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(15)えろえろ、嫌い
 今日は、もうほとんど夏だということで、朝風がなんともすがすがしい夏色日和。天からは身体を目覚めさせる素晴らしき日光が降り注ぐ。今は7月にちょうど入った頃で、あれから――あたしが男性化してから――もう3ヶ月も経つわけだ。それで、完全に順風満帆とは言えないのだけれど、この頃には朝起きたら髭を剃らなくてはならないという男子高校生の日常習慣も意識しなくてもできるようになってきていた。
 ほんと、慣れって怖い。
 3ヶ月前のあたしの予定じゃ今頃男なんてやってられるかーっ、て投げ出してる気もしてたんだけどね。
 まぁ、そんな喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からないことが身についてきていたあたしといえば、現在、物凄くテンションがおかしい。高くも、低くも、されど普通でもなく、言いづらいけど兎に角変な感じ。それにはとある理由があるわけだったりする。
 それは。
 それは――。
「みんなおっは」
「李緒。お前、目元クマ酷いぞ」
 ――めちゃくちゃ眠いから。
 寝不足。それは微妙にテンションを変にするものである。眠い。
「え゛」
 開口一番。
 極めて元気に努めた挨拶をしようとしたのだけれど、いつも爽やかな相良が珍しく眉根を顰めて言ったのはそんな台詞だった。
「……そんな酷い?」
「酷い」
 首を捻って問いかけると、きっぱりと言い切って頷く相良。
 分かってた。うん、分かってたんだけどね。光にも言われたから。
 それで、言われて更に感じるこの目元の倦怠感。しかも、またあの子に嘘ついちゃったっていう罪悪感。あぁ、特に胸が痛い。今度何かして罪滅ぼししなきゃならないかな。や、でもこの寝不足の原因が罪滅ぼしにあたるんだろうなぁ。
「実は、さー」
 そしてあたしは光のときと同じ言い訳で、このクマの理由を誤魔化そうとした。ちょっと漫画にハマっちゃって寝るの遅くなったんだー、なんて男子高校生だったらよくある理由。
 でも、あたしが言葉を繋げようとしたそんな時。
「夜更かししすぎなんじゃねーの? えろえろだなー」
「だ、誰がえろえろかっ」
 突然、酷く失礼な言葉が投げかけられる。誰からというと、相良の隣に立っている坊主で体つきのいい男の子から。
(だぁかぁらーなんで男ってそっち方面に話を繋げようとするかな)
 あたしはもちろん、そんな言葉は即座に撤回。
(てゆか、あたし元女なんですけど)
 言いたい。言ってやりたい。でも、駄目。この身体で言ったら、ただの変人だ。
 心中でため息。
 こういう部分にだけは、まだ慣れない。
 卑猥なこととか、スケベなこととか、変態なこととか、ねー。
 相良とかケンちゃん達はそんな話題にあまり興味がないようで、まずそんな話題は振ってこないんだけど、今近くにいる彼は違ったりする。
 なんか、大好きらしい。
 根はいい子なんだけど、ちょっと困るなぁ、と。別に他の男の子みたいにちょこっとだけ言うのなら話に乗れるのだけどもこの子の場合は違うから。
 そんなえろえろな彼は、同じクラスの元気のいい男の子である。ケンちゃんがいない朝とかは大抵あたしと相良とこの子で喋っていて、スポーツの話題などで話も盛り上がることも多い。
 余談だけど。
 ケンちゃんは朝は必ず他のクラスのお友達と話しにいってるようでここにはいない。どうやら相当ケンちゃんはその子のことを気に入ってるらしく、毎朝ほくほく顔で戻ってくるのがちょっと微笑ましかったりする。仲いいんだなぁ、と。まぁ、あたしはその相手の子とは一度も会ったことないんだけどね。友達の友達は皆友達。今度ケンちゃんに聞いてみよっかな。
 閑話休題。
 今はえろえろな話。
 トモダチはそんなあたしの否定にニヤリとすると。
「誰がって……お前どうせ夜中に」
 嫌な予感がする。物凄く嫌な予感。今すぐこの場から立ち去りたくなるようなくらい、嫌な。
 顔を近づけ、トモダチは、トーンを落として言う。
「――なんだろ」
「……っ」
 あぁ、やっぱりかと。
「――でさ」
