蒼のベッドに入り、天井を見上げる早夜。
実は、あのファッションショーの後、早夜の母のアヤが乱入して、突如、早夜の撮影会が始まったのである。
何故アヤが出てきたのかというと、着替えの終わった早夜を蒼が隠し撮りして、こっそりアヤに送ったのであった。
(それにしても、いつの間に二人はメルアドを交換したのかな?)
その事実を早夜は、まったく知らなかった。
「早夜? どったの? 眠れない?」
その時、蒼が声を掛けてきた。
「……うん、何か目がさえちゃって……」
「やっぱり夢が気になる?」
そう聞かれ、どきりとする。図星だったからだ。
「……うん、リュウキさん無事かなって……こんな事思うのって変だよね、ただの夢なのに……」
蒼はむくりと起き上がると、早夜に言った。
「……私は、ただの夢じゃないような気がするんだけど……」
そう言う蒼の顔は真剣だった。早夜は、彼女に目を向ける。
「もしかして、本当にあるのかもよ? その夢の世界。そして、何かしらの原因で、早夜とリュウキさんの意識が繋がったのかも」
「でも、私、夢の中で魔法使ったんだよ?」
ありえないという風に首を振る。
「試してみたら?」
「え?」
「だから、現実のこっちの世界でも、魔法を試してみるのよ! もしかしたら使えるかも!」
そんな突拍子も無い言葉に、早夜は目を瞬かせた。
「そうと決まれば、早く寝ましょ? 明日、朝一で起きて、その事確かめましょう!」
そのまま横になる蒼に、早夜は声を掛ける。
「蒼ちゃん……」
「大丈夫。何も起きなくても、私は馬鹿にも笑い飛ばしたりもしないよ……寧ろ笑われるのは私の方じゃない? 他人の夢の話を本気にしてるんだから」
早夜は起き出して首を振る。
「蒼ちゃん、そんな事無いよ……」
「早夜ってさ、初めて会った時から感じてたんだけど……何か、他の人と雰囲気が違うなって……。それに今時珍しく髪も弄ってない、化粧気もない、アクセサリーも香水も一切つけてない。そりゃあもう天然記念物ものだって……。
でもね、それなのにすごくキレイなの。逆にそういう人たちがみっとも無い位、早夜はキレイなの……」
そんな事を真面目な顔で言われて、早夜はすごく照れてしまう。
「そ、そんなの、これは、私……子供の頃お寺に住んでて。そこのおじぃ……ご住職に、そういうのは駄目だって教えられて。それに、お母さんも何故かすごく怒るの……」
「早夜はそのままが良いよ。ううん、そのままでいて……お願い」
懇願するように言われ最初、少し困惑した風の早夜だったが、やがてふっと笑った。
「うん、分かった。ありがとね、蒼ちゃん。私、明日試してみる……あのね、蒼ちゃん……。私は、他人の夢の為にそこまで真剣に考えてくれる蒼ちゃんは、すごく素敵だと思うよ……」
そう言うと、早夜は横になり目を瞑った。
「おやすみ……蒼ちゃん。明日、がんばるね……」
そして、その後ほとんど消え入りそうな声で早夜は呟く。
「……蒼、ちゃんは……私の……救世主、だ、よ……」
そのまま寝息を立て始めた。
「早夜?」
と、顔を覗き込む蒼。早夜が完全に寝てしまった事を確認する。
色々辛い事があったのだろう、時折見せる憂い顔がそれを思わせる。蒼にはまったく想像できないが、一人でいる事はどんなに寂しい事だろうかと思った。
そして決心する。
「早夜、私は何があっても、早夜の傍にいるからね……」
そう言うと、蒼も眠りに付くのだった。
翌朝、昨夜言っていた通り、朝一に起き出すと、制服に着替え庭に出た。
「んー、気持ちのいい朝だねー!」
「うん、そうだね!」
にこやかに言う早夜。昨夜もやはり夢を見なかったが、何か吹っ切れたような顔。
「おはようございます! 桜花さん、早いですね」
竹刀を持って素振りをする亮太が、元気に挨拶する。
「あ、亮太君おはよう! いつもこれくらい早いの?」
「そーなのよ、こいつってば、夜明けと共に起き出すのよ! おじーちゃんかっての!」
早夜の質問に、蒼が答える。すると、亮太は青筋を立てて怒鳴った。
「んな訳ないだろ!! 俺だってついさっきだ!」
そして怪訝な顔をして早夜と蒼を見る。
「それよりも珍しいのはお前だ! 蒼、いつもはこんな早くないだろ? 桜花さんまで連れ出して、何する気だ?」
「あー、何か私が早夜に悪い事するみたいじゃない。人聞きの悪い事言わないでくれる?」
睨み合う二人に、早夜は「まーまー」と宥める仕草。
「さっ、早夜? こんな奴ほっといて、さっそく試しましょ?」
蒼は、早夜の手を引くと庭の真ん中に立たせる。
「夢の中の事を思い出して、魔法を使ってみるのよ!」
肩に手を置き、力強く言う蒼に早夜は頷くと、真剣な顔で目を瞑り、集中しだした。
だがやはり、夢の中とは何か勝手が違う。あの感覚を引き出す事が出来ない。
「……だめ、どうしても集中できないよ……」
そう言って、早夜は、はぁーと息を吐く。
「一体何の話ですか?」
ずっと様子を見ていた亮太は、自分の練習を止め、早夜の元へと近づく。
「これから早夜が、魔法を使おうとしてんだから邪魔しないで!」
「はぁ!?」
変な顔をする亮太だったが、早夜の顔を見て、本気なのだと気付いた。
そして、早夜の夢の話を思い出す。
(なるほど、昨日落ち込んでたからな……それを吹っ切るためか?)
