第五章突入です。
オープニングは、早夜の過去のお話です。
『 ひらひらと舞い散る光の粒
それは星の結晶 命の結晶
星の数だけ人がいて
人の数だけ幸せがある
幸せってなんだろう?
どうすれば幸せになれるだろう?
他人を幸せにするには?
死んでゆく人の幸せは?
残される者の幸せは? 』
〜七年前 夏のある日〜
ジリジリと焼け付くような夏の日差しの中で、早夜は青々と茂る、桜の木を見上げる。
そこには蝉が止まっており、早夜の耳にうるさく響く。
真新しい真っ白の帽子と、真っ白のワンピース。
早夜は、頭に被った帽子を手で押さえながら、境内の中を嬉しげに、石畳に合わせて、ピョンピョンと飛び跳ねる。
後ろを見れば、そんな早夜を微笑ましげに見つめる、老人の姿があった。
早夜はその老人に向かい、手を振る。すると、それに答えるように、その老人も手を振ろうとした。しかし、老人は胸を押さえたかと思うと、苦しそうにうずくまり、そのまま倒れてしまった。
「おじぃちゃん先生ー!!」
早夜は慌てて、老人に駆け寄る。
固く目を瞑る老人を、早夜は必死に揺すり、声を掛ける。
すると、老人は薄っすらと目を開け、泣きべそを掻く早夜を見て、安心させる様に微笑んだ。
「ああ、早夜……大丈夫ですよ。アヤさんを呼んできてくれますか……?」
「わかった!!」
目を開けてくれた事を喜んだ早夜は、急いで母を呼びに行く。
「ああ……とうとう、ですか……」
寂しそうに老人は微笑んだ。
早夜は、硬く手を握り締める。
目の前には、病院のベッドに横たわる、老人の姿。
そんな老人の姿に、早夜は不安で不安で仕方がなかった。
声を掛けたくとも、何故か掛けられず、母に寄り添うようにしている。ふと、母を見上げれば、アヤの目には涙が滲んでおり、早夜をさらに不安にさせた。
その時、老人が手を差し出し、早夜を呼んだ。
早夜は、母に背中を押され、一歩前に出る。そして、自分も手を出すと、その差し出された手を握った。
「……おじーちゃん先生……?」
漸く、絞り出すように声を出す早夜。
彼は微笑むと、早夜の小さな手を握り締める。
「早夜……私の最後の願いを聞いてくれますか……?」
最後? 最後とは一体どういう事だろう?
早夜は不安げに首を傾けると、目の前の老人はふっと笑った。
「笑って下さい、早夜……。あなたの笑顔は、他人を幸せにします。
言ったでしょう? 幸せになりなさい。幸せになって、どうか素敵な大人になって下さい……」
「……わかったよ、おじぃちゃん先生……。私、笑顔でいるよ、幸せになる……だから――……」
おいてかないで―――
そう言いたくなった。何故か、おいていかれる、そんな気がした。
彼は、深く温かく、早夜を見つめている。
「ありがとう早夜。私は、あなたに出会えた事を、この運命を、心から感謝しています――……」
そう言って彼は、ゆっくりと目を瞑った。
握られた手からは力が失われ、するりと早夜の手から滑り落ちる。慌てて、もう一度彼の手を握り締めるも、その手はもう、握り返してくれる事は無く、温もりも徐々に失われていった。
いってしまう、おじぃちゃん先生がどこかにいってしまう……早夜はそう思い、いつの間にか呟いていた。
「いかないで――……」
老人の肩を揺すり、起こそうとするが、その目は開かない。
自然と涙がこぼれ、胸の中に言い様の無い、不安と恐怖が満ちてゆく。
「おいてっちゃやだ! おいてかないでぇ――……」
早夜には、彼の体から、何かが抜け出てゆくのが見えたような気がした。
それで理解してしまう、おじぃちゃん先生が死んでしまった事を……。
彼は魂の故郷に帰っていったのだと――。
「……おじぃちゃん先生笑ってる……」
早夜がぽつりと言った。
その顔は、とても幸せそうに微笑んでいた。
「……うそつき……」
小さい声で、早夜は呟く。
(おじぃちゃん先生は言ったのに、他人を幸せにすれば、自分も幸せになれるって。いくらおじぃちゃん先生が幸せでも、私は今、ちっとも幸せじゃないよ……)
早夜は踵を返して、部屋を出て行ってしまう。
「早夜!?」
アヤの声が早夜を追いかける。だが早夜は、それを無視して夢中で駆け出す。あの場所を目指して……。
そして、どうやって帰ってきたのか、薄暗いお堂の中に立っていた。早夜はその身に光を纏わせている。
蝉の声だけが、早夜の耳に響いた。
「おじぃちゃん先生……?」
そっと声を掛ける。当然の事ながら、返事は無い。
早夜は、いつも彼が座っている場所に腰掛ける。
「うそつき……おじぃちゃん先生のうそつき――……」
そう呟きながら、暫く外を睨んでいた。
その時、ふと何かが髪を撫でていった気がした。
「っ!? おじぃちゃん先生?」
パッと顔を上げ、振り返る。だが、やはり誰もおらず、風が早夜の髪をなで上げる。
何だ風かと思った時、白くて小さい何かが、ひらりと落ちてきた。
それを手にとって見てみると、白くて小さいそれは、桜の花びらだった。
早夜は辺りを見回す。今は夏だ、桜など咲いてはいない。
そしてまた、その花びらに目をやった。
『一時一時を慈しみなさい――そうすれば――そこにある花びらにも命が宿ります……』
おじぃちゃん先生の言葉が蘇り、早夜はクシャリと顔を歪めた。
何だかまるで、その花びらが、おじぃちゃん先生のような気がした。
「やだよ、いかないでよ、おじぃちゃん先生――……」
あの温かな眼差しも、深く穏やかな声も、頭を撫でてくれるあの皺くちゃだけど大きくて優しい手も、もう見る事も、聞く事も、触れる事も出来ないのだ。
早夜はその花びらを握り締めたまま、暫く泣き続けた。
そうして、漸く涙が治まってきた頃、早夜はお堂の中で寝そべっていた。
時々しゃくりあげながら、もう一度花びらを見ようと手を開いた。
そしてその時、強い風が吹き、花びらを舞い上げてしまった。
「あっ!」
追い縋ろうとした時、不意に思い浮かぶ言葉があった。
―――魂の迷子―――
早夜は追うのをやめた。
ここで引き止めてしまったら、彼の魂は迷子になってしまうと、そう思ったからだ。
だから早夜は言った。
「いってらっしゃい、おじぃちゃん先生……。大好きな人に会えるといいね……」
まだ涙が出てくるけれど、それでも早夜は微笑んでいた。
それが彼の、早夜の大好きなおじぃちゃん先生の、最後の願いだったから――……。
蝉の声は、いつしかひぐらしの声へと変わり、早夜の頬を優しい風が撫でていった。
おじぃちゃん先生の最期の時の話。 如何でしたでしょうか?
実は、桜の花びらが落ちてくる話は、実話を基にしています。
だからといって、感動できる話でもないんですが、冬場に掃除をしていた所、ひらひらと落ちてくるものが……かぴかぴに乾燥した、桜の花びらでした。
どうやって入り込んで、今まであったのやらと、ちょっと自分の中で感動。
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