ねた、きゅう〜実話:父と、わたしと
父、危篤と聞かされかけつける間にわたしは父との日々を思い出す。
ある日、父がぽつりといった。
「藍、いくつだっけ」
「30手前だよ」
「あれ、まだだっけ」
父、わたしゃ今、わたしが生まれたときのあなたの年齢だ。
「30過ぎてると思った」
「父、さりげなく酷いよ」
誕生日忘れてた元ダンナよりましか。
「ごめんごめん」
「せめて顔見ていおうよ、相撲見ていわないでよ」
会話するときは人の顔見よう。
こんなときもあった。
「藍、染めたのか」
「父、染めたよ――って今、今なの? 先月だよ!?」
「今だよ(どや顔)」
「遅いよ」
――髪切ったのに気付くのに2ヶ月かかった。染めて切ったんだよ、うん、バッサリ。
こんなときもあった。
「藍、お父ちゃんいくこと考えたことがあったんだ」「え、どこへ?」
「おじいちゃんとこ」
※おじいちゃんははやくに既にあちら側の人。
「あかんやん!?」
「だって痛いんだもん」
「痛いんだもんって」
「でもお父ちゃん、やめたんだ」
「そりゃやめなきゃお父ちゃん」
「見えたんだ、おじいちゃんのお仲間。だから、やめたんだ」
※父、見えない人です。
「……父、痛いんならお医者に相談だよ」
そして父、1日飲む薬の合計が二桁になった。痛み止めは何種類も増えた。痛いかわりに痩せた。少しお薬減らして、ふっくらした。脱毛し始めたのはこのときだった。
こんなときもあった。
「藍、お父ちゃんのドライヤーは」
「そこ」
「あった」
「……使うの?」
「うん」
「父、……いって悪いけどさ」
「うん」
「……頭、タオルドライでいいと思う」
「えー」
「低温火傷……するよ、多分、遮るのないから……まともに温風あたるよ、頭皮に」
「えー……それはやだなぁ」
――抗がん剤を飲んで、副作用で髪抜けて、反射し輝く頭頂部。年のわりにはハゲとは無縁だった名残はない。温風を遮るものがない頭部は、抜け始めてからすぐにつるつるにそりあげた。
乾かす毛がない、つるつるの頭。ドライヤーをするのは――お茶目なのか、現実逃避か、何なのか。そりあげたのも、「これでハゲじゃない!」と胸はって。
昔から、天然だった。天然の娘にボケることを許さない、天然の娘が突っ込まざるを得ないド級の天然だった。昔から、母によく容赦なく突っ込まれてた。
携帯で母から意識を失ったと聞いて、駆け付けるまでそんなやり取りが頭をよぎった。
一晩あけて、目が覚めて、
「俺の羊羮は」
……父、お茶目なんだな、うん。
てか父。
羊羮食べてたの、夢の中で。
はやく食べれるように回復しような、父。はやく固形物禁止から卒業しよう。
「落ちてこない」
「……点滴抜いたら回復遅くなるから、羊羮食べれないから!?」
……そんな父、点滴引っ張りすぎて何度も抜いてしまいつつも、絶賛闘病中。
「若い娘見て鼻の下伸ばしてんなぁ!」
今日も母の突っ込みも入りつつ、若い、つけまつげばしばしの担当看護師にデレテマシタ。……末期で重病人で危篤から復活したように見えんよ、父。
実話です。つい最近、です。活動報告の話にて語った父の件です。
父、生きてますが……父はどこまでも父でした。父はどこまでもゴーイングマイウェイ、ド級の天然でした。
父、とにかくおかえりなさい。
※父、文中あんなノリですが、余命幾ばくもない末期ガン患者です。ガンのターミナル(=終末)期で、痛み緩和ケア等の薬が処方される患者です。
※文中で父から「わたし」への呼び掛けを便宜上山藍摺の「藍」にしていますが、本名を載せるわけにはいかないので、便宜上の名です。