何度も君に一目惚れ
「お隣よろしいですか?」
気付けば声を掛けていた。
人見知りのはずが驚くほど自然に出た言葉。
その言葉に自分で驚き、同時に緊張と恥ずかしさに襲われた。
公園のベンチに一人で座っていた女性はこちらを向き、ニコリと微笑んだ。
「ええ、どうぞ」
たったそれだけで僕の心臓は大きく脈打ち、顔が熱くなる。
なんて素敵な女性なのだろうか。
彼女の姿を目にした瞬間から僕は恋に落ちていた。
これが一目惚れというものなのかもしれない。
話しかけて良かったと心から思う。
彼女との会話は楽しくて、いつの間にか自分をさらけ出していた。会話の切れ目に訪れる僅かな沈黙もどこか心地良く、こうして一緒の空間にいるだけで心が癒されるような気持になる。
初めて会ったはずなのに、まるでそんな気がしなかった。
ずっと昔から知っているような不思議な安心感があった。
同時に感じる胸の高鳴り。
もう僕は自分の気持ちを抑える事が出来なかった。
「あなたに一目惚れしました。僕と付き合ってください」
言った瞬間、しまったと思った。
さすがに会ったその日にこれはないだろう。
後悔と焦りの気持ちがぐるぐると僕の中で渦巻いて、今すぐにでも逃げ出したい気持ちになった。
でも当然逃げる訳にもいかないし、言った言葉を取り消すなんて事もできない。
今僕に出来るのは、ただ彼女の返事を待つ事だけ。
返事を待つその時間はまるで永遠のように長く感じられた。
ごくりと唾を飲み込み、自らの手を握り締める。
極度の緊張でどうにかなってしまいそうだった。
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目の前で不安そうな表情をしてる主人がとても愛しく感じる。
これで何度目の告白だろうか。
認知症を患った主人が私の事を忘れてしまった事は正直言ってとても悲しい。
私達が積み上げて来た何十年という月日は、まるで雪が融けるように消えてなくなり、残った水が涙となって頬を濡らした。
これ以上ない程に冷たい涙だった。
もう何もかもが終わったと思った。
私は独りぼっちになってしまったのだと思っていた。
でも、違った。
主人は私の事を忘れても、私の事を変わらず好きでいてくれたのだ。
だから何十年ぶりに主人からの愛の告白を受けた時、私は嬉しくて涙を堪える事が出来なかった。
雪解けの大地に花が芽吹くように、私の心は一気に温もりを取り戻したのだ。
そしてその告白は何度聞いても色褪せる事はない。
嬉しくてまた流れそうになる涙を堪えて、私は主人に微笑んで見せる。
主人が何度も私に一目惚れしてくれるように、私も同じだけ主人に惚れ直す。
こうして何度も私に告白してくれるなら。
私も何度だって、その気持ちに応えるつもりだ。
どうかこれから先も、ずっと一緒にいられますように。
「はい、よろこんで」