「やあ、アーク。いらっしゃい――おや、お嬢さんは先日の……」
「こんにちは。その節はお世話になりました」
教会を訪ねると、庭にこの前、治療してくれた男がいた。
手には箒を握っている所を見ると、掃除中のようだ。
「お元気そうで何よりです」
そう言って、男は微笑んだ。
聖職者らしい、柔和な笑い方だ。
「それにしても、先日は、アークがたまたま見つけた怪我人を連れて来ただけのものと思っていたのですが……お嬢さんはアークのご友人かな?」
「えっと……」
「何でも良いだろ。俺の保護者気取りか? グランツ」
返答に窮していると、アークが割って入ってくれたので、亜希はほっとした。
彼との関係が何なのか、適切な言葉が思いつかないのだ。
単なる知り合いと言う言葉で片付けるには、仲が良い方だが、友人と言える程の親密さはない。
「いえ。貴方が女性を連れて歩くのは、珍しいので」
「ほっとけ」
それにしても、二人のやり取りを見ている感じでは、随分親しげだ。
くすくす笑っている男――グランツの前で、アークは決まりが悪そうにしている。
「俺のことはどうでも良い――こいつがここの本を見たいって言うから、連れて来たんだ。まだ、この国に来て日が浅いから、一人で行かせるには不安でな」
「――成程。ではせっかくなので、中をご案内しましょう」
「頼む。俺はこの後用事があるから、ちょっくら出掛けて来る。夕方頃には迎えに来るからな――アキ、その状態で一人で帰ろうとか、考えるんじゃねえぞ?」
アークが急に声のトーンを下げて凄んだので、亜希はこくこくと頷いた。
その様子を満足げに眺めると、アークはその場を去って行った。
「――お嬢さん」
「あ、はい。行きましょうか」
声をかけられ、亜希は慌ててグランツの後を追った。
以前にお邪魔した礼拝堂の前を通り抜け、ちょうど隣接する形で建っている建物へと案内された。
見た所、一階建てで大きさは――日本の中流階級の一戸建て、二軒分位だろうか。
中に窓はないものの、天井からぶら下げられた、いくつかの明かりのお陰で、室内は煌々と照らされている。
埃っぽい空気に亜希は一瞬、咳き込みそうになったが、何とか堪えた。
あまり広さはないものの、天井は高く、中には所狭しと本棚が並んでおり、かろうじて人一人が通れそうな通路が間に延びている。 本棚の隙間の所々に、人の姿が見えた。
「さて――この教会の蔵書は、大きく二つに分かれます。右側が魔術関係、左側がその他です。さらに魔術関係の本のうち、半分が白魔術関係になっております。蔵書に偏りがあるのは、教会故致し方ないので、ご容赦を……お探しの情報が見つかれば良いのですが」
続けて、「良ければお手伝いしましょうか」と親切な言葉をかけられたものの、亜希は丁重にグランツの申し出を断った。
まさか、「異世界に帰るための方法が書かれた本を探しています」等とは言えない。
気違いだと思われかねない。
手伝いを頼めるとすれば、唯一、亜希の素性を承知しているアークだけなのだが、生憎彼は今ここにいないので、一人で頑張らざるを得ないだろう。
グランツは少し残念そうな顔をした後、その場を去った。
あの時と同じように、携帯電話や電子辞書等を見せれば、理解してくれるかもしれないが、亜希は何となくそうする気にはなれなかった。
あまり、自分の素性を言いふらさないほうが良いのでは、と直感が訴えているのだ。
――異世界の知識や不思議な道具を知って、亜希を利用しようとする輩が出ないとは限らない。
亜希がこの国に来た経緯について、アークが嘘の設定を一緒に考えてくれたのは、それを心配してのものだろう。
(そう言えば、いつの間にか……アークをすっかり信用しちゃってるなあ、私)
初対面では、その場の成り行きで事情を説明したが、誤解とは言え、いきなり暴行に及んだ相手とこうも打ち解けている自分は、人が良すぎるだろうか。
(でも、悪い人には見えないんだよね)
いわゆる――女の直感と言う奴だ。
まだ二十年しか生きていないが……今までを振り返ると、大抵、腹に一物抱えている人間と言うのは、どこか軽薄な空気を漂わせていた。
そして、わざとらしくおべっかを言ったりする。
しかし――アークには一切、そう言ったものがない。
気取らない話し方は素のものに見えるし、何より――その目が澄んでいた。
(人を見る時は、まずその目を見ろ……って、昔おじいちゃんに言われたっけ)
実際、この教えは正しいと思う。
嘘をつく時、多くの人は目が泳ぐし、後ろめたいことがある人間は、あまり相手の目を見て話そうとしないものだ。
アークはと言えば、道を歩く際は、亜希を半ば護衛している状態であり、周囲に目を配っているため、前述した例はあてはまらないものの、それ以外の時はちゃんと、亜希の目を見て話をする。
(ここまで信じ切ってて、もし裏切られたら……痛いなあ)
亜希は割と楽観的な人間で、性善説派である。
人の本性は良い物だと信じたい。
(ああっと……こんなこと考え込んでたら、時間がどんどんなくなっちゃう。何回もアークに連れて来てもらうのは申し訳ないし、早くここでの調べ物を終えないと)
狭さの割に、蔵書の数はすごいので、すべてを見て回るのは骨が折れそうだ。
亜希は意識して気持ちを切り替えると、手近にある棚から目を通し始めた。
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