「そ、そんなことしてな……っ!!?」
 放送禁止用語。
 物凄く卑猥なことを、彼は言う。
 女だったときには絶対そこまで直に言われなかったような単語が続々と耳に入ってくる。もう、純情な乙女が聞いたら恥ずかしくて卒倒しそうな単語ばかり。
 別にさ、あたしだって純情ぶる気はないんだけど、これは……っ。
 男に慣れてきたあたしでもこんな言葉を耳にすればたちまち耳の裏まで赤くして挙動不審になってしまいそうになるわけで。
 てゆか、やぱ、無理。絶対、無理。
 そこでぴかーんと閃く。
(そ、そうだ。素数を数えるんだあたしっ)
 とりあえず、耳に入ってくる言葉は全て意識の外に除外せねばならない。右から左へ受け流すのだ。この方法は、こないだどこかのテレビ番組でやっていた気の紛らわせ方。
(一、二、三、五、七っ!)
 それは、素数を数えるということで。
(十一、十三、十七っ……あれ?)
 でもでも、順調に数えていってたんだけど、そこでふと気付くことが。
 それは、とてもお馬鹿で、間抜けなことなわけで。
(……ちょっと待てよ。一って素数だっけ? ……あれ?)
 あぁ、お馬鹿なところがまたこんなところでも出たか、と思う。あたしの記憶にある素数ってものは自然数以上正の約数に入らないもので。でも、よく考えたら、一って何か違ったような気もするわけで。
 どうでもいいといえばいいんだけど、気になるといえば気になる。眠いからか。やっぱりこれは眠いからなのか。それとも単にあたしの頭が悪いのか。
 あたしは心中で頭を抱え、ごっちゃの脳をフル回転させる。
(素数素数素数。っていうか、素数って一体。って集中できないから耳に嫌な単語が。い、いやぁぁあっ)
 駄目、もう駄目、なんだか色々と女に戻れない気がして、駄目。
 あたしが絶望の分け目をくぐろうとしているそんな時、ふいに相良と視線があった。
 相良は苦笑いすると。
「もしかして、今日のHRでやる文化祭の内容、何しようとか思ってたんじゃないのか? 昨夜は」
 相良はあたしのそんなおかしな様子を見抜くと、優しげな口調でそんなことを言ってくれた。
「そ、そうっ」
 その通り! 違うけど、その通り!
 相良からの助け船に二度頷くあたし。えろえろ嫌い。
「あぁ、そういや今日のHRって文化祭の話すんだっけかー」
 そして、トモダチはそちらに興味を表してくれたらしくて、あたしはほっと胸をおろす。あたしは、相良へ敬意のまなざしを送った。
(あぁ、やっぱり相良、いい人)
 そう改めて感じつつ、やっぱりこういう気配りのできる男がもてるんだなー、と実感する。顔も、かなりいい。堀の深い整った顔立ちに、爽やかであり優しげな甘いマスク。
 あたしがもしまだ女だったら本気で惚れそうです。優しい相良に乾杯。
 ……さすが、光が惚れるだけはあるなぁ、と。
 わいわいと、その後は「そういや、うちのクラス文化祭は何すんのかな」なんて話題に続いていった。クイズ大会とか、演劇とか、踊りとかね。
 そんな他愛もないけれど本当に楽しいお話をしつつ、笑いあってるとそれなりの時間がたったようでお馴染みの朝のSHR開始準備のチャイムが鳴った。
「んじゃ」
「あ、うんー」
 トモダチは少し離れた自分の席に戻っていき、あたし達も席へと歩きだす。
(……と、いちおうお礼言っとかなきゃ)
 そこでさっき助けて貰ったことを思い出したあたしは、相良に声をかけた。忘れてるかもしれないけれど、いちおうね。
「相良、その、さっきはありがと」
「え? 何のことだ?」
 首を捻る、相良。
「や、助けてくれたでしょ? ほら、変な話題になったとき」
「あぁ……」
 思い出したように声をあげる相良。ちょっと笑って、いいよ、と言った。
 あたしは嬉しかったけど、相良はなんでもないことのようだった。やっぱり、いい人。それに、こんなに爽やかに笑顔を作れる人なんて、相良くらいだろうなぁ、なんて思う。
 それから相良は小さく微笑むと、
「そういうの、慣れないんだろ? やっぱり」
「うんー。やっぱり、ああいう話題はねー……」
 そう返しつつ、いつもの調子で頬を掻きながら頷くあたし。えろえろ、嫌い。
 そこで、気付いた。
 ……慣れて、ない? 慣れてないってどういうこと?
