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地球は夏休み

 ここは、地球の日本だった。

 随分と長い間異世界に居た気がするのだが、実際そこまで経過していなかったらしい。様々な事が起こり過ぎて、感覚が麻痺していたようだ。

 けれども、残念なことに小学校生活最後の夏休みは、最早終わろうとしている。カレンダーを見つめ、勇者達は深い溜息を吐くしかなかった。

 

「時間停止か、巻き戻してもらうか、どうにかならなかったのかな、これ」

 

 トモハルが項垂れる。

 その隣では、遅れを取り戻そうとミノルが必死にゲームをしていた。気が付けば新作ソフトの発売が迫っている、しかし、まだクリアしていないゲームが多々ある。自他共に認めるゲーマーとして、そんなことあってはならない。

 勇者達は現在、トモハルの自宅に遊びに来ていた。

 神クレロの取り計らいにより、確かに自分達が地球上から姿を忽然と消したことは、人々の記憶から消えていた。魔物が校庭に出現した事も、誰も覚えていない。異世界へ行っていたことも、自分達以外は誰も知らない。

 それは家族も同様であり、不在だった間も、自分の子供達は普通に学校へ行き、家にいたと信じて疑っていない。

 それは、よしとしよう。頼りない神ではあったが、間違いなく皆の記憶を消してくれた。

 しかし、勇者達は釈然としない。貴重な夏休みは、もう戻らない。

 トモハルは「俺達はみんなで海外旅行に行き、サバイバル体験したんだ!」と、気休めにもならない事を言い出す。彼的には、皆を励ましているつもりだった。


「仲良くなった……というか、魔王を倒して世界を救った仲間なんだし。明日、皆で遊びに行こうよ。プールか海に」


 トモハルの提案に、リズミカルに動いていたミノルの手が止まる。赤面し、アサギをちらりと盗み見た。

 ダイキも弾かれたようにアサギを見る。

 ケンイチは、ユキと和やかに微笑んだ。


「う。ううううう海は遠いし、プールでいいんじゃね? すぐそこにあるし」

「じゃ、明日! 楽しみだなぁ」

「ねぇ、宿題は……」


 そこで一言投下された、不穏な言葉。

 トモハルの家に、単に遊びに来ているわけではない。ミノルはゲームをしているが、皆は必死に宿題をしている。残された時間は数日、読書感想文は、先程ネットで拾ったものを丸写しした。プールに行くならば、今日中に終わらせて心置きなく遊びたい。

 学校へ行っていなかった筈なのに、ちゃっかり宿題は自室に置いてあった。妙なところで神が気を利かせたらしい。全員、帰宅してすぐに山積みのそれを見て蒼褪めた。

 

「ミノル、ゲームするのいい加減止めろ。勉強に集中」

「面倒」


 言いながらもゲームの電源をオフにしたミノルは、微笑んでいるアサギに照れくさそうに笑うと開いたままだったノートに目を落とした。

 アサギとユキ、そしてトモハルが全力で答えを出していく。

 ダイキにミノル、ケンイチはそれを見ながら埋めていく。問題を解くことは優秀な三人に任せた、自由研究は各自で何か見つけなければならないのだが。今から朝顔の観察日記は無理だし、異世界冒険譚を書いたところで、果たして受け入れられるものだろうか。

 結局その日は朝から夕方まで手を動かし、どうにか宿題を片付けた。それは、異世界での戦いよりも困難だった。

 暗くなる前にトモハルの家を出て行く勇者達は、皆で手を振り合う。

 大きく手を振るトモハルの隣で、ミノルは照れくさそうに小さくアサギに手を振った。去っていった友達を姿が見えなくなるまで見送った二人は、家に戻る前に言葉を交わす。

 夕日が美しく目に染みる、しかし、異世界での夕日も綺麗だった。どの世界でも、太陽は美しいものなのだろうか。しみじみとして、トモハルが口を開く。 


「よかったな、ミノル。アサギと付き合ってるんだろ?」

「べ、別にっ」

「よかったな、告白してもらえて。一生に一度の事かもしれないな」

「う、うるせー」

「あんな可愛い子からの告白なんて、そうそうないと思うけど」

「……それはそうだけど」

「いいなぁ」


 と、言って寂しそうに微笑んだトモハルに、軽くミノルは唇を尖らせる。

 

