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手紙

作者:二鳥クロロ
直接的ではないですがちょっとだけグロめな表現が少し。
 彼と彼女は物を交換し合っていた。
 彼は彼女に惚れていた。しかし臆病だった。周囲の目を気にすると、二人きりで話すことが出来なかった。二人は同じ部活に属していたが、周りには大勢の同級生がいた。
 例えば将来について。例えば恋愛観について。彼女が好きだと話していた映画について。彼は彼女と話したいことがたくさんあった。しかしそういった会話を持ちかけるのは彼にとって難しいことだった。
 均衡を崩したのが彼女である。彼が好きだと公言していた作家の本を、ぜひ貸して欲しいと彼に頼み込んだのだ。彼は飛び跳ねるように喜び、世間の評価が高く、尚且つ個人としても気に入っている一冊を彼女に貸した。
 はたしてその本は一週間後に彼に返却された。彼女は、とても面白かった、感謝している、という内容の言葉と共に、その本を彼に手渡した。彼にとってはその言葉だけでも嬉しかった。しかし、家に帰ってからその本を開いたとき、彼はそこに一枚の小さな紙を見つけた。可愛らしい動物のイラストが入っている、薄い桃色の紙だった。そこには、その本のどういうところが良かったかとか、どの一文に心を惹かれたかとか、そういったことが書かれていた。彼はその紙を大事に机の引き出しの中にしまっておくことにした。その紙を読み返すと心が安らぐのが彼にはわかった。
 それ以降、物の貸し借りをする機会が増えた。例えば、講義のノートを貸し合ったり、前回のように本を貸し合ったり、音楽CDを貸し合ったり、色々なものを共有した。彼女は返却の際に必ず例の薄桃色の紙に言葉を添えた。それに倣うようにして、彼も彼女から借りたものを返却する際には小さなメモ用紙に何か一言を添えるようにした。それはきっと 殆ど文通に違いなかった。殆ど手紙に違いなかった。手紙には物の感想だけでなく、私的な事柄も入り混じるようになった。この間旅行に行ったときのこと。アルバイトでのこと。今回の本がとてもよかったから、この作者の別の本もぜひ貸して欲しい、といったことも手紙には綴られるようになった。
 彼と彼女は物を交換し合っていた。その際に、言葉も交換し合っていた。相変わらず、部活で会ったときはあまり頻繁に言葉を交わすことはなかった。だがそれも、決して心地の悪いものではなかった。言葉を交換する場所はここではなく、あの手紙の上なのだと、お互いが理解しているような予感が彼にはあった。二人だけの空間でのみ、お互いが本当の自己をさらけ出す。本当の言葉を紡ぎだせる。そうお互いが理解しているような予感が彼にはあった。そして、それは決して思い上がりではないような気がした。そのことは彼の心を甘い蜜で満たした。いつまでもこの交換が続けばいいと思っていた。もう交換し合うものがなくなるくらいに、互いに何もかもを共有してしまえればいいと思った。

 しかし、はたしてその願望は殆ど叶ってしまった。二人は、お互いが持っているものを殆ど交換してしまった。そうした時、手紙を出す手段が消滅してしまった。本来ならもう言葉を交換するために物を交換する必要はなかった。二人は同じものを読み、聞き、食べ、知り、昔よりもずっと近付いていたはずだった。何に頼らずとも、言葉を交換するために言葉を交換する資格は十分にあるはずだった。それでも、彼は臆病だった。そうするだけの自信が彼には無かった。彼は物にこだわった。何かを、何かを渡す必要があった。理由が必要だった。手紙を添えるために。そこで思い至ったのは、身体の一部はどうかということだった。彼はビニール製の袋に黒々しい彼の毛髪の束を切って入れた。袋の中で散らばると良くないのでしっかりと結わえることも忘れなかった。かくして贈り物が完成した。彼は手紙を添え、それを彼女に手渡した。毛髪が入っているのだと伝えると、彼女はありがとう、と微笑んだ。
 後日、彼女からも物が渡された。手渡す際に彼女は毛髪が入っていると言った。彼は家に帰って早速その包みを開けた。墨で描いたような黒があった。艶やかな匂いが彼の鼻腔を刺激した。添えられていた薄桃色の紙には、彼のまつ毛が欲しいと書いてあった。彼は嬉々としてまつ毛を引き抜いた。女性のような長いまつ毛だった。

 彼と彼女は物を交換し合っていた。
 やがて遂に、彼は彼の耳を包んで彼女に渡した。何の変哲もない手紙を添えて。
 彼女もまた彼女の耳を包んで彼に渡した。もちろん、薄桃色の紙を添えて。
 次に彼と彼女は指を交換し合った。左手の指を全て切り落とすと、手紙を書く際に紙を抑えるのが大変になった。傷口が塞がらぬうちに紙を抑えると血が付くので実に不便だった。そのことを手紙に書いて左手の指に添えて渡すと、翌日に彼女の左腕の先から肩までが入った紙袋が手渡された。だったら左腕を全て交換してしまえば良いのです、という提案が書かれた薄桃色の紙が添えられていた。
 彼と彼女は胸から下を全て交換し合うことにした。胸より下を切り落とすとなるとチェーンソーが必要となり大変だった。手紙は真っ赤に染まっていたが、かろうじて読むことが出来た。彼女の薄桃色の紙も真っ赤に染まっていてそれは少し残念だった。そのことを、鼻を切り取った際の手紙で告げると、だったら目をくり抜いてしまえば良いのですよという薄桃色の手紙と共に彼女の眼球が渡された。宝石のような眼球だった。彼もそれに倣って、目をくり抜いて袋に入れ、手紙を添えて彼女に手渡した。彼女はにこりと微笑んでそれを受け取った。
 次は首から下全部だった。大荷物となったので彼女はキャリーケースを準備し、首から下を全部詰めて彼にそれを渡した。もちろん、薄桃色の手紙を添えるのも忘れなかった。彼もそれに倣い、首から下を全てキャリーケースに詰めて渡した。しかし全く同じものを渡すのもつまらないと考えた結果、彼は彼の脳も一緒に渡すことにした。脳を渡してしまうととうとう感覚が揺らいできたが、朦朧とする中でも彼は何とか手紙を書き終え、彼女に手渡した。脳が良かったのだろうか彼女は非常に喜んでおり、浮かれた様子で戻っていった。彼女は次に、耳と鼻と目とが削げ落ちた彼女の頭部を丸ごと彼に渡した。それは彼女の身体の残り全てであったから彼も感銘を受けて、耳と鼻と目と脳が欠けた彼の頭部、すなわち彼の身体の残り全てを彼女に差し出した。
 そうして次に彼女がくれたのは彼女だった。それは彼の語彙では形容できないような暖かさと冷たさを持っていて、袋の中で神々しい力を発しているように彼には感じられた。薄桃色の手紙は、貴方を愛していましたという内容だった。それをきっと彼は既に知っていた。それでも、そういった言葉が直接伝えられたのはそれが初めてだった。かくして彼は彼女を手に入れることが出来たが、彼もまた彼女に彼を差し出すことにしていた。彼は最後の手紙を書いた。愛していました、惚れていました、そうした言葉を綴っていると昔が思い出されて、彼は思わず手紙に涙を零した。文字が滲んだが気に止めず、彼は手紙を書き上げ、彼に手紙を貼り付けた。彼女の元へと向かうその前に、彼は彼女からの最後の薄桃色の紙を、やはり大事に彼の机の引き出しにしまった。そうして、彼は彼女の元へ手渡された。引き出しの中は桜吹雪の様相を呈しており、そこにだけ永久の春が漂っているようだった。

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