「ちょっと待って? ……それってどーゆー」
 どういう意味、と問いかけようとしたその時、運悪く担任の先生が教室へと入ってきて、チャイムが鳴る。
「……と、先生来たし、行くな」
 せ、せっかくいいとこでっ。先生空気読んでよっ。……読みようがないけどさ。
 先生が教室に入ってきたのを見て、後ろのほうの席へと歩いていく相良。
 その後ろ姿を眺めつつ、あたしは首を小さく横に捻った。
 それにしても、ほんとにどういう意味だったんだろう。
(……でも相良はあたしが元女だって知るはずがないし、深い意味はないかな。考えすぎだよね、きっと。……うん)
 そんなふうに自己簡潔しながら周りと同じようにあたしも、ゆっくりと自席へと腰を降ろしたのだった。
 
「(やっぱり、思い……つかないなぁ)」
 ぼそりと、ほんとに誰も聞こえないような小さい声で呟く。
 今は授業中で、英語の先生が何かあたしには理解不能のちんぷんかんぷんな言語を喋りながら、黒板に向かってアルファベットを記していっているような鬱屈な状態。それをあたしは、眠たい目を擦りながらバインダー型の黄色いノートに記述し、その隣でルーズリーフを開いて、とあることを書き込んでいた。
(千代は無理で、あたしが入ったらちょっとおかしなことになりそうで。……あ、何がなんだかよく分からなくなってきた……)
 ルーズリーフの真ん中には光と相良のHとSを書かれていて、そのちょっと離れた周りにあたしのR、千代のCが同じように書かれている。
 ×やら○やらもうぐっちゃぐちゃになっているけれど、それはもちろん、世界で一番大切な親友を考えてのこと。あたしは、これを最近毎夜考えているのだ。睡魔の原因。
 題して『光と相良、らぶらぶ大作戦っ!』である。
(絶対! 絶対成功させなきゃ……っ)
 そう。
 あの光の相良への告白まがいの電話を聞いた日から改心したあたしは、馬鹿なりにしっかりと念密に計画を立てようとしていたのだった。あたしがどうして他人の恋愛ごとのために寝不足になってまでやるのかは、やっぱり光みたいな心の底から可愛いらしくて大親友の愛しい子には相良みたいな気さくな男前と結ばれて欲しいってのが一番にあるし、今まで邪魔してごめんねってのもある。
(うー……)
 あたしはシャープペンシルを動かしながらため息をついた。
(にしても、計画らしい計画が立てらんないなぁ)
 ×をまたルーズリーフに書き込むと、ぽきり、とシャー芯の切っ先が折れてしまった。それを見て、あたしは無言でカチカチとシャーペンの頭をノックする。
(……せめて、千代が手伝ってくれたらなぁ)
 そこで、再度ため息。
(ほんと、……なんでなんだろ? 手伝ってくれないっていうのは)
 そう。
 どうしてか、千代は手伝ってくれないのだ。この前相談したときも、人の恋路に関係するのはやっぱり良くないとか言われたし。初めは乗り気、というかむしろ彼女の方こそが二人をくっつける気満々だったのに、一体どういう心境の変化なのだろう。まぁでも、千代にも千代なりの考えがあるんだろうけどね。あたしと違って賢い子だから。
(ぐ……とにかく、千代は駄目なんだよ。千代は)
 あたしはCの記号自体に×印を打ちながら、心中で頭を抱えた。千代が手伝ってくれないとなると、色んな計画が無理になるのだ。
 例えば、とRを中心にHとSで囲む。
(前みたく一緒にお買い物に行く……とか)
 あたしと、光と、相良。仲良しこよし。
 無理。
 これは、無理。
