元の世界に戻る方法を調べられないかと思い、アマンダに聞いてみた所、この街に図書館のようなものはないが、以前お世話になった、あの教会の蔵書は相当なもので、一般に公開されているので利用してはどうかとのこと。
その勧めに従い、休みをもらっている日に行くと告げると、アマンダが亜希一人で行くことを不安がった。
「でも、その日は配達の人が来るから、私は宿を離れられないしねえ……そうだ、アークに送ってもらってはどうだい?」
「えっ、良いんですか?」
「あの男は気楽な旅人だから、大丈夫だよ。私から言っておくよ」
結局、アークは快く了承してくれて――現在に至る。
「――すいません。私の我が儘でご迷惑をかけてしまって……」
「気にすんな。送り迎えするだけだし、負担にゃならねえよ――向こうの世界に戻る方法、ぼちぼち探してェんだろ?」
「はい」
頷くと、頭をわしわしと撫でられた。
少し前――日本にいた頃に、誰かにこんなことをされていたら、「髪型が乱れる」と不愉快に思っていただろうが、今は不思議と嫌ではない。
こちらの世界で唯一、自分の素性を知り、気心の知れた相手だからなのか――落ち着くのだ。
「お前、偉いよ。すげえ頑張ってる。泣き叫んで、絶望して部屋に引き込もっててもおかしくない身の上なのに、ここの生活を学んで、前向きに生きて行こうとしてるってだけでも、称賛に値するぜ――俺もまだしばらくはここにいるからな。その間は送り迎えはやってやるよ」
「そんな!……申し訳ないですよ」
「余裕なんてねえ状況なんだから、人の好意は素直に受け取っておけ。それに、アマンダも言ってたが、お前はまだ一人で出かけさせるには、不安で堪らねえんだ」
「……まだ、頼りないですかね?」
「はっきり言えば、ここの子供にも、まだ劣るな――今、アキが一人になりゃ、スリに財布抜かれたり、柄の悪い傭兵の剣に身体をぶつけて、因縁つけられるだろうよ。そのフワフワした歩き方を見た所……お前の国は随分、治安が良かったんじゃねえか?」
「最近は悪化してるって言われてたんですけど……まあ、ここ半世紀以上、戦争とは無縁でしたね」
「そいつは十分平和だよ。まあ、早えトコ、隙のない身のこなしが出来るようにならねェとな」
「……頑張ります」
どうやら、自分はかなり平和ボケしているらしい。
地球でも、しばしば日本人はそう言われていたが、こうやって面と向かって言われると、結構ショックだ。
近年は日本でも猟奇的な殺人事件等が増え、物騒な世の中になったものだと、それなりに身辺には気を付ける生活をあちら側では送っていたつもりであったのだが、こちらの人達に言わせれば手緩いのだろう。
軽くへこんでいると、突然アークが亜希の腕を掴んで、自分の方へと引き寄せた。
「わっ……何なんですか!?」
今の状況が、理解出来ない。
訊ねると、顎でしゃくって「あっちを見ろ」と言われたので、亜希はそちらに視線を移した。
――半歩前に、長剣を提げた男。
鞘の延長線上は、先程亜希の歩いていた場所である。
つまり、アークが咄嗟に引っ張ってくれていなければ、亜希は鞘にぶつかっていたのだ。
よくよく見ると……ぶつかった男の人相も宜しくない。
もし、ぶつかっていれば、アークの予言通り、ガンをつけられていたかもしれない。
「……言ってる傍からこの調子だしな」
「すいません」
「アキには、間合いの感覚がないんだろうな――お前の故郷じゃ、武器を提げて歩いたりしないのか?」
「昔はそうでしたが、今は銃刀法って言うものがあって、私の国では帯剣等は許可されていないんですよね」
「成程……お前の国は、よっぽど平和だったらしいな。じゃあ、まずは俺の剣を見てみろ――長さは、長くも短くもない、一番一般的なモンだ。で、大抵の奴はこうやって提げてる」
「はあ」
見た所、日本で言う所の「落とし差し」と言う奴で、帯――こちらではベルトだが――に対して、垂直に近い形でさす差し方である。
日本では、浪人やヤクザの差し方とも言われていたのだが……ここでそれを口にする必要はないだろう。
こちらの剣は、東洋の刀と西洋の剣をミックスさせたようなものであり、この差し方が普及したのにも、何か理由があるに違いない。
「素手の人間を避ける時と違って、帯剣してる奴とは少なくとも、これ位は距離を取らなきゃなんねえってことだ。しばらくはそれを意識しながら歩くようにしろ。慣れれば、人混みもするする抜けられるようになる」
「はい」
「まあ、後はぼうっとしないってことだな。歩く時は、常に周囲に目を配るようにする。こうやって話している時も、意識は周りに向けるんだ――こいつも、慣れれば無意識に出来るようになる」
「……この辺りでは子供でも、ちゃんとそれが出来てるんですね」
「ある程度はな。小さい時からそれが当たり前になってるんだから、何ら不思議じゃないさ――まあ、アキは違うだろうが」
「早く慣れるよう、頑張ります」
「その意気だ」
アークはくすりと笑うと、ぽん、と亜希の頭に手を乗せた。
(左手……あ、これって……!)
亜希ははっとした。
アークが剣を差しているのは、腰の左側。
抜刀する利き手は右手だろう。
確か先程、彼が腕を掴んだり、頭を撫でた手はどちらも――左手だった。
と言うことは、いつでも不測の事態にすばやく剣が抜けるよう、右手を空けているのではないだろうか。
(さすが武人だなあ。剣の腕じゃ、結構有名って言うのも、あながち嘘じゃないのかも……って、感心してる場合じゃないや。周りに目を配らないと)
「――おい、今また意識がどっかに飛んでなかったか?」
「い、いえいえそんなことは!」
「なら良いが」
にやりと笑って返された――どうやら、嘘だとばれているらしい……鋭い。
良い歳なのに、いつまでも、外出の度に誰かに付き添ってもらっていては格好がつかない。
とりあえず、今から教会に着くまでの間は、アークに注意されないようにしよう、と亜希は意気込んだ。
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