そう自分なりに解釈し、納得すると、頷き早夜を真正面から見た。
「それで、魔法ってまず何をしようとしてるんです?」
いきなり真面目な顔で聞いてきた亮太に、驚いた様子の早夜。
何でこの人たちはこんなにも自分の事を信じてくれるのか……ある種、感動を覚える。
「……えっと、それが魔法を使おうと、魔力を引き出そうとしてみるんだけど……集中が出来なくて……」
引かれないだろうかと、伺いながら言葉を出す。だが、亮太はその言葉に頷くと、アドバイスを始めた。
「集中ですか……そうですね、まず深呼吸してみたらどうですか? そんな風に体を強張らせたままじゃ、集中できるものも出来ないと思いますよ」
蒼は亮太の発言に驚いていたが、やがて苦笑すると、彼の肩にポンと手を置いた。
「何よ、たまには役立つ事言うじゃない」
ついでにボソッと耳打ちする。
『早夜にいい所見せるチャンスよ、頑張んなさい』
見る間に顔を赤くする亮太。
蒼は、彼らから少し離れた所に移動して、見ている事にした。
早夜は亮太に言われた通り、まず深呼吸してみる事にした。
「そう、そうして肩の力を抜いたら、次は何かをイメージした方が良いかもしれませんね。例えば水だったり、風だったり、空だったり、とにかく心を静かに出来るものがいいと思います」
そんな彼の言葉に、早夜は考える。
(イメージ……何が良いだろう……)
そしてふと思い浮かぶ映像。
それは、子供の頃過ごしたお寺のお堂。
小さい頃は、そこに一人でいるのは怖かったが、おじぃちゃん先生……その寺の御住職は、よく膝の上に小さい早夜を乗せ、お堂から外を眺め、色々な話をしてくれた。
その殆どは難しすぎて、幼い早夜には理解できなかったが、その低く静かな声は心地よく、そこから見る景色……特に、春の桜の季節が、大好きだった。
「桜花さん? どうしましたか?」
不思議そうな顔をしている亮太。
急にボーとしだした早夜を怪訝に思ったのだ。
「ううん、何でもないよ。それより、イメージするものを決めたよ」
そう言ってニコッと笑う早夜を、亮太は一瞬眩しそうに見たが、我に返るとこくりと頷いた。
「そうしたら、どこか一点に集中する為に、何か手に持っていた方がいいと思います。何なら額にシールとか貼ってもいいかも」
そう言われ、「あ」と、手を叩く早夜。
「これでもいいかな」
そう言って、胸元からあのお守りを取り出す。
「それは?」
「お母さんから貰ったお守り、これでもいいかな?」
「はい、いいと思いますよ。馴染み深い物の方が上手くいくかもしれません」
さっそく集中を始めてみる。
まず最初に深呼吸。リラックスできたところで、イメージを頭に思い描く。
(薄暗いお堂、御香匂い、そして低い静かな声と桜の花びら……)
すると、ピンと何か体の中に一本線の入った感覚。そして確かに感じる手の中のお守り。
(あっ……)
体の奥底に感じる何か……それはあの夢と同じ感覚だった。
何かが内から湧き上がってくる感じ。それは、夢の時よりもはっきりと感じる事が出来る。
そう、それは確かにあったのだ。
早夜は目を開けると、蒼を見た。
「蒼ちゃん! あった、あったよ!!」
興奮して叫ぶ早夜に、蒼は、ぱあっと顔を輝かせる。
「本当!? すごいじゃない早夜!! ……で、何があったの?」
(おいっ!!)