 一瞬で、駄目だと思った。なんだこの取り合わせ。前みたく千代がいたら男女比が一緒だったので全然いけたのだけれど、このメンバーだとたぶん光は遠慮するだろうし、相良は何やらあたしと光の中を微妙に疑っているようだから、結局彼も遠慮してしまう気がする。
 ここで余計二人の間に溝を作ってどうすんの、あたし。
(でも……光も、相良が好きならもうちょっと積極的になってくれればいいんだけど、なぁ)
 相良のことが好きなはずなのに、全然アプローチをかけてくれない光。むしろあたしの前ではまるで気のないような素振りで笑っている。
 けど、以前男の子に対して積極的になれてなかったあたしとしては気持ちも分からなくはない。きっと、恥ずかしいんだろうな。特に恋愛事だしね。
 むぅっとあたしは手の甲を顎元にやりながら考える。
(とにかく、もうすぐ長い休みに入っちゃうんだから、早く何でもいいから二人に接点作らないと……)
 長い休みは接点さえあれば楽しみでいっぱい。
 そう、楽しみでいっぱいなのだ。色々なところに遊びに行ったりできるしね。でも、作らないと、作らないとと考えているうちに、もうすぐ夏休みに入ろうとしているわけで。こう考えている間にも時は一刻一刻と無常にも過ぎていく。
 しかも、現状では相良には好きな人がいると言うではないか。そちらも最終的にはきっぱりと片付けないと。
(……あー、てゆか眠)
 ふあーと大きな口を開けてから、慌てて口を手のひらで押さえる。元々考えることって嫌いなのだ。どんどん眠たくなってくるから。集中力のない自分が恨めしい。
 しかも。
(目、重……)
 やはり、連日続いた夜更かしが痛手だったらしい。カリカリという音と、先生の謎な言語が眠気を助長する。
(やば、本気で……)
 眠い。眠い。眠い。眠い。眠い。
 くらりと眠気が頭にくる。
(授業中は、寝ちゃだめ……寝ちゃ駄目。寝ちゃ……)
 そう頭では何度も語りかけるのだけれど、先生の授業は魅惑の安眠効果をもたらすわけで。
 かなり、眠い。
 抗えるはずもないことに、頑張って抵抗していてもそれは無駄な足掻きというもの。
 例のルーズリーフをバインダーの中に写し、ぽとりと黄色のシャープペンシルを筆箱の近くに落とした。
(も、だめ……。ノート、あとで誰かに見せて貰おう……)
 そして、限界を知ったあたしは、自分からゆっくりと眠りの国へ旅立っていったのだった。
 意識が、ジャンボクリームパフェの山盛りとドーナツの山がいっぱいある国へと移る。

 
 ******

 
 教室は、わいわいと楽しそうな騒がしさに呑まれている。クラスのみんなの表情は一様にワクワクとした明るい表情で埋めつくされていた。
「文化祭何したいですかー」
「ミスコンっ!」
「……何したいですかー」
「ちょ、ひでー先生っ」
「真面目に答えることー。はい、他」
 演劇、ダンス、漫才。他には異色なもので男装女装コンテストなるものまでが次々とみんなの口から発せられていく。
 今は鬱屈な英語の授業が終わり、HRの時間が始まったところ。二ヵ月後にある文化祭では一体うちのクラスは何をするか、というのが議題となって話が展開されていっている真っ最中。
(去年が合唱とかだったから……今年は何になるのかしら)
 今度は、みんなで楽しめる劇とかになればいいなぁ、と。
 私こと岬千代子もそんな例に漏れず、少し浮かれ気分。時々手を上げて意見を言ったりして、有意義に時間が費やされていく。
「投票の結果、演劇に決定しますね」
 そして、結局選ばれたのは演劇。私も興味があったから、嬉しい。
