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《第五章》
12.友情の証
「ああ、そうだ! 友となった証に、お前にこれをやる!」

 マオが自分の手首に嵌められた腕輪を外し、早夜に渡した。細かな細工の施された、青い石の付いた美しい腕輪だった。

「母上の形見だ」
「えぇ!? そんなに大事な物、貰っちゃって良いんですか?」
「ああ、いいぞ! 他にもいっぱいあるしな! それに母上も妾の友人にあげるのだ、きっと許してくれるさ」

 嬉しそうに笑うマオを見て、断ったら逆に悲しまれそうで、早夜は素直にその腕輪を受け取った。
 何かお返しをしたい。しかし、お返し等どうすれば良いものか、自分は今、何も持っていない。

「それに、その腕輪には(まじな)いも掛かっていてな、再会を意味している。妾は、この祭りが終われば、直ぐに国に戻らねばならないからな。サヤも直ぐに妾の国に来るのは無理だろう?」

 確かに、直ぐに行くのは無理だろうなと思い、まじないと聞いて、早夜はある事を思いつく。

「マオさん、この腕輪、他にもいっぱいあるって言ってましたよね」
「ん? ああ、今もほら、こうして着けてるぞ」

 マオが腕を上げると、シャランと音を立てて、いくつかの輪っかが嵌められてるのが見えた。

「へぇ、それ全部がそうだったんですか。なら大丈夫かな? ルードさん、ちょっと良いですか?」
「へぁ!? な、何ですか!?」

 いきなり呼ばれたルードは、驚きに声を裏返してしまった。。

「この腕輪にある魔法を掛けて貰いたいんですけど、良いですか?」

 そう訊ねられ、ルードは瞬きをした。

「ある魔法ですか?」
「はい、この前見たく陣を書きますから、紙と筆を用意してください」

 それから、こんな廊下も何だからと、皆で近くの部屋に移動した。
 早夜はそこで、この前みたく紙に魔法陣を描いてゆく。
 その素早さと正確さに、マオたちも目を丸くして見入っていた。
 ルードはそれを見て呟く。

「伝達系統の魔法ですね……」
「はい、その通りです。実は前から、携帯電話みたいな物が出来ないかなって思ってたんです」

 電話とは何だろうと、ここにいる者達は首を傾げている。
 描きあがると、ルードに渡し、説明しだした。

「この陣の上に、対となる二つの物を置いて、発動させるんです。あ、因みに、この余白の部分に名前を書き入れると、その人物しか使えないようになります。
 と言う訳で、マオさん、ここに名前を書いてください。私の名前はもう書いてあるので。
 それと、対となるもう一つの腕輪を貸してください」

 今まで、早夜のする事をボーとした面持ちで見ていたマオは、そう言われて慌てて腕輪を外した。そして、言われた場所に、マオは自分の名前を書き入れる。
 ルードは二つの腕輪を陣の上に置くと、杖を持ち、その先でトンと陣を叩いた。
 すると、紙に書かれた陣が、淡く輝きだす。
 早夜は、その輝きに目を奪われた様にじっと見つめた。
 知識はあるが、実際に魔法はこの世界に来て初めて目にしたのだ。早夜にとってはまだまだ物珍しい。
 ふと横を見れば、マオもまた自分と同様、ルードの魔法に見入っているのに気付いた。
 彼女もまた、そんな早夜に気付いたのか、顔を見合わせるとニコッと笑い合う。

