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もしもあたしが***だったら
作:織り紙



(5)恋人つなぎ


 千代の態度がさっきからおかしい。余所余所しいというか、あたしを見たら視線を逸らすとか。あたしなんかまた癪に障ることまたしたっけな……いや、でもあたし相良いるから必要以上に光と喋ってないはずだけど? ついさっきもさり気なく2人が話せるような雰囲気作りもしてたし。もう、何がなんだか分からない。
 ここはこの辺りで一番大きな映画館。中は薄暗くて、待ち受けのところには人だかりが出来ている。目の前のでっかい薄型テレビでは今巷で有名な恋愛ドラマチック映画の宣伝が放映されていた。
 あぁ、ポップコーンのいい香り!
 そして現在、あたしはバター味にするか、塩味にするか迷っている。
「しおーばたーしおーばたー……」
「李緒、今度は何迷ってるの?」
 あたしがむぅっと悩んでいると、隣で今やっている映画の時刻表を見ていた光が問いかけてきた。
「いやぁ、ポップコーンどっちがいいかなぁって思ってさ。光はどっちがいいと思う?」
「あははー……私そんな食べれないからなぁ……」
 光が苦笑する。
「千代は?」
「え……私? あーうん、そーね」
 や、返事になってないし。
 千代は未だ上の空。
 ……ま、いっかポップコーンは。前来たときはバターだったし今回は塩にしよう。
「で、李緒の見たいやつってどれなんだ?」
「えー? えっと名前なんだっけなぁ……」
 あたし、その俳優が好きなだけで映画じたいに興味はなかったからなぁ。
 ずらっと並ぶ今日やっている映画のあらすじを見ていると、主演の所によく知る俳優の名前を見つけた。
 あ、これって。
「フランス人形の血沼。……ホラーみたいだね」
「えええっ……」
 あたしが言った瞬間酷く怖がった声が光の口から漏れた。
「あー、やっぱいいや俺。別に他ので。これなんかいーんじゃないかな?」
 そういって正面の薄型テレビで宣伝している映画を指差した。ちょうど有名女優が有名俳優に抱きしめられ、愛を囁かれている。
 あたし、こっちもわりと見たかったしね。
「あ、それなら俺もみたいと思ってたんだよな」
「私もそっちのほうが……」
 うんうんと2人が頷き、ラブロマンスに決まろうとする中。
「いいえ。これにしましょ!」
 突然千代はそう言ってフランス人形の血沼を指した。
「へ? でも光怖いの苦手だしー……」
 小学校の時の修学旅行の夜、先生が怪談話をしたせいで光が怖がってあたしの布団の中に入ってきた思い出がある。ふるふる小鹿みたいに震えながらあたしのことぎゅうって抱きしめてきたんだよね。光が自分からあたしを抱きしめてきたのは後にも先にもその時だけだった。
 ま、あれはあれで新鮮で可愛かったけどさー。
「わ、私あんなの見れないよ……」
 やっぱり昔と一緒で怖がりは直っていないみたいだ。
「ダメ! あれにするの!」
 いつになく千代は強情に話を進めようとする。
「お、おい、岬。んな強引に……」
「相良クン、嫌なの? 相良クンはホラーよりラブロマンスのほうが好きなの?」
「あ、あぁ……」
 そう言われて頷く相良。
「千代ちょっ」
「李緒クンはホラーのほうがいいのよねー?」
 あたしが千代の暴走を止めようと口を出そうとしたら、ふいに目線があったと思うとにやりと微笑まれた。
 そこではたと千代の言いたいことに気付く。
 光は相良クンのことが好きなのよ、か…。
「それじゃあ決定っ! あたしと李緒クンはホラー、光と相良クンはラブロマンスねっ」
「んなっ……4人で来たんだからみんなで同じの見ようぜ?」
 千代の強引な態度に驚きつつ相良は千代を宥めようとした、が。
「あたしは断然ホラー。っていうかホラー以外やだ。と、いうわけでっ、みんなで見るならホラーにしなきゃなんないわね」
 どんな理屈だ。
「ええっ、それは……」
 よっぽど嫌なのだろう、すごく不安そうな声。薄暗いからよく見えないがきっと光は泣きそうな顔をしていると思えた。
 二人っきりだと抱きしめて慰めてたかもしんない。
「そ、れ、と、も、相良クンはそんな嫌がる光を怖がらせたいのかしら?」
「いや、それはないけど……さ」
 最終的にかなり苦い表情で相良は分かったと言った。
 何ていうか……光、相良ごめんね?
 あたしは千代に代わって二人に心の中でだけ謝罪した。
 
