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《第四章》
9.月夜の晩に・前編
(まったく兄上にも困ったものだ……)
 心の中でそう愚痴るシェル。
 彼は今、魔道の明かりと、月の明かりとが交差する廊下を歩いていた。月の明かりの方が強い為、廊下にその明かりが映し出されている。

 兄はどうやら、自分と早夜をくっつけたがっているらしい。
 十ほども違う小娘相手に、と鼻で笑うが、嫌ではない自分がいる事に気付き戸惑う。
(まさか自分が、あんな子供に惹かれていると?)
 バカバカしいと首を振る。

 その時、目の前に人影がある事に気付く。
 それは、下町の娘の格好をした早夜の姿だった。
 早夜は窓から外を眺めている。月に映し出されるその姿は、思わずドキリとする程大人びて見えた。
 シェルはクスリと笑う。ならば確かめてみようと思った。

 早夜はまだ此方に気付いていない。
 シェルはそっと近づくと、その後ろに立ち、早夜の両脇から腕を出して、彼女の前にある窓枠に手を掛けた。そうすると丁度、早夜を閉じ込めた形になる。
 早夜はビクリとなり、顔を振り向かせる。

「シェ、シェルさん!?」

 驚いた顔をする早夜に、少し意地悪そうに笑い言った。

「どうしたんだ? その格好は……てっきり男の格好をしているものと思っていたんだがな」

 非常に残念だと早夜の耳元で囁いた。

「なっ! そ、そういえばっ、シェルさん何で、リカルドさんにあの事言ったんですかっ!?」

 あの事とは、腰を抜かした事だと分ったが、シェルはしれっとした顔で逆に聞き返す。

「あの事とは何の事だ?」
「〜〜〜っ!!」

 早夜は羞恥怒りで耳まで真っ赤にすると、今にも消え入りそうな声で言った。

「こっ、腰を抜かした事です……」
「事実だろう?」

 シェルはフッと笑ってそう言った。そして、彼は早夜の姿を見下ろす。
 彼女の白い背中が、月の光を浴びて輝くようだった。

「それにしてもこの服……。リカルドに贈られたのか? あいつも男だな、なかなかそそられる……」

 そう呟くと、早夜の剥き出しになった背中に、つぅっと指を這わせた。

「ひゃぅ!?」

 可愛らしい悲鳴を上げる早夜を、さも面白そうに眺める。

「な、何するんですかぁ!?」

 涙目で振り返る早夜。鳥肌が立ったのか、自分の肩を抱いている。
 シェルはそんな早夜を見て、クッと堪えきれずに笑った。
 早夜の頬が、プクッと膨れる。
(また、からかわれた!?) 

「そんな風に人をからかっちゃ駄目です! もしかして、他の人にもしてるんですか? いつか皆に嫌われちゃいますよ?」

 そんな風に注意してくる早夜に、シェルは呆れるように答える。

「他の者にこんな事する訳が無いだろう? 私の本性も秘密も、知ってるのはお前だけなんだから……」

 お前だけという言葉に、思わずドキリとしてしまい、早夜は慌てて前に向き直った。

「わっ、私、これからミヒャエルさんの所に行かなければならないので、放して――」
「それなら明日に延期だ」

 間髪入れずにそう言われ、「えっ?」と声を上げてしまう。
 そして、残念そうにする。夕食の事もあるが、何より今の状況を打破する口実が無くなってしまった。

「父上と大事な話をしている最中だ。長引きそうだから、明日に延期すると兄上に言伝された。ついでに言えば、その食事の席には私も同席する事になっている」
「ああ、食事は大勢の方が、楽しいですもんね」