「次に、劇は何をするか、意見を出して下さい。それも投票で決めます。……若干一名を除いて全員手をあげるように」
 担任の先生のそんな言葉で、クラス中に笑いが起きる。一斉にクラス中の視線が一人の男子生徒に集まった。
 注目の彼は、こんな騒がしいクラスなのにまだ夢の中。
 私の視線の先の、私の席から見て斜め前のほうの席には、眠り姫――いや、一人熟睡している小奇麗な顔をした少年が机の上に寝そべっていた。彼は小さく腕を組んで、その上に頭を乗せるというスタイルで夢の世界へと旅立っている。
(よく寝てるなぁ……)
 今はHRっていう立派な授業中。なのにどうして彼がまだ起こされずに寝ているのかというと、よっぽど眠かったのか英語の時間の後も起きずに物凄く心地よさそうな顔で眠っていたために、呆れた担任の先生が、寝かせておいてやりなさいなんて言ったものだから、未だ彼は眠りの中。
(時々むにゃむにゃと口を動かしてるけど、何か夢でも見てるのかしら……?)
 ちょっとだけ、口元が緩んだのを慌てて手のひらで隠す。
 白雪姫、シンデレラ、桃太郎。
 そして、私がそんなことを思っている間にもみんなは意見をどんどん出していく。
「劇の内容は投票の結果ベルサイユのばらに決定します。後は、配役ですが……男女に分かれてまず決めてください」
 他にも色々あったけど、その中で結局選ばれたものといえば、昔少女漫画でも連載されていた題材で、とても世間一般的に有名なものになった。やっぱり女の子たち全員が投票したのが強かったのか。結局私達のクラスはベルサイユのばらをやるわけだ。
 
 男女別れて、配役決め。
 そういうことで、私の周りにはクラス中の女の子たちが集まっている。その中心には何故か私。色々意見を出していたのが強かったのか、私が流れ的に代表になった。ほんと、こういうのはみぃちゃんのほうが得意なのにね。
 私は役者表を見つつ、周りに向かって問いかける。
「ベルばらってヒロイン2人いるみたいだけど、誰かやりたいって子、いる?」
「やだ」
「無理っ」
「絶対やだーっ」
 即答。
 ちょっと衝撃を受けた。もしや、私って嫌われてるんだろうか、と疑問に思ってしまうほどのスピードでみんなが答えたからだ。
「あーたらねぇ」
 せめて遠まわしに断りなさいよ、と小さくため息をつく。
 そして私は、
「じゃあやってもいいって人?」
 もう一度周りを見ながら問いかけた。すると、お下げ頭の子はうーん、と私の言葉を聞いて考え込んでくれた。もしかしてやってくれるんだろうか、と淡い希望に包まれる。
「だって私じゃヒロインとか釣り合わないし」
 まぁ、結局、杞憂だったのだけれど。
 他の子たちもそんな様子で、首を横に振った。しかも全員そんな様子で誰も名乗ろうとしないご様子。
「あーたらねー……じゃあどうしてヒロイン2人もいるベルばらにしたのよ。決め辛いでしょーが。一人は別に誰もやらないなら私がやってもいいけど、もう一人!」
 最終的に誰もやらないのなら、私がやる。
 それはまぁ、話を進行させている子が普通やるからなのだけど、もう一人くらいヒロインやりたいって子がいなくちゃ話が進まないのだ。配役っていうのはまず主役格を決めなきゃいけないし。
「だってだってー、ちょっと前漫画でもやってたじゃない。それにー、ひぃちゃんのマリーアントワネット見たいから。天然子悪魔って設定でしょ? アントワネット」
「え?」
 傍観を決め込んで隣のみぃちゃんと脇役は何にするか話していた光が驚いたように声を上げた。
