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  recall 作者:神﨑由宇
第6章
2「光と闇」

 気付けば、狭い部屋の床一面に多数の騎士が腰を下ろしている――と言う、不思議な状態になっていた。
 
 皆が亜希の言葉に聞き入り、合間に現内閣の政権運営への恨み言を並べ、国を憂えている。 
 監禁されている小娘一人を騎士が囲む様は、何とも異様な光景だが、自分の言葉が彼等の心に響いたのは、一重に今この国が置かれている危機的な状況によるものだろう、と亜希は感じていた。
 
 と言うのも、亜希が監禁されている最中に何と、隣国ボルティモアの軍人がオズウェルドの領土であるピーキング諸島に上陸を強行し、更に間をおかずに本土にも乗り込んで来た、と言うのだ。
 国内の保守勢力の目が、此度の情報弾圧に向いている隙に起きた最悪の事態だが、それが皮肉にも亜希を救うこととなった。
 
 城内では官房長官が騎士団の出動を進言したが、首相のイルダーブは軍事アレルギーが強い新聞社等の批判を恐れて、騎士団本体の投入は見送り、海上騎士団傘下の海上警備部隊と陸上騎士団傘下の治安維持部隊の二隊のみをピーキング諸島及び本土の現場に派遣した。

 しかし、武器使用許可が憲法に抵触するために下りず、一方的に攻撃されていると言う。
 その現状に、騎士達は憤懣やる方ない様子であった。
 そんな彼等に対して、現政権の運営を批判し、正論を主張する亜希の言葉は胸に響いたのだ。
 
「しかし、殉職者を出さずに済んでいるのは、宮廷魔導師閣下のお陰だ」 

 不意に騎士の一人が口にした単語に、亜希は敏感に反応した。

「魔術で援護している?――でも、宮廷魔術師団に出動命令は出ていない筈じゃ……」

「独断さ。自分の首をかけて、我々を援護して下さっているんだ。魔術師団は動かせないから、閣下お一人で、な――されど、隊員すべてを護るような大規模な魔術を長時間行使し続ければ、いくら閣下でもお身体が持つまい……」

(ローザ……!) 

 ――術者のイメージに基づいて発動するタイプの精霊魔術は、術者の体力を消耗する。
 かつてアルツァード教会の書庫にて学んだ魔術の知識が、亜希の胸を突いた。
 
 ――この危機的状況において、何故騎士団本体と魔術師団に出動命令を下さないのか?
 ――国民を護ろうともしない政府に、果たして存在価値があると言えるだろうか?
 
(私はこのまま、友人の危機を傍観するしかないの……?)

 亜希が胸の中に広がる熱い思いを持て余していると、突然自身への来客が告げられた。
 
「客とは……誰ですか?」

「ラスター・マッシュモール幹事長です」

「なっ!?」

 告げられた名を聞いて、亜希が思わず声を上げたのと同時に、騎士達のざわめきが周囲に広がった。
 今までずっと表に出て来なかった闇将軍が、自分のような小娘に会ってどうするつもりなのか?
 意図がさっぱり読めないため、何とも不気味だが、今はそれを気にしている場合ではない。
 
「皆さん。早く部屋を出て下さい! 私と親密な関係にあると疑われれば、皆さんにまで累が及びかねない」

「されど、貴方は罪を犯した訳でもないのに……!」

「とにかく、早く!」

 急かすように騎士達に退出を促す。
 それでも何人かは亜希の身を案じて残ろうとしたが、半ば追い出すようにして部屋を出て行かせた。
 
 それから暫しの後――扉のノック音が闇将軍の訪問を告げた。
 衛兵が扉を開く時の音は、さながら地獄の釜が開く音のように亜希の耳には聞こえた。
 
 コツ、コツと律動的な足音と共に、がっしりした体型で長身の男が入って来る。
 新聞等で顔は知っていたが、実際にあってみるとガタイの良さに圧倒された。
 武人上がりで政治家になったタイプなのだろうか。
 
 視線を上に向け、目が合った瞬間――ゾクリとした。
 日焼けした顔の中で、琥珀色の双眸が浮き上がって見える。
 目を縁取る異様に大きな涙袋が目力を強調していた。
 その両眼が、真っ直ぐに亜希を射貫いている。
 獰猛な肉食獣の目だ、と思った。
 
 しばらく睨み合いを続けて――先に口を開いたのはラスターだった。

「ふむ――私の視線を正面から受けて、自分から逸らさなかった女性は君で三人目だな」 

 第一声は、思いの外穏やかな口調だった。
 そのお陰か、亜希は冷静さを保って応じることが出来た。

「それは光栄です。差し支えなければ、他の二人の名をお訊きしても?」

「良いだろう。一人は亡き皇后陛下。もう一人はグローウィル宮廷魔導師閣下だ」

 紡がれた名に、亜希は息を漏らした。
 両者とも天下に名高い絶世の美女である。
 また、智謀にも優れていることで知られていた。
 皇后陛下はその辣腕を振るい、前国王陛下と共に善政を敷いた。
 宮廷魔導師であるローザは、安全保障面での活躍は言うまでもなく、新しい魔術の開発でもその名が知られている。

「お二人の前では、私なんて見劣りしてしまいますね」

 正直に思う所を述べると、「いや」とラスターが呟いた。
 
「確かに君は二人に並ぶほど器量好しではない。だが、その目は同じだ」

「目?」

「ああ。亡き皇后陛下と近いものを感じる」

 そこで一度言葉を切ると、ずいとラスターは詰め寄った。
 
「――保守の一派の旗頭になれる目だ」

「それはどう言う……」

「惚けなくても良い。私があと少し来るのが遅ければ、同情した騎士の内の誰かが君をこっそり逃がしていただろう。ここへ来る道すがら、出逢った騎士は皆、私を恨みがましい目で睨み付けて来おった――『アキ・シジョウ』を解放しろと言わんばかりにな」

 急にラスターの語気が強まった。
 圧迫感が全身を襲う。
 それに怯みそうになる自分を叱咤して、亜希はラスターを見据えた。
 
 ――笑え。笑って見せろ。
 
「はは……貴方は超能力者ですか? 目を見ただけで何故そうだと断言出来るんです? 日頃政争に明け暮れているせいで、少々被害妄想になっているのでは?」 

「ふ、被害妄想と申すか。私はこの手の勘は外れたことがないのだがな。今まで幾度も死線を掻い潜って来た身故に、危険な臭いには敏感だと自負しておる」

 ラスターは愉快そうに笑うと、ギラリと瞳を瞬かせた。
 
「とは言え、絶対外れないとは言い切れないでしょう――それよりも宜しいのですか? お忙しい筈の幹事長がこんな所においでになられて」

「要らぬ心配だ」

 さながら、狸と狐の化かし合いのような会話であった。
 相手に言質を取られないよう言葉を選びながら、互いに相手の考えを探るような台詞を投げかけている。
 
「そうですか――それにしても、わざわざ私の所に足をお運びになられた目的は何なのです?」

「さて、何だろうな」

「いっそ、はっきりとお答えを。情報弾圧に刃向かい、政府の内部情報を暴露し続ける小娘が好い加減目障りになって、『消しに来た』のだ、と」

 お前の肚の内はこうだろう、と直球で指摘すると、ラスターは目の色を変えた。


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