 無邪気にそう言って笑う早夜に、シェルは苦笑する。

「そんな風に笑ってていいのか? どうやら兄上は、私とお前をくっ付けたがっているらしいぞ?」

 等と言いながらも、何処か観察するように早夜を眺めている。
 彼女は、暫しの沈黙し考えた後、

「えぇっ!!」

 と叫び、戸惑いの色を見せる。

「なっ、何故そんな事にっ!?」
「さぁ? 今朝の事で、何か思う所があったらしいな……。まったく……私のも選ぶ権利があると思わないか?」

 ため息混じりにそんな事を言われ、早夜は思わずムッとしてしまった。

「う〜〜、どーゆー事ですか? それ……」

 するとシェルはニヤッと笑って、早夜を覗き込む。

「何だ、不服そうだな。そんなに私とくっ付きたいのか? それとも、今朝のキスがそんなに良かったとか……?」
「んなっ!! ち、違いますっ!! そんな事思っていません!」

 必死に否定する早夜に、ますます笑みを深くしてゆくシェル。

「わかっているさ。第一、お前と私は年齢が十ほども違うのだぞ? そんな子供のお前に私の相手が務まるとでも?」

 そして、因みに……とシェルは早夜に囁きかける。

「私は夜は激しいが、ついて来られるのか……?」

 耳に触れそうな程、唇を近づけた為、早夜はくすぐったそうにするが、シェルの言葉に首を傾げた。

「……? 激しいって……何がですか?」

 本気で訳の分らない様子の早夜を、まじまじとして見下ろすと、次の瞬間にはシェルは吹き出し、声を上げて笑い出した。

「はははっ! 本当に子供なんだな、お前は……。いや、すまなかった、色々と……本当に――……」

 そこで言葉を区切らせると、堪え切れないかのように、また笑い出す。途中、笑いすぎてむせる程だった。
 流石に恥ずかしくなってくる早夜。

「な、何がそんなに可笑しいんですか!? 私、何か変な事言いましたか?」

 そんな早夜を見て、シェルは思う。
(そんな子供相手に、俺は何をしてるんだか……)
 そう思うと、自分自身が滑稽で仕方がない。
 漸く笑いを収め、ハーと長い溜息を吐くと、困った顔をしている早夜を見た。

「いや、すまなかったなサヤ。お前は別に、変な事は言っていないさ……寧ろ変な事を言ったのは私の方だ……」
「え?」

 首を傾げる早夜。

「いいや、こっちの事だ」

 そんな早夜にシェルは苦笑する。
 そして彼女を見る眼差しは、何処か憧れのものを見るように細められた。
(いや、子供……と言うのではないかも知れないな……。純粋なのか? 何ものにも汚れていない……。どう見てもサヤ、お前の方が純粋で、傷付き易くて、キレイだろう?)
 そう指摘してやりたかったが、恐らく否定するだろう。
 否定などされたくない。
 そしてシェルは、今朝の早夜の言葉を思い出す。
(ならば俺も、自分の中だけでそう思うことにしよう……)
 シェルは早夜に気付かれぬよう、そっと彼女の頭のてっぺんに口づけをする。

 早夜は何か頭に触れるのを感じ振り返るが、その時にはシェルは早夜から身を離して、隣に立っていた。

「そういえば……サヤはさっき、何を見ていたんだ?」

 窓の外を眺めながら、シェルは尋ねた。
 少しの間、早夜は不思議そうにしていたが、自分も窓の外を眺めると言った。

「月です……」
「月?」

 そう言って、シェルも月を見る。
 此方の月は、非常に大きい。クレーターも肉眼でハッキリと見える位だ。

「この世界の月は、とても近いんですね。此方に来て、初めて見た時は驚きました」

 その言葉を聞き、シェルは少し怪訝そうにする。

「リュウキの夢で見なかったのか?」
「此方とあちらでは、昼と夜とが反転してるんです。だから、日が暮れる頃には私は目を覚ましてしまいます」
「……では、星見の塔とかは、見た事が無いのだな……」

 早夜の言葉を聞き、納得した様子のシェルがそう呟くと、早夜は興奮した顔で振り向いた。

「ああっ、そうでしたっ! そういえば、そんな塔がありましたよね! やっぱり、夜になると全然違うんですよね!!」
「ああ、何せ星見と言う位だから、夜でなければ意味を成さない塔だな……。
 良ければ連れて行こうか?」

