(――だめ、止められない――)
早夜は、自分から溢れ出る魔力を必死になって抑えようとした。
だが、それでも抑え切れない魔力が、早夜の中から止め処なく流れ出た。
頭の中には、先程から意味のない魔法の知識が頭の中を駆け巡っており、そして早夜の体は、その暴走に耐え切れず、次々に裂けて傷を作ってゆく。
しかし、早夜の中の力が、自然にその傷を治してしまっていた。そしてまた、別の所に新しい傷を作っては治すを繰り返している。
『―――っ!!』
声が聞こえた気がして顔を上げると、ぼやけた視界の中に蒼と亮太がいた。
彼らは早夜に向かって、何か必死になって言っている。
だが、早夜には何を言っているのか聞こえない。何故なら、さっきから耳鳴りが煩く、止まらないからだ。
そして視線を移すと、あの夢の中の人物達がいた。
そのぼやけた視界の中でも、誰だかハッキリ判るほど、早夜には馴染み深くなってしまっている。
リカルドを始め、ミヒャエル、シェル、カート、ルードがいる。彼らは、必死になって早夜を助けようとしていた。
しかし、早夜の魔力に当てられ、なかなか近づけない。
その中でも、リカルドが一番、必死になって助けようと試みていた。
そして、ふと気付く。
彼らにとって、早夜は見ず知らずの人間。赤の他人なのだと。
それなのにあんなに必死になってくれているのを見て、早夜は堪らなくなった。
(ああ――、なんて優しい人達なんだろう――……)
早夜の体はそろそろ限界が近づいていた。
体中が悲鳴を上げている。痛みでどうにかなりそうだった。
さっきまで、すぐに治っていた傷も、徐々に治りが遅くなっている。
(もし限界が来たら? この目の前の優しい人達はどうなるの?)
そうなればただでは済まないだろう、と早夜は思った。
今の状態でも彼らはかなりきつそうだ。
もし、今抑えているこの箍が外れてしまったら……?
その行き場を失った魔力たちは、間違いなく周りの者達を襲うだろう。
早夜は足に力が入らなくなり、ガクンと膝を付くと、また血を吐いた。
「早夜っ!!」
「桜花さん!!」
蒼と亮太は、必死になって早夜に呼び掛けていた。
近寄って、助け起こしてあげたいのに、何故か体が震えて、これ以上近づく事が出来なかった。
「お願い! 早夜を助けて!」
蒼は近くにいた銀髪の青年に、震える手で縋り付いた。
だが彼は、申し訳なさそうに目を瞑ると、首を横に振る。
「すみませんが、私達にはどうする事も出来ません。彼女の力は、あまりにも強大すぎる……」
ルード自身も先程から、何度も早夜に対して術を試してはいるのだ。しかしその術は、彼女の強力な魔力の前に、全て打ち消されてしまっていた。
「そんな……」
(私が、魔法を試そうなんて言わなければ)
蒼は、後悔の念でいっぱいだった。
「馬鹿やろう! 諦めんな、何とか方法を見つけ出すんだ!!」
そう叫んだのはリカルドだった。
彼は、何とか震える足を押さえつけ、じりじりと早夜に近づこうとしている。
「しかし……」
「ルード! お前、宮廷魔術師だろうがっ!!」
「……せめて、この部屋から出してあげられれば良いのですが……」
そう、この部屋から出ればこの魔力は治まる……。
そう思って、ルードはそのような事を呟いたのが――。
「この部屋から出してあげられないのなら、この部屋の方を如何にかしてあげればいいんだよ」
そんな声と共に、ピシィッという音が響く。
