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《第五章》
14.星降る日・中編
 肩で息をし、汗を拭いながら、シェルは早夜の部屋の扉を叩く。だが、返事はない。

「サヤ、いないのか? 入るぞ」

 そう言って、扉を開いたのだが、やはり誰もいなかった。
 確かに此方の方に走っていった筈である。
 シェルの脳裏に、先程の早夜の顔が浮かぶ。悲しげに此方を見る早夜の姿。
 一体何を思って、何を感じたのか。
(何処に行ったサヤ!?)
 今直ぐこの腕に抱きしめたい。その唇に口付けたいと思った。
 そして、こんな状況であるのに、何処か嬉しく感じている自分もいるのだ。
 アレは、あの反応は、少しでも自分を好いてくれていると、自惚れてもいいのではないかと……。早夜は自分に対して妬いてくれているのでは、とそんな事を考えてしまう。
 だがどちらにしろ、まずは誤解を解かねばならない。
 シェルは扉の前で、暫し早夜を待つ事にした。





 早夜は自分の部屋に向かい歩いてゆく。なるべく、余計な事は考えず。
 そして、最後の角にさしかかろうとした時だった。
 ハシッと肩を掴まれ、吃驚して振り返った。

「っ!! リジャイさん!?」
「シー……」

 そこに居たのは、にっこりと笑って、人差し指を口に当てているリジャイであった。
 彼は、早夜の肩に手を置いたまま、角の向こうにそっと視線を向け、早夜を手招きして、

「あれ、あれ」

 と指差して見せた。
 何だろうと、早夜もそっと覗いてみると、何と自分の部屋の前に、シェルが居るではないか。
 早夜は目を見開かせると、ギュッと胸を押さえ、慌てて顔を引っ込めた。

「……如何する?」

 不意にそう聞かれ、早夜はリジャイを見る。彼はじっと此方を見ていた。

「何なら僕も一緒に行ってあげようか?」

 そう言って、歩き出そうとする彼を、早夜はぶんぶんと首を振って止める。

「じゃあ、早夜一人で行く?」

 ハッと顔を上げる早夜に、リジャイは苦笑いをする。

「凄く不安そうな顔……。捨てられた子犬みたいだよ……」

 そう言うとリジャイは、早夜の目の前に手を差し出す。

「じゃあ、少し外に行く? 昨日の場所でよければ、もう一度君をご招待」

 少しふざけた感じで言うリジャイに、早夜は縋る様にその手にしがみ付いた。



 城の屋根の上。昨日と変らぬ景色に、何処かホッとする早夜。

「早夜」

 そう呼ばれ、其方を見てみると、リジャイが腰を降ろし、自分の膝をポンポンと叩いている。

「おいで」
「ふえぇ!?」

 顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振った。
 すると、リジャイは、

「いーから、いーから」

 と言って、早夜の手を取り、強引に自分の膝の上に座らせてしまう。
 早夜は、背中から伝わる体温に、まるで石の様に固まった。
 リジャイは、そんな早夜の様子にクスリと笑うと、その細い肩の上にアゴを置く。
 ビクッとして早夜は彼の名を呼ぶ。

「リ、リジャイさん!?」
「抱きしめる代わり……」

 「え?」と声をあげる早夜に、彼はさらに言った。

「抱き締めるのは、まだ怖いんだよ。それに、特に今は、君を如何してしまうか分らない……」

 リジャイのその静かな声に、早夜は訝しげに彼を振り返る。

「リジャイさん? 何かあった――」
「何かあったのは早夜、君だよね」
「っ!!」

 吃驚する早夜の耳元で、リジャイは囁く。

「悲しかった? シェル王子様が他の人とキスしてて……」
「な、何で――……」

 そういえば、先程の廊下での彼は、まるで何があったのか分っている様な言動ではなかったか、と思って、早夜は答えを求めるようにリジャイを窺う。
 すると彼は、スッと目を細めて早夜を見ると、手を前に出し、横に動かした。
 途端に札が現れ、まず真横に一列並び、それが縦に横にと一枚一枚広がっていって、早夜達を取り囲んでいった。