 早夜の興奮ぶりに苦笑するシェルが、何と無しにそう言うと、彼女は顔を輝かせて喜んだ。

「うわぁ! 本当ですか? 凄く見たいですっ!!」

(これで、祭りの事を言ったらどうなるんだ?)
 その喜びように、そう思ったシェルは、試しに言ってみる。

「因みに今度、星見祭も行われるぞ?」

 すると早夜は、ハシッとシェルの腕を掴んだ。

「ほ、本当ですかぁ!?」

 その驚きの表情は、次第に笑顔に変わってゆく。

「うわぁ……どうしよう、すっごく嬉しいよぅ……。ずっと、どんなだろうって思ってたんです……」

 よっぽど嬉しかったのか、その目には涙まで浮かんでいた。
 シェルは困ったように笑って、その涙を拭ってやる。

「………?」

 その時、シェルは早夜の頬が熱い事に気が付いた。
(興奮しているにしても、熱すぎないか?)
 そう思い、そのまま頬に手を添えてみる。

「……シェルさん?」

 戸惑う早夜に、シェルは言った。

「サヤ、お前顔が熱いぞ? 熱があるんじゃないのか?」
「ふぇ? あー……そう言えば、何か頭がボーとします……。あはは、シェルさんの手、冷たくて気持ち良いですね」

 そう言って、へラッと笑う早夜に、シェルは眉を顰める。
 そして、もう一度確かめる為、身を屈め、早夜の額に自分の額を押し付ける。

「やっぱり熱が――」
「何してんだよ……」

 熱があるとシェルが言おうとした時、何者かに声を掛けられた。
 見ると、険しい顔で此方を見ているリカルドが居た。

「リカルド?」
「ほぇ? リカルドさん?」

 シェルの呟きに早夜も振り返って、彼の姿を確認する。

「何でここに?」

 彼とはさっき、別れたばかりの筈だ。




 早夜と別れた後、リカルドは今夜はミヒャエルは忙しそうだと言う話を聞いて、それを伝えようと戻って来た所だった。
 そして、そこで見た光景は、顔を寄せ合う早夜とシェルの姿……。
 リカルドから見れば、それはキスをしているように見えた。
 カァッと頭に血が上るのを感じ、リカルドはシェルに詰め寄った。

