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《第三章》
7.リジャイの忠告
 皆が早夜たちを温かく見守る中、ただ一人、冷たい目で彼女達を見ている者がいる。

「……フン、とんだ茶番だな……」

 そう口の中で呟いたのは、第二王子のシェルだった。

「シェル? 何だ、何か言ったか?」

 隣にいるミヒャエルがシェルを見る。

「いえ、何でもありません……」
「そうか。それにしても、あの子達はとてもいい子たちのようで安心したよ。
 それに、リュウキの妹のサヤ。あの子は、随分と辛い思いをしたようだ。リュウキは知っていたのだろうか……」
「さぁ……」

 相変わらず甘いな、と双子の兄を見て思った。
 いや、兄だけではない。自分の家族は……この城の者達は、何故こうも甘いのか……。
 周りに目を向ければ、セレンティーナは涙を流しているし、母である王妃も、目に涙を浮かべながらも、自愛に満ちた目で早夜たちを見ている。
 王はうんうんと頷きながら、やはり涙を流し、温かい目で見守っていた。
 カートとルードも微笑を浮かべており、リカルドはというと、彼は少し複雑そうな顔をしていた。
 恐らく早夜の過去を知り、心を痛めているのだろう。
 シェルは自嘲気味に笑う。
 自分は何故こうも冷めた人間なのか、と。そして、何に対しても疑いの目を向ける、この捻くれた自分に、いい加減嫌気もさしてくる。
 シェルは自分とは逆で、何に対しても素直に受け入れてしまうリカルドを、少し羨ましく思う。
(あいつの様に自分も素直であったのなら、少しは違ったのか?)
 そう思い、そしてフッと笑う。
(馬鹿馬鹿しい、もう過去の事だ……)
 その時、視線を感じシェルは顔を上げる。
 見れば、額に目のあるあの男が此方を見ていた。
 シェルが睨むと、リジャイはフッと笑い、肩を竦める。
 シェルは初めて会ったその時から、あの男が気に入らなかった。何もかも見透かしたような、あの目が……。
 自分の様に冷めた目をしていたかと思えば、あのサヤに向ける眼差しは、どこまでも優しく、温かだった。
 それを見ると、まるで自分があの男以下の人間であるかのように思えてくる。
 一度、拳をギリッと握り締めると、シェルはリジャイの元へと向かった。


 リジャイの前に立ち睨むと、彼は平然とした顔でシェルを見返す。その涼しげな顔に苛立ちを覚えながらも、シェルは父アルファード王に向き直り言った。

「父上、このリジャイという男。何やら大事な話があると言っておりました。
 そろそろ話を聞かれるのが宜しいかと思われます」

 そう言われたアルファードは、一度ちーんと鼻をかみ、シェルを見た。

「おお、そうだったな。では、リジャイと言ったな。そなたの話を聞かせてくれぬか?」

 アルファード王にそう言われ、リジャイはポンと手を打った。

「そうだった! イヤー、危うく忘れるところだったよ。話を振ってくれてありがとー、シェルッち!」

『シェルッち!?』

 皆がその呼び名を反芻した。
 言われたシェル本人は、ヒクッと頬を引きつらせながら目を瞑り、怒りを抑える。

「お前が、わざと人を怒らせようとしている事はわかっている……。無駄な事はせず、早く話せ」

 低い声でシェルがそう言うと、リジャイは少し残念そうに溜息をつく。

「まー、これ以上何か言って、君を怒らせる事は簡単だけど……確かに無駄な話だから、またの機会にしておくよ。何より本当に大事な話だからね」

 そう言うと早夜を見た。
 早夜は今、王妃のシルフィーヌに涙を拭いてもらっている所だった。少し恥ずかしそうにしている。
 その様子にクスリと笑うと、リジャイは早夜を呼んだ。

「早夜、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 呼ばれて、早夜は「えっ?」と顔を上げ、シルフィーヌに礼を言うと、リジャイの元にやって来た。

