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(11)これって一種の羞恥プレイ、だよね

 雲一つなくいい青空で、日光照らすいい天気。

 もう六月初旬。それでこんな天気だと普通じめじめと暑苦しいものだけど、場所が場所なせいかまだまだ全然暑くなく、むしろ流れる風が涼しい。

 以前にもこういう日和にこういう風に買い物して回ったことがあったけど、それには千代と相良がいた。それからも光とはちょくちょくと買い物に行ったけれど、男手があったほうが何かとあたしにとって選びやすい、ということで祐次についてきて貰ったりしてたから実はこれが男になってから光とする、初めての二人っきりの買い物だったりする。

 加えてここは北海道。見たこともないような原産の楽しい物が売っていて、目新しいことばかり。

 やっぱり、いいなー、光と一緒だと。

「李緒。これなんか、ゆうくんにいいんじゃない? 今時ーって感じでかっこいいよ」

「うん、じゃあそれにするっ。ありがとー。……ん? けど祐二サイズなんだっけ?」

 あたしは光が両手で広げた地元のキャラクターがお洒落に描かれているTシャツを見て頷くと、そういえば、と首を捻った。

 ここはアクセサリーやTシャツ、名産品などが売っているお土産専門店。

「XLだよ。前李緒自分で言ってたのに」

「だっけ?」

「うん。ゆうくんも大人になってきたんだねーって。ほら、李緒の家の近くにあるデパートに行ったとき」

 あ、そっかとあたしは納得して手をうつ。そんなあたしを見て光は小さく手を口にやってくすりと笑った。それにつられてあたしも笑みを作る。

 あたしと光、そして弟の祐二の3人は、小さい頃からずうっと一緒。だからか姉弟――今では兄弟だけれど――なのに反発しあうことなく仲がいいし、光と祐二もやっぱり他人の枠組みを超えて仲がいいみたいだった。というかあたしより光と祐二って姉弟みたいなんだよね、と時々思うほど。

「そうかな。でも、それ言ったらゆうくんなんか李緒にべったりだよ。いつも朝、2人で楽しそうに話してるじゃない」

「まぁね」

 おかげさまで。人懐っこい弟を持って幸せです。

 大げさにそう言って笑うと、思いだしたように光は言った。

「そういえば」

「え?」

 光はアクセサリーが並んでいる場所へと移動すると、じとめであたしを見つめてきた。

「……たまにゆうくんと話してるとき、私のこと忘れてるでしょ」

「え? ……や、そんなことはっ」

 まぁ確かにスポーツの話題、特にそのスポーツをやっている人物名とかが出てくる時はやっぱり良くも悪くも大人しい系の女の子な光はついていきにくいわけで。でも祐次からそんな話題を提供してくれたとき、つい体育会系のあたしは夢中になって話しこんでしまうというわけ。

「別に忘れてるわけじゃなくてっ。ほ、ほら集中しだすと周りが見えなくなるって言うか、いやでもっ、ごめんなさいっていうか、あーうー……」

 あたしが慌てているのが面白いのか光はクスリと笑うと、

「あ、じゃあ私はこのキーホルダーあげようかなぁ。ゆうくんには」

 そう言って光が指先で摘まむのは先ほど別の装飾品店で買ったマリモ同士がキスしあう可愛らしい人形、とはまた違う一風かわったマリモのキーホルダー。それは世間から気持ち悪いけれど可愛いと賞されている北海道のお土産の中では特に人気のあるもので……。

「……買うの?」

「え、ダメ?」

 いや、そんな綺麗な笑顔で小首を捻られても。とても光が買うとは思えない品だった。

 その時、ちらりと光の時々見せる小悪魔のような笑顔が脳裏に浮かぶ。

 ……まさか。

「ねえ、それ、もしかして、渡すの俺?」

 そうあたしが光に問いかけると、

「うん、よく分かったね李緒。それはね、帰ったら李緒からってそのTシャツと一緒に渡してあげてね。私からって言っちゃダメ」

 そうキッパリと光は言い切った。

「いや、でも」

 男同士ならそりゃーこんなの普通かもしんないけど、……あたしが? 羞恥で死にそうなんですが。

「私からのお土産は別に次の日渡すから。……いいよね、李緒、ゆうくんと仲いいんだから」

 ね、と念を押しながらにっこりあたしに向かって男なら絶対見惚れるような可愛らしい笑みをつくる。

 ……最後につけたされた言葉によって言い返せない。言い返したら、もっと酷いことになりそうだ。

「……うぃ」

 渋々返事すると、私は何買ってあげようかなぁ、と光は小さく、ぅーっと唸る。それから楽しげに、別のアクセサリーを見つめて可愛いけど男の子が使ってもいけそうな、ダイスがつらなっている北海道限定と料金札に銘うたれたキーホルダーを手にとった。

