかっているのか。

「あ――……」

 早夜は無意識に手を伸ばす。一瞬、リュウキが此方を見たような気がした。


「……如何したんですか? リュウキさん」

 虚空を見つめたまま、動かないリュウキを訝しげに思った蒼が、そう声を掛けた。
 すると、ハッとした様にリュウキは蒼を見る。そして、頭を振りながら、目を押さえた。

「いや、なんでもない。少しだけ幻覚を見たみたいだ……」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ……」

 そう言いながら、リュウキはもう一度、虚空を眺める。
 今そこに、早夜が居たような気がしたのだ。



 次に気が付くと、早夜は薄暗い部屋の中に居た。結構広い空間だ。そして、奥の方に何かが見える。
 隣に居るおじぃちゃん先生に手を引かれ、早夜は奥へと向かった。

「っ!!」

 そこで見たものに、早夜は声を失う。
 そこには人が居た。
 椅子に座り、虚空を眺めるその人物。
 早夜には、その人物に見覚えがあった。だが、あまりにも変わり果てた姿。

「――お父、さん?」

 ポツリと呟いた声は、掠れていた。
 何ものも映してはいないその瞳。その目元は深く落ち窪んでいた。肌の色は土気色。生気がなかった。
 そして、あの夢の中では黒々としていた髪も、白髪が雑じり、かなり痛んでいるようだった。
 それでも、その人が父だと分ってしまう事が、何だか悲しかった。
 ただ、服装だけはちゃんとしており、誰かが世話をしているのだと分る。彼は、誰かが世話をしなければならないほど、痩せ細っていたからだ。
 早夜はその手に触れる。凄く冷たかった。胸が締め付けられ、涙が零れる。

「ああ、お父さん。一体何があったんですか? どうしてこんな風に――」


「誰だ!?」

 その時、鋭い声が響き、早夜は振り返る。
 そこには、ゆったりとした着物に身を包み、何処か弱々しい印象を受ける男性が立っていた。
 肌の色は青白く、少々病的だ。全体的に細く、髪は長い。
 一見すれば、女性にも見られかねない。
 彼の両方のこめかみ部分の髪は白い色をしていた。

「……お兄さん?」

 彼がムエイと言う、自分のもう一人の兄であろうか。
 どちらかと言えば、リュウキと言うより、自分の方に容姿は似ている気がする。
 そんな事を考えている間、その人物は辺りを見回し、首を傾げる。


「おかしい、確かに何者かの気配がしたのだけれど……」

 そして彼は、椅子に座る男性を眺める。

「……父上、ここに誰か来ませんでしたか? 何か仰ってください。それとも、それ程までに私がお嫌いか……」

 眉を顰めて、彼は言う。

「それ程、弟のリュウキの方がよろしいか。でも、残念でしたね。もう、リュウキはここには帰ってはきませんよ。
 こんな病弱の息子しか、今はあなたの傍にはいないのです」

 そう言うと、彼は皮肉げに笑う。そして、次の瞬間には、クシャリと顔を歪めた。

「だからどうか、私を見てください、父上。蔑みの目でもいいから、私を……」

 そう呟くと、彼は父の前に跪き、その手を取る。

「っ!?」

 ハッと目を見張った。
 何時もは冷たい父の手が、何故か温かかったのだ。そして辺りを見回す。

「……やはり、誰か居たのか――……?」

 彼の目が一瞬、早夜を捉え、そして直ぐに他に移る。


「……お兄さん。あなたは私のお兄さんなんですか?」

 早夜はそう呟き、彼に触れようとする。だが、その寸前で、目の前の彼は遠ざかっていった。

「ああ――」

 早夜は落胆の声をあげる。何だか無性に彼に触れたくなった。
 以前見た夢の中でも思ったが、何故か彼に触れなくてはいけない、そんな気になったのだ。



 そして、次に気が付いた時、それはとても奇妙な場所であった。
 糸が張り巡らされた部屋。そして無数の呪符。
 早夜の知識が告げる。これは封印の呪だと。それもかなり強力なもの……。
 一体何を封印しているのか。
 目を凝らしてみれば、中に人が居る。
 早夜は目を見張らせた。