「何ですか? えっと……リジャイさん?」

 そう言って、首を傾げる早夜の目はまだ赤い。
 リジャイはその頭にポンと手を置くと、子供にするように撫でた。

「君はいっぱい頑張ったんだね。偉い偉い」

 早夜はリジャイの行動に顔を赤らめ、その言葉には、くすぐったさを覚えた。
 そして何故か、子供の頃お世話になったお寺の住職を思い出した。あの人もよく、こうして頭を撫でてくれたのだ。

「おいっ!」

 シェルの怒気を含んだ声が聞こえる。

「ちょっと位いーじゃんねー」

 リジャイは苦笑すると、早夜にそう言った。

「その大事な話っていうのは、早夜、君についてなんだ。でも、その前に……」

 そう言うと、早夜の頭から手を離し、ピッと人差し指を前に出した。 
 
「ちょっと確かめさせてもらうね」

 リジャイは人差し指を、早夜の胸元に持ってゆくと、その襟元をぴらっとめくり、中を覗き込む。

「ふぇ?」

 一瞬、何をされたのか理解できなかったが、徐々に理解すると、顔を真っ赤にして叫んだ。

「ヒャアッ!!」
「こぉんの、セクハラ大魔王がーー!!」

 早夜が胸を押さえ叫ぶのと、蒼がウガーと吼えて突進してくるのは、殆ど同時だった。
 そして、早夜を背にかばうと、

「一度ならず二度までもっ!」

 と、そう叫んで手を振り上げ、リジャイの頬めがけて振り下ろす。
 “パシンッ”という音と共に、蒼の放ったビンタがリジャイの顔に炸裂する。

「痛いなー……」

 そう言って、頬を押さえるリジャイだが、蒼はワナワナと手を震わせた。

「なぁにが痛いよ! こぉんの詐欺師がぁっ!! 今、当たった瞬間、首捻ったでしょう? ダメージなんか殆どないはずよっ!」
「あはは、バレた? 早夜のビンタだったら甘んじて受けたろうけど、それ以外の人間の攻撃を受ける程、僕は寛容じゃないんでね。
 それに、少しでも当てさせたのは、早夜の救世主としての君への敬意だよ」
「何が敬意よ! だったらちゃんと当たりなさいよ!」
「えぇー? これでも結構難しいんだよ? 痛そうな音出しながら、首捻るの」

 その時、リジャイは乱暴に振り向かされ、その服を掴み上げられた。

「いい加減にしろ! これ以上、話を進める気が無いのなら、城から追い出すぞ!」

 今にも射殺しそうな鋭い視線でシェルが言う。リジャイはその視線を真っ直ぐ受け止めると静かに言った。

「大体一週間前後かな? 長くても二週間以内って所だね」
「??」

 意味が分からず眉を寄せるシェル。
 リジャイは早夜に視線を移す。
 早夜は顔を赤く染めながらも、此方を心配そうに見ていた。

「一晩経って、その呪印の濃さから言うと……完全に消えるのは、大体それくらいって事」
「……? それが大事な話なのか?」

 リジャイは黙って首を振ると、シェルに視線を戻す。

「昨日みたいな無茶をしたり、魔力を一切使わないんであれば、それまでは恐らくカンナには見つからない……」
「カンナ? 何の事だ?」

 問いかけてくるシェルを、リジャイはいつに無く真剣な眼差しで見据える。

「クラジバールは早夜を手に入れようとしている。カンナは、その刺客だよ……」
「何だって!?」

 リカルドが叫ぶ。
 リジャイはシェルの腕に触れると、掴んだ手を外させた。

「では我々は、そのカンナという者からサヤを守ればよいのだな?」

 王が鋭い眼でリジャイを見る。しかし、彼は首を振った。

「たぶん無理」
「どういう事だ?」

 そう尋ねるシェルに、リジャイは答えた。

「それは、カンナが早夜を見つけてその姿を現すまで、誰にも見つける事は不可能だからだよ」

 そういうと皆、訳の分からないと言う顔をした。リジャイは苦笑すると、カンナの能力を説明し始めた。

「カンナの能力、それは呪印による力だよ。その呪印は、彼女の体中……いや、魂そのものに刻まれていると言ってもいいかな。
 詳しい事は僕にも分からないけど、必要に応じて呪印の効果は変わるみたいだ。
 それで今回、彼女の受けた命令は潜入と捕獲。それに特化した能力を使ってくると思うんだよね」
「それと、我々にサヤを守るのは無理と言う事と、どう関係してくると言うのだ?」

