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 ※この回からリュウキはムエイとなります。
《第二章》
3.異界人
 その後リジャイは、用事があると言って出て行った。


「まったくあの男は、いつもいつも……一体どんな用事があるというのだ?」
「いつもなのか?」

 リュウキ……いやムエイはそう尋ねる。

「そうなのだ。まぁ、恐らくはナイール王子が関っているのだろうが……」
「……王子が?」
「ああ、何か企んでいるのかも知れんな。あの男……」

 そう言って、ロイは空中を睨んだ。


「ナイール王子との面会の前に、この国を案内しよう」

 気を取り直した様子のロイは、金色の瞳を輝かせてそう言った。

「いいのか? 王子を待たせているのでは……」
「大丈夫だ。ナイール王子のいる場所は、ここから結構距離があるのだ。その間に案内してやろう」

 ふふんと笑うロイの尻尾は、ふぁさふぁさと揺れて、触ると気持ち良さそうだ。



 屋敷を出ると、砂漠の国だというのに緑が多くて驚いた。

「驚いたか? この国には巨大な結界が張られている。あれを見ろ」

 見れば、遠くに塔のような物が見受けられた。

「あれが、このクラジバールを囲む様に、四方に建っておる。あれがその結界の要だ。あれが無ければ恐らく、この国は砂に沈んでおるだろうな」
「よく知っているな」

 感心したように聞くと、ロイは眉を顰めた。

「フン、好きで知った訳ではない。この国の魔学者に教わったのだ」

 そういてますます不機嫌な顔になる。

「魔学者?」

 聞き慣れない言葉だった。

「ああ、魔学者は魔術について研究しているのだ。実はこの枷も、あの巨大な結界も、その魔学者が創り上げた物だ」
「そんな凄い人間がいるのか? この国は……」

 ロイの言葉を聞いて驚くムエイだったが、一応アルフォレシアとは山を挟んではいるけれど、隣りあった国だ。しかし、クラジバールの実体はそれ程知られてはいない。
 他の国の者を受け入れようとしないし、外交もあまりしないのだ。時々、クラジバールから来た人間が、当たり障りのない噂を流してゆくだけ……。
 なので、ここまでこの国の内情を知った者は、自分が初めてじゃないのか、とムエイは思った。

「実は、その魔学者も異界人なのだが……まぁ、あ奴の事は後で紹介してやろう……」

 そう言ってロイは先を急いだ。
 そうして歩いていると、周りには土を固めた家が多くある事が分かった。
 これが、この国特有の家であろうか? ロイの屋敷を出てきた後なので、酷く粗末に見える。

「あれは、この国の奴隷達の家なのだ……」

 ムエイが周りを見ている事に気付いたロイは、それらを見回し鼻の頭に皺をよせて言った。

「ここは奴隷達の居住地でな、呼び出された異界人達もここに住んでおる。
 ……つまり、我々異界人は、この国の人間にとって、奴隷も同然なのだ!」

 そう言って、苛立たしげに近くの木を殴った。

「ええい、腹立たしい! 我を奴隷だと!? フフフ、いいだろう……我が自由となったあかつきには、思う存分――」
「おい、気持ちは分かるが、早く案内してくれないか?」

 困ったように言うムエイに、ロイはハッとして、耳を倒した。

「スマン……つい我を忘れてしまったのだ。あっちに他の異界人がいる。案内しよう……」

 そう言って、とぼとぼと歩いてゆく。その後ろを歩くムエイは、彼の金色の尻尾が元気なさげに左右に揺れるのを見て、一体どういう仕組みなのだろう、と思わず触ってしまいそうになった。



 少し歩いてゆくと、“どりゃー!!”とか“とうっ!”などと、奇妙な掛け声が聞こえてきた。

「またやっておるな、あの男。ムエイよ、どうやら最初に紹介するのは、あの男のようだ」

 そう言って示す先にいたのは、体と同じくらいある巨大な斧を振り回している上半身裸の男だった。
 周りにはなぜか見物人がおり、見た感じからいって、この国の奴隷達のようだった。

「ははは!! 見ろ! 俺のこの勇姿を!! 俺はスゴイッ!! 俺は強いんだー!!」

 そう言って近くにあった大きな岩を、その巨大な斧で砕いて見せた。
 すると、見物人達が『おおー!』と拍手をする。
 それに気を良くしたのか、男はまた“どりゃー!!”と言って、斧を振り回し始めた。

