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《第五章》
8.祭りの国賓
「どう言う事ですか!? 父上!」

 シェルの怒号が響き渡る。

「まぁ落ち着けシェル。お前の気持ちも分るが、今は耐えろ」

 そのシェルを宥めるのは、彼の双子の姉であるミヒャエル。
 シェルの目の前には、父でありこの国の王、アルファードが椅子に座り此方を見据えている。
 今、彼らがいる場所、それは王の執務室であった。

「しかし兄上、バスターシュが予定通り我が国に来る等と! 奴らは我が国に潜入し、サヤの事を探っていたんですよ!? その証人として、潜入した者も捉えてある!」

 すると、アルファードが口を開く。

「だがな、シェルよ。あちらは、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。もし、遣いをつき返そうものなら、直ちに全面戦争だと言っている」
「元よりあちらはそのつもりでしょう! そんなもの迎え撃てばよろしい!」

 アルファードが目を見開く。 
 あのシェルがこれ程感情を剥き出しにするとは、一体何が息子をここまで感情的にさせるのか……そう思い、アルファードはシェルを注意深く見た。

「しかし、シェルよ。その戦に出るのは、我が国の民達だ。 出来る事ならば、戦などは回避したい。
 それに、もし戦となれば、向こうは声高に周りの国にアピールするであろうな。アルフォレシアは自分達の友好を断り、戦を仕掛けて来た非情な国だと。
 真実はどうあろうと、周りの国もそう捉える事だろう。そうなれば、我が国が孤立する事は目に見えている」

 シェルはギリッと拳を握った。父の言っている事はもっともだ。普段の自分であれば、真っ先にその事について理解し、進言していた事だろう。 
(しかし、サヤの事になると、こうも周りが見えなくなるものなのか――……)
 シェルは気を落ち着かせる為に、深く息を吸い、そして吐き出した。
(恋は盲目とは、このような事を言うのか……?)
 シェルはフッと自嘲気味に笑う。
 そして、父である王を見据えると言った。

「では父上。祭りの間は、私にサヤの一番傍に付いて、護る事を許してください」

 シェルのその言葉を聞いて、アルファードはハッとした。
 今やっと息子が感情的になった訳を理解したのだ。

「……分った。ただし、他の者もサヤの護衛につかせる」
「分っております。私は一番傍で、と言いました」

 シェルは今、アルファードが見てきた中で、一番熱い目をしていた。
 そして、自分は息子の事を、何も理解していなかったのだなと思い知った。

 いつも冷静だと思っていたのは、あれは感情を押し殺していた為、聞き分けがいいと思っていたのは、全てを諦めてしまっていた為だと。
 そして、その事実はアルファードの胸に深く突き刺さった。

 シェルはアルファードに向かって深く礼をすると、部屋を出て行った。少し遅れて、ミヒャエルのまた、部屋を出て行く。
 部屋に一人残されたアルファードは、深く息を吐き出し、椅子の背もたれに身体を預けた。

「……如何しようね、シル。まさかシェルもサヤに恋をしていたとは……。
 父としては、シェルが心を曝け出してくれた事は嬉しい。でも、余は、リカルドとシェル。一体どちらを応援すればいいんだろうねぇ……」




「兄上、申し訳ありません。本来ならば、兄上の傍に居なくてはならないのに……」

 王の執務室を出たシェルが、後ろにいるミヒャエルに言った。
 次期王である兄には、常に影武者である自分がついていなければならない。そして、シェルは今、影武者である事を放棄したのだ。

「気にするなシェル。私は今まで、一度としてお前を影武者として見てきた事は無かった。お前はお前で好きなように生きていいんだ。
 それに……好きなのだろう? サヤの事が」

 ミヒャエルの心は今、喜びに満ちている。
 シェルは双子の兄弟ながら、いつも何処か、遠慮していたり一歩引いた所に存在していた。ずっと、対等でありたいと思っていたのだ。 