 そう尋ねる王は、今まで見ていた姿と違い、威厳に満ち、アルフォレシア国王としてリジャイの前にいた。
 リジャイはそんな王を前にして、少しも怯む事無く、寧ろそれ以上の威厳で持って、王に対峙する。

「能力を発動中のカンナは、まさに無敵だ。恐らく今回、彼女は姿を消してくるだろう。
 そうなると、どんな探索魔法でも見つける事は不可能。
 君達がその姿を見る事が出来るとすれば、それはカンナが早夜を見つけ、自らその姿を現した時のみ。例え見る事が出来たとしても、次の捕獲で彼女が間違いなく早夜を捕えるまで、いかなる攻撃も受け付けなくなる。
 ……ある意味、彼女は最強と言える……だが、それ以上に不自由とも言える。何故なら、彼女は命令される事でしか、その自分の能力を引き出す事が出来ないからだ」

 そこまで淀みなく言うリジャイは、口調もがらりと変わり、彼の纏う空気まで一変した。皆、リジャイの変わりように驚く。
 その雰囲気に、アルファード王自身さえも怯む程だった。

「アルファード王、君に一つ聴きたい事がある」

 尋ねられたアルファード王は、戸惑いながらもリジャイの視線を真っ直ぐに捉える。

「何だ?」
「君は早夜を守る為、その命賭けられるか?」
「なっ!? 何を言っている!」

 シェルが口を挟もうとしたが、リジャイにひと睨みされただけで動けなくなってしまう。
(いったい何なんだ? この威圧感は……)
 気付けばその手には、じっとりと汗を掻いていた。

「無論だ……」

 王がリジャイに答える。

「父上!?」

 王が一人の娘の為に命を投げ出すなど、言語道断だった。

「余には後を任せられる者達がいる」

 そう言って、ミヒャエルやシェル、リカルドを見た。

「そんなっ! ダメです! 私なんかの為にそんな約束しないで下さい!」

 早夜が叫ぶのを、アルファード王は優しい眼差しで見つめると、その口角を上げる。

「今日会ったばかりだが、余はあの娘をリュウキ同様、自分の子供のように思い始めている。
 自分の子を守らぬ親はおるまい?」

 アルファードのその言葉に、リジャイは満足げに頷くと、フッと笑った。ピリピリとした威圧感が和らぐ。

「それを聞いて安心したよ。カンナに対抗できるのは、此処ではそこにいる第二王子かアルファード王ぐらいだからね。確実性で言うのなら、王の方がより確実だ。
 さっき僕は、カンナは命令でしか動かないって言ったよね? 今、カンナはナイール王子の命令で動いている。その命令を取り消すには、それ以上の人間の命令でなければならない」

 そう言って、リジャイは王を見た。アルファードは黙って話の続きを促す。

「チャンスはカンナが姿を現した時。早夜を捕まえてしまえば、直ぐにでもクラジバールに飛んでしまうだろうから……。
 アルファード王はその時、カンナに向かい取り消しの命令をすればいい。ただし、君がカンナに認めてもらえなければ、彼女は君を自分の邪魔をする者と捉え排除……つまり、殺してしまうだろうね」

 そこまで言うと、リジャイはいつものおどけた調子に戻り、笑った。

「でもまー、命令したのってナイール王子だしー、こっちはなんてったって、アルフォレシア国王だもんねー。殺される事はまず無いよねー、あはは」

 その変わり身の速さに、一同は戸惑いながらその話は終わった。




「と、言う訳で僕は一旦帰るね。早夜のお友達を、日本に送る為の準備をしなくちゃいけないしー。まー、カンナの事は、後はもーなるようにしかならないしね」

 そう言うと、リジャイはカートを見た。

「あれ? そーいえば君、僕を殴るとか言ってなかったけ?」

 そう言ってニィーと笑う。それを見て、カートはチッと舌打ちをした。

「もうその気は失せた。さっさと行きやがれ! ヘビ野郎」
「へー、殴んないんだー。カー君、やっさしー!」

 カー君と言われ、カートはゾワッとする。

「気色悪い呼び方すんなっ!」
「えー? 僕にヘビ野郎ってあだ名つけてくれたお礼だよ」
 
 そんな皮肉を、明るく笑って言うリジャイ。カートはまた舌打ちすると、顔を背けた。
 それからリジャイは早夜を見る。 
 早夜は浮かない顔をしていた。恐らく先程の話のせいだろう。迷惑をかけてしまうと、心苦しいのかもしれない。

