城の中はさっきまでいた場所と違い、煌びやかで派手だった。それに、砂漠の国とは思えない程涼しく過ごし易い。
「王子の執務室はこっちなのだ」
そう言って行く先は、城の奥。少々薄暗く、先程のような派手さはない。
そして、大きな扉の前にたどり着くと、ロイがムエイを見た。『よいか?』と声を顰めて聞いてくる。ムエイはそんな彼に頷くと、背筋を正した。
ロイが扉をノックすると、すぐに声がした。
「どうぞ、入って」
その声を確認し、ロイはその扉を開けた。
「ナイール皇子、例の異界人を連れてきたぞ」
ロイが声に此方に顔を向ける王子ナイール。彼はムエイよりも若く見えた。
砂漠の国特有の褐色の肌をしており、その髪もこげ茶色。ただ、瞳だけはオアシスの泉の様に澄んだ水色をしている。
彼は、入ってきた者たちを見てフッと笑った。
「初めまして。私がこの国の王子、ナイールです。リジャイから君の事は聞いているよ。名前はムエイと言うんだね」
そう言って、ムエイの頭からつま先まで、じっくりと見た。
「なるほど。本当に髪も瞳も黒いんだね。まるで、アルフォレシアの“魔眼使い”のようだ……」
思わずギクリとするムエイとロイ。
何とか表に出すのを我慢していると、カムイがムエイの肩に手を置いて言った。
「ナイール王子! こいつ凄いんだゼ!! この俺を片手一本でひっくり返しちまったんだ!」
それを聞いたナイールは、ほぅと感心したようにムエイを見る。
「それはすごいね。岩をも砕くカムイを片手一本でだなんて……でも、何でカムイまでここにいるのかな?」
不思議そうに訊ねてくるナイールに、カムイは二カッと白い歯を見せて言った。
「別にいいじゃねーか! それに俺はこいつが気に入った!! ナイール王子もきっと気に入ると見た!」
そう言って、ガハハと豪快に笑うカムイに、困った顔でナイールは笑って見せた。
「そう決め付けられてもね……ムエイ、他に君は何が出来るのかな?」
そう言われ、ムエイは考えるように口元に手を置く。
「そうですね……私は剣を扱いますが、魔法も少々使います。まぁ、役に立つかどうかは、王子が決める事ですが……」
そう言ってナイールを見るムエイの目は、どこか挑むようだった。
その言葉の真意は(自分の力をどう生かすかは、王子しだいだ)と、こうだ。
王子もそれに気付いたようで、探るようにムエイを見る。
そして、ふっと肩の力を抜くと、
「なるほど、なかなか面白い人だね君は……まぁいいでしょう。君もロイロイやカムイと同じよう扱うよう言っておくよ。後で、自由に歩き回れるよう、手配しておこう。
ん? どうしたんだい?」
ナイールがロイを見ると、彼は固まっていた。
「ロイロイ、どこか具合でも……あ、そうか。すまないね、ロイ。リジャイからいつも話を聞いていたから、この呼び名が移ってしまったようだ。気を悪くしたかな?」
困ったように聞く王子に、引きつった顔でロイは首を振った。
「イ、イヤ、気にしていない……大丈夫だ……」
「……そうか、ならいいのだけれど……」
そこでナイールは、ムエイを見て何かに気付いた。
「おや? 君、それは何だい?」
彼が見ているもの、それはあのセレンのお守りだった。
ムエイはハッとして、それを隠そうとしたが、一足遅くナイールに取り上げられてしまった。
「……これは……」
それをじっと見つめ呟くと、目だけをムエイに向ける。
「確かこれは、アルフォレシアに伝わるお守りだった筈……」
途端に緊張する、ムエイとロイ。
カムイは一人、きょとんとしている。
「……そのお守りに使われるもの。それは女性の髪……このお守りに使われてる髪、見たところ銀髪だよね。アルフォレシアで銀髪の女性は、私の知っている限りでは、王妃のシルフィーヌとその娘のセレンティーナ……だけだった筈……」
ナイールはスッと目を細めた。底冷えのするその青い瞳を前に、ムエイの背に冷たい汗が流れる。
「確かアルフォレシアの魔眼使いが、王女のセレンティーナと婚約していた筈だけど……」
ナイールの追及は止まらない。
だが、ナイールが更に口を開こうとした時、聞き覚えのある声が降ってきた。
「それは、僕が拾って彼にあげた物だよ」
そう言って、スタッと着地する三つ目の男。
