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  recall 作者:神﨑由宇
第2章
6「始動」
 
「――そちらにいらっしゃるのは、どなたですか?」

『ゼノ・メルキスだ――訊かずとも、わかってる癖に――この時間に来るって、事前に言ってた筈だよな? 気配に気付いておきながら、無視してた理由はなんなんだ?』

(あ、あの人だったんだ……)

 教会まで、亜希を見るためだけに、わざわざ訪ねて来た人で、アーク曰く、彼とグランツの仲間――ゼノ。

 刺々しい返事が、外から返って来た。
 これは相当、苛ついている。 

「ふふ……急遽、別のお客様がお見えになったものですから。念のために、呪文をお願いします」

『パイアス・エモリア・レバーンズ・ペイトリット』

「結構です。どうぞ」

 グランツの許可と共に、扉が押し開けられた。
 名乗った通りの人物――ゼノが、するりと部屋に入る。
 黒い外套を纏った姿は、前回出会った時よりも地味だった。
 
「えっと……あん時のお嬢さん?」

「……どうも」

 一応、挨拶の言葉をかけると、慌てたように会釈を返された。
 第一印象は最悪だったが、根は悪くなさそうな人だ。
 ――出会ってすぐの頃のアークと、どこか印象が被る。

「これは俺の勝手な推測だが――見た所、結局、お嬢さんを仲間に引き入れることにしたのか?」

「違う――アキ自身が志願して、だ」
 
 そう答えたアークに、ゼノは「へえ」と呟いて、にやりと笑った。
 何処となく、含みのある笑みだ。
 
 彼等の会話を聞きながら、ふと周囲に目を遣って、他に空いている椅子がないことに気が付いた。
 自分が長々と話している間、ずっと外で待っていたゼノに対して、知らなかったとは言え、少々申し訳なく感じた亜希は、気が付けば無意識に立ち上がっていた。
 それに、男三人が訝しげな目を向ける。
 
「あの……ちょうど、私は話が終わった所なので、どうぞ」

 空いた椅子を手で指し示しながら、そう告げると、こちらの意図を理解したのか、ゼノの表情が和らいだ。 
 
「気ィ使ってくれなくて良いのに! 良い子だな、お嬢さ……」

「アキさん。貴方とはまだ話したいことがありますから、どうぞ座っていて下さい。彼は床で充分です」

 グランツが、ゼノの言葉を遮るように、容喙した。
 「床で充分」とは、ちょっと可哀想だ。

「グランツ、あんたなあ……」

「では、女性を立たせたままにしておくおつもりですか?」

「……何か、俺の扱い酷くないか……?」

「女性を優先するのは当然でしょう?」

 にこり、と笑顔でそう口にしたグランツに、ゼノはげんなりした顔をした。
 しかし、彼等の間に険悪な雰囲気はない。
 今のは、友人同士のじゃれ合い……みたいなものなのだろうか。
 グランツは、ゼノを弄るのを楽しんでいるような節があり、ゼノも本気で怒っている様子は見えない。
 
 困惑して成り行きを見守っていると、不意にふわっと身体が――浮いた。
 自分の腰と足を抱えているのは、見慣れた逞しい腕。
 頬にさらりとかかるのは、赤銅色の髪。
 
「これで問題解決だろ――アキが嫌じゃなければ、だが」

 気が付けば、亜希はアークの膝の上に、横向きに座らされていた。
 それに気が付いた途端、頬がかっと熱を持ち始める。
 
「あ、アーク……?」

 こちらが驚いているのを余所に、アークは「それがどうした?」とでも言うような、涼しい顔だ。
 当たり前のように、片腕で亜希の腰を支え、自分の身体を背もたれ代わりにしてくれている。 

「……嫌か?」

 真顔でそう訊ねる彼に、この姿を友人二人に晒す恥ずかしさは……見えない。

「いえ、その、そう言う訳ではないんですけど……」

「お前が嫌なら、ゼノが床に座ることになるだけだがな」 

(……今まで散々、自分のせいで待たせた挙げ句、彼を床に座らせる……)

 亜希は、自分の恥ずかしい姿を晒し続けることと、ゼノが椅子に座ることを天秤にかけて――――悩み抜いた結果、ゼノのために羞恥心に耐えることを決めた。
 それを口にした時のゼノの驚いたような表情と、グランツの嫌に綺麗な笑顔が印象に残った。

 
 

  
 その後、ゼノがこの二人の仲間であることは、先刻承知の上なので、ついでにと彼にも身の上話をすることになった。
 今後、彼等との活動を円滑に進めるためにも、ゼノと信頼関係を築いておく必要はあるだろう。
 アークが以前、グランツの名前を話に出す際、一緒に彼の名前も取り上げていた所を見ると、彼等三人の結びつきは深そうに思えた。
 
 初対面の印象が悪い相手ではあったが、アークへの信頼感が「彼の仲間だから大丈夫」だと、グランツに打ち明けた時と同様に、亜希を後押しした。 
 「長く話した後で疲れているだろう」と、グランツとアークが時折、説明に加わってくれたため、思いの外、話は短時間で終わった。





「……信じられねえ話だが、証拠もあるし、信じざるを得ないんだよな……」

 亜希が一通り話し終えた後、ゼノはそう、ぼそりと呟いた。
 呆然とした表情だが、無理もない。
 自分が彼の立場なら、すぐには受け入れられないと思う。

「ああ、でもそうすると、色々納得出来るのは確かだ。お嬢さんが経済に明るいこともそうだし……」

 そこで言葉を切ると、ゼノはちらりと視線を亜希の上方へと動かした。
 その先は――アーク。
 
「……お前が構いたがる理由もな。まあ、それだけじゃないだろうが」

「何が言いたい?」

 アークの眉間に皺が寄る。
 
「『コレ』で、自覚がないんだぜ? 始末に負えねえよ、グランツ」

「そうですね」

「……?」

 はあと大袈裟に溜め息をついて見せるゼノに、グランツはくすくす笑っている。
 
(何がおかしいんだろう?)
 
 台詞の重要な部分をあえてボカして、ゼノは話しているように感じるのだが、グランツには伝わっているようだ。
 アークはと言うと、先程から難しい表情のままでいる所を見ると、亜希同様、言葉の真意がわからないらしい。
 
「ええっと……話の流れを切って悪いんですが、ゼノさんのお話は良いんですか? そもそも、グランツさんに何かお話があって、ここに来たんですよね?」

 黙っているのも、気まずかったので、別の話題を取り上げてみた。

「ああ。緊急性の問われるモンじゃなかったからな」

 そう言った後、ゼノはふっと目を細めた。

「さて、今から突っ込んだ話をするが、お嬢さん、覚悟は良いか? こっから先は聞いたが最後……後には引けない」 

「思い切って、身の上明かしたのに、今更ここで逃げたりなんてしませんよ」

 散々悩んでから決めたので、腹は据わっている。

「まあ、そりゃそうだわな――じゃあみんな、これを見てくれ」

 くすりと笑った後、ゼノは懐から数枚の紙を取り出した。


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