ねこ2匹(14/15)PDFで表示縦書き表示RDF


ねこ2匹
作:氷高ゆうり



第十四話 俺はネコを飼っていた


 俺はネコを2匹飼っている。
 一匹は掛け替えのない白猫で、もう一匹は無二のトラ猫だ。
 
 その瞳は、真剣そのもので、偽りも、何の曇りもないように見えた。
 それでも、高明は彼を信じることができなかった。おそらく、信じたくなかったのだろう。
 あり得ない! と、彼の言葉を胸の内で、打ち消していた。
 古賀(こが)(みつる)。彼は、高明にとって数少ない友人のうちの一人だ。友人として付き合いだしてから、まだ一年ほどしか経っていないが、彼の人柄はそれなりに分かっているつもりだ。
 とにかく、冗談を言うようなタイプではない。平然とウソを付くような奴でもない。――ならば、やはり、真実を述べているのだろう。
 サッと血の気が引いた。
広瀬(ひろせ)って、あの広瀬?」
「『あの』も『どの』もないだろ? 広瀬と言ったら、お前のクラスでは、たった一人。広瀬マヤのことだよ」
 (しん)()のことだ。
 真夜の名前は、本当は『シンヤ』と読むのだが、それを知っている者は少ない。教師でさえ『マヤ』だと思っている程だ。
(『シンヤ』と呼ぶことさえできないような奴が、いったい何をほざく? 真夜と付き合っているだと?)
 信じられなかった。
「俺、よく一組の教室行くだろ? お前に会いに。その時、視線を感じたんだ。広瀬の視線を。俺は思ったね。あいつは俺が好きなんだ、って」
「は?」
 勝手に語り出した古賀を、上目遣いで高明は見やった。おそらく、真夜が見つめていたのは彼ではない。自分だ。真夜が古賀なんかを見つめる理由がない!
(真夜……。お前の行動のせいで、今、ここに、とんでもない勘違いをしている男がいるぞ)
 古賀という少年は、頭の回転が速いために、時々、思考が暴走することがある。
 わずかな情報をあらゆる点で結びつかせ、発展させ、強引に結論を導き出そうとするのだ。そうして辿り着いた結論なのに、しばしば彼は、根拠もなく、絶対の自信を持つことがあった。
 要するに、思い込みが激しい奴なのだ。
「今度の日曜日、さっそくデートするんだぜ」
「デート?」
「静かなところがいいって言うから、美術館にでも行こうかと思うんだ。お前、面白いとこ知ってる?」
「……いいんや」
 その後も古賀の話は続いたが、次第に、口を開き答えることさえ面倒になって、高明はひたすら無感情に頭だけを振り続けた。
 
 その晩の献立は、野菜炒めと揚げ出し豆腐だった。浩平も手伝ったらしく、紺色のエプロンを身に着けている。
 箸で豆腐を小さく切って、大根おろしと共に口に運んだ。
 高明は眉を寄せる。味が感じられないのだ。揚げ出し豆腐だけではない。何を口にしても、味が分からなかった。
 ため息を付く。
「真夜。古賀と付き合うことにしたんだって?」
 真夜は目を見開いた。
「なんで、知ってるの? コウちゃん、話した?」
「浩平じゃない。古賀本人に聞いたんだ」
「古賀と高明は、一応、友達やからな」
「へぇ〜、そうだったんだぁ」
 やはり、と思った。
 真夜にとって、古賀は何の認識も持たない人物だったのだ。彼が高明に会いに一組の教室に来ていたことすら、真夜は気が付いていないかもしれない。
 確かに、目には入っていたようだ。だが、おそらく、見えていない。
 それは、真夜にはよくあることだった。真夜は、自分が見ようと思わない限り、見えないという目を持っていた。
 見えているはずなのに、それを脳が情報として受け付けないのだ。
 おそらく、この場合も、真夜は、また高明が誰かと話している、という程度にしか見ていなかったのだろう。
 高明が話している人物が、高明の友人という認識はあったとしても、それが『古賀充』という人物であるという認識はなかったはずだ。
(真夜は、その程度の男と付き合うのか――)
 目眩がした。
「日曜日、美術館に行くんだって?」
「そんなことまで知ってるの?」
 すごいねぇ〜、と真夜。もはや何と言ったら良いか分からず、高明は重たく息を漏らした。
 