 だがここで、ルードが首を傾げた。
 魔法が上手く掛からないのだ。

「すみませんが、サヤ様。もしや何処かに書き損じ等はありませんか? 何やら上手く掛からなくて……」
「え!?」

 そう言われて、早夜も自分の描いた魔法陣を見るが、何も可笑しな所は見つからなかった。

「……ルードお前、嬢ちゃんや姫さん達に見られて、緊張してるんじゃないのか?」

 カートが苦笑してそう言った。しかし、ルードは首を振る。

「確かに緊張はしていますが、これの場合、この陣に対して魔力を発動させるだけですので、私が失敗するというのは、考えられないんですよ……」

 その言葉に早夜も頷く。
 早夜の中の知識も、そうだと教えてくれていた。
 じゃあ何が、と思っていると、すっと手が伸びてきて、陣の一部分を指差す。

「ここが間違ってるよ」

 一瞬の間を置いて、ルードが青い顔をして大きく跳び退り、カートの陰に隠れる。
 マオの護衛達も殺気立つが、シェルがそれを制した。

「大丈夫です。見るからに怪しく危ない男ですが、護衛の一人です」

 そして、シェルは現れた男を冷たい目で見据える。

「リジャイ、お前何しに来た。見張りをしていたのではなかったのか?」

 けれどリジャイは、目を細めて首を傾ける。

「それなら大丈夫だよ。それぞれの国に、見張りの札を貼り付けておいたから。因みに、君らにも貼り付けてあるよ、札」

 そう言って、マオたちを見るリジャイ。彼らは慌てて、自分達の姿を見る。

「ああ、無理無理。魔法で見えなくしてあるからね」
「って言うか、お前いつもいつも、物凄くタイミングよく現れるよな」

 リカルドが言葉に、リジャイが肩を竦め笑った。

「だから、今言ったじゃん? この人たちも見張ってたんだって。そしたら、何か面白そうなことしてるから来ちゃった」

 するとマオが、興奮して早夜に詰め寄ってくる。

「サヤ! 凄いな、あの男! 目が三つもあるぞ! 耳もとんがってる! 見るからに異界人だな! あ、もしかして、あの男がサヤの言ってた友人か!?」
「え? いえ――」
「ううん、違うよ。強いて言うなら、未来の恋人?」

「うえぇ!?」
「キサマ!!」
「おい!!」

 早夜、シェル、リカルドの三人が、同時に声を上げた。
 シェルとリカルドに至っては、リジャイを射殺さんばかりに睨みつけている。

「いいじゃん希望くらい、ねぇ?」

 リジャイは早夜に向かってそう言ったが、どう返していいものやらと、早夜は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 しかし、ここでハッとして顔を上げると、リジャイに歩み寄る。

「あの、リジャイさん! 一体この魔法陣の何処が間違ってるんですか? 見た所、そんな所は見当たらないんですが……」
「うん、そうだね。これ自体は完璧だよ。でも、契約者の名前が違っている」
「え!?」

 そう言われて見てみるが、名前の書いてある部分には、ちゃんと『桜花早夜』と書かれている。
 この世界の文字は読めないから、マオの名前が間違っているのかは分らない。
 マオも横から覗いてみる。

「妾の名前は別に間違ってないぞ」
「ああ、君の名前は大丈夫。違うのは早夜の名前だから」
「え? 私の名前ですか? でもちゃんと桜花早夜って書きましたよ」
「でもそれって、君の本名じゃないだろう?」

 そう言われて、早夜はあっと声を上げた。
 事情の知らないマオは首を傾げている。

「でも私、文字を知りませんよ?」

 恐らく、日本語では駄目だろうと、早夜の中の知識が告げる。
 一体、何処の世界か分らないが、この世界でも、今まで育ってきた日本でもない世界の言葉。恐らく、赤ん坊の時にそこから連れ出されたであろう早夜に、その文字が分る筈もない。
 すると、リジャイは紙を取り出し、早夜から筆を受け取ると、そこに文字を書く。

「オミサヤ・オージュ・オルカ。これが恐らく君の本名だ。
 オミサヤは光り輝く者という意味。オージュは、女の子の中で一番最初に生まれた子には、必ず付ける名前。そしてオルカが君の家の家名だね」

 早夜はポカンとしてリジャイを見つめる。
 そんな早夜を、優しげに見やって、リジャイは陣の中の『桜花早夜』という名前の所に、指を置くとそっと撫でた。すると、まるで指がインクを吸ったかのように、その部分がきれいな空白となる。

「ここに、この名前を書けば大丈夫だ。書こうと思えば、君ならば恐らく初めて書く字でも、自然に書ける筈だよ」

 と、そこでリジャイは肩を掴まれた。

「何故お前がそこまで知っている!? リュウキに聞いたのか!?」

 しかし、リュウキに聞いたにしても、文字が書ける事自体が不思議だ。
 シェルのその眼差しは、今までの嫌悪や怒りではなく、何処か得体の知れないものを見る様な眼差し。
 マオ達はその只ならぬ様子に、ただ戸惑うばかりであった。

「シェル兄貴、気持ちはわかっけど、こいつらは訳分んねーだろ?
 問い詰めるなら、こいつらにも説明するか、こいつ等のいない所でやれよ。
 それに、一番知りたいのはサヤだ。兄貴が問い詰めるべきじゃない」

 そう言われて、シェルはまじまじとリカルドを見た。
 まさか、リカルドにこんな正論を言われるとは思っていなかったのだ。なので、直ぐに冷静さを取り戻し、リジャイの肩から手を放すと、マオたちに向かって頭を下げた。