 その男は茶色い肌をし、青い髪に瞳は碧、顔には傷があり、頭に何やら派手なバンダナを巻いている。
 剥き出しになったその上半身は鍛え抜かれており、斧を振り回す度にその筋肉は、盛り上がって見せた。

「いい加減にせぬか! お主に紹介したい者がおるのだ!」
 
 そう言葉を掛けるロイに、男は気付き、白い歯を見せた。  

「何だよ、ロイロイじゃねーか! 如何したんだ?」
「な、なぜお主までロイロイと呼ぶのだ!?」

 酷くショックをうけるロイ。耳と尻尾がピンと立った。

「何でって、いつもリジャイにそう呼ばれてるじゃねーか」
「我はそのように呼ばれるのは嫌だ!!」

 ロイがそう叫ぶと、男は不思議そうに首を傾げた。

「別に変わんねーじゃねーか、ロイもロイロイも」
「違う! 断じて違う!」

 顔を真っ赤にして言うロイだったが、男はムエイを見て言った。

「ロイロイ、こいつ誰だ?」

 そう尋ねてくる男に、ロイはガクッと膝を折る。耳も尻尾も垂れ下がっており、心なしかその金色も煤けて見えた。
 さすがに何か可哀想になって、ムエイが言った。

「あー……頼むからちゃんとロイと呼んでやってくれないか? これでは、話が進まないだろう?」

 そう言われて男は、しょーがねーなぁと頷いた。

「そんじゃあロイ。改めて訊くが、こいつ誰だ?」

 漸く立ち直ったロイは、コホンと咳払いをして、ムエイの横に立った。

「このものは新しく来た異界人で、ムエイと言う。ムエイ、こ奴はカムイと言って、見た通りの筋肉馬鹿だ」

 さっきの仕返しなのか、そんな事を言うロイ。
 だが、カムイと呼ばれた男は別段気にした風も無く、二カッと笑いムエイに手を差し出した。
 ムエイがその手を握ると、カムイはギリリと力を込め、ぶんぶんと振った。

「ははは! よろしくな、ムエイ! ところでお前強いのか?」

 そう尋ねてくるカムイに対し、ムエイは痛みに顔をしかめながら、スッと身をずらした。
 次の瞬間、カムイの視界が反転し、気が付けばカムイは仰向けに倒れていた。
 途端に沸く見物人。
 ぽかんとするカムイに、驚いた顔をしているロイ。

「これで答えになっただろうか?」

 そう、首を傾けムエイは言う。すると、カムイは倒れたまま、笑い出した。

「あははは!! スゲー! つえーなあんた! 俺、こんな風に引っ繰り返されたのは、初めてだ!!」

 そして、心底愉快そうに起き上がると、ムエイの肩をバンバンと叩いた。かなり強い力で叩かれた為、眉を顰めるムエイ。

「おし! 気に入ったゼ!! 何かあったら何時でも俺のとこに来てくれ! 何でもしてやるぞ!!」

 そう言って、がははと笑った。
 そうしていると、周りで見ていた見物人達が声を掛けてきた。

『カムイ殿、今日の見世物は面白かったですぞ』
『また見せてね!』
『兄チャン、ありがとな! あの岩、邪魔だったんだ!』

 そう言ってぞろぞろと去ってゆく。
 去り際、ムエイに、

『あんたもすごいねー! あのカムイを引っ繰り返すなんて』

 と言ってくる者もいた。
 

「おう、また来いよ!」

 カムイは二カッと笑うと、彼らに手を振る。

「あの者達も娯楽が欲しいのだろう。仕事の合間にああやって、カムイの特訓を見に来るのだ」

 そう言ってロイも、仕事に帰る彼らを見送るのだった。
 


「如何して、カムイまで付いて来るのだ!?」 

 あれから去ろうとしたロイ達に、何も言わずその後を付いて歩くカムイ。

「ん? いーじゃねーか、俺はついでだ、ついで」

 はぁーとため息をつくロイは、ふと思い出したようにムエイを見た。

「それにしても、あのカムイを引っ繰り返すとは……あれは一体どうやったんだ?」
「……どうやったも何も、ただ相手の重心をずらしてやっただけだ。こつさえ掴めば、小さな子供だって出来るぞ」