「ほら、僕って一応見張りだからさ……。言ったでしょ? 国賓達には皆、見張りの札を貼り付けてあるって」

 そう言って、一枚の札に触れると、目の前にパッと映像が浮かんだ。

「こんな感じで見てったらね、偶然あの場面に出くわしちゃった訳なんだよね。勿論、早夜が今まで何処に居たのかも知ってるし、それに――」

 と、また別の札に触れると、目の前の映像にシェルが映し出された。

「っ!!」
「ああ、シェル王子様は、まだ早夜の部屋の前に居るんだね……」

 それは早夜の部屋の前の映像。ギュッと早夜は胸を押さえた。

「いつもは、怪しい者が近づかない様に見張ってるんだけどね」

(何だか、防犯カメラみたいだな……)
 目の前に映し出される映像を見て、誤魔化す様にそんな事を思う早夜。

「ねぇ、早夜。君の血、飲んでもいい?」
「はい!?」

 あまりにも唐突な願いに、早夜は戸惑う。

「ね? 痛くしないから、飲ませてよ。忘れられないんだ。君の味……」

 リジャイはそう耳元で囁くと、ぺろりとその耳を舐めてきた。

「ひゃあ!?」

 驚いて、早夜はそんな声を上げてしまう。
 リジャイはさらに舌を這わせ、その柔らかい耳たぶを口に含む。
 チクリと痛みが走り、早夜がビクッと身体を震わせると、

「……痛い?」

 リジャイがそう聞いてきた。
 答えられずに、顔を真っ赤にして俯いていると、

「やっぱり甘いね、早夜の血って……」

 そういって、また耳たぶを口に含んで吸ってきた。
 ゾワゾワッと体が粟立つのを感じる。ピチャリという音と、何かを啜る音。
 耳がカァッと熱くなったかと思うと、その熱は不意に消えた。

「うん、良く似合うよ」
「え?」

 顔を向けると、驚くほど近くに紫色の瞳があった。
 彼はニッと笑うと、自分の耳につけてある、赤い石の付いたピアスを指差して言う。

「お揃い……」

 ハッとして早夜は、今しがたリジャイに舐められた耳たぶに触れると、何やら固い感触が。
 では、先程感じたチクリとした痛み。それはこれを付けられた時のもの――……。

「だ、駄目ですっ!!」
「え?」

 早夜は立ち上がり、叫んでいた。

「ピアスなんかつけたら、お母さんに怒られちゃいます!」
「え? ちょっと、気にする所そこ!? プククッ、やっぱり君って面白いな」
「そんなっ、笑い事じゃないです! お母さん、怒ると怖いんですよっ!!」
「うん、そうだね、凄く怖いよね――」

 そう言いながら、笑いを堪えるリジャイ。目に涙を浮かべながら、早夜を見上げる。

「じゃあ、その時は僕も一緒に怒られてあげるよ。それにそれ、昨日早夜が見せてくれた魔法を応用したものなんだけどな」
「え……?」
「それと、あの目の見えないおじいちゃん達のものも、取り入れてある」

 するとリジャイは、早夜の手を取り、その白く細い指に指輪を嵌めた。

「良かった、ぴったりだ。ほら、こっちもお揃い」

 そう言って、自分の指に嵌めてある指輪を見せる。ピアスと同様、赤い石の付いた銀製の物であった。

「………」

 早夜は暫し無言でその指を見詰める。非常に困った。なんと言うべきなのだろう。
 その指輪がはまっている場所、それは左手の薬指。

「あの……リジャイさん?」
「ん?」
「何でこの指に嵌めたんですか?」
「うん、この指が一番伝わりやすいかな、と思って」

 するとリジャイは、自分の指に向かって、何事かボソリと囁いた。
 そして、早夜の耳に驚くほど間近に、リジャイの声が聞こえる。

『だって、この指は愛を誓う為の指でしょ?』
「っ!!」

 リジャイがニヤッと笑った。
 早夜は顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせ、其方を見るのだが、彼はクスクスと笑うのみ。
 慌てて指輪を外そうとするが、全く抜ける気配がない。

「それ、僕じゃないと外せないようにしてあるから。ピアスも同じ」
「な、何でこんな事……」

 早夜がそう言うと、リジャイは笑みを浮かべ、札に触れて、映し出される映像を眺める。

「一種の牽制の意を込めて、かな? 彼に対しても、君に対しても……」

 その映像の中には、シェルが映し出されている。彼は時折、辺りを気にしながら、溜息をついてまた壁に寄りかかると、物思いに耽っていた。

「……君は、彼に焼きもちを焼いているのかな……?」

 リジャイがそう呟くと、早夜がハッと顔を上げた。そして、ぶんぶんと首を振る。

「ち、違います! 焼きもちとかでは……」
「だって、さっき泣いてたでしょ?」

 それは、バーミリオンと共にいた時の事を言っているのか……。
 だが、早夜は更に首を振ると言った。

「それも違うんです。ただ怖くて……そして悲しかった……」
「? 怖い……?」

 悲しいは分かるが、怖いとはどういう事だろう。リジャイは訝しみながら早夜を見上げる。

「だって、リジャイさんは言っていました。私のこの、万物の力を持った人たちは皆、人から好かれるんでしょう?
 皆が優しくしてくれるのも、シェルさんやリカルドさん達が、私を好きになってくれたのも皆、この力のせいなんですよね」