「取り乱してしまい、申し訳ありません。あなた方には訳の分らぬ話でしたね。混乱させてしまいました」
「ウム、よい。何か事情があるのだろう? でも、後で説明してくれると嬉しい」

 マオは威厳をもって王族らしく頷く。。

「あの、リジャイさ――」
「今はまだ駄目。お祭りが終わったら話してあげる。それよりも、名前書いてよ。僕が魔法を発動させるからさ」

 まだ物言いたげな早夜に、リジャイは優しく笑顔で制する。早夜は戸惑いながらも、素直に従い名前を記入していった。
 すると、驚くように自然に、筆が走る。魔法に組み込むものだから、手が勝手に動くのかもしれない。
 そして、書き終わるのを見たリジャイは、そこに腕輪を置き、手をかざすと魔法を発動させた。

「……やっぱり凄いですね、あの人……」

 その時、ボソリとルードが呟く。
 その顔は青いままであったが、その目はしっかりとリジャイを捉えていた。
 隣に居たカートは怪訝そうに彼を見やる。

「以前から思っていましたけど、呪文詠唱も杖も無しで、どうしてあれほど簡単に魔術を引き出せるのでしょうか……」
「ほぅ、やっぱりあれってスゲーのか」
「凄いなんてものじゃないですよ。最早人間業ではありません……」
「……人間、なのか? あいつ……」
「……じゃないかも? 目が三つありますしね……」
「もしかして、それじゃねーか? 目隠したら魔法使えねーって言ってたろ?」
「あ、そうかもしれませんね、あの目が杖代わりなのかも……」
「おい、まさかルード、あいつも宮廷魔術師に誘う気じゃないだろうな?」
「え? な、何でそんな恐ろしい事を私が言うんですか。あんな恐ろしい人が宮廷魔術師になったら、なったら……とても恐ろしい事が起こります!」
「って、何だ恐ろしい事って……」

 二人で顔を寄せ合い、コソコソと喋っていたのだが、その時、リジャイが声をかけてきた。

「聞こえてるよー」

 ビクッと身体を震わせ、ルードは顔面蒼白でカートに隠れる。カートもまた、冷や汗を流していた。

「あ、メガネの君。君が言ってた杖代わりって言うのは正解かもね。僕も良く分らないけど」

 え、と顔を上げてしまい、バッチリとリジャイと目があって、ビクッと身体を強張らせるルード。そんな彼を無視して、リジャイは早夜に向き直った。

「はい早夜、ちゃんと魔法掛かったよ」

 魔法を掛け終わると、リジャイは早夜に腕輪を渡した。
 ボーとした面持ちで、それを受け取る早夜。

「結構面白い魔法だね。後で僕も試させて貰おうかな」

 早夜はハッと我に帰ると、二つの内一つをマオに返した。

「これで、遠くに離れていても好きな時にお話できますよ。使えるのは私達だけですから、女の子同士の秘密のお話しとか、いっぱいしましょうね」

 それを聞いて目を瞬かせると、腕輪を受け取り、まじまじとそれを見やる。

「そんな事が出来るのか? 凄いな、如何使うんだ?」
「それは簡単ですよ。ただ、腕に嵌めて、それに向かって話し掛けて下さい。
 そうすれば、その言葉はもう一方の腕輪に届きますから。後、念じるだけで、音量とかも変えられるし、周りに人がいて聞かれたくない時とかは音を消せます」

 それを聞くと、マオは待ち切れない様子で、手首に嵌める。
 マオは何だかそれが、ポゥッと暖かくなった気がした。
 そして、腕輪に向かい、

「如何だ? 聞こえるか!?」

 と大きな声で言った。
 確かに、早夜の持っている腕輪からも、その声は聞こえてきたが、目の前でこれ程大きく話されたのでは、あまり意味がない。

「どうせだから、もっと離れた場所で話そうよ。そうだ、お城の外に行こう」

 リジャイがそう言って、皆が何か反応するよりも早く、早夜の手を取って移動してしまった。

「おお! 一瞬にして消え去った! あの三つ目の男、凄い魔術師だったんだな!」

 マオは興奮して、頬を染めている。
 アモンや他の護衛たちも、感心したように声を上げてた。
 しかし、ルードとカートは、顔を青くしている。何故ならば、シェルとリカルドが、静かに怒り狂っていたからだ。