 その人物は、白い着物を身に纏い。直接床に正座して、固く目を瞑っている。
 そしてその人物の髪は白く、そして何よりその顔は早夜によく似ていた。

「あ……お母さん?」

 そう呟き、早夜は手を伸ばす。
 指が糸に触れようとした時、隣に居るおじぃちゃん先生に止められた。
 見ると、悲しげな顔で首を振っている。

「――キヨウ様……」

 不意に声がして、早夜は固まる。聞き覚えのある声だった。
 驚いて振り向くと、そこにはアヤが立っていた。
(何でお母さんがここに!?)
 アヤは今、黒い装束を身に纏い、まるで忍者の様だと思って、早夜は見ているのだが、始終周りを気にして、人に見つからないように心掛けている様子は、あながちそれも間違いでも無さそうだと早夜に思わせた。

 そしてアヤは、目の前に張り巡らされているものを見、そしてその中に居る人物に目を移すと、今にも泣きそうになって顔を歪めた。

「ああ、キヨウ様。自身を封印なさったのですか……」

 糸に触れようとして、アヤは止める。

「そうする事で、早夜を、オミサヤ様を守っているのですね……。それなのに私は……」

 アヤはその場で膝をつく。

「キヨウ様、申し訳ありません。二人のお子様を守る約束が、果たせませんでした。
 あの界渡りの日、私はリュウキ様の手を離してしまいました。そして今回、オミサヤ様までも……。
 ああ、キヨウ様……罰せるものならどうか、私を罰してください……」

 アヤは頭を垂れ、床に額を押し付ける。

「ならばその望み、私が叶えてやろうではないか……」
「っ!!}

 アヤはハッと顔を上げ、その声の主を振り返った。
 気が付けば、周りの空気がガラリと変わっている。ねっとりと絡みつくような、粘着質のある重苦しい空気。

「オルハリウム……」

 忌々しげにその名を呟くアヤ。
 オルハリウムと呼ばれたその人物は、仮面で顔を半分隠し、鉛色の髪は綺麗に整えられ、肌は紙のように真っ白だった。仮面から覗く口は、引き連れたように笑みの形となっている。
 何処か神官を思わせるような、厳粛な格好をしていたが、その禍々しい雰囲気は、全く逆の印象を与えた。

 ――バチィッ!

「アクッ!」

 アヤが何かに弾かれ、倒れふす。

「お母さん!」

 早夜は叫び、駆け寄ろうとしたが、あの仮面の男がアヤに近づき、叶わなかった。何故かその男が怖くて堪らない。

「バーツ様と呼べ、侍女風情が。私の名を呼ぶ事は許されない……」

 見下した目でアヤを見下ろすその仮面の男は、しかし直ぐに、堪え切れないように笑い出した。

「ああ、でも良く戻ってきた。ずっとこのチャンスを待ち侘びた。
 子供は何処だ!」

 そう言ってアヤに手を伸ばし、その髪を掴んで顔を上げさせる。
 するとアヤは、目の前の仮面に向かい唾を吐きかけた。そしてギリッと睨みつける。

「誰がお前などに教えるものか!」

 バチンと頬を叩かれ、アヤは再び倒れ伏す。口の端に赤い筋が流れた。
 男が片手で何か合図すると、何処からか鎧を身に纏った兵士が現れ、アヤを取り囲んだ。

「牢屋に入れておけ、聞きだす方法など幾らでもある。一体何処まで耐えられるのか、見ものだな」

 フンと鼻で笑い、アヤは兵士達に連れて行かれる。

「ああっ、お母さん!」

 早夜は口を覆い、目に涙を浮かべて、その様子を見ているしか出来なかった。

「もう時間です。戻りましょう……」
「でも、お母さんが!」

 アヤを追いたくて、足を踏み出そうとするが、おじぃちゃん先生は悲しげに首を振る。
 そして厳しい顔になり、早夜を諌めた。

「戻るんです。そしてこれより起こる事に備えなさい」
「……? これより起こる事?」
「これ以上言う事は、私には許されていません……」

 すると周りの景色が遠ざかってゆく。
 そして、最初の桜並木に戻ってきた。手から温もりが離れてゆく。
 ハッとして其方を見ると、ザァッと桜の花びらが舞い落ちて早夜の視界を遮った。