 リジャイは目を見開かせる。

「早夜、あの話聞いて……?」
「シェルさんが、他の人とキスしてた事、確かにショックでした。でも、私が焼きもち焼く資格なんて無い。私にこの力が無ければ、シェルさんは私を好きになってくれなかった筈です。
 でも、怖かった。ふとした拍子に、皆が私から離れて行ってしまうんじゃないかって……。そうしたら、最初は恐ろしいものなんじゃないかと思っていたこの力も、今は絶対に無くしたくない、手放したくないって思えて……。
 私は浅ましい……凄く浅ましい人間です……」

 早夜は顔を覆って泣いていた。
 こんな事を思う自分が卑しくて。物凄く嫌いだと思った。
 そして、自分を好きになってくれた人たちに、申し訳なくて、でも手放したくなくて。こんな自分が嫌で嫌で堪らなかった。

「ごめんなさい……。皆に優しくされて、凄く居心地が良かった。甘えてしまってごめんなさい……」

 今まで考えない様にしていたものが、シェルが他の者とキスをしているのを見た事によって、溢れ出してしまった。
 考えなければならなかったのだ。それなのに、自分は今の状況に胡坐を掻いていた。

 と、その時、早夜は暖かいものに包まれていた。リジャイが抱き締めたのだ。

「謝らないで、早夜。僕の方こそごめんね。あんな話、するべきじゃなかった……。
 いいんだよ。君は甘えてもいいんだ。もっと、人に頼っていいんだよ。悲しむ事なんて無い……」

 早夜を抱き締めるその腕に、力がこもる。

「あぅっ、く、苦しい。リジャイさん……」

 リジャイの腕の中で、顔を真っ赤にして、そう訴える早夜。
 しかし、リジャイは放す素振りを見せなかった。

「ごめんね、もう少し我慢して。これでも力入れない様に頑張ってるんだから」

 そう言うと、ちょっとだけ力が緩む。

「ねぇ聞いて、早夜。確かに、その力は人を惹きつけるのかもしれない。その力のせいで、皆が君に興味を持ったのかもしれない。
 だけどその後、その興味がどう変わって行くのかは、その力とはまた別だと思うんだ。
 中には君を疎ましく思ったり、妬ましく思ったり、恨みを持つ者もいるかもしれない。でも、今君は、多くの人に優しくされている。それは、君の人柄によってだと僕は思うよ。
 それに――……」

 リジャイは漸く体を離し、早夜の顔を覗き込む。

「僕は君が好きだよ。最初は確かに、興味だけだったけど、それは今、ここまで進化した。
 これは間違いなく僕の気持ち。その気持ちを、どうか否定しないで」

 そう言って、リジャいは少し、悲しげに微笑んだ。
 そんな彼を見て、早夜は涙を流した。
 申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
 彼らの目を見れば、本気かどうかなんて分かるのに。それなのに、自分は彼らの気持ちを否定してしまっていたのだ。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 そう言い続ける早夜に、リジャイは苦笑する。

「だから、謝らないでって言ってるのに……。こういう時は、こう言って欲しいな」

 リジャイは自分の指輪に向かって、ボソッと何事か言う。すると、早夜は目を大きく見開き、瞬きをすると、顔を綻ばせてその言葉を言った。

「リジャイさん、私の事好きになってくれて、ありがとうございます……」

 リジャイはそれを聞いて、嬉しそうに笑い頷く。

「謝られるより、断然こっちの方が嬉しいな」
「リジャイさん。私、この力にちゃんと向き合っていきますね。そして、少しでも人を幸せにできるように努力します。もう、悲観したりしません。
 これが、皆さんに出来る恩返しですよね」

