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  recall 作者:神﨑由宇
序章
1「夢か現か」
 大学二年、四条亜希は最近、妙な夢を見るのが悩みである。
 
 そこは、西洋の中世のようだが、東洋や中東的な色彩もある不思議な世界で、今までドキュメンタリー番組で見たどの国とも、似て非なるものであった。
 亜希はファンタジー小説を好んで読む人間なので、自分の妄想が夢になったのかと考えたが、それにしてはロマンの欠片もなく、見ていてあまり気分の良いものではない。
 妄想なら、美形の王子様と知り合いになったり、ドラゴンの背に乗ったり等出来ても良さそうなものなのだが、決まって見るのは同じ国で、城下街の人々が今の政府に対する不平不満を述べている場面や、城勤めの役人のやりとりばかりなのだ。
 どちらかと言うと、妄想ではなく、実際に宇宙のどこかに存在している異世界を、神の視点から眺めているような、そんな感じなのである。
 今もちょうど、その夢の真っ只中に彼女はいた。
 
「ねえ、聞いた? オベール川の治水工事、中止が決まったのよ」

「五年も前から決まってたのにねえ。周辺住民でわざわざ引っ越しした人もいるらしいわよ」

「引っ越し損じゃない。お気の毒にねえ……」

「地元住民が集団で嘆願書を出したんだけど、お役人様は聞き入れなかったんだってさ」 

「何か街道の整備事業も中止になったらしいわよ」

「不景気で、国が赤字だから仕方がないんだろうけど、その地域の人は納得しにくいでしょうね」

 井戸端のおばちゃん達の会話である。
 公共事業削減が流行っており、不景気で国が赤字だなんて、二十一世紀初頭の日本そのものだ。 
 彼女達の手には、幕末の瓦版のようなものが握られていた。
 活版印刷技術に近いものは、普及しており、マスコミも存在しているらしい。
 その、瓦版らしきものの文字を読もうとした所で、視界が真っ暗になった。
 




(ん? 何か、頭がちょっと痛いような……)

 気が付くと、亜希は壁にもたれかかった状態であった。
 ベリーショートの毛先が、扉に押しつけられていたせいか、ぺちゃんこになっていた。 
 正面には横に長い、大きな窓。
 天井からは吊革がぶら下げられていて――
 
(そうだ。私、電車に乗ってたんだっけ)

 そこまで思い出した直後、あっ、と亜希は思わず声を上げた。
 
(今、何処!? やばい、乗り過ごしてないかな……?)

 慌てて窓の向こう側に流れる景色に目を向けると、ちょうど地元の中学が見えて、亜希は胸を撫で下ろした。
 いつも降りるのは、次の駅。
 あと少し、起きるのが遅ければ、乗り過ごしていたに違いない。
 ふう、と息を吐き出すと、亜希はカバンから定期券を取り出した。
 
 
 
 
 
 駅のホームから、向かう先は自宅からは逆方向の、南東に伸びる道路。
 古き良き時代の香りを残す、閑静な住宅街を通り抜け、なだらかな坂を登り、歩き続けること十分。
 山の麓、林に隠れるように立っている、古い洋館が姿を現した。
 地元の子供達が肝試しとして、しばしば使っているこの建物は、実は地域の図書館である。
 もともと、明治時代にさる華族が、自らの蔵書を屋敷ごと、村に寄贈したものであり、現在は文化財に登録されている。
 
 亜希がやって来たのは、大学のレポートを書くためである。
 大学の図書館でやっても良いのだが、亜希はこの洋館の雰囲気が気に入っており、こちらの方が集中出来るのだ。   
 
 教授が出したレポートのテーマは、「江戸時代と現代の比較」。
 何を取り上げるかは生徒の自由だったので、亜希は今の政府と幕府を比べることにした。
 享保の改革の頃と幕末の、どちらを現代と比較するか考えている最中である。
 
 亜希は政治に少なからず、関心があった。
 少し前に、米国の名門投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻し、これが世界的な金融危機の引き金となり、経済が悪化した、いわゆる「リーマン・ショック」が発生した。
 亜希の就職活動が始まるのは来年だが、十二月現在、四年生は例年なら、とっくに内定をもらっている時期だが、そうではない学生がかなりの数、存在している。 
 三年生の状況もかなり厳しく、今年から氷河期に突入かとの声もあり、政治に注目せざるを得ないのだ。
 誰しも、自分の将来は気になるものだろう。
 今の政権は財政再建、要は無駄のカットに躍起になっているが、実は享保の改革の頃、同じことをやって失敗していることを、史学科在籍中の亜希は学んでいた。
 近年では橋本政権もこの轍を踏んでいる――はっきり言って、不安で堪らない。
 そう言えば、夢の中の世界でも、公共投資等、無駄削減が行われていた――普段見聞きしたことが、夢に現れているのかもしれない。

 何か良い参考になる本はないかと、亜希は辺りを見て回った。
 
(ここは、概説の類ばっかりだな……向こうの部屋を見てみよう)

 この図書館は、結構広い。 
 屋敷を転用しているため、大きさがまちまちな部屋に、分野別に本が置かれている。
 歴史のコーナーだけでも、蔵書が複数の部屋に分けて保管されている。
 パソコンで検索出来れば早いのだが、この田舎の図書館に、そんなシステムを導入する余裕はない。
 この前に、家のポストに入っていた市政だよりに、「我が市も財政ピンチ」との見出しがあった位である。
 まあ、目的の本を探す途中、無関係の本に目が行き、運良く良書に巡り会ったことも少なくないのだが。
 
 隣の部屋に続く扉を開けて、中に入り――亜希は固まった。
 
 視線の先には何故か――ベッドがあった。
 本棚等どこにも見当たらない、いかにも寝室と言う感じのインテリアである。
  
(ええっと……ここって書庫の一つだったよね?)

 亜希が今日初めてここに来たのなら、今の状態は「部屋を間違っただけ」だと考えるが、よく利用している身なので、勘違いはあり得ない。
 そもそも、本を少しでもたくさん置けるように、家具の大半は売り払ってしまい、寝室自体存在しない筈なのだが……
 気味が悪くなり、亜希は踵を返したが、その直後、顔を引き攣らせた。
 
(扉の形が、さっき見たのと……違う)

 この図書館の扉はすべて、同じデザインである。
 木製で、金色の取っ手がついており、美しい紋様が彫られた重厚なもの。
 しかし、目の前の扉は木製という所は同じにしても、取っ手は銀色で装飾等は一切なく、薄っぺらい――実にちゃっちい造りであった。
 呆然としていると、がちゃりと鍵穴が動いた。
 誰か来たらしい。
 ぶつからないように慌てて一歩下がると、間もなく、扉が開かれた。


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