「ハァ……如何しよう……」
溜息を吐きながら、早夜はとぼとぼと廊下を歩いていた。
実は今しがた、セレンにリュウキの星かごを渡してきた所だった。
その時セレンは――……。
『まぁ、リュウキ様が!?』
そう言って口元を手で覆い、涙を浮かべるセレン。そして、震える手で星かごを受け取った。愛しげに撫で、その星かごにそっと口付けると、
『ああ、リュウキ様……』
そう呟き、胸に抱き寄せていた。
早夜はそんなセレンに、躊躇いがちに声を掛ける。
『あの……実は、セレンさんから渡された星かごなんですけど、リジャイさんに頼んで、リュウキさんに渡してくれるように頼みました。……あの、御免なさい、勝手に……』
そう言う早夜に、セレンは首を振った。そして、早夜の手を取ると、何度も何度も礼を言う。しかし、そこでハッとした顔をした。
『でも、それではサヤさんの逃げ道が無くなってしまいましたわ……』
『……えっと、それなんですが……』
早夜は一つの星かごを取り出す。それは、リジャイが置いていった物だ。その時の事をセレンに話す。
『まぁ、それは……やっぱりあの方も、サヤさんを好いていらしたのね』
上品に口に手を当て、ウフフと笑うセレンに、早夜は頬が熱くなるのを感じる。
そうか、これはやっぱりそういう事になるのかと思いながら、この事を如何シェルやリカルドに言うべきなのかセレンに訊ねてみた。
『そうですわね……別の星かごを使う手もありますけど。わたくし、生憎リュウキ様の星かごしか作っておりませんでしたし……。ここは、あのリジャイさんの仰る通りになさった方がいいのではないかしら』
『でも、そうしたらリジャイさんは悪者に……』
『あら、それはリジャイさんも覚悟の上なのではなくて? でも、それ程までにサヤさんに星かごを使って欲しかったんですわよ、きっと』
早夜の脳裏にあの時のリジャイの言葉が浮かぶ。
――ただ君は、それを仕方なく使うんだ。意味なんか気にせずに――
そう言った彼の、寂しげな声が忘れられない……。
その後早夜は、何も解決策を見つけられないまま、セレンに別れを告げ、部屋を後にし、こうして今に至る訳である。
早夜は、手元にあるリジャイの星かごを見つめる。
リカルドとシェルに知られた時の事思うと、恐ろしくて堪らない。特にシェルは、リジャイに近づくなと言ったのだ。
(ううっ……物凄く怒られる気がする……)
ズーンと落ち込む早夜であった。
「蒼ちゃん、早く戻ってこないかな……星見祭も、もう直ぐなのに……」
そんな事を呟いた時だった。
――ベシャッ!――
「キャン!」
その叫び声に驚き、振り返ると、廊下の真ん中で見事に転んでいる少女が居た。
「っ!! だ、大丈夫ですか!?」
早夜は、慌ててその少女を助け起こす。
「ううっ、痛い……。でも、大丈夫ではないが、大丈夫だ!」
少女のその意味不明な言葉に、思わず「はい!?」と首を傾げてしまう。
そして、改めて少女を見てみると、自分と同じ位の歳であろうか、青みがかった黒い髪、肌は少々黄色みがかっていた。何処か日本人を思わせる顔立ち、着ている服も、何処か着物に似ている。
これは明らかに、アルフォレシアの人間ではない。
「あ、外国からのお客様ですか?」
早夜がそう尋ねると、少女は此方の姿を上から下にジックリと見た。
「如何にもそうだが、そう言うお前もこの国の人間では無さそうだが? どちらかと言えば、妾の国寄りの人間ではないか? それとも、コーラン国から此方に移り住んだ者か?」
「……コーラン国ですか?」
早夜が首を傾げてそう聞くと、少女は少々不機嫌な顔になる。
「いくら妾の国が小さいからと言って、名前ぐらいは聞いた事は無いのか? フン、まぁいい。妾の名前はマオと言う。コーラン国の王女だ」
「えぇ!? 王女様ですかぁ!?」
早夜は慌ててぺこりと頭を下げる。
「えっと、初めまして。私、早夜って言います」
そんな早夜を見て、マオはさも可笑しそうに笑った。
「ハハッ、面白い奴だな、お前。王女だと名乗って、そんな普通の挨拶を返されたのは初めてだ!」
そしてマオは、早夜の肩を抱くと、声のトーンを下げて聞いてきた。
「なぁ、サヤ。同郷の誼だ。お前、ここに仕えている者だろう? ならば分らぬか? この前の魔力の主を……異界人なのだろう?」
早夜はぎくりとすると、落ち着き無く視線を彷徨わせる。
その様子にマオも気付き、早夜を真正面に捉えると、ガシッと両肩を掴んできた。
「サヤ、お前やっぱり知っているのだな!? どんな奴だ?