「はい、その通りです。私は、サヤの事が好きです」
「ならば、好きな女の傍に居たいと思うのは当然の事だ。
 それに、私は嬉しい。お前がこうして、私と対等に向き合っている事。そして、気持ちを打ち明けてくれた事。
 これからはちゃんと、兄弟として、お前と向き合いたい。私とお前は、共に同じ胎の中で過ごし、生まれ出た存在なのだから……」

 ミヒャエルはそう言うと、シェルの肩に手を置いた。
 シェルは一瞬、瞳を揺らめかせたが、一度目を瞑り、そしてミヒャエルを見た。その口元は、笑みの形をとっている。しかしそれは、いつもの人当たりの良い笑みとは違い、何処か人を食ったような笑みであった。

「……シェル?」
「では兄上……いや、ミヒャエル。対等に向き合うついでに、俺の初恋の相手を教えよう。
 それは、お前の妻アイーシャだ」
「……は?」

 ミヒャエルはポカンとした顔をする。
 シェルはミヒャエルのその様子に苦笑すると、さらに言った。
 
「俺は、お前達家族を見ると、いつも辛かったよ。そしていつも思っていた。生まれてくる順番が違ければと……」

 ミヒャエルは戸惑ったように、シェルの肩から手を離すと、混乱する頭を押さえる。

「いや、その、そうだったのか? それは、すまない――」
「そこで謝るのは、相手を惨めにさせるぞ?」
「うっ、いや、だから、その――」

 しどろもどろになって、何か言おうとしているミヒャエルに、シェルはフッと笑うと、今度は此方からミヒャエルの肩にポンと手を置いた。

「安心しろ。今はこの順番で良かったと思っている」
「シェル……」
「それに、悪いと思うのなら、今まで通り、幸せな家族の姿を俺に見せてくれ。
 もし、それが出来ないと言ったり、少しでも不幸になってみろ? その時は――」

 シェルの笑みが深くなる。それは、とても意地の悪い笑みであった。

「アイーシャやミシュアに、お前の恥ずかしい過去を全て、包み隠さずバラしてやる……」

 ミヒャエルの顔がヒクッと強張った。
 それを見て、シェルはククッと笑うと、その肩から手を放し、歩き出す。
 そして、顔だけ振り向かせると、兄に言った。

「そうそう、最近知ったんだが、素の俺はかなり意地が悪いらしい。対等に向き合うと言った事、後悔するなよ?」
「……いや、もう後悔している……」

 ボソリと呟くミヒャエルに、シェルは楽しげに笑ったのだった。


 ********


「ああ、城が見えてきた。ここにこうして足を踏み入れるのも、ミシュアの誕生祝以来か……。さて、妹は元気にしているかな?」

 そう呟いたのは、燃える様な赤い髪に、深く澄んだ緑色の瞳を持つ、聖都クリオーシュの第二王女マウローシェであった。
 彼女は、ミヒャエルの妻、アイーシャの実の姉である。そして、クリオーシュでは外交官をしていた。

 マウローシェは、女性でありながら男性の服を着込んでいた。だからと言って、男に見せようとしている訳ではなく、女性としての膨らみや曲線の分る物を選んで着ていた。

「そういえば……第二王子はまだ、妹の事が好きなのだろうか? 何にしろ、彼に会うのも楽しみだな、と……」

 そう呟くと、マウローシェはフフッと笑うのだった。


 ********


「ここが、アルフォレシアか……(わらわ)の国とは大分違うな」

 馬車の窓から顔を出し、青みがかった黒に近い髪をたなびかせ、今年十六になったばかりのコーラン国の王女マオは言った。

「ああ、姫様! そのように身を乗り出しては、危のう御座います!」

 そう言ったのは、最近めっきり髪の薄くなった、マオのお目付け役のアモンであった。

「何だ、じぃは心配性だな。これ位大丈夫だ。それに妾には初めてのアルフォレシアである。そして何たって、父王の代わりだぞ! 気が逸って当然だろう!」
 
 頬を紅潮させ、マオは叫ぶ。
 この馬車の中には、他にもマオの護衛の者が乗っているのだが、彼らもまた、アモン同様に心配げにマオを見ていた。

「ところで、お前達はどう思う? あの魔力の主はどんな奴であろうな?
 やはり、空に届かんばかりの大きさなのか? 角とかも生えているのだろうか? それとも、腕が六本生えていたりしてな!
 何にしても、妾は父王の期待に答える為にも、その者を連れて帰らねば……」

