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  recall 作者:神﨑由宇
第7章
2「雲海」
 龍による移動は、敵の目から少しでも姿を隠すため、飛行空域は雲の中もしくはその上となった。
 
 上空からの眺めは実に美しく、今まで生きて来た人生で間違いなく三本の指には入るであろう感動を亜希は味わった。
 だが――良いことばかりでもない。
 
(……寒い……)

 高度の高さに比例して、気温が低いのだ。
 それに早く現場に向かおうと、かなりのスピードで移動しているため、激しく風が吹き付けて来て、尚のこと冷える。
 
 すぐ後ろで、龍に乗り慣れない亜希をアークが支えてくれているのだが、その人肌の温かさが伝わって来るのが唯一の救いか。
 
「……アーク」

「ん?」

「乗る度に、いつもこんなに寒い思いをしてるんですか?」

 気が付けば、そんな言葉が口を突いて出ていた。
 
「――ああ、俺は体温が高い方だから、風を切って飛ぶのが好きな質なんだが……アキにゃ辛かったか。気付かなくて悪かったな」

「いえ。軟弱な私が悪いんです」
 
「自己卑下しなくて良い――そうだ、試しに魔術を使って風を防いでみろ。しんどくなったら俺が代わりに結界を張るから言ってくれ」

「あ、成る程。こう言う時には魔術を使えば良いんですよね」

 言われるまで気が付かなかった。
 こう言った発想が湧かない辺り、魔術と言うものが存在しなかった地球にいた時の思考から、まだ抜け切れていないのかもしれない。 

 亜希はルードから教わった、イメージを形にする方法を思い起こす。
 
 まず、目を閉じて何度か深呼吸した。
 こうして心を落ち着け、雑念を払うのだ。
 ありありとしたビジョンを描くには、集中力がモノを言う。
 
 呼吸に意識を集中し、寒さと身体を打つ風の強さは考えないようにした。
 ラズの飛行に支障がないよう、自分とアーク二人を包む小規模な範囲の、透明な風の膜を思い浮かべる。
 目を閉じる前に見た光景に想像で作った結界を重ね合わせて、出来る限りはっきりとしたイメージを作るよう、努めた。
 
(――よし、行ける)

 そう確信が持てたと同時に、亜希は意識を指先に移した。
 そこから自分の身体の中を巡っているエネルギーが流れ出て行くのを想像しつつ、静かに目を開ける。
 
 ――あれ程激しく吹き付けていた風は、すっかり凪いでいた。
 無風状態で、気温も快適な状態である。
 
「……上手くいったみたいです。アークはこれ位の温度だと、暑くないですか?」

「いや、丁度良い。流石に絵描きなだけあって、創造力豊かな分、筋が良いな」

「恐れ入ります」

 彼らしい真っ直ぐな褒め言葉に、亜希は少し頬を染めつつ俯いた。
 
「――さて、落ち着いた所で、そろそろ今後の話をするか」

 ふと、アークの纏う空気が変わった。
 それを感じ取って、亜希の背も自然と伸びる。
 
「まず、確認したい。お前の立場と役割を述べてみろ」

「私はアルト・クレイン。年は十五。表向きは見習い騎士で、将軍の小姓をしていますが、実際は軍師の一人です。行軍時に状況に即した戦術を将軍に進言すること、また、将軍の指示を隊員達に円滑に伝達することが私の役割となります」

「宜しい。今更だが、兵に刃を向ける覚悟は――あるな?」

「言わずもがな」

「俺はお前が情に傾いて判断を誤れば、軍法に則り容赦なく処罰を下す。他の者と同様に、だ。隊の規律は徹底する。将軍の命令は絶対だ。例外はない」

 厳しく重々しい口調で、アークは告げる。
 戦は国家の大事であり、多数の人の命がかかっているが故に、上に立つ者は他者に、もちろん自分には尚更、厳しくあらねばならないのだろう。
 
「承知しております」

「はじめに言っておく。隊の連中は純粋に実力主義で選んだ。その結果……アクの強い奴が揃っている」

「ああ……確かに少々、個性的ではありますね」

 言いながら、ちらりと周囲に目を向けた。
 
 赤毛をソフトモヒカンにした三白眼のお兄さん。
 ――彼には何故か、初対面からずっと睨まれ続けている。
 自意識過剰だと言われそうだが、実際、彼と目が合う度に殺気の籠もった三白眼と対面しているのだ。
 恨みを買うようなことをした覚えは一切ないのだが……
 顔立ちは整っているものの、返ってそれが恐怖感を煽っている。
 
 そこから視線を横にずらせば、片目にだけ丸渕の眼鏡をつけ、眼鏡なしの目の下には入れ墨をした、痩せ形のお兄さんがいた。
 顔色は青白く、口に手を当てた状態のままでいるのは、見た所、吐き気が続いているためのようだ。
 乗り物酔いが酷いタイプなのだろうか?
 戦場にまで持つのかどうか心配だが、これでも一応実力者なのだろう……きっと。
 
 更に目線を下に降ろせば、水色の長髪美人なお兄さんと目が合い、上品な微笑みを返された。
 モヒカンのお兄さんとは違い、こちらは視線が交わる度に笑みを向けられるのだが、睨まれるのとはまた別の意味で、何やら亜希はプレッシャーを感じていた。
 自分でも何故かわからないのだが――鳥肌が立つのだ。
 つまりは、本能が危険を訴えているのである。
 もしかすると今までの経験上、表向きは良い人ぶっていて、実は腹黒策士タイプなのだろうか?
 まだほとんど言葉を交わしてもいないのに、安易にレッテル貼りしてはダメだと思いながらも、そう考えずにはいられない、そんなお兄さんだ。

 ――今、目に付いた人物数人を挙げただけでも、この「濃さ」である。
 隊員達の個性の強さは推して知るべしだろう。
 
 そんなことを思っていた時、ああと亜希は心中、声を上げた。
 アークの言いたい所が――何となくわかった気がしたのだ。


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