「サヤに何してんだよっ!!」

 そう叫んでシェルの胸倉を掴み、早夜から引き離す。
 だが、その拍子に早夜が突き飛ばされる形になった。

「キャア!?」

 悲鳴を上げて、早夜が後ろによろける。熱のせいで、足元がおぼつか無く、そのまま倒れそうになった。
 それに気付いたシェルとリカルドは同時に早夜の名を呼ぶ。

『サヤ!!』

(あ、倒れる……)
 早夜がそう思い、衝撃を覚悟した途端、フワリと誰かに抱き留められた。

「大丈夫? 早夜」 

 そう言われて見上げると、そこには心配そうに自分を見るリジャイの顔があった。

「あ、リジャイさん……ありがとうございます……」

 少々ぼんやりとした顔で、早夜がお礼を言うと、リジャイはクスリと笑った。

「イエイエ、それにしても可愛いカッコしてるね。まぁ、何着ても早夜は可愛いだろうけど」

 そして、リカルド達の方を見ると、冷たく言い放った。

「まったく……女の子になんて事するんだろうね君達は……。もう少し注意するべきだ」

 そんな事を言われて、リカルドは大いに落ち込む。

「わ、悪い、サヤ……」

 彼はそう言って謝ると、シェルから手を離す。
 シェルは乱れた所を直しながら、心配そうに早夜を見て後リカルドに言った。

「リカルド……お前誤解しているようだから言っておくが、私はサヤの熱を測っていただけだ。彼女には今、熱がある」
「えっ!?」

 驚いて早夜を見るリカルド。
 すると、シェルの言ったとおり、熱があるようで、その顔は赤く上気しており、瞳は潤んだようになっていた。

「うん、確かに熱があるね、脈も速いし……」

 リジャイが早夜の額と首筋に手を置き言った。
 それを見たリカルドは、自分の勘違いと、その事に対しての自身へとの怒りでカァッと顔を赤くして、バッと頭を下げる。

「わ、悪かったサヤ! 本当にごめん! 兄貴もごめん!」

 シェルはそんなリカルドに苦笑すると、その肩に手を置いた。
 
「もう気にするな、リカルド。私は気にしていない」
「私も、全然気にしていませんよ……」

 早夜もそう安心させるように言ったが、流石に立っているのが辛そうであった。

「早夜? 辛かったら、このまま僕に寄りかかって良いからね。ちゃんと支えてあげるから」

 今だ早夜を抱き留めたままのリジャイに、リカルドは今すぐ引き剥がしたい衝動に駆られるが、何とか思いとどまる。
(サヤがこんなじゃなかったら、ぜったい、ぶっ飛ばしてやるのに……)


「でも――……」

 自分を覗き込みながら、心配げなリジャイ。早夜は彼に何事か言いかけようとするも、彼自身に遮られてしまう。

「君はもっと、人に頼って良いんだよ? 我慢なんかしなくていい……君はもう、一人じゃないんだから」

 リジャイのその言葉を聞いて、早夜は肩の力が抜けるのを感じた。
 一人じゃないと言われて、日本での事を思い出す。
 あちらに居る時は、熱が出ても我慢しなくてはならなかった。仕事で忙しい母の為、その手を煩わせたくは無かった。
 でも今は――……。
 リカルドとシェルの方を見てみる。二人とも心配そうに、此方を見ていた。
 早夜は何処か、安心したように微笑むと、そのまま引き摺られるように、意識を手放した。

「サヤ!?」
「サヤッ!!」

 崩れ落ちる早夜を見て、シェルとリカルドは声を上げる。
 リジャイは大事そうに早夜を抱え上げると、首を傾けながらシェルとリカルドに言った。

「さて、早夜の部屋は何処? ちゃんとベッドに寝かせてあげないとね?」




 早夜を部屋まで運び、ベッドに寝かせる。
 シェルが医者を呼ぼうとするのをリジャイが止めた。

「医者は呼ばなくても大丈夫。僕が治してあげられるから」
「できるのか?」

 シェルが目を見張ると、彼は頷いた。

「うん、できるよ。でもさ、その前に君達、早夜の過去に興味は無い?」

 リジャイはニヤリと笑う。

「どう言う事だ?」

 目を眇めながら、胡乱げにシェルが尋ねる中、リカルドはハッと思い出す。

「もしかして、家族と別れる切っ掛けになった過去か!?」

 昼間の光景が頭に浮かぶ。リジャイに取り縋って泣いていた姿。
 できる事なら、会わせてやりたいと思った。

「うん、そのとーリ。彼女の記憶を探ろうと思うんだ。熱で無防備になってる今がチャンスなんだよね。
 普通の状態だと、まず抵抗されて、探る事はできなくなっちゃうから……特に早夜の場合、あの力があるからね」
「……サヤに危険は無いのか?」

 シェルが慎重にそう訊ねると、リジャイは頷いて見せた。

「無いよ。多分早夜にとっては、夢を見ているようなものだからね」

 そしてシェル達を見据えると、

「どうする?」

 と言って、首を傾けた。




 今、シェルとリカルドはベッドの両サイドに座り、早夜の手を握り締めている。その手には、リジャイが施した呪印が施してあった。そうする事で、意識が繋がるらしい。
 リジャイはというと、早夜の枕元に座り込み、その顔を覗き込んでいる。
 彼女の顔は上気し、息も荒く辛そうだ。