 そう言う彼女の表情は、何処か苦しげに歪むのだった。


 ********


「……空気が変ったな、アルフォレシアに入ったのか?」
「はい、お館様……」

 静かに前を向いて尋ねる老人に、彼の孫であるバーミリオンは答えた。

「やはり活気のある国だな。匂いさえも騒がしい……」

 そう呟くのは、山岳地帯タンバスの代表、オースティン。
 タンバスは傭兵国家である。
 オースティンもまた、かつては傭兵として各国を渡り歩いていた。
 今でもその時の面影を色濃く残し、がっしりとした体躯と、短く切り揃えた白髪交じりの茶色の髪。そして、顔に刻み込まれた深い皺が、それを匂わせていた。
 だが、彼の孫であるバーミリオンは、それとは反対に、線も細く髪の色もタンバスの者にしては珍しい、金色に近い色をしていた。その為、彼は周りの者はもちろん、家族の中でさえ阻害されていた。
 しかし、彼の祖父のオースティンだけは、自分に一番似ているとして、彼を傍に置き、何処に行くにも彼を連れて行った。

 オースティンの耳には、不思議な紋様の描かれた耳飾がしてあり、そしてバーミリオンには、その紋様と同じ物が描かれている指輪を嵌めている。

「この国では、異界人を幸福の遣いと呼ぶそうだ」
「はい、存じ上げております……」

 前を向いたままのオースティンは、フンと笑う。

「何が幸福なものか。異界人など、混乱と争いの種ではないか」
「……あれ程の魔力の持ち主です。他の国の者は、何とかして手に入れたいと考えるでしょう……」
「フン、我らは要らぬがな。それに、今回はあのバスターシュが和平と称してくるらしい。
 一体何を企んでいるのやら……。恐らく、新たな混乱が訪れる事は間違いなさそうだ。
 我らは見極めねばならない。争いは我らが糧。得となる方を選ばねばならないぞ、バーミリオンよ……」

 バーミリオンが指輪をキュッと擦る。すると、オースティンの耳飾が答えるようにキラッと輝いたのだった。


 ********


「――旦那、それってもしかして、星かごですかい?」

 乗合馬車の御者が、隣に座る男に尋ねる。

「え? ああ、これですか? 実は娘の手作りでして」

 そう答えたのは、人の良さそうな顔立ちの30代の男だった。
 メガネを掛けており、何処か学者風でもある。
 何故、御者の隣に座っているのかと言うと、視界が遮られると酔ってしまうのだそうだ。

「はは、そうですかい。やっぱり、アルフォレシアの星見祭に行かれるんで?」
「はい! アルフォレシアに行くのは私、初めてでして、今から楽しみでなりません!」

 ウキウキとして語る男に、御者もつられて笑う。

「あ、かごの中には、もう願い事が入ってるんですねぇ。ちょっと気が早くないですかい?」

 願い事を書いた紙は、祭りの初日に儀式と共に入れるのが習わしであった。

「いえ、娘が書いてくれたんですよ。お父さんの願い事が叶いますようにって」

 思わず口元が緩むのを止められない様子の男に、御者は尋ねる。

「へぇ、それは父親想いの娘さんで……で? 旦那の願いって何なんです?」

 すると、男はにこやかに笑うと、こう答えた。

「世界平和――」

 御者は瞬きをすると、男をまじまじと見詰め、そして吹き出してしまう。

「そりゃあ、世界中皆の願いでさぁ!」
「ええ。そして、途方もない願いでもありますねぇ……。でも私は、少しづつでもいい。
 その願いを叶えて行きたい、そう思ってるんです……」

