ねた、じゅう〜勇者エルルカと魔王の戦い
平成二十六年二月十八日活動報告の掌編、微妙に加筆修正版。ほんま少し、最初のあたり加筆。
※「手にした武器は、」と「聖女の国」をお読みいただけたらより楽しめます。
――さあ、いざ戦わん。
「おまえが勇者か」
暗黒城、王の間。色彩は黒と赤で統一された、おどろおどろしい謁見の間。壁や床、天井は鉄臭く、やけに赤黒い。悪趣味、ではおさまりきれない何かがある不気味な部屋だ。
闇と魔の全てを統べるたる主たる魔王が、玉座にて己を討伐しに来た勇者と対峙していた。
これまた赤黒い、ドクロの意匠の人から以下略な椅子にふんぞり返る魔王は、笑う子も泣く子も黙るド低音ボイスでもう一度繰り返した。魔王は余裕綽々のようだ。
「答えよ、おまえが勇者か」
地を這うような、びりびりと辺りを震わすド低音ボイスでも、今代の勇者は反応しなかった。
先代勇者みたいに、ち○って着衣に大きなシミをつくり、周囲へ異臭を放ちながら逃げ出したりもしなかった。
「びびらぬか。たいしたものよ」
今代の勇者は、腰に何丁も銃をぶら下げ、背に木の杖らしきもの(魔王の位置からはよく見えない)を背負ったガンマン姿の年若い少女だった。
茶色の皮のテンガロンハットを被り、真っ赤な長いお下げを垂らした、白い顔にソバカスを散らした、ほんとうに幼い少女だった。人の年齢でいえば十代半ばであり、長い時を生きてきた魔王からしたら赤子も同然。
そう、倒すのも朝飯前のはず――魔王は鼻で笑っていた。甘く見ていた、だから余裕綽々だった。
魔王はなめきっていた、今代もどうせ弱いのだろうと。何の根拠もなく、若さと性別と見た目で決めつけていた。どうせこいつもすぐに泣きじゃくって命を乞うなり逃げるなり何なりするだろうと。
そんな想像はすべて、魔王が勇者より強いということ、勇者が魔王に屈するという勝手な思い込みが前提にあった。
しかし、魔王の意に反して今代の勇者は無表情なままに呟く。ほんの少し、眉頭をよせて。
「じゃかあしい、クマ野郎が」
――ぼそっと、一言。
ほんとうに小さな呟きだった。しかし、それはいかに小さかろうが、魔王のとんがって横に長く伸びた耳には届いた。
魔王は人と違い、耳が大変よいのだ。悪口を聞き取る“地獄耳”のよさも半端なかった。
「ほう、口が悪いやつだな?」
と、魔王は勇者の意外な反応に驚くことなく―――むしろ楽しそうに笑った。人をくったような性悪の、実に悪人らしき笑みだった。
これに対し、勇者はまたもやぼそりと呟く。
「うっさいわ厚化粧野郎」
魔王の笑みが固まった。音声にあらわすならば、ぴきっ、だろうか。亀裂が入った音だ。
魔王は、白粉を塗りたくったように顔が白かった。魔王は、黒墨で塗りたくったように目の下が黒ずんでいた。魔王は、紅を塗りすぎたように厚ぼったい真っ赤な唇をしていた。
――決して、化粧ではなかった。生まれつきであった。そして魔王にたいする“禁句”であり、個性豊かで協調性ってそれ何?な魔王の配下達が、揃って皆右ならえをして避けるくらいの“暗黙の了解”クラスの“禁句”だった。
「……………………………………………………」
――魔王は固まったまま、しばらく言葉を失い続けるという、魔王らしかぬ隙を作ってしまった。
この“しばらく”は魔王には瞬きの間でも、体感時間の異なる勇者にとっては“外にいってありもしない人用のトイレを探せる”くらいの時間があった。ようするにすごく、すごく長い間だ。
「ど阿呆」
――双方にとって体感時間の異なる沈黙を破ったのは勇者の呟き。
勇者と、魔王の間にはかなりの距離があった。謁見の間の奥の玉座にてふんぞりかえっていた魔王に対し、入り口のすぐそばにて突っ立っていた勇者。勇者から見たら、魔王の顔が識別できているかも怪しいくらいの距離。
――勇者は、別に魔王の顔が見えているわけではなかった。
魔王はその力で勇者が見えていたけれど……だからこそその力におぼれ、頼りすぎていたからこそ、勇者であるまえに人間である彼女の視力が、例え魔法で強化されようとも、自分の顔が見えるはずもない距離だということに気付かなかった。これが、勇者の罠だということに。
ここへたどり着くまでに、臣下たる幹部が勇者に脅迫され、自らの“怒らせ所”を暴露させられていたことなど知らなかった。
――だから、こそ。
「バカやろ、あんた」
と勇者が呟くより先に、眩しい聖なる浄化の光を放つハエ叩き(※一応“聖剣”。名前はファルシオン)が、勇者によって力を有らん限り振り絞って振り抜かれた。
呆気にとられた、たいへんお間抜けな表情のまま、魔王は雄叫びもあげずに砂と化していった。
「…………」
――しかし、さすが魔王というべきか。
「砂消えとらんし」
――史上最強で最凶な障気を持っていたため、魔王が化した砂は、他の魔のように浄化しきれなかったらしい。
浄化されたらば、空中にきらきらとかすかな輝きをもって消えていくか、蒸気と化して消えていくのに。
「……あれの出番かいな………嫌やけど。使いとうないんやけど」
と、不機嫌を隠さしもしない勇者は、懐からがさがさとそれら取り出した。
勇者が取り出したもの、それは――
「……魔界の国の燃えるゴミっていつや? そもそもこれ、燃えるゴミ、不燃ゴミ? ……聖女のねぇやんらに渡した方が固いか。ぶつぶつ言いそうやけど。それとも、聖女がつかる温泉へ流したろか?」
透明な、ゴミ袋だった。
聖女印のゴミ袋を開け、砂に向ける。
「確か……起動呪文は……“ほれ、吸え”」
勇者が呟くと、ゴミ袋が一回大きくぶるっと震えた。まるで濡れそぼった大型なもふもふ犬が、ぶるっと身震いして水滴を飛ばすように。
――ぎゅおおおぉぉ!!
まるで大きなドラゴンのお腹の音のような大音量が響いた。
「あ゛ー……じゃかあしぃ……(※喧しい)」
耳をおさえつつ、勇者はしばらく砂を吸いきるまで待ったのであった。
――勇者は国へ戻り、凱旋パレードから逃げて、聖水をつくる聖女のひとり(聖水は聖女がつかる温泉由来)の温泉に砂をぶちまけたそうな。その理由は、恥ずかしい武器を作られたから、だとかないとか。
執筆中小説が増えてきて、なので、時間があったから書いた、わけではありません。