「何時でも前を見ていなさい。どんなものでも、慈しみをもって接してあげなさい。それは、そのものに変るチャンスを与える事。それが何より、あなたを救う事になるでしょう。
 幸せになりなさい、早夜。いつでも笑っていてください。それは変らず、私の望みであり、幸せなのだから……」

 声は遠ざかる。早夜は手を伸ばし彼を呼ぶ。

「あ、待って、おじぃちゃん先生――」

 しかし、その手は何も触れる事はなく、そして、視界が開ける寸前、ふわりと髪が撫でられた。
 気が付けばそこは、城の庭園。
 桜の花びらは光の粒へと変っていた。

「如何した、サヤ? ぼぅっとして」

 早夜は顔を上げる。そこには不思議そうに此方を見るシェルの姿が。

「おい、サヤ! お前、星かごに星が入ってるぞ!」
「え?」

 反対側を見てみれば、早夜の手元を覗き込むリカルドがいる。早夜も自分の手の中を見てみれば、その星かごの中には、ひっそりと光の粒が入っていた。

「やったな、サヤ! すげーじゃん!」
「一体何を願ったんだ?」

 そう問われ、早夜はポツリと呟く。

「……家族に会えますように……」

 彼らはその言葉を聞き、目を見開かせ、まるで自分の事のように喜んだ。

「そっか! 良かったな、サヤ!」
「ああ、これで絶対に会える筈だ」

 しかし、早夜はゆっくりと首を振ると、星かごをそっと胸に抱いた。

「いいえ、それならもう会いました。たった今、おじぃちゃん先生が会わせてくれたんです……」

 そして空を仰ぐと、止め処無く舞い落ちてくる光の粒たち。
 これはそう、魂の欠片。この世を去った者の、それからこれから生まれ来る者たちの魂の欠片……。

「おじぃちゃん先生、わざわざ世界を越えてまで、私を見守っていてくれた……」

 静かに早夜は涙を流す。
 そんな早夜を、二人の王子は戸惑った顔で見ていた。
 そして、涙を流しながらも、真剣な顔になって、早夜は言う。

「リュウキさんを見ました。そこには蒼ちゃんと亮太君もいたんです。今、二人はこの世界に戻ってきています」
「っ!!」
「それはっ!!」

 シェルとリカルドは、驚いた顔で早夜を見ている。
 正直、信じ難い話ではあるが、実際、蒼と亮太は今、クラジバールにいる。リュウキと一緒に居る事は知らないが、有り得る話だ。

「……それから、他の家族も見てきました」

 そう言って早夜は、今見てきた事を話した。
 それを黙って聞く二人の王子であったが、始終信じられないという顔をしていた。

「夢を見ていた、と言う訳ではないのか?」

 シェルが言った。それに、早夜は目を伏せ、首を振る。

「分りません。夢かもしれないし、そうでないかも知れない。でも、私の中で、これはただの夢ではないと、現実に起こっている事だと告げているんです……」

 そして泣きそうに顔を上げる。

「ああ、でも……お母さんが、あの仮面の男の人に捕まって……牢屋に入れられるって言ってました。
 如何しましょう、お母さんが、お母さんが――……」

 そして、とうとう泣き出してしまう早夜を、シェルが抱き締める。

「うおっ、兄貴! どさくさ紛れて!」

 そんなリカルドの声を無視して、シェルが優しく宥める様に、その小さな背を擦る。

「分った、もう分ったから。落ち着け、サヤ。父上や他の者達にも話して、助ける方法を考えてみよう。星かごに星が入った以上、絶対に現実でも会える筈だ。
 俺も全力で、その手助けをするから……」

 シェルのその声は、何処までも優しく、早夜は目を潤ませ彼を見上げる。その眼差しも、とても優しかった。
 何時ものあの、イジワルな感じは無く、早夜はこのまま縋って泣きたくなった。

「シェルさん……」
「そんな顔をするな。人前だというのに、自制が利かなくなりそうだ……」

 そう熱っぽく囁いて、シェルは早夜の頬を撫でる。

「ふぇ!?」

 少々情けない声をあげて、早夜はたじろいだ。
(そ、そんな顔って、どんな顔なんだろう……それに自制って……)
 そんな事を考えていると、リカルドが顔を引きつらせて怒鳴る。