と、思わず心の中でつっこむ亮太。
(分からないで喜んだのかよ……)
「あ、そっか。あのね、私の中にあの夢で感じた魔力があったんだよ!」
嬉しそうに言う早夜に、今度こそ喜びに顔を輝かせてその手を取り、ぴょんぴょんと跳ねた。
「やったー!! 良かったね早夜! そーと決まればさっそく魔法を使うのよ! 夢の世界があるか確かめましょ?」
そんな様子の二人に、ボーとしていた亮太は、とりあえず良かったですね、と手を叩いておいた。
それから、もう一度集中すると、さっきよりもスムーズに魔力を感じる事が出来た。
そして、あの世界を思い浮かべる。あの景色、そこにいる人間達、そして何よりリュウキさんの事を……。
すると手の中が何か、温かくなるのを感じる。
そして、早夜の中で“リーーン”と澄んだ音が鳴った気がした。それと同時に何か道が繋がった様な感じもする。
早夜は、自分の中にある魔力の知識に触れようとした時だった。
“リーーーン”
もう一度、早夜の中で音が鳴った。
先程聞いた音よりも低い音。
手の中のお守りが更に熱くなった。
(……くる……)
何故かそう思った。
目を開けた早夜は、蒼達に言った。
「二人ともここから離れて!」
そう早夜が叫ぶのと、足元が輝きだしたのは同時だった。
「な、何だ!?」
「うわっ! これって魔法陣ってやつじゃない? 早夜がやったの?」
驚き早夜を見る蒼に、困ったように首を振った。
「違う……これ、私じゃないよ……何か、誰かが呼んでる……」
茫然と呟いた時、魔法陣の中から紫っぽい靄が出てきて、早夜に纏わり付く。
「ひゃあ!?」
思わず悲鳴を上げるが、亮太たちが駆け寄る前に、それはまた魔法陣の中へと消えていった。
「今のって、探索魔法……?」
「早夜? 探索魔法って……」
「それにこれ……この魔方陣は、召喚魔法だよ……」
今、早夜の中で知識が湯水の様に湧いてくるのを感じる。魔法に触れる傍から、それが何か分かるのである。その感覚を、少々怖いと感じる早夜だったが、これであの夢の世界に行けるかもしれない、リュウキに会えるかもしれないと思うと、恐怖よりも期待のほうが大きくなる。
「だ、大丈夫なんですか? これ」
恐々と聞いてくる亮太にハッとする早夜。このままでは、彼らも巻き込まれてしまう。
「蒼ちゃん、亮太君、お願いここから離れて。でないと蒼ちゃん達も巻き込まれちゃう!」
悲痛な声で言うと、蒼は眉を顰めて言った。
「早夜、あなたはどうするつもりなの?」
本当は答えなど聞かずとも分かっている。
「……私、行ってみたい……リュウキさんに会いたい。あの人が無事なのか確かめたいよ!!」
すると蒼は、早夜の前に立った。
「蒼ちゃん?」
蒼は、早夜の手を取ると言った。
「私は早夜と一緒に行くわ。あなたを一人にしない。あっちに行ったら早夜の事、知ってる人なんていないでしょ?」
そう真剣にいったかと思えば、二カッと笑い、
「それに、異世界よ? 異世界! めったに行けるもんじゃないわ! こんなチャンス二度と無いかも!!」
と、楽しげに言った。
「じゃ、そーゆー事だから! 亮太、後の事お願い」
スチャと手を上げていう蒼に、良太は怒った顔で、ずんずんと近づき蒼の腕を掴んだ。
「亮太?」
驚いて亮太の顔を見る。
「お前らだけ、行かせられる訳無いだろ! それにな、女を守るのは男の仕事だ!! と、親父も言ってた! もし、お前らだけで行かせて見ろ、俺は親父に殺される!!」
フンッと、鼻息を荒くする。
そんな蒼と亮太を呆然とした顔で見ていた早夜だったが、決意したように頷くと、もう片方の手で亮太の手を握った。
「お、桜花さん!?」
突然握られた手を見て、顔を赤くする亮太。
「蒼ちゃん、亮太君、本当にいいんだね?」
そう確かめるように聞いてくる早夜に、二人は頷いて見せた。
「じゃあ、二人とも、この手を離さないでね、逸れると空間の中で迷子になるよ」
「まいご?」
「うん、一生、時空間の中を彷徨う事に……」
真剣な顔で言うと、二人はごくりと唾を飲み込んだ。
早夜は、目を瞑ると、魔方陣に意識を乗せてゆく。少しだけ魔法陣に手を加える。多分言葉は通じないだろうから……。
それから、自分の魔力で蒼と亮太を包み込む。念の為、用心の為に。
そして目を開く。
すると、蒼と亮太は驚いた顔をした。不思議に思う早夜だったが、構わず魔法を行使する。
魔方陣から、次々と現われる魔力の帯、その帯が自分達を絡め取るのを見る。
「行くよ」
早夜がそう言うと、魔法の輝きが頂点になり、次の瞬間、その場所には何者も存在しなかった。
先程、蒼と亮太が見て驚いたもの、それは、紅く輝く早夜の瞳であった。
++++++++++
眩しいくらいの光が消えて、目を開ける蒼。
「……?」
そこは薄暗く広い空間。壁を見ると、うっすらと輝いて見える不思議な紋様。
そして、自分達を取り囲むように数人の人間がいた。
「……これは!?」
その中の銀髪の眼鏡を掛けた男性が呟いた。
そして、その場にいる人間は、一様に驚いた顔をしている。
「早夜! もしかしてこの人たちって……」
そう言って、早夜を見る蒼だったが、ただ事じゃない早夜の様子を見て目を見張った。
彼女は頭を抑え青い顔をしている。
そして、口元を覆ったかと思うと、
「ごふっ!!?」
大量の血を吐き出したのである。
「早夜っ!!」
「桜花さん!!?」
蒼と亮太、二人の声が重なった。
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