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  recall 作者:神﨑由宇
第4章
閑話「愛しい彼女」

 *** 

 待ち合わせの時間から小半時は過ぎたが、相手は一向に姿を現さない。
 痺れを切らしたアークは、虱潰しに近くの店を一軒一軒当たっていた。
 行き違いになる恐れはないのかと言う心配は無用である。
 待ち合わせ場所を提供してくれた主から、自分の元に情報が届くよう、手配は済ませていた。
 
(ったく、あいつ、厄介事に首突っ込んだりしてんじゃねえだろうな)

 待ち合わせ相手であるカイは、決して時間に無頓着なタイプの人間ではない。
 今までにこう言った例はなかった。
 そうなると、何かあったのではと心配してしまうのも、自然な流れだろう。
 カイはアークの同志であり、友人でもある人物なのだ。
 
 道を歩きながら、ふとアークは思った。
 ポンデグッタ亭も、ここからそう離れていない位置にある。
 
 ――カイを探しがてら、少し、覗いてみようかと思い立った。
 
 マッシュモールを権力の座から引きずり下ろすまで、アキとは会わないと一度は決心したのだが、一度好きだと自覚してしまったら、自分の感情に蓋をするのは酷く困難だった。
 
(様子を窺うだけだ――会いに行く訳じゃない)

 心中、誰かに対してそう言い訳を並べつつ、気が付いたら足は宿へと向いていた。


 


 通い慣れた道を進む。
 ポンデグッタ亭は、アークが旅をする際に定宿としているものの一つであり、馴染み深い。
 昼下がりと言う時間のため、食事客も退けた後なのか、宿周辺は落ち着いて見えた。
 無論、道すがら、アークはカイの捜索と言う当初の目的遂行のため、周囲に対し、充分に目配りしている。
 
 そうして、宿の軒先を潜り抜け、扉を開き、目に飛び込んで来た光景に……アークは一瞬、固まった。
 
 奥の机にいる二人はどちらも間違いなく、知人である。
 視力の良さには、アークはそこそこ自信があった。
 一人はアキであり、もう一人は驚くべきことに――待ち合わせ相手のカイである。
 
 そして、自分の友人はアークの愛しい女性の唇を、今、正に奪わんとしている所であった。
 
 そこまで把握出来た瞬間、アークは一気に頭に血が上った。
 ほとんど怒りの衝動に突き動かされるがまま、一足飛びにカイに駆け寄り、アキから引き剥がして、羽交い締めにする。
 
「てめえ、何こんなトコで油売ってやがる」

 口から出た声は思いの外、ドスが利いていた。
 それに反応してか、アキは閉じていた目蓋を開き、アークを見てぎょっとした表情をしたまま、固まっている。
 何の前触れもなく、いきなり現れたのが、しばらく会えないと聞いていた筈の相手だから、無理もないだろう。
 
(俺だって、本当は顔見せるつもりはなかったが……さっき見たいな場面を見せつけられて、黙って通り過ぎるなんざ、出来るかよ)

 それにしても、自分がアキと会う時には、まるで狙い澄ましたかのように、彼女は危ない目に遭っていることが多い。
 これが天の計らいなら、神は相当陰険だとアークは胸中、愚痴を吐いた。

 その後、不意に「痛い! 痛いってば」と言う声がして、アークは我に返った。
 視線を移すと、カイが自分の腕の中で、青い顔をしている。 

「マジで痛いって!――アーク、本気で締めにかかってないかい!?」

「悪い。馴染み相手だと、つい加減を忘れちまう」

 そう言って、アークは意地悪い顔で笑った。
 よく知っている相手だからこそ、容赦なく締め付けているのだ。

「君が力加減忘れたら、洒落になんないって!」

 カイの声には必死さが滲み出ている。
 顔色がどんどん悪くなっているのを見て取り、流石にやり過ぎたかと少し腕の力を緩めると、カイは「死ぬかと思った」と大袈裟な程に溜め息をついて見せた。 

 その様子を見て、少し溜飲が下がったアークはアキに目を移した。
 先程のあれは合意の上でのことだったのか、彼女の仕草から、その辺りを探れないかと考えたためだった。
 自分が知らない所で、二人は実は親しい間柄であった可能性も否定出来ない。
 
 アキは未だ、呆気に取られた表情をしている。 
 何かしら、読み取れるものはないかと観察していて――アークは眉間に皺を寄せた。
 
(指先が……震えてる)

 ぱっと見では気付かないような、本当に微かなものだったが、確かに彼女の手は震えていた。
 ――アキは、怯えているのではないか?
 
 普段の彼女は、気の強さが際立って見えるが、男性から迫られることには、あまり慣れていないのかもしれない。
 振り返ると、抱き上げた時の彼女はいつも恥ずかしそうにしていたし、額に口付けた時は真っ赤になっていた。
 
(こいつは明らかに、カイが強引に迫ったな)

 ならば、まだ放すわけにはいかないなと、アークは回した腕をそのままにした。
 今解放して、万が一、アキが再び襲われるのを間近で見ることになれば、自分の理性はその瞬間、吹き飛んでしまうだろう。
 そうなれば、例え友人である相手とは言え、腰に提げた剣を抜いてしまいかねない。 
 
「しかし、君がここまで激昂するなんて珍しいねえ。僕としては、彼女とどう言う関係なのか、気になる所だけど……」

 思考の海に沈んでいたアークに、カイそう呟いた。
 ついさっき、痛い目に遭ったばかりにも関わらず、野次馬根性を出してくる辺り、全然懲りていないらしい。

「先に質問をしたのは俺だ。その答えをまだ聞いてない――待ち合わせ場所に行かずに、何でお前がここにいたかをな」

 そう、きっぱりと話を遮ると、「上手いこと逃げられた」とカイは笑った。
 
「わかった。経緯を話すよ――待ち合わせ場所に向かう道の途中に、話題の本の作者が働いてる宿があるって知って、つい寄り道したくなってね。君との約束に遅れないよう、適当な所で彼女との話を切り上げるつもりでいたんだけど、あんまり話すのが楽しくて、ついオーバーしちゃったんだ。ちょうど今出ようとしてたんだけど……」

「俺には、お前が強引に唇を奪おうとしていたように見えたが?」
 
 その話から何故、口付ける所まで行ったのだろうか?
 アークが聞きたいのは、そこだ。 

「別れ際に思わず口付けたくなる位、彼女に興味を持っちゃったんだよ。一目惚れって奴かな」

(こいつ……!)

 臆面もなくそう述べたカイに、アークは苛立った。
 ――カイは口を閉じる一瞬、確かにアークを一瞥し、にやりと口の端を吊り上げた。
 あれは、明らかに面白がっている表情だ。 
 自分の言葉に対して、アークがどんな反応を返すのか見ているのだろう。
 
 何せ、アークはつい最近まで女嫌いを揶揄されていた程である。
 先の行動が興味深く感じられたのも、無理はない。
 
 しかし、アークとアキの関係を気にしている癖に、「一目惚れ」発言をぶちかます辺り、喧嘩を売っているとしか思えなかった。
 
 一方で、アキは唖然とした表情で、突然、告白に等しい発言をした男を見ている。
 その手が未だ震えているのを見て、アークは少し頭が冷えた。
 
 仮にも、好きだと告げた相手が怯えているのにも気付かない男に対して、何をそんなにムキになっているのか、と。
 何より、彼女を早く安心させるべきではないか、と自分に言い聞かせて、カイに顔を向けた。


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