 そんなこんなで今は劇場内。あれからすっかり普通な態度に戻った千代と待ち時間の間談笑していた。
「祐次がさ、それ俺の分のプリンだ! なんて叫んじゃってさ。もうそっから大喧嘩。お母さんに止められるまでずっとね。もう二人とも高校生なのに大人げないったらありゃしないよ」
 あたしは数週間前にあった出来事を話す。
「あはは、いいわね、そーいうの。うち姉妹とかいないからなぁ。弟とか欲しいわ」
「あげよーか? うちの」
「どうやってもらうのよそんなのー」
 顔を綻ばせて屈託なく千代が笑った。
「んー……養子? あ、結婚とか」
 ――ビィー。
 そこまで言ったところで放映の音が鳴った。
「お、始まった始まった。このねー、主演俳優がサイコーなんだよ」
「……」
 返事が返ってこない。
 千代はじぃっと目がオープニングの映像を見つめ続けていた。
 なかなか面白そうな感じだ。これならB級映画とかじゃないだろうね。
「にしても考えたね。俺らと光たち分けるなんてさ」
「……」
「暗い場所で二人っきりだと盛り上がっちゃうものだよねー」
 空中にフランス人形が1つ浮かんでいる。
「……」
 フランス人形が画面全体にぎっしり。主人公の背後に浮かぶと呪いの言葉を吐いた。
「……どったの? 急に黙っちゃって。…千代さーん?」
 ぽん、と軽く背中を叩くと、
「ひぅっ」
 ……は?
「どどどど、どうしたのかしらぁ?」
 何だろうこれじゃあもしかして。
「おまっもしかして……ホラー系にが」
「ち、違うわよ? そんなこと全く、全然ありゃーしませんことよ?」
 千代の声は狙ってるのか、と思うほど震えに震えあがっている。
「……」
 みえみえだっつーのに。
 そこまでして……そんなにあの二人くっつけさせたいのか?
 千代の手をふるふると震えていて、それを押さえるためかぎゅっと服を掴んでいた。
「ほら」
 あたしは手をだして千代の手を握る。こんな座ったままの体勢なので恋人つなぎ。じかに千代の柔らかな手のぬくもりが伝わってきた。
 あぁー女の子の手だ。前まであたしもこんな感じに柔らかかったんだよねー。
 ちょっと感慨深くなって千代の女の子を味わってしまう。
「え?」
「握っててもいいから。服、くしゃくしゃになっちゃってもしらないよ? それにこーしてたら楽でしょ」
 見るともう結構くしゃくしゃみたいだったけど。
「あ、ありがと……ひゃっ」
 人が一人血液だけでできた沼に飲み込まれた所で、ぎゅうっと強くあたしの手が絞まった。
 普段強気だけど……たまにはこんなしおらしい千代もいーかもね。
 
 ******
 じぃっと私は目の前に映る映像を見つめている。隣に座っていた相良クンは、ついさっきトイレとジュースを買ってくると私に小声で告げて、行ってしまった。
 愛してる、と定番の台詞を主人公が言う。
 内容は数年前に別れた恋人同士が、後々であってまた惹かれあうというお話し。いいお話だけど、ちょっと味気ない。
「はい、ジュース」
「え? うんありがと」
 いつの間にか帰って来ていたらしい。相良クンの手から飲み物が渡された。
 こくりと渡された紙コップからジュースを飲み込む。レモンスカッシュの酸味が口いっぱいに広がった。
 今頃李子達、どうしてるのかなぁ?
 どうしてあんなに千代ちゃんはホラー映画を見たがったのだろうか。もしかして李子と二人っきりになりたかったとか。いや、まさか。けれど、前放課後の帰りのときも…いや――まさか。
 主人公の元恋人役の男性が俺には妻子がいるんだ、と主人公に打ち明けた。
 
 ******
 最後の最後で主人公がフランス人形に殺され、少し後日談があり映画は終わった。ぞろぞろと人が出口から出て行く。あたしと千代もその人の波に流れていった。
「おおお面白かったわね」
「……そーだね」
 いい加減認めればいいのに……。
 ちなみに、まだ千代は恐怖に震えている。
「グッズ、買う?」
「いらない!」
 意地悪くグッズ売りコーナーを指差したけど、断固として拒否された。
 ちぇー、とあたしはわざと拗ねたようにいうと、腰が立たなくなったのかふらふらとした足つきの千代を引っ張りながら光たちの待つであろう場所へ向かった。
 あたし達がホールにつくと、もうすでに光と相良は赤い長イスに座って何か話していた。
「ただいまー」
 ここでただいまって発言ちょっとおかしくないか、なんて思いつつあたしはそう言う。
「おかえり、二人とも」
 にこっと光は笑う。
 けど、突然その笑みが驚いたような顔に変わった。そして相良も同じような顔をして、
「お前ら仲良く手なんかつないでどーしたんだ?」
 そう訝しげな声をだした。
「こ、これはっ!」
 そう叫んで千代が顔を上気させてあたしの手を払った。
「いや、これはさー……いたっ」
 ぎゅうっと腕を抓られる。そして睨まれた。
 ったいなー……あたしに本気で恨みがあるんだろーか、この子は。
 それと、どうしてか光の顔が無表情なのが気になった。映画、つまらなかったのかな?
 
「今日はありがとー」
「じゃ、また明日ガッコで」
「ばいばーいっ」
「またね!」
 あれから買い物を済ましたあたしたちは、待ち合わせした場所で分かれた。もう夕方だ。薄暗くなった路地をあたしと光は二人歩いていた。
 相良と千代が見えなくなったあたりであたしは何か話そうと口を開こうとすると、光が何か物欲しそうにあたしを見つめている。
 ……何?
「ねぇ、李子」
「……?」
 珍しい。
 最近二人っきりのときも李緒だったのに、久しぶりに李子って呼ばれた気がする。
 何だろう、と小首を傾げると、手に手が触れた。
「手、つなご」
 そう言って光はぎゅうっとあたしの手を握った。
「いいよー?」
 どうしたんだろう?
 光は笑っていたけれど、その澄んだ瞳からは何も読み取ることは出来ない。
 あたし達は結局、そのまま手をつないだまま家まで帰った。







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