 輝く様に笑う早夜を、リジャイは眩しげに見て、「ああ」と言って頷く。

「君はやっぱり凄いね。弱いけど強い。僕は君が羨ましい……。僕には出来なかった事だ……」
「……? リジャイさん?」

 不思議そうに早夜は首を傾げる。
 そんな早夜に、リジャイはフッと微笑むと、

「ねぇ、早夜の願い事って何? 星かごに、願い事は入れたんでしょ?」

 そう聞いてきた。
 今だ不思議そうに彼を見る早夜であったが、素直にその質問に答える。

「えと、家族に会えますように……」

 たとえ、星かごに星が入らずとも、いつか必ず会えると信じようと、バラバラになっていても、何処かでは必ず繋がっている。それが家族なんじゃないだろうか。
 そんな事を早夜が思っていると、リジャイは言った。

「大丈夫、叶うよ。たとえ、星が入らなかったとしても、僕がその願いを叶えてあげる」
「え!? リジャイさん?」
「……これは僕の為でもあるから。それに、僕って人の願いを叶えるの、結構得意だったりするんだよね」

 戸惑う早夜に、おどけた様にそう言うリジャイ。
 彼は早夜の手を取ると、その指に嵌められた指輪に、口付けをする。

「もしこの先、僕がいなくなる様な事があったら、これに語りかけてね。どんなに遠くに居ても届くから。
 まぁ、用が無くても、語り掛けてくれると嬉しいな。何時でも早夜の声を聞いていたいし」

 リジャイはそう言って、片目を瞑る。そして、早夜の手を引っ張ると言った。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 早夜は、足元に手をかざし、魔法陣を出そうとするリジャイに、困惑しながら尋ねる。

「如何して、そこまでしてくれるんですか? それに、リジャイさんは、私の本名を知っていましたよね。何で――」

 早夜の言葉は途切れた。
 リジャイが人差し指を、早夜の口に当てて遮ったのだ。

「焦らなくてもちゃんと教えてあげるから。今はお祭りだよ? 楽しまなきゃね。
 あ、でも一つだけ教えてあげる。僕の星かごの願い事。早夜のだけ聞いたら不公平だからね」

 リジャイは早夜の唇から指を離す。そして、早夜の前に立つと、真剣な顔で言った。

「僕の願い事は、早夜が幸せになれますように。いつでも、笑っていられますように。
 君の笑顔は、僕の“救い”だ」

 そんな事を言うリジャイを前に、言葉も出ない早夜。
 スルッと頬を撫でられ、そして、彼は自分の指輪に向かい、何事か語りかける。
 早夜は泣きそうになった。

『僕の前に現れてくれて、生まれてきてくれて、ありがとう……』

 リジャイは照れたように笑うと、再び早夜の手を取り、魔法陣を出す。

『リジャイさんも、生まれてきてくれて、ありがとうございます』

 ハッとリジャイは振り返る。
 はにかんだ様に微笑む早夜が居た。
 思わず手に力が入り、早夜が顔を顰める。
 それでも、手を放す事など出来なかった。

「もぅ、メッですよ。リジャイさん」

 そう言って、早夜が軽くリジャイの手を叩く。

「うん、ごめん、早夜……」

 その声は囁く様な、掠れた様な声だった。
 早夜は、慌ててリジャイから目を逸らす。
 そして、一向に緩まないその手を、優しく摩った。
 彼の頬に、光る物があったから……。





 シェルは、早夜の部屋の扉の前で、もう何度吐いたか分からない溜息を吐く。
(これならば、探し回っていた方が良かったか?)
 等と考えながら、それでもすれ違いを恐れて、その場から離れる事が出来ない。
(まさか戻ってこないつもりだろうか……)
 そんな事を思った時、シェルに話しかけてくる者がいた。

「あれ? 何やってんだ、兄貴……」

 リカルドである。
 シェルは暫し、無言で彼を見つめると、ハァと溜息を吐いた。

「ちょっ! 何で溜息なんか吐くんだよ! それも俺の顔を見た途端!」
「……いや、煩いのが来たな、と……」
「何だよそれ!」

 ムスッとするリカルドに、シェルは言った。

「それにしても、何しに来た。夜まで大分時間があるだろう」
「俺は昼飯でもどうかと思ったんだよ。そう言う兄貴こそ、何してんだ?」
「……サヤなら部屋には居ないぞ。だから俺は、こうして待っている……」