「……あの野郎、ぜってーぶちのめしてやるから覚悟しとけよ……」
「リカルド、それでは生ぬるい。腕の一本や二本無くした所で、あの男ならケロリとしていそうだからな」
「そう言われてみればそうだな。捕まえても直ぐ逃げそうだし……」
「それならば、額の目を隠してやれば、大人しくなるだろう。後は煮るなり焼くなり好きに出来る」
「頭から布でも被せるか?」
「ああ、それはいい、奴の顔を見なくて済む。どうせなら火責めにしよう」

 この二人のやり取り(特にシェル)に、ますます顔を青くさせるカートとルード。
 ルードは、リジャイの時同様、ぶるぶると震えていた。



 一方マオは、アモンと護衛の兵士に囲まれ、腕輪に向かって声をかけていた。

「おーい、サヤ! 聞こえるか? 其方からも何か言ってくれ!」

 すると、少し間があった後に、

『はい、マオさん、聞こえますよ。此方の声は如何ですか?』

 腕輪からそう聞こえてきて、一同はどよめいた。

「サヤ、無事か!?」
「変な事されてねーか!?」

 途端にマオの腕輪に向かって、シェルとリカルドが尋ねた。

『変な事って酷いなー、僕すっごく大事にしてるよ? お姫様扱いだよ』

 リジャイの声が聞こえてきて、シェルとリカルドは一瞬にして、無表情になった。
(おお、人は怒りすぎると、無表情になるのだな)
 目の前の彼らを見て、そう学んだマオであった。

「サヤ、お前今何処にいるんだ? 結構遠いのか?」

 マオがそう尋ねた。
 その事は、シェル達も知りたかったので、静かに答えを待つ。

『いいえ、そんなに遠くないですよ。お城の屋根の上です。物凄く景色が良いですよ』

「おお! いいなそれ! 妾も行って見たいな。きっと気分爽快だ」
「ああ、姫様。危のう御座いますから、お止め下され。ハッ! まさかコーラン国に帰ってから、城の屋根に登る御つもりではないでしょうな!?」
「あ、良いな、それ……」

 アモンの言葉に、ニヤッと笑ってそう言うマオ。彼は顔を真っ青にして、マオに取り縋る。

「お、お止め下さい〜! このアモン、そんな事をされては、寿命が縮んでしまいます! 老い先短いのに、今直ぐに死んでしまいます〜!!」
「大袈裟だな、じぃは……安心しろ、冗談だ。そもそも妾の国の屋根は、登れる様な造りじゃないだろう」
「姫様は、それでもやってしまいそうなので、このアモンは心配しておるのです!」

 そんな遣り取りを聞いて、

「ああ、何だかあのご老人が他人に思えない……」
「そうだな、やっぱりあの姫さん、女版リカルドだよな」

 等と囁き合う、ルードとカートであった。





 眼下に広がる景色を眺めながら、早夜は簡単の溜息を吐く。
 この国で一番高い場所からの景色。
 あの丘とは、また違った趣であった。

「僕もこの場所は結構好きなんだ……。だから早夜には、見せてあげたいなって思ってたんだよね」

 そう言って早夜を、じっと見つめてくるリジャイ。その眼差しに、いつもと違うものを感じ取り、胸がざわついた。
 鼓動が早くなり、頬も熱を持ったように熱くなってくる。
 まともに彼の顔を見れなくなり、早夜は顔を俯けた。

「早夜、どうかした?」

 顔を俯ける早夜に、リジャイが心配げに顔を寄せてくる。
 今顔を見られたくなくて、早夜は慌てて腕輪を見せた。

「な、何でもありません! もうそろそろ戻りましょう! 皆さん心配してますし」

 そうして、その腕輪からは、先程からマオの声に交じって、シェルやリカルドの声が聞こえて来る。 二人の王子は、リジャイに対して、怒りの言葉を口にしていた。

「うわー、何か戻るの怖いなー」

 大して怖くも無さそうな調子で、そんな事を言うと、リジャイは早夜の手をとって、マオ達の居る部屋へと戻る。
 案の定、リジャイに対してシェルとリカルドは、怒りまくっていた。しかし、当のリジャイはというと、そんな彼らを全くの涼しい顔で、受け流していた。
 その後継をハラハラとしながら見ている早夜に、マオが近寄り耳打ちする。

「サヤは凄いな。モテモテだな」
「えぇ!?」

 驚いて早夜がマオを見ると、彼女は真剣な顔で、

「今度、妾にもモテるコツを教えてくれ」

 その言葉に、心底困ってしまう早夜であった。




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