「あ、それ思うーっ。ギャップが堪らないのよー。ひぃちゃんなら絶対似合う。いいと思うよ。絶対っ! 『パンがなければお菓子を食べればいいのに』!」
「あーた達ねぇ……」
 呆れて物も言えないとはこのことか。
 確かに、いつも可愛らしく優しくて、天使のような光だからこそ見せる小悪魔な表情が見たいというのも分かるかもしれない。人が時折見せるギャップというのは、男女問わず好きなものだから。
 光だったら、絶対ヒロインとしてはぴったりだと、そんな確信もあるし。
 とはいっても、光の意思があるわけで。元々、光は恥ずかしがりやなほうだから、もしかしたらきっぱりと断るかもしれない。私の知る限り今までにそういう経験もないはずだし。
「……えーっと、光。どうする? やってもいい?」
「えぇっと……」
 苦笑いしつつ光は一瞬考える素振りを見せる。ヒロインになると覚えることも多いし、責任だって持たなくちゃならない。
 やっぱり断るんだろうか、と思ったときだった。
「うん。みんながそう言ってくれるんなら、いいよ」
 にっこりと天使のような可愛らしい笑みを作って光は頷いた。
 本当にやりたいのかはその透き通った瞳からは読めないけれど、ここぞというときにはきちんと断る彼女がいいと言うのならば、きっといいのだろうか。本心は分からないのだけれど、ヒロインをやりたいという子が一人もいないのだから、しょうがないと言えばしょうがない。
「じゃあオスカル役は……と、いないわけか」
 うんうん、と頷くみんな。
 そして結局、私がオスカル役をやることになってしまったのだった。心中で、どばっとため息を吐きながら、こういうまとめ役って辛いと思う。中学のときもクラスで演劇をやったことがあるから、慣れてるといえば慣れているのだけど、大丈夫なんだろうか。
(特に私が……男装なんて、なぁ)
 綺麗に変装出来る自信はない。やるからには、やるんだけどね。
 
「相良クン。そっちはもう決まった?」
「ん? あぁ、いや実はまだなんだよ」
 そう言って配役を書いた表をちらりと見せてくれる彼。
 女子の配役は大体決め終わって後はちょっとした子役だけだったので後はみぃちゃんに中心を任せてあたし一人男子のところまで来たのだけど、まだ全然決まっていないようだった。
 そこには、一つの人物の名前しか書かれておらず、後は空欄。それもアンドレ役とフェルゼン役の隣に小さく書かれているだけだから、まだどちらとも決まっていないんだろうか。
 でも、やっぱり主役格の一人は相良クンなんだ、と思う。なんとなく主役格の片方は彼がやるだろうなぁ、なんてことが分かっていたから。
 たぶん、彼も私と同じように自分から選んだのではなく、誰もやりたがらないからいったんだろうなぁ、なんて思う。私たち女子と違って男子は演劇とかに興味ないだろうから、尚更。
「じゃあ、アンドレかフェルゼン、もう一人誰がやるかでもめてるんだ?」
「まぁ……いや、大体決まってはきているんだけど」
 そう言って、ちらりとまだ寝入っている少年を見る相良クン。
 李緒クン、未だ爆睡中。
 早く李緒クンを起こしてしまえばいいのに、と思うのだけれど、ここまで心地よさそうに寝入られていたら起こしにくいというもの。無防備で、こんなあどけない姿を見せられたら、男でも母性本能のようなものが出来てしまう気がする。もちろん、私も。
 そして、彼が李緒クンを見るということは。
「え? 指名投票になったらさー、みんな李緒に投票すんじゃねーの? 寝てやがるけど」
「俺もするなら李緒だな。なんだかんだ言って、なぁ?」