「できる事なら、今すぐ取り除いてあげたいけど……もう少し我慢してね……」

 リジャイは汗に濡れる早夜の頬を優しく撫でると、額の目を見開かせ、それを早夜の額に近づける。
 すると、その間にポゥッと青白く光る小さな魔法陣が出現し、その魔法陣を通して光の道が出来た。
 リジャイはチラッと、シェルたちを見る。

「用意はいい?」

 2人が頷いたのを確認すると、早夜に語りかけ始めた。

「早夜……君がリュウキと別れてしまう前の記憶を見せて欲しい……。君の家族がばらばらになってしまう切っ掛けとなった記憶……例え、君が赤ん坊だったとしても、それは消える事無く、君の中に在る筈だ……」




 遠く、リジャイさんの声が聞こえた……。
 私の意識は、深く、遠く、沈んでゆく……。それはまるで、揺りかごに揺られている様で、私はまどろみの中をゆらゆらと揺れている……。

 目を開けると、世界はキラキラと輝いていた。
 それが嬉しくて、私は手を伸ばす。その手は、とてもとても小さくて……。
 ふと影が差す。

 ――お母さん!?――

 目の前には母が居た。私の知っている母よりも、ずっと若かった。
 母は、私を見て嬉しそうに微笑む。
 その時、もう一つ影が差した。
 母はその人物を見ると、恭しく礼をした。
 その人物は白髪の女性。しかもその目は血の様に紅い。
 母やその女性の着る服は、昔の日本と昔の中国を合わせたような着物であった。
 私が手を伸ばすと、その女性は人差し指を握らせてくれた。そして、私を愛しげに見つめると、母に何か言う。
 すると母は、私を抱き上げ、そのまま何処かへと私を連れて行くようだった。母に抱かれ、その心臓の音を聞きながら、揺られる心地よさに、ついウトウトとしてしまう。
 そうしている間も、世界はキラキラとして、まるで私を祝福しているみたいだった。

 次に目を覚ますと、黒髪の男性が私を抱いていた。
 何処と無く、リュウキさんに似ていなくも無い……。
 現在のリュウキさんよりも年上で、そして何処か威厳に満ちている。
 その人は、私と目が合うと、嬉しそうに笑った。
 私はもっと笑って欲しくて、その顔に手を伸ばす。だが、その手は横から伸びてきた幼い手によって、掴まれてしまった。
 肩まで伸ばした黒い髪の少年が、私を覗き込んでいた。私には、それが幼い頃のリュウキさんだと分る。
 リュウキさんは、顔を輝かせて私を見ている。そして、目の前の男性に何か言うと、私の頬にキスをした。
 それがくすぐったくて、嬉しくて、私は声をあげて笑った。
 幼いリュウキさんも、目の前の男性も、それを見て嬉しそうに笑う。
 とても温かくて、優しくて、居心地の良い場所。
 そう、私はこの人たちが、大好きだった……。

 次に目を覚ますと、私は一人で揺りかごの中に居た。
 世界は相変わらずキラキラとしていたけど、私は何だかつまらなくて、何かを求めるように手を伸ばす。
 その時、誰かが私に語りかけた。その人物は、私を覗き込み、それと同時に揺りかごがゆっくりと動き出す。その人物が揺らしてくれたみたいだ。
 その人物とは、左右のこめかみの部分が、白髪の少年だった。青白い顔で、寂しそうに、でも優しく微笑んでいる。
 私には、その少年に何か黒い靄のような物が纏わり付いている様に見えた。
 私はそれを振り払いたくて、必死に手を伸ばす。彼はそれに気付き、その手を取ろうとしてくれた。でも次の瞬間、驚いた顔をして、その手をすぐさま引っ込めてしまった。
 私はむずがるように声をあげる。
 彼にどうしても触れたかった。いや、触れなくてはならなかった……。