 不機嫌そうに、眉を顰めてシェルは言った。

「何かそれ、答えになってねーんだけど……」

 その待っている理由を知りたいリカルドは、そう呟いた。



「あれあれー? 王子様方お揃いでー」

 いやに明るい声に振り返れば、其処には此方に向かって歩いてくる、リジャイの姿が。そして、シェルは目を見開く。
 何故ならば、その後ろには、待ち人である早夜の姿があったからだ。

「サヤ!」

 思わず、大きな声で声をかけると、ビクンと身を震わせ、早夜は困った様に此方を見たかと思うと、リジャイの後ろに隠れてしまう。
(何故そいつの後ろに隠れるんだ!)
 腹が立ち、リジャイを思い切り睨み付けるシェル。
 しかし、リジャイはそんなシェルを涼しい顔で見据えると、フッと笑って、自分の指を口元に持っていった。一体何をしているのかと思ったが、その時、後ろに隠れていた早夜が、そろっと出てくる。
 そして、不安そうにリジャイを見上げると、彼は早夜に笑いかけ、頷いて見せた。
 早夜が緊張した面持ちで、此方の方に歩いてきた。

「如何したんだ、サヤ? 何か元気ねーな……?」

 リカルドがそう声をかけると、早夜はハッとした様に顔を上げ、ぶんぶんと首を振り、

「だ、大丈夫です! 全然元気ですよ!」

 少々むきになって言ってくる。

「あの、サヤ?」

 シェルがそっと声をかけると、ギクッとした顔で、此方を見、気まずそうに目を逸らせた。
 やはり、気にしている様だとシェルは考え、誤解を解こうと早夜に言う。

「サヤ、先程の事なんだが――」
「だ、大丈夫です! 分かってますから!」

 シェルの言葉を遮るように早夜が叫ぶ。
 いったい何を分かったのだろうと、シェルは思ったが、早夜はチラッと上目遣いで此方の方を見たかと思うと、小声で、

「マウローシェさんの悪戯なんですよね……。リジャイさんが教えてくれました」
「何!?」

 思わず其方を見ると、リジャイはひらひらと手を振って見せた。
(何故こいつが俺の誤解を解く……というか、何故奴はこの事を知っているんだ!?)
 と考え、そして見張りをさせている事を思い出し、それでかとリジャイを睨む。

「ってゆーか、一体何の話だよ! 全く話が見えねーんだけど!」

 物凄く不機嫌な顔で、そう言うリカルド。自分の知らない話に、除け者にされた様な感覚を味わっていた。
 早夜はリカルドを見上げ、首を傾げる。

「そう言えば、リカルドさんは何でここに居るんですか?」
「俺は、サヤを昼飯に誘おうと思ってさ。なのに、何か俺、邪魔みてーじゃん」

 拗ねた感じで言うリカルドに、早夜は首を振る。

「そんな! 邪魔なんかじゃありませんよ! そーだ! 皆でお昼食べましょう! 大勢の方が楽しいですよ!」

 パァッと顔を輝かせて笑う早夜を見て、リカルドとシェルはそれぞれ嘆息を漏らす。
(俺は出来る事なら、二人きりで食事を取りたかった……)
(これじゃあ、仲を進展させる所ではないな……)

「ねぇねぇ、それって僕も一緒?」
「はい! 勿論です!」

 リジャイが声をかけてきて、早夜は元気に返事をする。
 それを聞いたリカルドとシェルは、同時に目を剥いた。
(何でそいつまで一緒なんだっ!!)
(そいつの顔を見ながら食事など、冗談ではないぞ!)
 否定の言葉を口にしたい二人であったが、嬉しそうな早夜を前に、何も言えなくなってしまう。

「あ、マオさんも呼んでいいですか? それにバーミリオンさんも!」
『は!?』

 王子二人の声がはもる。

「何でそこで、バーミリオンなんだ!?」
「一体いつ、食事に呼ぶほど仲良くなった!?」

「つい先刻、お世話になりました。とても優しくして頂いたので、そのお礼がしたいんです。
 マオさんは、腕輪で呼び出せると思うんで、バーミリオンさんは私が呼んできますね!」

 そう言うと、彼らの返事も待たずに、その場を去ろうとするが、ふと立ち止まり、二人の王子を見た。
 そして、ふわりと華の様に笑ったかと思うと、こう言った。

「私の事を好きになってくれて、優しくしてくれて、ありがとうございます。私、この世界に来て、皆さんに出会えて、本当に良かったです!」

 そう言うと、早夜は頭を下げて、走り去ってしまった。
 呆然とするリカルドとシェル。
 それでも、二人の心に、温かなものが残った。


「実は早夜、聞いてたんだ。あの時の話」

 二人はリジャイを見る。
 リジャイは、走り去る早夜を見送りながら、静かに言った。

「僕が君たちに話した、万物の力を持った者は、人から好かれるって話だよ。
 それで早夜は、自分が人から好かれたり、優しくされるのは、全部その万物の力のせいなんじゃないかって思ってたみたいだ」