「それじゃあ、買ってくるね」

 光はそれらのお土産を手に取ると悠々とレジまで歩いて行く。あたしはそれを見送るしか出来なかった。

 ……これって一種の羞恥プレイ、だよねー。


「さ、てと」

 そんな風に、ほのぼの、なようで若干違う会話をしながら色んな店の中を歩き回りながら、家族、親戚、先輩後輩の分を買っていくと、もう結構な量になってしまっていた。

「俺はこれで全部かな。光は他に買いたいもの、ある?」

 手にはどっさりと大きなビニール袋。ちょっち重い。これは家まで宅配してもらったほうがいいかな。

「うん、私も」

 あたしの問いに対して光は2度ほど首を振ると。

「……李緒。あのね、宅配した後、何かしたいことある?」

「え? ないよ。光は?」

 これからは特に行くあてはない。どうせ北海道に来たんだから名産品の食べ歩きでもしようかな、と軽く思ってたぐらいだ。

「あのね、今から――」


 ちまちまちまちま。

 人には得意分野がある。例えば文系が得意な人が理系を勉強しようとすると、よほど才能がない限り苦労するわけで。あたしの得意な科目は体育。苦手な科目は家庭の料理系以外全て。そして、今やっていることはその苦手分野に当てはまるもので。

(投げ出したい投げ出したい投げ出したい……っ)

 あたしが何を言いたいのかというと、とどのつまり、向いてないことをやると根気がいる、ということ。

「絶対こういう作業はあたしには向いてないと思う……」

 ぼそりと口の中でのみ呟く。

「あ」

 同時に手に持っていた小さな青色のビーズがするりと手のひらから抜け落ちた。

(……もう、ヤだ)

 あたしは頭を垂れて手に持っていた凧糸とビーズをゆっくりと置いて溜息をついた。

「李緒、出来たの? ……あ」

「……見ての通り」

 右隣から覗きこんできた光に向かって苦笑交じりにあたしは言う。

 ここは高木北海道装飾品工房。その名の通り北海道伝統のアクセサリーを自分達の手で作れるという所。

 目の前の大きな木製の机の上には専用の糸といろいろな形のビーズ、そしてそれを完成させるちょっとした機材。周りにはあたしと同じように奮闘する人達がいる。

――「りっちゃん、こうするとやりやすいから、ね?」

 あたしは突然の低い声に光が座る反対側の椅子を見ると、ソフトモヒカンで片眉に傷がある、明らかに一般人とは一味違うこわもてのお兄さんがいた。

「えっとね、ここはこうすると、ね?」

 外見。

 それだけ見れば極道の人っぽいのだけれど、幼少時代のあたしのあだ名である『りっちゃん』とか『ね』とかを使っているのを聞くと違うことが分かる。正直、初めてアクセサリー作りを教えてくれる先生がこの人だって分かったときはちょっと身構えたけど、今は全然平気だ。

「りゅーくんセンセって昔何してた人?」

 そうあたしが恐る恐る聞くと。

「俺? 俺はねぇ、……秘密。あぁ、別にりっちゃん達が考えてるようなことじゃないと思うから安心して。秘密のある男のほうがさぁ、カッコいいじゃん?」

 そう言って子供のように屈託なく笑うりゅーくんセンセ、もとい高木龍二(たかぎりゅうじ)先生。彼は顔に似合わず人懐っこい性格の人で、教え上手で、すごく手先が器用。もっと話していたいと思える魅力的な人だった。