 日曜日。高明と浩平は、真夜が着替えた洋服を見て絶句した。
(こんな服、いったいどこにしまっていたのだろう?)
「ちょっと待たんかい。なんや、その短いスカートは! 背中も開き過ぎやで」
 ――と、浩平が思わず、一人娘を持つ父親のようなことを言ってしまった通りの服なのである。あまりにも真夜らしくない。今どきの女子高生が着るような服だ。
 どうしたんだ? と訊けば、
「デートに着ていく服がないって言ったら、(ひろ)ちゃんが貸してくれた」
 などという答が返ってきた。
「本当にそれで行くのか?」
「これしかないもん」
「……」
 露出の多い格好を見せられて、これは誘っているのかも……と、古賀が大勘違いをしないことを祈る。いくら何でも、そこまで暴走した奴ではないと信じたいが、そう信じられるほど彼を知っているわけではない。
 真夜が出て行った玄関を睨みながら、高明は額に皺を寄せた。
「浩平」
「ん?」
「今、俺が何考えているか、分かるか?」
「たぶん、俺と同しことかなぁ」
「そっか」
 ならば、話は早い。互いの顔を見合わせて、慌てて出掛ける用意を整えた。
 
 昨晩、真夜に事細かくデートコースを訊いておいて良かったと思う。真夜と古賀が向かうであろう美術館に、二人で先回りした。
 休日の美術館は予想以上の人混みだったが、二人は簡単に探し出すことができた。
 いつの間にか、高明も浩平も、真夜の姿を見つけることが得意になっていた。自分自身の意志とは関係なく、目が真夜を見つけてしまう。
 ごく自然に、視界に真夜が入ってくるのだ。
 不快感はない。むしろ、ホッとする。真夜がいる。それだけで、こんなにも心が和むのだ。
 人混みは尾行をする者たちにとって、好都合だった。気が付かれることなく、美術館内まで付いていく。
 だが、そこで予想もしなかった人物と目が合ってしまった。その瞬間、向こうは笑ったようだが、こちらとしては顔を引きつらせるばかりだ。
(なんで、こんなところに?)
 (まき)()志保(しほ)は、こちらの許可もなく、高明と浩平の方へ歩み寄ってきた。
「やっぱりな」
「何が?」
「やっぱり、お前らも彼女を尾行すると思ったんだ」
 と、蒔井は顎で真夜を差した。
 も? と怪訝な顔で聞き返せば、私もなんだと蒔井は笑った。
「なんでお前が?」
 不機嫌そうに浩平が尋ねると、蒔井は肩を竦めた。
「真夜が気になるから。どうやら、私、真夜のことが好きみたいだ」
「なっ」
「――という訳で、お前とは終わりな」
 と、高明の鼻先に指を突き立てて、彼女は言った。
「安心しな。口外はしないよ。言ってもつまらないからね。それより、真夜と話している方が楽しいし。あの子、面白いから」
「お前、本気で真夜が好きなのか?」
 自分は男同士なのに、女同士の恋愛にギョッとしながら言い放つと、蒔井はジロリと高明を睨め付けた。
「お前、本当につまらない奴だよな。男とか女とか、こだわり過ぎ。――なんて、一番こだわっているのは、私自身なんだけどね」
「?」
 くすくす笑い出した蒔井に首を傾げると、隣で、なるほど、と声が上がった。
「お前、あれか。……性同一障害ってヤツか?」
「さあね。ちゃんと調べたことないから分からないけど、確かに、男に生まれたかったと思っているよ。男よりも女の子の方が好きだし」
 男を恋愛対象に見られないのだと、蒔井は言った。
「私にとって、私が男を好きになれば、そっちの方がおかしい、ホモだって思えるんだ。女の子を好きになって、正解。レズにはならない。だって、私は女じゃないから。深沢と付き合えば、例え、自分自身にとって、気味が悪い、不自然なことだと思っていても、世間にさえ自然に見えていれば、それで良いと思ったんだ。やっぱり、人の目は怖いから。ちょっとした自分の我慢で、人の目が和らぐならば、我慢くらいしようと思った」
 ごめん、と彼女は静かに零した。
「深沢に言った、つまらないっていう言葉。あれ、私自身に向けて言った言葉だったんだ。あんたが私と同じ事で悩んでいたみたいだったから」
 フッと瞳を曇らせた。その瞳で浩平を見やる。
「あんたにも悪いと思っている。羨ましかったんだ、あんたが。ちゃんと男として生まれた、もうひとりの自分のような気がしていたから。実力もあって、掛け替えのない恋人も持っていて、絶対の自信で満ちあふれているあんたが、すごく羨ましかった。本当なら、私があんただったかもしれないなんて、どうしようもないことを考えてしまったから、余計……」
 浩平は緩やかに頭を振った。
「気にすんなや。俺は高明さえ返してくれれば、それでええ」