 しかしその時、彼の肩に手が掛かる。死人のように、白く細い手だった。
 目の前の少年は、その手の主を振り返ると、そのまま、私の元から離れてしまう。

 ――行かないで――

 そう叫ぶように私は、声を張り上げて泣く。手もめいっぱいに伸ばすが、彼が戻ってくる様子は無く、その代わりに、その白い手の人物がここに残った。
 さっきまでキラキラとしていた世界は、その人物から滲み出す、禍々しいものによって、淀んだ空気へと変わった。
 その人物は私を見下ろしてくる。
 仮面を付け、くすんだ鉛色の髪。やはり手と同様、その肌の色は白であった。
 そして、その人物は手を伸ばす。その手から禍々しいものは滲み出させたままで……。
 目の前を覆うように、私の前に広がるその人物の手、その隙間からは、引きつるように笑う口が見えた――。


 ――いやだっ!!――

 体の奥底から恐怖が湧き出し、私はその記憶を拒絶する。
 すると、バチンとまるでブレーカーが落ちたような音と共に、世界が暗転した。
 そして聞こえる子供の泣き声……。
 それは、とても心細そうで、私は思わず駆け寄って、抱き絞めたくなるのを感じた。








 〜日本・一時帰宅その後 其の九〜

「翔タン、マリアタン、実ハ2人二見テ欲シイモノガアルノデツ!」 

 ソファーに座る翔太郎とマリアを前に、テーブルの上にちょこんと正座する花ちゃん。

「どうしたの、花ちゃん? 改まっちゃって」

 マリアがそう言うと、花ちゃんはスクッと立ち上がり、グッとちっちゃな拳を作る。

「コノ前見タ、ロボットダンスヲ元ニ、ロボットノ舞ヲアミ出シマツタ! 翔タントマリアタンニハ、ソレヲ見テ欲シイノデツ!」

 すると、マリアが手を叩き言った。

「うわぁ、本当? すっごい楽しみー! ねぇ、翔さん?」
「んっ!」

 こっくりと頷く翔太郎。
 それを確認した花ちゃんは、

「デハ、踊ルノデツ!」

 と言って後ろを向く。
 どうやら、後ろ向きの姿勢から、その踊りは始まるようだった。
 そして始まる、ロボットの舞なるもの……。

 花ちゃんはまず、後ろ向きから見事なムーンウォークをし、途中、ブレイクダンスも取り入れ、最後はロボットダンスでシメた。
 そして始終、何故か無表情で、時折見せる決めのポーズの時だけ、

「ゥアイッ!」

 という掛け声と共に、クワッと目を見開き、何とも微妙でいてくどい顔をするのだった。

「うわー! すごいねー花ちゃん。プロ顔負けだねー」

 花ちゃんの踊りが終わり、拍手をするマリア。

「ねぇー、翔さんもそう思うよね!」

 マリアが翔太郎に同意を求め振り返ると、彼は何故か横を向いていた。

「翔さん……?」

 マリアが不思議そうに声を掛ける中、翔太郎の肩が震えだす。
 その震えにやがて笑い声も交じり、そしてとうとう彼は大声で笑い出したのだ。

「しょ、翔さん!?」

 流石のマリアも、それには驚きの色を隠せない。

「何だ、何だ?」

 翔太郎の声を聞きつけた他の面々も、彼の馬鹿笑いに、唖然とする。

「ウーン、翔タンガ笑ッテシマイマツタ……。マダマダ修行ガ足リナイノデツ!」

 花ちゃんはそう言うのだが、翔太郎が笑ったのは、花ちゃんが決め技の時に見せる、決め声と決め顔のせいなのだが、その事を花ちゃんは知る由も無い。
 それ以外であったのなら、花ちゃんの踊りはそう、マリアの言っていた通り、プロ顔負け、完璧なものであった。



 =今回の事=
 早夜、熱出しちゃいましたねー。まぁ、短い期間に、あれほどの事があったんだから、仕方ありません。
 それに、シェル……なんかエロい……。(でも、書いてて凄く、楽しかった……はっ、私って変態?) 後、三人揃いましたね……亮太君抜け駆けされまくりです。
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