「っ!! リジャイ、キサマどこから出てくるのだ!?」
驚きの声を上げるロイ。天井を見たが、どこにも入ってこられるような場所はない。
ムエイやカムイも驚いている中、ナイール王子は慣れているのか平然としている。
「リジャイ、それはどういう事?」
「どういう事も何も、そのお守りは木の上に引っかかってたんだ。恐らく鳥が運んだんだろうね。僕も何だろうと思って拾ったんだけど、それをムエイがジーッと見てたから、欲しいのかと思ってあげたんだ」
そう言って、肩を竦めて見せる。そして、どこからともなく一本の剣を取り出すと、それをムエイに投げてよこした。
「ほい。君、剣使うでしょ? 良いの拾っておいたよー」
そんな彼を、呆然とした様子で見つめるムエイとロイ。よくあんな嘘が湧いてくるなと思っていた。
ナイールも何処か釈然としない様子で、リジャイを見つめていたが、やがて諦めた様に溜息をついた。
「リジャイ、君がそう言うのなら私はその言葉を信じるしかないな。それよりも、私の言った事はやってきてくれたのかな?」
そう言って、澄んだ泉の様なその目をリジャイに向ける。リジャイは、そんな彼にニィーと爬虫類を思わせる笑みで答えた。
「んもーばっちり。用事はきっちり済ませてきたよ」
その言葉を聴くと、満足そうにナイールは頷き、改めてムエイに向き直った。
「ようこそムエイ。君はこれより、このクラジバールの住人だ」
こうしてムエイは、一時的だがクラジバールの人間になった。
「君達に言っておきたいのだけれど、いくら自由に出歩けるとは言え、私の居るこの別館以外は、あまりで歩かないで欲しい。分かっているとは思うけど、この国の人たちはあまり異界人を快く思っていないからね」
ナイール王子がムエイ達に忠告した。
「ナイール王子、貴方は如何なのです?」
ムエイがそう聞くと、ナイールはフッと笑い、
「私は変わっているのさ、君達に親しみさえ感じているよ? ただ、敵だと言うのなら……私はそれを排除するだけだ」
そう言って、またあの底冷えのする瞳でムエイを見つめた。
だがすぐに笑顔に戻り、
「まぁ、そんな人間はまず、ここにはいないだろうけどね」
と、声を出して笑ったのである。
「いや、心臓に悪いぞ、あれは……」
先刻のことを思い出し、汗を拭うロイ。
今、ムエイ達は城の外を歩いている。
「あれは間違いなく、俺の正体に気付いているよな……」
そう言って、口元に手を置き考える。
(だったら何故、そのまま捕らえようとしなかったんだ? もしくは何か企んでいるのか……それとも、あのリジャイのせいなのか?)
そう思って、リジャイを見つめる。
(それ程の信頼を寄せているのか? それか、弱みを握られてるとか……)
すると、その視線に気付いたリジャイが、此方を振り返った。
「ん? 何? ムエイ」
「いや、何でもない……」
そう言って首を振った。
「なー、さっきから心臓に悪いだの、正体だの何の話だ?」
カムイが不思議そうな顔をしている。
「いや、こっちの話だ」
「そーそー、ムイムイはなーんにも気にする事ないよー」
「っ!? ム、ムイムイッ!? それはカムイの事か? 何でキサマのあだ名は本名より長いのだ!」
「ははは!! ムイムイか、おもしれー!!」
「っ!!? 何だ、何故怒らんのだ!? こんな変な名は嫌だろう!?」
愉快そうに笑うカムイにロイは、信じられないという様な顔をしている。
「えー? いーじゃんムイムイ。可愛いじゃん」
「カワイイッ!? 可愛いだと? この筋肉馬鹿に可愛さを求めるのか!? キサマはっ!」
「ガハハ!! かわいいは良かったなっ!」
そんな三人の様子を、ウンザリした様に見ているムエイ。
「なぁ、名前の事はいいから、戻らないか? 俺は何か疲れた……」
ロイは勢いよく振り返り、ムエイを指差しリジャイに言った。
「じゃあムエイはどうなるっ!? ムエムエかっ? エイエイか!」
するとリジャイは、眉をひそめて不機嫌そうに言う。
「えー!? ムエイはムエイだよー。何その変なあだ名ー」
「〜〜〜〜っ!!」
声にならない声を上げるロイ。
ムエイは何だか彼が可哀想になるのだった。
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