 やっぱり、そんな会話になっていた。
 今更ながら、やっぱり李緒クンは女子だけじゃなく男子にも人気があるんだなぁ、なんて思う。
「いや、お前らちょっと待て。ほら、李緒が嫌がるかもしれないだろ?」
 そこに相良クンが、困ったような顔で突っ込みを入れる。中々に男子をまとめるのは大変そうだった。
「あー、確かに」
 そして、女の子のような可愛らしい顔立ちをした少年が頷く。蓬クンだ。
「じゃ、李緒がおっけーしたら李緒にしねぇ?」
「あ、それなら賛成」
「俺も」
 そんな坊主頭の子の言葉で、みんな賛成していく。
「まぁ、それなら……」
 それを相良クンは渋々という感じでオーケーした。
 結局、アンドレかフェルゼン役かは分からないけれど主役格に李緒クンに決定。こちらもまぁ、予想通りというかなんというか。ついさっき女の子たちも男子の配役を予想していたのだけれど、李緒クンと相良クンは絶対主役格やらないとって言ってたし。
 そこで、痺れを切らしたように蓬クンが言った。
「つーか、いい加減こいつ起こそうぜ」
 蓬クンが、李緒クンに近づいていく。私たちもみんな李緒クンに視線を集中させた。
 それにしてもこんな間近で彼の寝顔を拝見するのは二度目である。ほんとに、幸せそうな寝顔。
(起きたら、どんな反応するのかしら)
 少しだけ期待がでる。前のときはその一瞬を見逃してしまったから、少しだけ。
 そこで、気づく。
 ――李緒クンはアンドレかフェルゼン役。
(ちょっと待って……? 確かアンドレって私がやるオスカルと)
 もしかしたら、李緒クンはアンドレ役になるかもしれない。
 どきどきと、気づいてしまったら胸が高鳴ってきた。
(恋人役? 役でも、あたしは)
 恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい。
 さっきまで期待していたのが嘘のように吹っ飛んでしまっていた。起きないで欲しい。心の準備が、欲しい。
 けれど、無常にも彼の目覚めのときがくる。
「李緒。起きろッ」
 そう言って蓬クンが李緒クンの肩を揺さぶる。
「んー……?」
 小さく、彼の瞳が開いた。目が合い、可愛いと思いつつ、どきりと大きく胸が不覚にも高鳴ってしまう。
(彼はあたしが……もし李緒クンがアンドレ役をやるのなら。こ、こここ恋人役だってこと、どう思うんだろう?)
 高校の文化祭だからキスとかのラブシーンはなくても、手を繋いだり、抱き合ったりはするはず。愛を囁かれたり、するはず。どうでもいい男の子からされても何とも思わないけれど、気になる男の子からだったら、胸中が沸騰する思いになるわけで。
「んぁ……」
 そんな不安を私がしているとは露知らず、彼は口を小さく動かした。まだ焦点は合っていない様子で、小さくえっとぉ、と呟くと、
「まだクレープぅ?」
「は?」
 物凄く素っ頓狂なことを口にした。
 一体、どういう意味なんだろう。寝言?
 李緒クン付近が一瞬呆気にとられて呆然と彼を見る。
 そして、その瞬間李緒クンはその大きな両手で蓬クンの女の子のような小さな手をぱっと握る。
 李緒クンは、口を大きく開けた――。
「は?」
「んーむぅ」
 かぷり、とそんな擬音つきそうなほどの勢いで蓬クンの指を口に含む。
 そして、思いっきり。
「――ッ!? ……ッだあー!!!?」
 噛みついてしまったのだった。


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