「じゃあ、真夜くれ」
「それは、あかん」
「深沢さえって、今、言っただろ?」
「それはそれ。これはこれや」
「なんだよ、それ」
 眉を寄せる蒔井に、高明は声を漏らせて笑った。
「お前ら、息ぴったり。――俺さ、浩平や真夜が、蒔井と浩平は似ているって言うけど、どこが? って思っていたんだ。全然、似てないって。浩平は浩平だし、蒔井は蒔井で、比べようもないって」
 静かに語る高明の声に、二人は耳をすませる。音楽を聴くかのように。
 高明には、浩平や蒔井が不安に思う『もう一人の自分』という存在が、分からないわけではない。以前、彼が浩平に感じていたものが、それだったからだ。
 自信に溢れ、飄々と生きる『もう一人の自分』を浩平の内に見えていた覚えがある。付き合い始める前の話だ。
 ――要するに、『もう一人の自分』というのは、コンプレックスのことではないだろうか。自分が持たないものを羨む気持ち。
 浩平の不安は、ただ一つ。 高明の彼への想いだ。
 高明が世間の目を恐れ、女である蒔井を浩平の代わりにするのではないか、という不安だ。そんなこと、するはずがないのに……。
 恋人を安心させたいがために、高明は微笑みを浮かべた。
「蒔井って、彼女とか、恋人としては考えられないけれど、友達としては楽しい奴だな」
 すると、蒔井も、ケラケラ笑う。
「深沢は、友達としても、つまんない奴だよな。――悔しかったら、冗句の一つでも言ってみろ」
「高明には無理や」
「なっ」
「桑田って、こいつのどこが好きなの? 私には理解できない」
 確かに顔は綺麗だけど、と蒔井は両手を広げて肩を竦めた。そして、そっと、そっと、言葉を紡ぎ出す。
「真夜って、不思議な子だよな。一緒にいると心が浄化される、っていうの? 時々、自分がなんて汚いんだろう? いつの間に汚れてしまったんだなって、思い知らされるけど。だけど、その後で、澄んだ気持ちになれるんだ。普通っぽいけど、全然、普通じゃなくて。何も考えてなさそうだけど、すっごくいろいろ考えていて。悩んでいて……」
「それが普通なのかもしれん」
 浩平は薄く笑みを浮かべた。
「何も考えてない奴なんておらん。悩みのない奴も。人にはそれぞれ事情があるもんや。ただ、俺らが真夜って奴を認識したから、俺らの中では、真夜は普通じゃなくなっただけなんやないかって、俺は思うんや。認識していない奴は、外見しか知らんもんや。外見で判断するしかない。格別なべっぴんとかでない限り、印象には残らん。普通、って思うだけや。この世には、『普通』って思われている奴は仰山いる。世界中の奴が世界中の奴を認識するなんて不可能やからな。――けど、それでええんや。それでも、誰かにとっては普通ではないんやから」
 俺らにとって真夜が普通でないように、と浩平は続けた。
 不意に浩平は沈黙をつくった。何か、考え込むような仕草をして、それから、零すように言葉を放つ。
「真夜が好きや。友達としても、人としても、それから、女としても」
 浩平の目はどこか遠くを見つめていた。
 真夜が好き。その言葉は胸にじんわりと染み入った。何の不自然もなく。ごくごく当然のことのように。
 高明も頷いた。
「俺も。誰にも奪われたくない。俺だけの特別な存在でいて欲しい。普通の女だと思っているような奴に渡したくない。古賀に、真夜は譲れない」
 真夜が好きだ。浩平と同じくらいに。誰の目にも触れさせたくないほど、好きだ。
 自分の腕の中で、大切に守ってやりたい。
 蒔井は息を漏らした。重たく、呆れたように。
「女として好きなら、当然、真夜を抱けるんだろうな? 好きだと口先だけ言って、手を出さないのは、真夜にとっては不幸だ。今までのように、一緒に暮らすだけなら、それは女としての真夜にとって、生殺しだよ」
 ゴクリと咽が鳴った。
 真夜には穢れを知らずにいて欲しいと思う。だが、穢れずにはいられないのだとしたら、誰の手にも任せず、自身の手で汚したい。傷付かなければならないのなら、その時は自分の手で。
 そのくらいに、真夜を愛している。
「抱ける。真夜が望むのなら」
「望まなくとも、俺は抱く。俺のもんにする」
 高明も、真夜も、二人とも自分のものだと、彼は言い放つ。 彼らしいと聞き惚れてしまうような、ハッキリとした口調で。
 その言葉に意を決して、俺も抱ける、と高明も言い放った。蒔井は肩を竦めた。勝手にしろよ、と笑う。
「ずるいよ、お前ら。羨ましい奴ら」
 二人の想いを聞かされて、蒔井は両手を上げた。やめた、やめた、と言いながら、帰ると身を(ひるがえ)す。
「ヘマすんなよ」
 と、短く言い捨てて、帰ってしまった。
 