やはり、あの空を突き破らんばかりにデカイのか? 腕は六本あるのか!?」
その言葉に、思わず早夜は瞬きしてしまう。そして、苦笑すると、首を振った。
「そんなんじゃありませんよ。本当にそんなに大きかったら、マオさんとっくに見つけてるじゃないですか。それに腕も普通に二本ですよ」
「何!? そうなのか?」
少しつまらなそうにマオは言う。
「はい、見た目は至って普通です」
「うーん、そうか……。ハッ、と言う事は、お前はその者に会っているのだな!?
何処にいる? 会わせてくれ!!」
マオはそう叫ぶと、早夜の肩をガクガクと揺すった。
「はぅ〜〜〜、マオさん、目が回ります〜!!」
マオはハッとすると、「すまない」と謝って手を離す。
そして、少ししょんぼりとして早夜に言った。
「でも、どうしても会いたいんだ……」
そんなマオを見て、何だか憎めない子だな、と早夜は思った。
「マオさんは、如何してその人に会いたいんですか?」
早夜の質問に、マオは悲しそうに顔を歪め、そしてギュッと拳を握る。
「……父王に会わせる為だ……」
「父王……お父さんの事ですか?」
「うむ、そうだ。父王は今、病を患っていてな、その、結構重いらしい……。起き上がる事も出来ないんだ。……今回も、そんな父王の代わりに、妾がこの国に来たのだ。こんな小娘でも、一応王位継承者だからな……」
「そう、だったんですか……。でも、如何してそんなにお父さんに会わせたいんですか?」
「あれ程の力の持ち主だ。もしかしたら、父王の病気を治してくれるかも知れぬ。
それに、妾の国は小さい。異界人は、幸福を呼ぶと言われているだろう? 迎えれば、妾の国の繁栄を望める。
……だから妾は、その者をコーラン国へ連れてゆく。例え力づくでも……」
力づくと言う言葉に、早夜は眉を顰めると、拳を作るマオの手を取った。
「マオさん。そんな、力づくなんて駄目です……。ただ一言、頼んでください」
「頼む?」
「はい、ただ一言、私の国に来て欲しいと頼めばいいと思いますよ。それにお友達になればいいんですよ」
「お、お友達? それで、その者は妾の国に来てくれるのか?」
頬を紅潮させ、意気込んでマオは聞いてくる。そんな彼女に、早夜は頷いて見せた。
「お友達として、正式に招待すればいいんじゃないですか? その時はちゃんと、王様にも挨拶しなくてはいけませんし……」
その言葉にマオはハッとする。
「そ、そうか、そうだな……。その者を無理矢理連れて行ったりしたら、妾の国とこの国は、戦争になってしまうものな!
……妾は、国の代表としてきているのに、そんな事に気付かないとは……」
「それ程、お父さんの事が心配だったんですね……」
と、その時、
『姫様ー!!』
そう叫ぶ声が聞こえてきた。
マオはその声に渋い顔をする。
「ムムッ、この声はじぃだ。黙って部屋を抜け出してきたから、見つかったらお説教だ」
そして早夜を見て晴々と笑った。
「では、サヤと言ったな。お前の話、大変為になった! アルファード王に頼んでみようと思う! では、妾はじぃから逃げる!」
「え、あのちょっと待って――」
早夜の静止の言葉を聞かず、彼女は走り去ってしまった。
「私がその異界人ですって、言おうと思ったのにな……」
そう呟き、ふと廊下の窓から外を見た時、庭園の噴水の辺りに、人が蹲っているのが見えた。酷く気分が悪そうである。
早夜は慌てて外へと向かった。
途中、水を貰って、その人物の元に駆け寄る。その人物は、顔は真っ青で、口を手で覆っていた。
「大丈夫ですか? 何処か具合でも悪いですか?」
持っていた水を傍らに置き、早夜はその人物の背をさする。
するとその人物は、顔を上げた。
メガネを掛けた、人の良さそうな男性であった。
彼は、早夜を安心させるように微笑む。
「えぇ、大丈夫ですよ、お嬢さん。ただちょっと、馬車酔いを致しまして……ウプッ」
彼は口を押さえると、背中を丸めてまた蹲ってしまう。
「全然大丈夫じゃないですよ。ちょっとそこに腰を掛けましょう?」
男を噴水の縁に座らせると、早夜は持っていた水を差し出す。
「お水、飲めますか?」
「ああ、お優しい方だ……。有難う御座います。頂きます」
彼は頭を下げ、水を受け取ると、ちびちびと飲むのだった。
「はぁー、漸く気分が良くなってきました。貴女のおかげです。本当にありがとう」
心からの礼を述べられ、早夜は慌てて手を振る。
「いえ、私なんて何もしていませんよ。お水を持ってきただけです」
「いえいえ、そのお水のおかげで、胸のむかむかが取れたんですよ」
男はそう言って、優しく笑った。
その笑顔に、早夜はボーと見入ってしまう。
(何だか、理想のお父さんって感じだな……)
何となくそう思った。
すると、男性は急にフフッと笑う。
何だろうと首を傾げていると、
「いえ、すみませんね、いきなり笑ったりして。実は私には、9歳になる娘がおりまして、その子が貴女の様な優しい子に育ってくれたらなぁと思ったんです。
その事を想像したら、嬉しくなってしまって」
それを聞いた早夜は、ほんわかした気持ちになった。
「へぇ……娘さんがいらっしゃったんですか?」
「はい。後、妻のお腹の中にも……」
「うわぁ、それはおめでとう御座います!」
早夜は頬を染め、手を叩きながら嬉しそうに笑う。
男性は、そんな早夜を見て微笑むと、優しくその頭を撫でた。
「本当に優しい子ですね。貴女の様な娘さんを持った親御さんは、幸せ者ですね」
そんな事を言われた早夜は、胸の辺りがくすぐったくなり、ポロッと涙を零した。
男性は、ビックリして手を離す。
「ど、如何なさったんですか!? あ、もしかして、頭を撫でたのが嫌だったんですか?」
そう言っておろおろする男性に、早夜は首を振った。
「いいえ、違うんです。ただ、本当にお父さんみたいだなって……。
私、ずっとお父さんはいないって思ってて。でも最近、ちゃんと私にもお父さんがいるって分って。その人も、貴方みたいに頭撫でてくれるのかなって思ったら――……。
ごめんなさい、泣いてしまって……」
最初驚いた顔をしていた男性だったが、やがてフッと笑うと、もう一度早夜の頭を撫でた。
「謝る必要はありません。きっとあなたのお父さんも、こうして頭を撫でてくれますよ」
その言葉に、早夜はまた涙を零した。
「ありがとうございます。本当にお父さんみたい……」
「ハハッ、私なんかで良ければ、幾らでもお父さんの代わりになりますよ。あ、でも私なんかが代わりになったら、貴女に迷惑が掛かるかも知れませんね」
早夜が、そんな事は無いと、否定の言葉を言おうとした時、
「サヤ!」
と、鋭い声で呼ばれる。
振り向くと、そこには厳しい顔をしたシェルが、此方に向かって遣って来る所だった。
彼は早夜の前に立つと、その腕を掴んで強く引っ張り、自分の後ろに庇うように立たせた。
「これは、バスターシュの方が、此方で何を為さっておいでですか? うちの使用人が、何か粗相でも致しましたか?」
「え!?」
早夜はハッとして、男性を見てしまう。
(バスターシュ? あの?)