そして、それと同時に、あの凄まじい程の魔力が和らいだ。
足元を見ると、床にひびが入っている。
見れば、壁や天井いたる所にそのひびは見受けられた。
「この部屋ってば、魔力増幅の呪が施してあるよね。そこに、もうこれ以上無いって位、強い魔力を持った人間が入れば、暴走して当たり前だよね」
そして皆がその人物を見た。
それは、額に第三の目を持ち、右側の顔と腕に刺青をしている男。
「何者だ!」
「どこから忍び込んだ!?」
ミヒャエルやカートが、きつい眼差しで言った。
他の者達も、突然現われた男に驚きと不審の目を向ける。
「僕? 僕はリジャイ・クーって言うんだ。呼ぶ時はジャイジャイそれかクーちゃんでいいよ?」
「そんな事を聞いてるんじゃねー!」
そう言って、リカルドがリジャイに向かって行こうとする。だがリジャイが彼に向かい手をかざした。
すると、リカルドは力を無くした様に、ガクッと膝をついた。
いや、リカルドだけではない。その場にいる者達全員だ。
見れば、彼らの足元には、巨大な魔法陣が現われていた。
「テメー、何しやがった……」
リカルドが苦しそうにリジャイを睨む。
「うーん、ごめんねー。僕がこれからする事を邪魔されたくないんだ。あんまり時間が無いからねー……」
そう言って、スタスタとリカルドの前を通って、早夜に近づく。
あの凄まじいほどの魔力が、スッと引っ込み、楽になったのを感じる早夜。
ぼやけた視界も、あれほど五月蝿かった耳鳴りも、嘘の様に引いていた。ただ、体のダメージはそのままで、相変わらず血は流れているし、力も入らなかった。
そして、胸の辺りに痛みを感じ、またケホッと血を吐いた。
「あー……、随分血を失ったみたいだねー……勿体無い……」
早夜は、目の前に立つリジャイをぐったりした顔で見る。
リジャイはしゃがみ込むと、早夜に目線を合わせた。
早夜は、今だ頭の中がボーとしていたが、次にリジャイにされた事によって、早夜の意識は一気に覚醒した。
リジャイは、早夜の服の襟元に両手を掛けると、それを左右に引き裂いたのだ。
ブチブチとゆう音と共に、ボタンが弾け飛ぶ。早夜は、叫び声を上げようと口を開いた。
「っ!! イッ――」
「んキャー!! ちょっと、早夜に何してくれてんのよっ!!」
叫んだのは、早夜では無く蒼だった。
亮太も怒りを露わにして叫ぶ。
「てめっ!! それ以上桜花さんに何かしてみろ! ただじゃすまさねぇ!!」
リジャイはそんな彼らに、フフンと笑って見せると、何処からとも無くナイフを取り出した。
そしてそれを、自分の手に当てると、力を込め横に引く。途端に溢れる鮮血に、早夜は驚きの声をあげる。
「な、何をっ!?」
「シッ、黙って……」
そしてリジャイは、その血に濡れた指を早夜の露わになった胸元に置くと、何やら書き始めた。
「キャーー!! この変態男! 早夜の柔肌にぃ!
……ハッ、ちょっと、あんた達! 何じっと見入ってんのよ! 見ちゃダメ、これ以上見たら金取るわよ!!」
蒼に言われ、皆ぎこちなく顔を逸らせる。
亮太とリカルド、ルードにいたっては、顔を真っ赤にしていた。
「別にそんな大した物でも……」
そのカートの呟きに、
「はいっそこ!! 何言っちゃってくれてんのあんた!?
早夜はね、ちっちゃくたって形のいいおっぱいしてんのよ! すッごく柔かくて、見てるとほんわかしてくる……そんな幸せになれるおっぱいを、大した事無いですって!?