「いい加減離れろよ! 兄貴は十分、自制が利いてねーよ! サヤも少しは抵抗しろ!」
「えぇ!? そんな――」
「リカルド、サヤにあたるのは止めろ……。それに、この後の時間をお前に譲るんだ。これ位は大目に見ろ」
「は!?」

 困惑するリカルドに、シェルはニッと笑って見せると、早夜から身を離し、その手をとる。

「俺はこれから、サヤが言っていた事を父上達に話してくる。サヤもなるべく早い方がいいだろう?」

 そう言うと、シェルは身を屈め、早夜の手の甲に口付けをする。

「〜〜〜っ!!」
「んなっ!!」

 顔を真っ赤にして、何も言えない早夜と、同じく顔を赤くしているが、此方は怒りによるリカルド。

「本当なら口にしたい所だが、今日の所は我慢しよう。
 リカルド、サヤをしっかり守れ。頼んだぞ」

 今度こそ完全に身を離し、シェルは言った。

「兄貴に言われなくても、俺はサヤを守る!」

 そう言って、早夜を自身の後ろに庇う。まるで、シェルから守るように。

「……どういう意味だ、それは……。まぁいい、俺は行くからな、そう言うお前がサヤを襲うなよ」

 シェルはそう言い残し、この場を後にする。

「んなっ!! お、襲うって……する訳ねーだろ!」

 リカルドはそう言い返すが、相手は既に大分遠ざかってしまっていた。

「ったく、最近漸く兄貴の性格が見えてきた。一番の危険人物だ、あれはっ!」

 そう愚痴ると、リカルドは早夜を見る。
 じっとシェルの背を見送る早夜にムッとして、その視界を遮るように前に立つ。

「え? あ、リカルドさん……」

 ハッとして顔をあげ、リカルドを見る早夜。

「何だよ、そんなに兄貴と一緒の方が良かったのかよ」

 明らかにヤキモチと取れる発言であったが、リカルドは止められずムスッとした表情で早夜を見つめる
 早夜の方はキョトンとした顔で、此方を見ていて、さらにリカルドを苛立たせる。

「俺だって、お前の事――」

 好きなのにと言いかけて、ハッとした。
(俺、そーいえば、こいつにまだ好きだって言ってねぇ!)
 好きだと気付いた時に、まだ告白するのは後だと決め、そしてそれから、シェルもまた早夜が好きなのだと気付き、リジャイのあからさまな態度もあって、彼らと早夜の何処が好きだとか言う話もして、何かもう、既に告白した気でいた。
 その事に気付くと、途端に焦りが出てくる。
(ヤバイ、俺って先越されまくりじゃねーか!)


「あの、リカルドさん?」

 早夜は急に黙りこくってしまったリカルドを見て、首を傾げる。
 何だか、ショックを受けたような顔をしていた。
 するとリカルドは、早夜の手をハシッと掴んでくる。

「話がある!」

 リカルドは早夜を連れて何処かへと向かう。

「え? あの、一体如何したんですか?」

 そう声を掛けるも、リカルドはズンズンと歩いてゆく。
 早夜は一度、後ろを振り向く。
 シェルが気になった。
 自分が見てきた事について、話してくると言っていた。自分の家族の事だ。
 星かごを握る手に力がこもる。
 仮面の男に、倒れ伏すアヤの姿。

「……お母さん、大丈夫でしょうか……」

 思わず不安が、ポロリと表に出る。
 その呟きに、リカルドがピタリと止まった。
 何だろうと彼を見ると、目を見開き此方を見ている。そしていきなり、肩をガシッと掴まれ、

「ごめん!」

 と謝られた。

「えっ!? 何がですか? 何で謝るんですか?」
「とにかくごめん! そっか、そうだよな。今はそんな場合じゃないよな……。
 俺、自分の事ばっかりで……」

 そう呟くと、バシンと両手で自分の頬を叩く。

「ひゃあ!! 何してるんですか!?」

 早夜が困惑して、リカルドの袖を引っ張る。

「おしっ、戻ろう!」
「えぇ!?」

 リカルドはそう言って、袖を掴む早夜の手を逆に掴むと、元来た道を戻っていった。

 呆気にとられ、早夜は手を引かれるままに彼についてゆく。
(い、一体何だったんだろう??)
 彼の行動が、全く理解できない早夜であった。



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