 リカルドとシェルは目を見開いた。

「そんな! んな素振り、全然見せてなかったじゃねーか!」
「ずっと、考えない様にしていたみたいだ。でも、ある事が切欠で、その不安が一気に溢れ出ちゃったんだね」

 リジャイはシェルを見据える。シェルはハッとなって、顔を伏せた。

「で、その切欠って何なんだよ」

 リカルドはそう問いかけるが、リジャイは「さぁーねー」と言うばかりで答えようとはしない。シェルの方を見てみれば、顔を俯けており、明らかにその切欠と言うのは、彼絡みである事は確かなようである。




「本日は、昼食にお誘い頂いて、真に有難う御座います……」

 リカルド達は、目の前で無表情に頭を下げる青年を、無言で見詰めた。
(く、暗い……)
(無愛想な奴だな……)
 それぞれ、そんな事を思っていると、少し離れた場所で、女の子同士でキャイキャイとはしゃいでいた、早夜とマオがやってきた。

「バーミリオンさん、挨拶は終わりました?」

 すると、今まで無表情だったのが嘘の様に、顔をほこらばせるバーミリオンと呼ばれる青年。
 二人の王子はハッとした。
(こいつ、まさかサヤに!?)
(チッ、また邪魔なのが増えたか)

「はい、たった今、済ませた所です」
「そうですか、良かった。それで、こっちがマオさんです」
「ウム、よろしく!」
「ああ、コーラン国のマオ皇女様ですね。自分は、タンバスのバーミリオンと申す者です」
「おお! 妾の国を知っておるのだな! 関心、関心!」

 陽気に笑って、バーミリオンの肩をバンバンと叩くマオ。
 彼は吃驚した様にマオを見て、困った様に早夜を見た。
 しかし、早夜はそれをにこやかに見て、

「仲良くなれたみたいで、良かったです」

 と言っていた。


「皆の挨拶が終わった所で、僕はそろそろ行こうかな」

 そんな事を言ったのは、リジャイであった。
 早夜は吃驚して彼を見ると、眉を下げる。

「え? 昼食は一緒に食べないんですか?」
「うん、僕、見張りしなきゃいけないし、それに早夜の血飲んで、お腹いっぱい胸いっぱいで、暫く他の物を口に入れる気になんないし」
「ひゃああっ!!」

 早夜が顔を真っ赤にして、叫び声を上げる。
 言っては駄目だと言う様に、首をぶんぶんと振っているが、時は既に遅し。

「なにっ!?」
「どういう事だよ!? サヤに何かしたのか!?」

 シェルとリカルドが、同時にリジャイに詰め寄るが、彼は既に魔法陣を出現させた後で、手をひらひらと振ると、パッと消え去ってしまった。
 そして、バッと早夜を振り返る二人。
 早夜は怯えた様にマオに抱きついた。

「何だ、血を飲んだとは? どういう意味だ? 妾も知りたい」
「ふぇ!?」

 助けを求めた人物に、その様な事を問われ、情けない声をあげてしまう早夜。

「そういえば、その耳飾、先程会った時にはつけていませんでしたね。あの男につけられたのですか?」

 そう、少々厳しい顔で尋ねるのはバーミリオンだ。
 ハッと思わず耳を隠してしまう早夜。その行為は肯定と取るには十分の仕草。
 その手をハシッと掴まれ、見ると怒った表情のシェルが此方を見下ろしている。

「それをつける為に傷付けられたのか!?」
「いや、あのっ」
「あ、何だよ、この指輪! これも昨日まで、してなかったじゃねーか!」

 リカルドがそう言って、もう片方に手を掴んだ。

「そうですね。その指輪も、その耳飾と同様、先程までは付けていませんでした」

 バーミリオンが言った。
 両の手を、シェルとリカルドにそれぞれ掴まれ、目の前には厳しい顔をしたバーミリオンと、興味しんしんで顔を輝かせるマオ。
 絶対に逃げられないこの状況で、早夜は心の中で、
(リジャイさんのバカーー!!)
 と叫んでいた。

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