 ……やっぱ、アサギの事が好きだったんだろうな。


 そう思い、複雑な表情を浮かべた。

 いや、違う。

 トモハルが『いいな』と言ったのは、アサギに“告白されていいな”ではなく“好きな子と一緒にいられていいな”の意。

 しかし、ミノルは気づいていない。

 二人は、空を見上げる。

 夕焼けと夜空の境目辺りを、トモハルは切なそうに見つめていた。


「本当によかったな、仲良くずっと……いるんだろうな」

「う、うるせー」


 照れくさくなったミノルは、慌てて隣の自分の家へと駆けこんだ。「おやすみ」と、トモハルが背中に声をかけたので、片手を上げる。


「ただいまー」


 階段を上がり自室に入ると、ミノルはベッドに倒れ込む。思い出すのはアサギの声、そして一生懸命目を見て伝えてくれた言葉だ。


『好きでした』


 思い出す度に顔が熱くなる、身体中がむず痒くなってベッドを殴りつけた。身体中を熱い想いが駆け巡って、じっとしていられない。脚をばたつかせ、枕に顔を埋める。耳まで真っ赤になっている、この姿を誰にも見られたくはない。

 特に、アサギには。

 告白されたので、事実上付き合っているはずだ。一緒にいて、ふと顔を上げるとアサギと目が合う。すると微笑んでくれるので、ぎこちなく微笑み返す。それが秘密の合図のようで、妙に嬉しかった。

 旅の中で産まれた、二組の恋人。ケンイチとユキは、常に隣同士で親密そうに話し合っているが、ミノルとアサギは必要以上に寄り添ってはいなかった。

 けれども、それでよかった。

 そのうち、手を繋いで歩いたり出来るだろう。今はまだ、恥ずかしくてミノルには無理だ。そもそも、今まで辛くあたってきた。突然態度を変えるなど、無理だ。嬉しいより、羞恥心が先走ってしまう。


「あ、明日はプールかぁ。水着のアサギは、どんなだろう」


 ぼんやりと考えながら、ミノルは次第に緩んだ顔を慌てて引き締める。


「ふ、ふん。べ、別に水着のアサギを見たって、別に」


 言いながら、何度も脚をばたつかせていた。余程嬉しいらしい。暫し暴れていたのだが、慌ててベッドから起き上がると水着の用意を始めた。浮き輪も引っ張り出し、口元を緩ませながら支度をする。


「流石にスク水じゃ来ないだろうな。ピンクとか白とかで、リボンだのフリルだの、そういうやつなんだろうな」 


 想像して、やはり鼻の下を伸ばした。


 帰宅したアサギは、大急ぎで水着を引っ張り出した。

 タオルや日焼け止めをバッグに詰め込んでいると、魔界で水遊びに行く約束をしていた事を思い出し、身体中の血が逆流する。手にしていたバッグが、床に滑り落ちる。身体が震える、慌てて口元を押さえると、込み上げる吐き気に耐えた。


「アレク様、ロシファ様。ホーチミン様、サイゴン様、スリザ様、アイセル様。……ミラボー様」


 多くの優しかった魔族達が、死んでしまった。そして、崩壊した魔界を鮮明に思い出す。

 知らず零れた涙を拭い、アサギは陰鬱な表情で準備を再開した。「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟きながら支度をしていると、ドアがノックされた。その音に慌てて目を擦り、鼻を啜る。上擦った声で「どうぞ」とやってきた人物を誘う。


「よっ、元気か」

「あれ、みーちゃん。どうしたの? 今日も一人なの?」


 幼馴染の亮が来ていた。

 頭をかきながら入ってきた亮に、アサギは普段通りの声をかける。

 両親が共働きで一人きりの亮は、田上家に頻繁に夕飯を食べに来ていた。今日もそれだと思った。しかし、神妙な顔つきで床に座り込み、アサギの顔を覗きこみながら咳をする。躊躇していたが、意を決したように床を軽く叩きつつ、重い口を開く。


「あのさ、変なこと訊いていいか?」

「ん、どうしたの?」

「……お前、記憶ある?」

「え?」


 亮の言葉の意味が解らなかったアサギは、首を傾げた。視線を逸らさずに見つめてくるので、何度も瞬きをする。

 暫し、その状態だった。

 口篭って先に開口したのは、亮だ。


「いや、あのさ。ここ数ヶ月、お前がいなかった気がするんだよね」

「え……」

「いや、そんなわけないと思うけど。なんでだろ、いなかった気がするんだ」

「みーちゃん……」


 一瞬、アサギが動揺した。

 それを見逃さなかった亮は、その華奢な手首を掴む。

 アサギの身体が、大きく引き攣る。

 亮は何も間違っていない。しかし、何と言えばいいのだろう。アサギは瞳を伏せ、小さく溜息を吐いた。亮のように、自分達が消えたことを微かに覚えている人が他にもいるかもしれない。神とて、万能ではないらしい。まずは幼馴染の彼に、なんと説明しようか。はぐらかすべきなのか、伝えるべきなのか。

 真剣に見つめてくる亮の視線に、困惑する。何度か口を開きかけ、閉じて。アサギは観念したように、唇を動かす。大事な幼馴染だ、きっと解ってくれるだろう。

 深呼吸して、言葉を紡ぐ。神が消してくれた皆の記憶を、呼び起こす為に。


「あのね、実はね……」

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