謝んなさい! 早夜のおっぱいに土下座して謝んなさい!!」
床をバンバン叩いて、ビシィッ! とカートを指さす。
さすがに、おっぱいを連呼され、赤面するカート。片手で頭を抱え、信じられないと言う風に首を振る。
他の者達も、顔を赤くし俯いている。
「ウウ……蒼ちゃん、やめてー……」
耳まで真っ赤にして、だーと涙を流す早夜。
(恥ずかしくて死んじゃいそう……)
すると、リジャイがクスリと笑う。
「なかなか愉快な友達をもってるねー」
そう言うリジャイは、先程からずっと手を動かし続けている。何か模様の様に見えた。
「これはねー、魔術ってゆーより呪術に近いかな」
「呪術? って呪いって事ですか?」
服を破られるという乱暴な行為をされたにも拘らず、早夜は大人しくしていた。
それは、自分を見る彼の目がどこか親しい者を見る様な、そんな眼差しをしていたからかもしれない。
「そう、でも近いって言うだけで、完璧に呪いって訳でもないんだけど……今の君には必要なものだよ」
その時、胸に痛みを感じ、また血を吐きそうになった。
リジャイはそれに気付くと、そのまま早夜の口を自分の口で塞いだ。
「――っ!!?」
それがあまりにも自然な動きだったので、早夜は拒む事もできなかった。
「ぎゃーーー!!!」
蒼の叫びがこだました。
「んんーっ!」
早夜は、力の入らない腕をリジャイの胸に置き、突っ張らせるが、当然の事ながらびくともしない。
そして早夜は、我慢できずに血を吐いてしまった。
リジャイが空かさずそれを飲み込むと、合わさった唇の隙間からツーと血が滴り落ちる。彼の額の目が見開いた。そして、口から力が注ぎ込まれる。
早夜は急に体が暖かくなるのを感じ、そして体の中から痛みがスーと消えてゆくのを感じた。体に無数にあった傷も、見る間に癒されてゆく。
リジャイはそれを確認すると、唇を離した。そして、早夜の顎に付いた血に気付き、ペロッと舐め取る。
あまりの事にショックで声も出ない早夜。
(こ、この人、私の吐いた血を飲んだ!? って言うか、これって私のファーストキスなんじゃ……)
そんな事をぐるぐる考えていると、リジャイが満足そうに微笑んだ。
「うん、やっぱり体ん中の傷は、口からの方が早いね。
……それにしても、さすが万物の力……思ってた通り……いやそれ以上の味……」
そう言って頬を上気させると、ほぉーと息をついた。
だがその時、リジャイの後ろで物凄い殺気を出して立つ者がいた。
「――俺はさっき言ったよな? 何かしたらただじゃ済まないと……」
持っていた竹刀を支えに、亮太が立っていた。
「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」
その声はやけに静かで、その顔には表情がない。そしてその茶色の瞳は、刃のように鋭く冷たかった。
「あはは、君すごいね! 立ち上がるのだってやっとの筈だよ? それって何? 根性? 根性で立っちゃったの? それともアレ? 愛?」
愉快そうに笑うリジャイに、亮太の怒りが頂点に達する。
亮太は、自分の足でその身を支えると、持っていた竹刀を構える。
「そんなもので、どうやって僕を殺すのか興味ある所だけど、今はこっちが先。
よし、血の気の多そうな君に決定!」
そう言って亮太の前に手をかざす。
すると、彼の胸の辺りに光る魔法陣が現われ、そこからシュルルとリジャイの手に向かい何かが集まってくる。
亮太は、体から何かが吸い出されるような感覚に陥り、「おわっ!?」とそのまま、力を失ったように膝をつき倒れた。
「亮太君!?」
「亮太っ!?」
早夜と蒼の声が重なる。
「大丈夫、大丈夫。ただの貧血だよ」
そう言って、リジャイが手のひらを開くと、そこには無骨な形ながらも美しく輝く、赤い石
があった。
「彼には、生命力と血を提供させてもらったよ。早夜が今、最も必要なもの……これはその結晶だね。じゃあ早夜、手を出して」
早夜は言われるまま、リジャイに手を差し出した。
「あ……」
だがそこには、この世界に飛ばされる前から握られたままになっていた、あのお守りがあった。
「それは……」
リジャイはそう呟きながら、それを摘み上げる。
そして変わりに、血と生命力の結晶を置いた。
すると、その結晶がシュルルと解けるように、早夜の手に吸い込まれてゆく。
早夜は先程まで、力の出なかった体に、力が湧いてくるのを感じていた。
リジャイは、早夜の顔色が良くなるのを見ると、満足げに立ち上がり言った。
「早夜、その胸の呪印が完全に消えるまで、君は一切魔法を使っちゃダメだよ? もし使っちゃうと、その呪印が発動して、意識を強制的にシャットアウトしちゃうからね。
今の君は、とても不安定でちょっとしたきっかけで、暴走し易くなってるから、これはその予防策だよ」
そして、フーとため息をつくと、
「これで僕の役目は、ある程度終わりかな?」
そう言って、他の者達を覆っていた魔法陣を解いた。
体の自由を確認した蒼たちは、こちらに駆け寄ってくる。
蒼は早夜へ、そしてリカルド達は謎の男を捕らえる為――。
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