 その静かな物言いに、笑いを引っ込める御者。

「そりゃ、本当に途方もない願いで……。で、旦那は一体、何処から来たんですかい?」

 今年の星見祭は、世界各国から人が集まる。
 そして、目の前の男もまた、他国から遣って来た者だろう。
 すると男は、少し躊躇う様に言った。

「私ですか? 私は実は、バスターシュの者です。この度、アルフォレシアに、和平の遣いとしてやって来ました」

 御者は目を見開く。
 彼は、アルフォレシアの者であった。
 ついこの間まで、バスターシュとは戦があったばかりである。

「わりーですが旦那、中に入って下せぇ。いくら和平の遣いっつっても、オレん中じゃあ、バスターシュは敵なんでね。隣に居て欲しくねーです」
「……これは、はっきり物を言う方だ……」

 男は肩を竦めると、悲しそうに笑った。

「すんませんね、旦那。あんたがいい人だってのは分かるんですがね。バスターシュには友人を殺されてるんでね……。あんたに恨みは無いが、あんたの国には恨みが有るんでさぁ」

 今までの親しみを込めた笑みも眼差しも、全て引っ込めて御者は言う。
 よく見れば、手綱を握るその手は、キツク握り締められていた。
 男はそれを見ると、静かに目を瞑る。

「ええ、分っていますよ。人の心は、そう簡単に割り切れるものではありませんから……。
 でもいつか……バスターシュもアルフォレシアも和解して、お互いに手を取り合える日が来るのを、私は心から願っています……」

 男はそう言うと幌の中へと入ろうとする。その背に御者が独り言のように言った。

「……それでこそ、途方も無い願いでさぁ……」

 それ程恨みの根っこは深いという事か。
 男は少し振り返ったが、何も言わずそのまま幌の中へと入っていった。
 そして中に入ると、空いている所に腰を掛ける。
 目の前には、男の共の者が居た。

「どうした?」
「いえ、バスターシュの者とは一緒に居たくないと……」

 共の者はピクンと眉を上げた。
 言えばこうなる事は目に見えていた筈だと、その表情は言っている。
 下手をすれば、馬車から放り出されていてもおかしくない。

 男の名はグースと言った。
 バスターシュでは異界人について研究をしている学者である。
 9才になる娘がおり、妻のお腹には新しい命が宿っていた。
 本当なら、傍に居てやりたい所だが、国から直々に言われたのでは断る事も出来ない。それに元々、和平については何度も進言していた事ではあった為、グースに異論は無かった。

「ばかめ、何故言った」

 グースの共の者が言った。
 すると、グースはフッと笑うと言う。

「……途方も無い、願いの為ですよ……」
「グース……貴様、また訳の分らぬ事を……。この馬車も、人を見る為だとぬかしておったな。わざわざ乗合馬車など使わずとも、用意されていた馬車があったというのに」

 忌々しげに言う共の者に、グースは皮肉めいた笑いを浮かべて言った。

「分らずとも結構ですよ、バストラさん。恐らく貴方には、言った所で一生分らない事だと思いますから……」

 すると、バストラと呼ばれた者は眉を顰め、チッと舌打ちをすると、ある物をグースに渡す。見ればカプセル状の薬であった。

「……? 何ですか? これは……」
「酔い止めの薬だ。飲んでおけ」

 グースは目を見開く。

「へぇ、貴方がこんな優しさを見せるなんて珍しい……」
「お前の馬車酔いは有名だ。こんな狭い所で吐かれたら、目も当てられないだろうが……早く飲め」

 グースは周りを見て、成る程と思い、その薬を飲むのだった。



 ああ、またキャラが増えてしまった……。
 まぁ、他国の人たちが、異界の人間に対して如何思っているのかが書きたかったので、出す事は前から決めていた事ではあるんですけどね。
 作者の中で、マオとマウローシェは結構お気に入りです。
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