 そう、事も無げに言うムエイ。
(いや、あの動きは子供には出来ぬぞ……)
 何せロイには、ムエイの動きが早すぎて、ただぶれた様にしか見えなかったからだ。

「何だ、そうだったのか!? じゃあ、俺が油断しただけか?」

 そういったカムイに、ムエイは頷いて見せた。

「ああ、すまなかったな。力で勝負するなら、カムイの圧勝だ」

 それを訊いたカムイは、またもや笑いながらムエイの肩を叩く。

「ガハハ!! 相手の油断を誘うのも強さの内だゼ!! 気にすんなっ!」

 そう言って、片目を瞑り、親指を突き出した。




 暫く行くと、向こうから、目立つ容姿をした女性が2人歩いてくる。
 一人は、前髪を紅く染めたオレンジ色の長髪の女性。もう一人は、真珠色をした、ふわふわの綿菓子のような髪の女性で、その背には透明な羽が生えていた。
 オレンジの髪の女性は、此方に気付くと“ゲ!”と言うような顔をして、踵を返そうとする。
 それを、慌ててロイが呼び止めた。

「ま、待てミリア! お主に紹介したい者がおるのだ!!」

 そう言って、ムエイを前に立たせる。

「この男だ!!」

 そう言われて、仕方なくと言うように、此方を向くミリアと呼ばれた女性。しかし、ムエイを見ると、驚いたように目を見開く。

(!? 何だ? なぜ驚く? まさか正体が……)

 などと思っていると、ミリアと呼ばれた女性はずんずんと近づき、ヒシッとムエイのその手を取った。

「好きですっ! 付き合ってください!!」

 そう言った彼女の頬は赤く染まり、その茶色の目もハートのなっていた。

「す、すまないが、俺には婚約者がいる……」

 たじろぎ、汗を掻きながら言うムエイ。
 すると彼女はガーンとまるで、この世の終わりのような顔をしてみせ、その場にガクッと項垂れた。

「……恋して5秒でふられた……」

 その時、後ろに居た真珠色の髪の女性が、項垂れる彼女に近づき、その肩に手を置いた。

「元気出すんだミョ、ミリア。この男、こっちの世界に呼び出されたんだミョ。超ー、遠距離恋愛ミョ! ミリアにも付け入る隙があるんだミョ!!」

 ……語尾がかなりおかしかった。
 黙っていれば、儚げで神秘的な美少女、見れば瞳も真珠色である。
 そして、彼女は此方を向くと、にっこりと笑った。その笑顔は、思わず見惚れてしまう位、綺麗だった。

「初めましてだミョ! イーシェ・ファンというミョ。それで、こっちの娘がミリアっていうミョ!」
「ど、どうも、ミリア・スティングスです。銃の扱いが得意です。お、お友達からでも良いんで、宜しくお願いします……」

 イーシェの励ましのおかげか、ミリアはいつの間にか立ち直り、もじもじと自己紹介した。

「あー、俺は、ムエイという。初めまして……」

 あえて、宜しくとは言わないムエイであった。

「ムエイ様? なんて素敵なお名前!」

 そう言って、ポーとムエイを見つめるミリアに、今まで茫然としていたロイが声をかける。

「う、うむ、自己紹介が済んで何よりだ……」

 それまで、目をハートにしていたミリアだったが、ロイを見ると明らかに、その表情を嫌悪に変えた。

「何で獣人がムエイ様といるのよ。前に、私から50m以内に近づかないでって言ったわよね? もちろんムエイ様にも近づかないで!」

 そう言って、ムエイの腕を掴み、ロイに対してシッシッと手を払う仕草をする。
 その明らかな嫌悪の感情に、悲しそうな顔をするロイ。耳と尻尾も元気なく項垂れた。
 ムエイは、自分の腕に絡まったミリアの手を外すと、冷たい声で言った。

「彼は俺の命の恩人だ。そういう態度はどうかと思うが?」

 そう言われて、ハッとするミリア。目を潤ませ俯いた。
 そこにイーシェが割り込んでくる。

 「ミリアは前の世界で、獣人に両親を殺されてるミョ! だから、ミリアは獣人が嫌いなんだミョ。ここに居るロイロイは違うと分かってても、どうしても駄目なんだミョ! 許して欲しいミョ!」

