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  recall 作者:神﨑由宇
第7章
閑話「戦場の影」

 *** 

 ゼノに霊感はない。
 しかし、気配には人一倍敏感で、直感も鋭い方だと自負している。
 
 
 
 

 先程見た限りでは、ローザの体力はもう限界に近い様子だった。
 だからと言って、それで彼女は諦めるような性格ではない。
 同期で仕官した間柄であり、付き合いは長いので、行動や思考のパターンは何となく読める。

(――今頃、幽体離脱してるに決まってる)

 以前のような小規模な諍いに、遠方から飛んで行くのならまだしも、今回のように、武器と魔術による攻撃が実際に行われている只中で幽体離脱を行うのは、危険極まりない行動である。

 ――「幽霊離脱の際には深い精神統一が必要であり、清らかな場所で行わなければ、『魔』に魅入られる危険がある」とは、ローザ本人の言だ。

 本心ではやめて欲しかったが、止めても聞く性格ではないことは分かりきっているので、ゼノはあえて気付かない振りをして、陣幕を後にしたのだが……

(だからって、そのまま放って置けるか……まったく手のかかる姫さんだよ)

 ――しかし、それを嫌とは感じないのは、惚れた弱みか。

 あれから、ローザのいる陣幕周辺の警備に目を光らせている。
 ゼノの姿で自由に動くのが理想だが、うっかり幽体離脱中のローザに見つかっては大変なので、アベルとして立ち回りつつ、裏で部下に指示を出さなければならないのだが、どうにも歯痒い。

「――宰相閣下!」

 周囲に目を配っているゼノの下に、また一人、騎士が息を切らせて駆け寄って来た。
 宰相が机上の空論ではない軍略の「知恵」を持ち合わせていると知るや、海上警備部隊と治安維持部隊の面々が、次々に助言を求めてやって来るようになったのだ。 

 彼等は正確に言えば――騎士団傘下である海上警備部隊と治安維持部隊の中の、「小隊」二つと言う立場に過ぎない。
 つまり、リーダーには隊長格の騎士が二人いるだけであり、それ等を束ねる指揮官が「存在しない」のだ。
 これで、自分とローザが来るまで指揮系統の混乱もなく、よく持ち堪えていたものである。
 このような状況であれば、突然加勢に現れた魔導師や宰相を頼りたくなるのも分かると言うものだ。
 
「矢が切れました」

「予想より早いですが……止むを得ません。魔術単独の使用を許可します」

 騎士には、魔術が不得手なものが多いため、矢に火や氷、雷等を纏わせて射ると言う、誰でも使用が可能な簡単な牽制方法を提案してみたのだが、どうやら思いの外、敵の攻める勢いが激しく、予想以上に早く矢が切れてしまった。
 何もない空間に想像力一つで魔術を行使するのは、不得手な者だと体力自慢の騎士であっても、思いの外、身体のエネルギーを持って行かれてしまうものなので、出来ればもう少し後にしたかったのだが――こうなっては致し方ない。 
 
 オズウェルドでは、国土防衛の任に当たる人材の登用に際し、武に秀でる者は騎士団へ、魔術に秀でる者は魔術師団へと単純に分けて来たが、その結果、両方に長けた戦士があまり育っていないのが問題だった。

 アーク率いる特殊部隊の面々には、その貴重な「両刀遣い」の猛者が集っているが、如何せん、数が少なく、今も戦場で精力的に動いてくれてはいるのだが、残念ながらまだまだ力及ばずと言った所だ。

 しかし、そんな現状を嘆いてみた所で、どうしようもない。
 今ある戦力でいかにして敵に立ち向かうのか――ただそれに専心すべきである。
 
 承知しました、と頭を下げて背を向けた騎士を見送る際、ふと後ろに部下らしき者が付き従っていたことに気が付いた。
 
(俺としたことが、人の気配に気付かないとは……)

 最近、書類仕事にかまけていたせいで、少し勘が鈍ってしまったのかもしれない。
 そこまで考えて――――ん、とゼノは一度思考を止めた。

(いや、待て。さっきまでは普通に、俺の周囲を歩いてる騎士達の気配は掴めてた。なのに、今さっきだけ気付かないなんて……)

 ――向こうが気配を隠そうとでもしていなければ、読めていた筈だ。
 
 そこまで考えて、はっとした。
 わざわざ仲間の前で、気配を消して行動する必要があるのか――?

(否、だ)

 気が付けば、無意識に足が前へと駆け出していた。 
 
 あの騎士は、妙だ。
 一見、あれはただの「空気のような存在」に過ぎないが、一度その違和感が目に付くと、この戦場の中において、もはや「異質な一点」にしか見えない。

 特殊部隊の部下達が今まで見過ごしていたのも、その存在の「希薄さ」故であろう。
 
 素人のスパイは消し切れなかった殺気によって、しばしば捕らえられるが、熟練のスパイは逆に、自身の気配を「消し過ぎて」しまい、それがきっかけで捕らえられることもある、と言う。

(さて、どうしたものか……)

 気持ちが昂ぶるままに、不審な騎士を呼び止めようと足を向けてしまったが、今のゼノは「宰相アベル・シュタイナー」である。
 周囲には「宰相は頭は切れるが、戦闘能力はからっきしな人物」だと思われるように演じて来たため、この姿で問い詰めることは出来ても、武力に訴えてとっ捕まえることは出来ない。
 そんな様子を、事情を知らないローザに見せる訳にもいかない。
 
(ったく、やり辛ぇなあ)

 まずは、適当な理由を付けて、人目のない場所に引き摺り込むべきだろう。
 そこで自分は実は「宰相の影」だとか何とか言い、適当に理由を付けて、叩きのめして引っ捕らえるか――?
 
 部下に声をかけて、自分の代わりに捕まえさせる手もあるが――どうも、そうしようと言う気が起こらなかった。
 
(何となく……嫌な予感がするんだよな)

 アキを助けに行くアークを見送った、その少し前に、「かなりの手練れ」である不審者によって、特殊部隊の隊員一名が負傷したとの報告も入っている。
 あの騎士も、もしかなりの遣い手であった場合、部下では太刀打ち出来ないかもしれない。
 もしかすると、同じ組織の人間か、同一人物と言う可能性もなくはない。
 
 あれこれ考えているうちに追いついたので、ゼノは不審な騎士の肩を掴んで、止めた。
 
「――すみません。少し貴方にお願いしたいことがあるのですが、あちらの天幕までご同行頂けますか」


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