 ……まぁ、隣で子羊かチワワのように震えている、すごく庇護心の駆り立てられる西洋人形のように可愛らしい少女があたしの着ているTシャツの裾を掴んでなければ、だけど。

「りゅーくんセンセー、こっちー」

 少しはなれた場所からりゅーくんセンセを呼ぶ声が聞こえる。それに彼ははーいっ! と大声で答えると。

「それじゃりっちゃん、また後で見にくるから。後はひぃちゃん、ね?」

 それに、あたしがはーい、と気軽に言うのに対して、光は緊張した声で、は、はいっ、と答える。

 りゅーくんセンセが別の観光者の所に行ったあと、光がほぅ、と胸に手を当てて動悸を押さえる。

「やっぱりまだ怖い?」

「ちょっと……」

 どうやらまだ慣れていないらしい。光の怖がりは幽霊だけに収まらない。まぁ、さすがに今回はあたしが驚くほどだから相手が悪かったみたいだけれど。

 見てるぶんには可愛くていいんだけどね。

(……に、してもぉ)

 ちまちまちまちま。

 作業に入ると、これ。

 男の子から見て女の子がこういう作業が得意だと思えるのは、慣れの成果。多少は指の細さとかが関係あるかもしんないけど、初めは皆一緒。やりなれてない子は出来ない。だって、あたし、女だった頃からできなかったし。

「……あ、またおんなじの」

 間違えて同じビーズを連続で入れてしまいがっくりと頭を垂れてしまう。

(あーもう……光、よく出来るなぁ)

 昔からこういうことが好きだった光は、やはり長年の差というか、出来る。何かコツはないのか、と隣の光の手元を見るとあたしの倍は進んだほとんど出来上がっているブレスレットが目に入った。そこでまたがっくり。

 その時。

(こ、これは……っ)

 手元から光の小さく整った顔へと視線を上げたとき、気分が好転した。

 光は小さく細い指で手元のビーズをすいすいと器用に凧糸に通していく。そして、その光の表情は真剣さを帯びてるものの綺麗に微笑んでいて、まるで女神様か天使のよう。この様子を見れるあたしは世界で一番幸福だと断言できる。

(写真。例えば携帯で……欲しいっ。待ち受けとか待ち受けとか待ち受けとか待ち受けとか待ち受けとかっ)

 それで、もっといえば、可愛いなぁ愛でたいなぁ抱き締めたいなぁなんて続いて思うけど、熱心に取り組んでいる光を邪魔しちゃいけないとも思うわけで。

 そこで、ちくりと嫌な感覚が訪れた。

(邪魔しちゃ、いけない?)

 あたしが今ここにいること自体、邪魔なんじゃないの?

 だって――。

 ――カシャッ。

「わっ」

「きゃっ」

 カシャリと、ふいに白い発光とともに小さな音がなった。

 あたしと光は揃って驚きとともに発光源を見つめると、にやりと笑ったりゅーくんセンセのこわもて顔が目に入る。ううん、極悪人面。

「ナイスショット、俺」

「あのですねぇ?……」

 せっかくの光の可愛らしい表情がっ。……勿体無い。

 非難がましくあたしがりゅーくんセンセを見詰めると、彼は快活に笑って言った。

「はは、サービスサービス。ほら、これ」

 年季を感じる真っ黒くて高そうなカメラを裏向けると、ジィーッと真っ黒い写真が2枚重ねて排出されていく。りゅーくんセンセはあたし達に一枚ずつそれを渡した。

「どう? 俺のカメラテクも悪くはないでしょ?」

 得意げに笑うりゅーくんセンセに対して、カメラテクってなんだ、と心中で突っ込みながらも色が変わるのを待っていると、

「李緒、これ……」

「わ……」

 そこには凧糸にビーズを入れる可愛らしい少女と、それを見詰める少年の姿が映っていた。

「カップル限定」

「いや、カップルって……や、でも、アリガトウゴザイマス」

「どういたしまして。んじゃ俺別んとこ撮ってくんね」

 カップルじゃない。けど、茶化すような声で笑いながら去っていくりゅーくんセンセが輝いて見える。これこそさっきのあたしが望んでいた写真。あたしの姿が正直邪魔だなぁ、なんて思うけどそれはそれでいい思い出。

