ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  recall 作者:神﨑由宇
序章
2「最悪の出逢い」
 扉から顔を覗かせた人物は、ガタイが良い男だった。
 亜希は日本女性ではかなり長身な方で、一七二センチあるが、その彼女が見上げる程に、男は背が高い。
 少なくとも、一八五センチはありそうだ。
 彫りの深い顔は完全に外人のそれで、赤銅色の髪と青い瞳が何とも派手だが、造作は整っている。
 
 亜希の地元には工業団地があり、南米から来た出稼ぎ労働者が周辺に数多く住んでいるので、外人に対する物珍しさはなかったが、体格差から来るものだろうか――圧倒されていた。
 ぽかんとしていた亜希であったが、しばらくして、自分が扉の正面で男の通行を阻んでいることに気が付き、慌てて横に移動すると、突然、男は亜希の腕を捻り上げた。

(!?)

 いきなり何なのだろうか。
 初対面で、突然喧嘩を売られてしまった。
 ぼんやりしている間にも、男の握力がどんどん強まってゆく。
 
「つっ……!」

「――――お前、何処から入って来た?」

 耳元で囁かれた。
 どうやら、男は日本語が話せるらしい。
 訛りもなく、堪能のようだ。 
 バリトンの美声だったが、甘さなんて欠片もなく、敵意がひしひしと感じられる。 
 気が付くと、亜希は両手首を一つにして捻り上げられ、そのまま壁へと押し付けられていた。
 
「……った!」

 あまりの痛みに、苦悶の声が無意識に口から漏れた。

「何者だ。俺の首でも取りに来たか?」

「……?」

 この男は何を言っているのだろうか。
 質問の意図がわからずに黙っていると、締め付ける力がますます強まった。

「……うう……」

「答えろ」

「……私は……しがない大学生です。入って来たのは、図書館の入り口から……」

「はあ? ここは宿屋だぜ。訳がわかんねえな」

「わかんないのは私の方ですよ!」

 ――もう、堪えられない。
 
 強まる一方の握力に我慢出来なくなり、亜希は膝で男の鳩尾を、ありったけの力を込めて蹴った。
 
「ぐっ……!」

 不意打ちが上手く行ったのか、一瞬力が緩んだので、その隙に亜希は男から距離を取った。

「とにかく、私は貴方みたいな人は知りません! 刺客か何かと錯覚してるみたいですけど、よく見て下さい。こんな華奢な身体つきの人間なんて、どう見たって一般人でしょう?」

「魔術師でないとは言えない」

 今、この男は魔術と言ったか。
 頭がおかしいのではないか。

「そんなけったいなもの、使える訳がないでしょう。一体、何なんですか! ただ、本を借りに来ただけなのに、初対面のいかつい男に暴行されて……毎日真面目に生きてるのに、何でこんな理不尽な目に……!」

 話している内に、知らず知らず、涙で視界が揺らぎ始めた。
 昔から感情が爆発すると、すぐに涙ぐんでしまう。

「おい……!」

「……人の泣き顔、ジロジロ見ないで下さい」

「す、すまん」

 男の声が揺れていた。
 何やら、狼狽している。
 女の涙が武器と言うのは、本当のようだ。
 
 取り乱している男を余所に、亜希は部屋を出た。
 今が逃げ出すチャンスだろう。
 
 しかし、一歩踏み出し、扉の向こう側を覗いて、亜希は愕然とした。
 人二人が通るのがやっとの、狭い板張りの廊下が真っ直ぐ伸び、突き当たりに下へと続く階段があった。
 その片側に四つ、この部屋にあるものと同じ形をした扉が並んでいる。
 先程男が、ここは宿屋だと言っていたが、確かにそんな雰囲気だった。

「何これ……どう言うこと!?」

 目の前の風景が、信じられない。
 ここは一体、何処なのか。
 自分は頭がおかしくなったのか、さもなければ夢を見ているのかもしれない。
 そう言い聞かせないと、気が狂ってしまいそうだった。
 もう一つ、扉を潜った瞬間に違う場所にワープしてしまったと言うケースが考えられたが、その仮説はとてもすぐには、亜希には受け入れられそうになかった。
 唯物論者ではないので、亜希は超常現象の類もいくつかは信じていたが、自分が体験するとなると話は別である。

 不意に、亜希の身体が傾いた。
 
「あ……」

 糸が切れた人形のように、崩れ落ちていく。
 ああ、ぶつかるなと、まるで他人事のように思っていると、床に上半身が当たる直前に、ぐんっと逆向きに力がかかった。
 
「おい!……くそ、何で部屋に不法侵入した奴に、手ェ差し伸ばしてんだか……」

 見ると、先程襲われた男に、支えられていた。
 
「まだ、話は終わってねえぞ。勝手に俺の泊まってる部屋で倒れられちゃ、困るんだよ」

「あの……」

「何だ」

「ここは、何処なんですか?」

「だから、宿屋だって言ってんだろうが」

「……そうじゃなくて、何て言う国の、何処の地域かを聞きたいんですが……」

「はあ? お前、頭大丈夫か?――ここは、オズウェルドって国の首都、エグザリオンの城下街にある、ポンデグッタ亭って宿だ」

「えっと……それじゃあ、オズウェルドは知名度の高い国ですか?」

「おま……知らねえのかよ。経済力では世界で二番目の大国だぞ」

 オズウェルドなんて名前は聞いたことがなかった。
 そもそも、経済大国で二位なら、日本ではないのか。
 今にも中国に抜かされそう、いや、もう抜かされているのか……まあ、それはどうでも良い。
 
 しかし、この様子では、もう、現実を受け入れざるを得ない。
 ここはどうやら――――異世界、らしい。
 亜希は思わず、頭を抱えた。
 神の悪戯と言う言葉があるが、こんなに酷い悪戯はないだろうと思いながら……


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。