(うわあ……人が一杯)
壇上には、本を片手に持ったグランツが見える。
礼拝堂にある席はすべて、人で埋まっていた。
通路や壁際で立ち見している者までいる。
それぞれの手には、紙と羽ペン。
懐に入れたインクに時々ペン先を付けながら、真剣な面持ちでメモを取っている。
よくよく見れば、全員男性で、年齢は自分とさほど変わらないような――若者ばかりだ。
熱気が、すごい。
(礼拝中って雰囲気じゃないな。むしろ……江戸時代の私塾に近いような)
教会にしては異様な空気に驚いていると、グランツが若者達に向き直った。
「皆さん、今最も憂うべきことは、国難が迫っているにも関わらず、そのことに気が付いていない人々が多いことです。また、気付いていても、危機に陥っている理由がわからない――エリオット、貴方はその理由が何だと思いますか?」
指名され、前の方の列に座っている茶髪の青年の頭が揺れた。
「――それは……陛下が即位された際、政権の中枢が奸臣に握られたためです」
「そうですね――では、そこにいらっしゃる貴方はどう思いますか?」
亜希は思わず、背筋を伸ばした。
視線が――合ったような気がしたのだ。
(いやまさか、こんなに距離が開いてるんだし。自意識過剰だって……)
「扉の後ろにおられるのでしょう?――――お嬢さん」
(えええ!?)
何故、覗いているのがバレたのだろうか。
音を立てないように、そっと窺っていたのに。
混乱している亜希に、次々と視線が向けられる。
針のむしろ状態だ。
(何でこんな目に……勝手に覗いてたこっちが悪いんだろうけども!)
出来れば逃げてしまいたいが、どうもこの雰囲気では、一言発しない限り、解放してもらえそうにない。
渋々、亜希は扉から中に入った。
今までしんとしていた礼拝堂に、ざわめきが広がる。
――おい、あれって「ポンデグッタ亭の短髪娘」じゃねえ?
――へえ。噂で聞いてたけど、女なのにほんっと髪が短いんだな。背も高いし。
――遠い外国から来たらしいぜ。
(思いっ切り、珍獣扱いだねえ……まあ、こう言う目を向けられるのは宿で慣れたけど、お前等、不躾だとは思わないのか?)
――何だか、腹が立って来た。
聞こえよがしに喋っていた数人を、キッと睨み付けると、慌てて口を噤んだ。
こちとら、生憎、人前で緊張して硬くなるような可愛らしい女性ではない。
大学に入学して以降、何故か研究会の広報に任命されて、一年生全員に向かって喋らされたり、講義で発表する役に指名されてしまったりする機会が多かったので、心臓に毛が生えつつあった位なのだ。
「――こっそり覗いていたことに、お気付きだとは思いませんでした。ところで……何故、私にお聞きになられるのですか?」
言葉を切りながらゆっくりと話す。
グランツが一番奥にいるため、自然と声を張り上げなければならなくなったが、致し方ない。
堂々と話しているからだろうか――次第に礼拝堂内は落ち着きを取り戻していった。
「私はまだこの国に来て、日が浅いので、適切な答えは返せないかと存じますが」
「だからこそ、お聞きしたいのです。中にいる我々では見えないものが、貴方には見えるかもしれない」
(そんな風に聞かれたら、答えない訳にはいかないなあ……気が進まないんだけど、仕方ないか)
自分から積極的に意見を言いたがらないのは、日本育ち故だろうかと思いながら、亜希は口を開いた。
「では、僭越ながら申し上げます――グランツさんは、気が付いていない人々が多いとおっしゃいました。それは、国民が真実の情報に触れる機会が少ないと言うことですよね? 私が見た所、皆さんの情報源は新聞のみのようですが」
「ええ、そうです」
「と言うことは、発行機関の人間がもし、偏向報道を行ったり、政府に媚びを売るようなことになれば、国民が洗脳されてしまう危険性がありますね。いや、むしろそれが現実になっていて、奸臣がその奸臣たる所以を一切、報道しないため、人々が気付いていない。そのことこそが、危機に陥っている理由ではないでしょうか」
ざわめきが、消えた。
怖い位の静けさに、どうリアクションを取ったものかと悩んでいると、グランツが突然、拍手をした。
「素晴らしい!――アークが連れて来たお嬢さんなので、どんな方かと思っていたのですが、お見逸れいたしました。私がこの後話そうと思っていたことを、先に言われてしまいましたね」
ふふふ、と愉快そうにグランツは笑っていた。
「その着想はどこから得たのですか?」
「いえ、考えたと言うのではなくて……私の祖国もこの国と、似た状況に置かれていたので」
「成程――――このような貴人と、どこでお知り合いになられたのですか、アーク」
「ポンデグッタ亭で、偶然出逢ったんだよ」
背後で聞き慣れた声がしたので、振り向くと、「迎えに来たぞ。思ったより早く用事が済んだ」と頭上から声をかけられた。
「わわ……アーク! 気配消したまま現れないで下さいよ。心臓止まるかと思ったじゃないですか」
「大袈裟だな。こいつは職業病って奴だ」
笑いながら、アークは視線をグランツへと移した。
「ったく……こいつを試すような真似しやがって」
「純粋な好奇心から訊ねてみただけですよ」
「……腹黒神父」
アークはぼそりと、物騒な二つ名でグランツを呼ぶと、奥の方に歩いて行き、グランツとしばらく何か話し合った後、こちらに戻って来た。
「で、調べ物の方はどうだ?」
「今の所、古代魔術関係の本から、召喚・転移に関する手がかりを探しているんですけど、さっぱりです」
アークが声を潜めたのに続けて、ぼそぼそと小声で答える。
「そう簡単に見付かる訳ねえよな。まあ、あんまり根詰め過ぎんなよ。今からまだ調べてェなら付き合うが」
「いえ、お待たせするのも悪いですし……」
「――お二方、お帰りになる前にお茶はいかがですか?」
話している途中、背後からにゅっとグランツさんの首が伸びたので、驚いた。
(アークと言い、グランツさんと言い、何か……心臓に悪い人達だなあ)
「断っても、無理矢理にでも引き留める気満々だろうが」
うんざりしたような顔で呟いたアークに、グランツは穏やかに微笑みかけた。
「おわかり頂いているなら話は早い――こちらへどうぞ」
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