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  recall 作者:神﨑由宇
序章
4「新生活」
 宿屋ポンデグッタ亭への帰り道。
 女主人――名前はアマンダと言うらしい――に、どう経緯を説明して、住み込みで働かせてもらうのか、アークと話し合った。
 異世界から来たなんて言ったら、まず変人だとしか思われないので、今に至った不自然じゃない理由を考えなければならないのだ。
 その結果、亜希は極東にある小国の出身であり、西方の国に憧れてオズウェルドまでやって来たものの、運悪くスリに遭って一文なしになり、行き倒れていた所をアークに拾われた……と言う設定になった。
 「極東にある小国の出身」のくだりは、日本から連想したものであり、この設定には一部真実も含まれているので、違和感なく話しやすい。 





 そうして、到着後すぐ、アークに女主人のアマンダに話を通してもらい、彼女の部屋で事情説明を始めたのだが――
 
「極東の国から出て来たんですけど、運悪くスリに遭って、一文なしで行き倒れてた所をアークに拾ってもらいまして……ひゃっ!」
 
 最後まで話し終える前に、いきなりアマンダは亜希を抱き締めた。
 自分よりは背が低いとは言え、恰幅の良い身体に押さえ込まれて――少し苦しい。

「今まで大変だったねえ。苦労したからこんなに細いんだろう、坊や」

 今、何と言った?
 「坊や」と聞こえたような……男だと思われたのだろうか。

「あの……」

 亜希が誤解を解こうと口火を切る前に、アマンダが口を開いた。

「そう言う事情なら、ウチで面倒を見るよ。良く食べて、精をつけるんだよ」

「あ、ありがとうございます……あの、一つお話ししておきたいんですが」

「何だい? 何でも言ってみな」

「先程、坊やとおっしゃいましたが、私は女なのですが……それでも住み込みで雇って下さるので……」

「ええ!?」

「……マジかよ」

 女だと切り出したら、アマンダのみならず、アークまでもが瞠目した。
 その事実に、亜希は少しばかりショックを受けたが、一方では、彼は男だと思っていたから、初対面では手加減なしに暴行に及んだのか、と納得もしていた。

「……ああ、悪かったね。髪が短かったからてっきり……アキの故郷では、女性でも短い髪型だったり、ズボンを履くのが普通なのかい?」

「ええ。特に珍しくはないですね。もちろん、長い髪やスカートの人もいますよ――まあ、私は女性にしては背が高めで、中性的な顔立ちだし、胸は小さめで、それに文化的なギャップが合わされば、誤解されるのも仕方ないでしょう」

「本当にごめんなさいね」

「……気付かなくて、悪かった」

 アークとアマンダに揃って頭を下げられたので、亜希は困惑した。 

「えっと……頭を上げてもらえませんか。 単なる誤解じゃないですか」

「そうかい? さっぱりしていて良い子だねえ――しかし、女の子なら、こちらでそのままの格好じゃあ、妙だから、私が昔着ていた服を、何着か貸してあげるよ」

「ありがとうございます」





 異世界に飛ばされて、一週間。
 亜希は面倒見の良い住民達のお陰で、何とか生活出来ている。
 
 午前中は、住まわせてもらっているポンデグッタ亭で、食事の注文を取ったり、皿洗いや部屋の掃除をする。 
 亜希は「ポンデグッタ亭の短髪娘」として、巷では少々話題になっているらしい。
 ベリーショートの髪が、この辺りでは余程、珍しかったようだ。
 
 午後からはアマンダと共に、食材の買い付けに商店街へ行く。
 亜希にとっては仕事でありながら、買い物をしつつ、この世界のお金に関する知識と、商品の相場、文字を学ぶ時間になっている。
 何故なのかはわからないが、こちらに来た当初から人々の声は日本語に聞こえ、文字は英語の筆記体に似て非なるものなのだが、これも見た瞬間、意味が頭に浮かぶため、亜希はあまり不便はしていない。
 ――とは言え、文字は読めても書けないので、買い物がてら、アマンダから看板を題材にして、文字を習っているのだ。
 自分でも意味はわかるので、一人でも学習は進むものの、やはりきちっとした文法は、現地人から学ぶのが確実であろう――と言うのが、亜希の考えである。





「アマンダさん。日増しに物価が全体的に下がってませんか?」

「確かにそうだね――ここいらも、店の数がこの一月でちょっと減ったし」

「……値下げ競争で潰れたんですね」 

 毎日見ていれば、市場の空気の変化にも、敏感になる。
 バブル崩壊後の日本と同様、このオズウェルドもデフレスパイラルに陥っていた。

 需要よりも供給が多いため、人々の購買欲を刺激するために、お店は値下げをする。
 当然、儲けは少なくなる。
 この供給過多が、一部の商品に限らず、広い市場で発生しており、人々の所得は全体的に減っている。
 そのため、さらに値下げが続き、その輪から抜け出せない状態――いわゆる、デフレスパイラルになっている。
 
「――いつから、物価が下がり始めたんですか?」

「王様が代替わりしてからだね。前の王様は戦好きで物騒な人だったけど、今の王様は表に全然顔を出さないから、やる気がなさそうで……まったく、この国はどうなっちまうんだろうねえ」

 アマンダは嘆息を漏らし、表情を曇らせた。
 ――閉塞感。
 ――政府に対する、やり場のない思い。
 
(……やっぱり、日本に似てるなあ……)

 彼女の抱えている思いとそっくり同じものを、日本にいた頃の亜希も持っていた。
 口先では「国民生活を大切に」等と言いながら、選挙に勝つことしか頭にない政治家の多いこと。
 そんな調子なので、実行する政策にも効果は期待出来ず、未来に希望が持てない毎日。

 まだ、こちらに来て一週間だが、亜希はこの国に愛着を持ち始めていた。
 苦しい経済状況の中でも、逞しく生きているアマンダやアーク等馴染みの宿の客、商店街の人々。
 彼等の姿がそのまま、亜希の家族や友人、バイト先の同僚の姿に重なるのだ。 

(――そう言えば、みんなどうしてるかな)

 ふと、そう思った。
 今の今まで、とにかく毎日生きるのに一生懸命だったため、すっかり忘れていたが、少し余裕が出てきたので、思い出したのかもしれない。
 手元に大切に保管している携帯電話は、当たり前だが、地球の電波はキャッチ出来ていない。 
 センターに、メールや着信履歴が溜まっているに違いない。
 もしかすると、行方不明者として捜索願が出ている可能性もある。
 大学は……もう少しで冬休みなので、まだ単位は大丈夫だ。 

 思い出しても、望郷の念に駆られて悲しくなったりせず、前向きな自分に、亜希は内心、驚いていた。
 意外と、不測の事態に強いタイプの人間なのかもしれない。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、アマンダが亜希の額を小突いて来た。
 
「こら。道歩くときはしっかり気を持っとくんだって言ったろう。アキは何かぼうっとしてるトコがあるから、まだまだ心配だねえ」

「ああ……すいません。ちょっと考え事を――そう言えば、アマンダさん。この辺りに、調べ物が出来る所ってありませんか?」 


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