 そう言ったイーシェに、ロイはショックを受ける。

「そんな、イーシェまでロイロイと呼んでいる……」

 小さな声で、「ごめんなさい」と言うミリア。
 そんな彼女を見てムエイは、さっきよりは声を和らげて言った。

「悪いと思うんならまず、ロイに誤れ。そこに居る友達じゃなく、自分の口でな」

 ムエイに言われ、ロイを見るミリア。
 ロイもそれに気付き見つめ返すが、その金色の瞳を見た瞬間、

「やっぱりダメー!!」

 と、叫んでかけて行ってしまった。

「あっ! ミリア、待つんだミョー!!」

 イーシェもその後を追って、かけて行く。
 その場に残された男3人。
 それまで黙って事の成り行きを見ていたカムイは、ロイとムエイの背中をバンと叩いた。

「モテる男はつらいな、ムエイ! ロイロイも元気出せ!」

 そう言って、がハハと笑った。

「ま、またロイロイに戻っている……」

 ぼそっと呟くロイだった。




「……もう異界人はいないのか?」

 そう聞くと、ロイは首を振った。

「いや、いるのだが……大体の者は怯えて引き篭ってしまっている。あまり力のないものは、他の奴隷と同じ扱いを受ける。我々のように力を認められさえすれば、まだ扱いは楽なのだ。国の中も自由に歩きまわれるし……」
「俺が、ムエイを王子に推選してやるよ。この俺を引っ繰り返した男ってな!」

 カムイはそうやって、ムエイを見ていた為、自分に近づく人影に気付かなかった。そして、見事にぶつかってしまった。 
 おそらく、壁にでもぶつかってしまった様であったろうその人物は、紫色の髪をした女性だった。その目は座っており、色もグレーで、どこか暗い印象を与える女であった。

「おお、すまねえって、お前はカンナか?」

 そんなカムイを、ジトッと見つめると立ち上がり、

「ぶつかってしまって申し訳ありませんでした……」

 そう言って、頭を下げると立ち去ろうとする。

「ちょっ、カンナ! 紹介したい者がいるのだ。来てくれぬか?」

 するとその女性は、暗い眼をしてロイを見ると、

「……それは、命令?」

 と、ボソッと訊いた。
 そんな彼女に、冷や汗を流すロイ。

「あ、ああ。命令である。彼に自己紹介をするのだ」

 それを聞いて、ムエイは困惑した顔を見せる。
 別に命令なんかしなくても……と声を掛けようとするが、カムイがつんつんとムエイをつつき、「あれ」と女を示した。
 見ると女は、どこかウットリとした顔をして、ホゥーとため息をついている。 
 そして、ムエイの前に立つと、深々とお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。私は、カンナ・ハマと申します。以後、お見知りおきを……。
 あなた様のお名前は何でございましょう?」

 やけに礼儀正しく挨拶をされ、つられてムエイも礼をした。

「俺の名前はムエイと言う。宜しく頼む」

 そう言って、手を差し出すが、カンナはふいっとそっぽを向く。
 ロイが慌てて言った。

「あ、握手するのだ! 命令だ!」

 すると、カンナはにっこりと笑って、差し出された手を握り返した。

「宜しくお願い申し上げます」

 これまた、丁寧に言うと、あの暗い表情に戻り、踵を返して去っていった。
 ロイはふーと息を吐き、額を拭う。

「あの女は、いちいち疲れる!」

(だが、まだ、ロイロイと言われないだけ良しとしよう……)
 そう心の中で思っていると、なぜかカンナが戻ってきた。

「私とした事が忘れておりました。リジャイ様よりロイロイ様へ言伝を請け賜っております。『ロイロイ、早く行かないと王子様に怒られちゃうよ』との事です。では……」

 そう言って、ロイにお辞儀をすると去っていった。
 ロイは、固まっていた。
(あ、あ奴だ。あのリジャイの陰謀なのだ! そうだ、そうに違いない!)
 そうロイが、心の中でブツブツ呟いている間、ムエイはカムイに尋ねていた。

「一体なんだったんだ? あのカンナと言う女性は……」
「ああ、あいつはな、他人に命令されるのが大好きなんだ。何か頼むにもいちいち命令しなくちゃ、何もしないんだゼ?
 そんでもって、ああ見えてかなりの魔術の使い手らしい、聞いたところによると、あいつの身体には、呪印がびっしり施してあるって話だ」

 そう言って、カンナの去った方向に目を向けた。




 あの後立ち直ったロイは、城を目指し歩き出す。

「フン! いちいち気にしてては体がもたん!」

 そう言って、鼻息を荒くするロイ。その尻尾も、少々怒りのまじった様にぶんぶんと揺れる。
 それを後ろで見ていたムエイとカムイ。

「なぁ……あの尻尾見てると掴みたくならねーか?」

 そう尋ねてくるカムイにムエイは頷く。

「お前もか、実は俺もなんだ……」

 そう言って二人は、揺れる尻尾を目で追うのだった。

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夢の逢瀬 ←番外編です。


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