「どこにかざろっかなぁ……勉強机の所とかがいいかな?」

「私はね、ベッドの上にたてるよ。寝る前も、起きたときも見れるように」

 光も写真を胸の位置に持っていって嬉しそうに微笑んでいる。それは自然で、場が一気に明るくなるような笑顔で。

 ……やっぱり、全然、うん。

 一瞬浮かんだ罪悪感は、まるで泡のように消えうせていた。


「でっきたぁっ!」

「おめでと、李緒」

「んー、光のおかげだよー」

 そう言ってぎゅーっと光に抱きつくあたし。途中まで不恰好なまま作られていったブレスレットだけど、光が何度もアドバイスしてくれたおかげか綺麗に形が出来ていた。

「りっちゃんりっちゃん? ひぃちゃんいろいろと大変そうだよ?」

「へ?」

「り、李緒……っ」

 腕の中を見ると顔を赤くしている光。この照れ屋さんめ。

「ふぅん、よく出来てるじゃん。これもひぃちゃんのおかげ。かな?」

「うんー、ありがとぉ、光。あとりゅーくんセンセも」

 依然として顔を赤くしながらどういたしましてと言う光と、にっこり笑みを作るりゅーくんセンセ。

 あたし達一帯に和やかで幸せな雰囲気が漂う。

 そんな時だった。

 ――「りゅーくん先生、さん。ヤンキーが一般人を恐喝しているようにしか見えませんよ」

 突然の綺麗なソプラノの声。

睦美(むつみ)!? どうしてここに。……お前、方向音痴のはずだったろ?」

 かつかつとヒールをならしながら、美人さんが現れた。

 驚きながらりゅーくんセンセは目を二、三度瞬きする。

「誰かさんに来るなって言われてしまいましたからね、意地でもきてしまいましたよ。全く、あの子達がいなければどうしようかと」

 こちらに歩いてきながら怒ったようにいう美人さん。そして甘えるようにりゅーくんセンセの腕に手を差し伸べた。

「ったく、あんまり見せたくなかったのに……」

「いいじゃないですか、減るもんじゃありませんし」

 にこりと睦美さんという人は綺麗な笑みを浮かべる。

 どうやら、りゅーくんセンセと睦美さんという人はそういう関係らしい。

「(もしかして……)」

 すかさず腕の中にいる光と目があって二人でこっそり噴き出した。

「(……ぷっ、りゅーくんセンセ、尻にしかれちゃってるのかな)」

「(くすくす、そうみたいだね)」

 言い合う二人を見つめてから視線を下げて腕の中にいる光とこっそり笑いあう。

「……まぁ、来たんならそれならそれでいいけど。じゃあ睦美は誰かと一緒に来たわけ」

 りゅーくんセンセは眉間を擦りながら問いかける。

「ええ、途中で可愛いお嬢さん達に出会いまして。この工房の名前は知っていたから」

「そのお嬢さん達は?」

「……あら」

 気付いたように睦美さんは声をあげた。そして、工房の入り口辺りに視線をたむける。

 もしかして、そのお嬢さん達という人達も一緒に来たんだろうか。

「おかしいですね。さっきまで一緒にいたんだけれど……。二人ともー?」

 睦美さんが工房の入り口に向かって呼びかけた。

 ことことと足音が鳴る。

 誰だろう、と興味深くそこに目を向けると――あたしは一瞬、目を疑ってしまった。

「千代、みぃちゃん!?」

「あら、お友達でしたの?」

 偶然、とあたしと目が合うとさっきの綺麗な笑顔で笑う睦美さん。

 そして、そのお友達――千代とみぃちゃんは、何やら微妙な顔をして近づいてきた。

「やっほ、二人とも。ここらへん来てたんだ」

「う、うん……」

 あたしが気軽に声をかけると、みぃちゃんが苦い顔をして答える。

「どしたの?」

 どうしてそんな不穏な表情をしているんだろうと思いながら首を捻ると――。

「……ねぇ、二人とも。どうして、抱き合ってるの?」

 何やら面白くなさそうにあたし達をみて呟く、千代。

「あ」

 その時、気付いた。あたしの腕の中にまだ光がいることに。

 ――もしかして、今、すっごくヤバイのかもしれない。

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