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  recall 作者:神﨑由宇
第5章
6「危機と対策」

 *** 

 夕日の眩しさに目を細めつつ、カイは苦笑した。
 ――また少し、長居してしまった。
 日の傾き具合から察するに、懐中時計を見るまでもなく、あの宿を訪ねてから後にするまで半時は既に経っていることがわかる。
 
 現在、カイは帰り道を歩きながら、物思いに耽っていた。
 
(アークが構いたくなるのも、わかるなあ) 

 少々無鉄砲だが、純粋で真っ直ぐ理想に邁進するリベルタのメンバー達の姿勢は、眩しかった。
 彼等に触れる内、志の実現のためにがむしゃらに突き進んでいた頃の自分を思い出した。
 
 経験を重ねると知識は増えるが、その分、失敗を恐れて自由に動けなくなってしまいがちだ。
 カイは表では改革派領主として取り上げられているが、一見突拍子もなく見える行動であっても、その行動を起こすまでには色々な計算を終えており、効果的だと認めた上でのものであることがほとんどだ。
 例を挙げれば、インタビューでの過激な発言がしばしば槍玉に挙がるが、これも自己アピールの一環として、新聞や雑誌を利用しているが故である。 

 自分も随分打算的で、嫌な大人になってしまったものだとカイは自嘲した。
 
(いつの間にか、僕って結構、弱虫になってるんじゃない?)

 ――失敗を恐れる者は、若者とは言えない。
 脳裏に、いつか耳にしたアルツァード教会の神父、グランツの言葉が浮かび上がった。
 
 感情の高ぶりにまかせて、あれだけ熱っぽく人に語りかけたのは久方振りのことだった。
 リベルタの四人の「愚直さ」に感化されたのかもしれない。
 彼等に言葉を紡ぐ中で、領主を志すきっかけとなった「政治における自由」を実現したいと言う、自身の原点を再確認出来た――そんな気がしている。
 
 真に人を動かすのは、策略ではなく真心なのだ。
 思えば、アークの「地方分権運動の凍結」依頼を承諾し、最終的に地方分権推進派と袂を分けたのも、彼の「愚直さ」に打たれたからだ。
 策を弄して動き回ろうとする自分に対して、本音で中央突破を目指すアークの姿が眩しかった。
 
(こんな調子じゃ、アキちゃんに振り向いてもらえないのも無理ない訳だ)

 認めるのは悔しいが、現時点では男としてアークに負けている。
 まだまだ、自分は未熟な人間だ。
 「このまま負けていられない」とカイが意気込んだ直後だった。  

(! 今のは……)

 感じた微かな違和感に五感を研ぎ澄ます。
 嫌な予感がしたが、進む足は止めない。
 しばらく何食わぬ顔で歩き続けたが、この違和感は消えなかった。
  
(こりゃどうも……尾けられてるみたいだねえ)

 人数は――恐らく、一人。
 見当がつけられる辺り、現役を退いて少し経つとは言え、自分の感覚もまだ鈍ってはいないようだ。
 
 リベルタが現政権の人間に警戒されているのは周知の事実だが、ついには宿に出入りする人間まで監視するようになったか、とカイは心中で内閣の連中を毒突いた。

 ――社会主義国家も同然ではないか。
  
 城まで付いてこられて、「今の自分」とブリジアン領主の接点を疑われるような事態になっては不味い。 
 取るべき行動は、一つ。
 
(撒くか)

 そう考えたのと、気配が近付いて来るのは同時だった。

 *** 





 一方。
 その頃、リベルタの四人は再び亜希の部屋で膝詰めになり、今後どうすべきかを話し合っていた。
 
 カイが持って来た情報は数時間後に行われる会見で明らかになるものである。
 それにも関わらず、「少しでも早く」と彼がわざわざ自分達に教えに来た意図はどこにあるのか?
 