早夜が呆然とするのを、男は悲しげに微笑みながら見つめる。
「いいえ、寧ろその逆ですよ。馬車酔いして蹲っていた私を、その方は介抱してくれました。
あ、ご挨拶が遅れました。私はグースと申します。この度、バスターシュより和平の遣いとしてやって参りました。
二つの国が、手に手を取り合うのを心より望んでおります」
グースはそう言って、シェルに向かい膝を折り、深く礼をした。
「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。しかし、私は次期王たる兄の補佐役をしております。そんなただの補佐にそのような礼は不要です」
しかしグース、膝を折ったまま顔だけを上げ、シェルを見上げる。
「ああ、貴方は第二王子のシェル様ですね。私にしてみれば、貴方様は王族の方。礼を尽くすのは当たり前です」
そして立ち上がると、今度は早夜を見た。
「少しの間でも、貴方の父親の代わりになれた事、嬉しく思いますよ。お水、有難う御座いました。
では、私は部屋に戻らせてもらいますね」
グースは早夜にニッコリと笑いかけると、その場を立ち去ってしまう。
早夜は何か言おうとして、前に出るのをシェルが止めた。見上げれば、彼は今だ、厳しい顔をしてグースの去った方を凝視している。
「やめろ、あいつらには関るな」
「でも……」
「だめだ」
ぴしゃりと言われた。 それは有無を言わせぬ言い方。
早夜は悲しげに眉を下げると、目を伏せポツリと言った。
「でも、あの人はいい人です……」
ポツリと呟く早夜に、シェルはゆっくりと振り返る。
そして、思わずといった様に、早夜が数歩後ずさるのを、シェルは無表情で見つめた。
「それは、俺の時と同じ言い種だな……」
「あの、シェル、さん?」
シェルは自分でも、その声が低く冷たく響いたのが分った。
「では、お前はあの男の魂も見たのか……」
シェルが詰め寄ると、早夜も一歩下がる。
「どんな色をしていた? 俺と一緒でお優しい色か!?」
最後は叫ぶようにして、無意識に逃げる早夜の腕を掴んだ。
力任せに掴んだ為、早夜は顔を顰め、怯えた目でシェルを見上げていた。
その事が、余計にシェルの感情を煽る。
シェルは許せなかった。
そして、早夜があの男に対して、自分の時と同じ行動をとったのかと思うと、気が気ではなかった。
それに魂を見るという行為は何処か、自分だけの特別な物の様に思っていた所もあったのだ。
正直、このような子供じみた考えを持っていた事は、自分自身でも驚いている。しかし、そう思ってしまった以上、感情を抑える事が出来なかった。
「如何なんだ?」
搾り出すようにシェルが言うと、早夜は今にも泣きそうな顔で首を振る。
「……見てません。そんな事してません。魂なんか見なくても、話していたら分ります……。他にも仕草とか眼差しとか、それにお子さんの事を話している時、凄く嬉しそうにしていて……」
シェルの手から力が抜けていった。
早夜の言葉を聞いて、漸く落ち着きを取り戻したのだ。そして自分のした行為を恥じた。
見れば、早夜の目からは涙が溢れ出している。改めてシェルは、自分のした事を後悔し、胸が痛んだ。
「すまない……つい、感情的になってしまった……」
シェルがポツリと小さく謝罪の言葉を口にすると、早夜は顔を俯けて首を振った。
「いいえ、私の方こそ御免なさい……。私、軽はずみにいい人って言い過ぎですね。
でも……本当にそう思ったんです。あの人は……グースさんはいい人だと思います……」
「ああ、分ったから、もういい……」
少々ぶっきら棒にシェルは言った。
気恥ずかしかったせいもあるが、これ以上、早夜の口から他の男の名を聞きたくなかった。
しかしその時、早夜が顔を上げ、真剣な顔で言った。
「シェルさんにとって、魂を見る行為は特別なものだったんですね……。あの私、無意識で見てしまうこともあるので、確かな約束は出来ませんけど、なるべくその時は、シェルさんに言うようにしますから……。だからもう、あんな風に傷付かないで下さい……」
「っ!!」
思い掛けない早夜の言葉に、シェルは目を見開かせ、そして思わず頬を染める。
自分のこの子供じみた感情が、目の前の少女に全て見透かされてしまった事に、動揺を隠しきれないでいた。
と、その時である。
何処からとも無く笑い声がした。
シェルは咄嗟に、早夜の肩を抱き、庇うようにする。
すると、ガサッと音がして、男物の服に身を包んだバラ色の髪の女性が、植え込みの影から姿を現した。
「ははっ、あーおかしい。君のそんな顔を見れるなんて、やっぱりその娘について来て正解だったな」
「……これはマウローシェ様……。お久しぶりです……」
シェルは身を硬くし、苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。
「ああ、久しぶり。何だ、そんなに嫌そうにしなくてもいいだろう? 元恋人に対して、大分つれない態度をとるじゃないか」
その言葉に、早夜はゆっくりと瞬きをすると、
「えぇ!?」
と声を上げたのだった。
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