「早夜?」

 リジャイが声をかけると、早夜は此方を見た。
 だが、直ぐにプイッと横を向いてしまう。

「何であんな事言ったんですか? 私の為に命を賭けられるかなんて、そんな事言ってはダメです……」

 怒った顔で目に涙を浮かべる早夜に、リジャイは溜息をつくと、その頭に手を置いた。

「……君はもっと自分を大切にして?」
「……? リジャイさん?」

 リジャイの掠れた様な声に、早夜は顔を上げる。
 そこには、悲しげなリジャイの顔があった。

「君の命は尊いものだ。その命を守りたいと思った僕を、君は否定するの?」
「そ、それは……その質問はずるいと思います……」

 そんな風に言われたら、もう怒れなくなってしまう。
 そんな早夜の言葉に、リジャイは苦笑すると言った。

「そうだね……今のはちょっと卑怯だったかもしれない……」

 そしてふと、目線を上げれば、リカルドと目が合った。
 リジャイはニヤッと笑うと、早夜に言う。

「ねえ、早夜! 今度また血を飲ませてね!」

 急に明るい声になったので、えっ? と顔を上げる早夜に、素早く顔を近づけると、“チュッ”と音を立て、早夜の唇を優しく啄ばむ。

「昨日のは応急処置、じゃあ今度のはなーんだ?」

 甘く低い声でそう囁きかけると、あっと言う間に早夜から離れてしまう。


『テメー! ぶっ殺すっ!!』

 
 亮太とリカルドの声が重なった。
 2人で掴み掛からんとするが、すべて紙一重でかわされてしまう。
 そして、リジャイは大きく退くと、「バイバーイ」と言って、魔法陣を出現させ、消えてしまった。

 今回、蒼はその光景を黙って見ていた。
 怒りが湧くより先に、感心してしまった。
(今までのふざけた男からのギャップ。油断を誘うあの言動。そして、去り際の潔さ……。
 ハッ、まさか全て計算!? 何にしても只者じゃないわ、あの男……)
 そして、蒼は早夜に目を向ける。
 早夜はキスされた状態のまま固まっていた。

「ええっと、早夜?」

 心配そうに蒼が声を掛けると、早夜はぎこちなく此方を向いた。
 そして、口元に手をやり、「え?」と言って、リジャイの去った方向を見て、もう一度「えぇ?」と言った。
 それから、蒼を見ると、「えぇえ?」と言って顔を真っ赤に染める。
(あ、カワイー)
 蒼は内心そう思った。
 早夜は、頬に両手を置くと、「ふぇええ!!?」と叫んで、へナッと座り込む。

「ちょ、ちょっと早夜!? 大丈夫?」

 蒼が慌てて駆け寄り、声を掛ける。
 だが、今の早夜には何も聞こえない。
 リジャイの優しく深い紫色の眼差しと、先程の囁き声が頭から離れない。
 そして何より、唇に残る柔らかな感触が、昨日のキスとは別物だと教えてくる。
(し、心臓が爆発するっ!)
 早夜は胸を押さえながら、心の中で叫ぶ。
 暫くは、この場から動けそうも無い。




「シ、シル! 大変だよっ! サヤの唇が、息子の恋敵に奪われてしまったよ!?」

 焦ったように言うアルファード王。
 王妃シルフィーヌは頬に手を置き、考えるように首を傾けた。

「ええ、これは相手の方が一枚上手のようですわ……」
「ど、どうしよう。サヤの心があのリジャイと言う男に傾きはしないかね?」
「そうですわね……ちょっと危ないかもしれませんわ……」
「えぇ!? ど、どうすればいいんだい? シル」
「これは、何か策を練った方が宜しいかも知れませんわね……」

 そう言って、王妃はフフフと笑うのだった。


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