「今から俺達が何とかするってのは、どうやったって不可能だ。要請自体は既に出されちまってるんだから、会見の妨害を成功させた所で、規制は既に始まっちまってるし……」

 頭を抱えるエリックの肩に、ルードが手を乗せる。

「この数時間の内に、対策を練ってそれを実行に移し始めろって言うことじゃないか? あの人が言いたいのは」

 スタートダッシュが僅かでも早いに越したことはない、と言うことか。

「……すごい無茶ぶりですね」

「数時間でそこまで出来るって、期待されてるんですよ。僕等は」

 訳知り顔で言うエリオットの言葉が……重い。
 しかし、ショックを受けている時間の猶予はない。

(ええい、とにかく頭を回すんだ! 私っ)

「とりあえず……『青少年健全育成条例』を受けて、その対策として首都で『魔術師カミーユの日記』の小説版を出版する予定を立てていましたが、今回の要請はすべての出版物に及ぶので、これは中止するってことで、異議はないですよね?」

 亜希の言に、周りの三人は首を縦に振る。

 首都で成立した「青少年健全育成条例」は規制対象に小説を含まず、絵が入っているモノのみを規制するものだった。
 しかし、今回の総務省から出される要請は出版物すべてが対象であり、規制は全国で実施される。
 こうなっては、小説版を出すメリットがない。
 
「今後も、規制に刃向かって出版を強行するとなると、エリオットのご家族にはご迷惑をかけることになりますが……」

 マンガ出版における資金的な援助を、エリオットの実家であるクラウザー家から受けている。
 政府側から嫌がらせを受けて、商売の方に影響が出る可能性は大いにあるだろう。
 
 表情を曇らせる亜希に、「お気遣いは無用です」とエリオットは笑った。
 
「と言うより、ここで圧力に屈するなんて選択、父が許してくれませんよ。『お前はそれでも男か!』って張り倒されるのが目に見えてますから」

「ああ……確かにお前の所の親父さん、そんな感じだよな」

「ええ。なので形は変われど、活動は続けて行きましょう」

 そこで、パンとエリオットが手を叩いた。

「さあ、対策を考えますよ!――良い考えは白紙からじゃ生まれて来ません。ならば、まずは向こうがこれから、何を仕掛けてくるかを考えましょう。そうすれば、僕等が取る道も自ずと見えて来る筈です。はい、エリック!」

 突然、びしっとエリオットから指を指され、「え? 俺!?」とエリックが仰け反った。
 
「早く。時間がありません」
  
「わかった! 言うからその指を下ろせって!! えーとだな……要請が出された後も、保守的な言論活動をしている所にはまず、圧力がかかるのは間違いない」

「例えば? 具体例は?」

「急かすなっての! 今考えてるトコだから……あー……銀行、銀行の融資を止めに入るって可能性はどうだ? 新聞社と出版社はその嫌がらせが一番キツいだろう。最近はどこも出版業界は厳しいみてえだしな」

「成程。それは確かに起こり得る危険性がありますね――では、次。アキ」

 今度はこちらに指を向けられた。 
 早く言えと言わんばかりのギラギラした視線は妙に威圧感があり、しどろもどろになりつつも、亜希は口を開いた。
 
「ええっと……他に考えられる攻撃は……えーエリックがさっき言ってたみたいに、陰から手を回すってやり方以外に、表からぶつけて来る方法も考えられるかと思います」

「表とは?」

「ほら、『青少年健全育成条例』の時もあったじゃないですか! 『児童の健やかな成長を支援する会』とか『未成年の売春阻止の会』の意見が、エグザリオンの民の声として議会で紹介されていたでしょう? 民間人の設立した団体を装っていましたが、裏を辿れば左派系の教会関係者と与党議員が出て来ましたよね。あれと同じように、今回も何らかの団体を拵えて、そこを経由させながら、倫理的な面からこちらの非を訴えて来る手段に出る可能性はあるんじゃないかと」

「ああ、向こうがやりそうな手ですね。ならばこちらも対抗して、表現の自由を訴える団体の設立を進めるべきですね――よし、これで一つ策が出ました。では次、ルード」

 指がするりと遠ざかるのを見届けながら、亜希は溜め息をついた。
 ――ようやく一つ。
 あと少しの時間で、どれだけの策を考え出せるのか?
 
(いや、何が何でも考え出さないと!)

 エリオットのやり方はかなり強引だが、無理矢理に喋らせてでも、とにかく各々から少しでも多くの意見を出させて、その中からもっとも有効だと思われるものを採用しようとするのは、この場合妥当だろう。
 口を動かしている内に、頭の中で段々と考えがまとまって来ることもある。
 
(考えろ! とにかく使えるものは何でも使って……!)

 ――使えるもの……?
 頭の中でぶつぶつ呟いている時、ふと思い付いた言葉である人物の顔が浮かんだ。
 
「あっ!」

 その瞬間、無意識の内に亜希は声を上げていた。
 周囲の三人の視線がこちらに集中する。
 
「アキ、どうしました?」

「策……二つ目が浮かんだ、かもしれません」


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