 真夜と古賀の後を追って、美術館からレストランへ、それから、カラオケボックスに移動する。
(カ、カラオケボックス?)
 真夜の嫌そうな顔が脳裏に浮かぶ。人混みと騒がしさは、雨の次に真夜が嫌いとするものだ。
「今頃、疲れ切っているんじゃないのか?」
「帰りたい、って思っとるやろーな」
 哀れな……とマイクを振り回しながら、浩平は零した。 
 どのくらい経っただろうか。何気なく目をやったドア窓に、二人は眉を寄せた。
 部屋の外を影が過ぎ去ったのだ。
「真夜?」
 影は真夜のように見えた。
「あいつ、なんか泣いてなかったか?」
 ふと、真夜の服装を思い出した。まさか、と思わずにはいられない。今朝、過ぎった不安が甦る。
 古賀という少年は、思い込みの激しい少年だ。ミニスカートや背中の大きく開いた服を見せられて、彼が何を思うか、それはこちらの想像を超える。
 嫌な予感に、慌てて二人も部屋から飛び出した。
 真夜を追って、すぐに飛び出したつもりだったが、人混みの中、どうやら真夜を見失ってしまったらしい。
 しばらく探し歩いたが、見つからなかった。仕方なく、家に戻る。真夜はまだ帰ってきていないようだ。
 
 刻々と部屋が暗くなっていく。気持ちまで沈んでいくようだった。
 不意に、ざぁー、と音が響いた。雨だ、と浩平が静かに声を上げた。
「雨……」
 昼間、あれほど良い天気だったというのに。
 ますます、嫌な気分に陥る。
 ガチャリ、と玄関が鳴った。
「真夜か?」
 慌てて駆け寄ると、血の気の引いた顔で真夜が佇んでいた。
「真夜?」
「濡れなかったか?」
「……大丈夫」
 きっと、雨もわたしが嫌いなのよ、と真夜は呟いた。真夜がマンションの玄関をくぐったとたんに降り出したのだと言う。
 とにかく中へ、とリビングに真夜の体を引き入れる。真夜はされるままになっていた。
 ――古賀と何があったのか? 
 ――今までどこにいたのか?
  聞きたいことは多いが、惚けた真夜に何を聞いたものか分からなかった。
 しばらくして、人形に魂が宿ったかのように、真夜の瞳に鮮やかな色が灯った。 少しずつ、少しずつ、焦点が合う。
「タカちゃん、コウちゃん、お願いがあるの」
 高明は浩平と顔を見合わせた。
「何や?」
 ソファに腰掛ける真夜の足下に跪いて、浩平は真夜を見上げるようにして尋ねた。
 ポツリ、と言葉が放たれた。
「キスして」












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう