一人の騎士に肩を貸して歩きながら、亜希はこれまでの体験を振り返っていた。
こちらに到着する前までは、「ローザは、ゼノに任せておけば大丈夫」と言うことで、亜希を含むアークの小隊は作戦を実行に移すため、海へ向かう予定だった。
しかし、実際にはその方針を変え、先に隊員達だけを海辺に行かせて、亜希とアークの二人がこちらに立ち寄ることになった。
――ローザと「接触」したからである。
「ラズ。この辺で良い」
森を挟んで少し先に、戦場となっている海岸が見えた時、徐にアークは切り出した。
いよいよ、着陸するのだろう。
少し距離を置くのは、龍達の身体が大きく目立つためである。
「あ、ちょっと待って下さい」
ふと、亜希は一計を案じたので、申し出てみることにした。
「どうした?」
「距離があると言っても、このまま雲のある層を抜けて下りれば、目につく危険が大きいです。魔術で目隠しをしてみてはどうでしょう」
『うむ。我もそうすべきだと思っていた所だ――ん?』
ラズが不意に言葉を切り、その大きな目をぐるりと回した。
視線の先は自身の鼻先で、そこにはちょこんと半透明の小さな龍が座っている。
少し前まで、亜希の手の上にいたちび龍の精霊だ。
キュー、キューと鳴き声を上げるのを、ふんふんとラズが頷いている。
何やら二人で会話をしているようだ。
同じ龍同士なら、テレパシー会話も出来るのではないかと思ったが、声を出したい気分の時もあるのかもしれない。
「ラズ?」
アークが訝しげに名を呼んだ。
そう言えば、彼には精霊が見えず、その声も聞こえないので、突然ラズが黙ったのを不思議に思ったのだろう。
「ラズは精霊とお話してるんですよ。鼻の上に座ってます」
「……そうか」
アークは曖昧に頷いた。
気配に敏感な彼が、すぐ近くにいるものを感じ取れないのは、変な感覚なのかもしれない。
鼻の上、と言う微妙な位置に対する良い返答が浮かばなかったと言う、可能性も考えられるが。
しばらくして、『アーク、アキ』とラズが声を上げた。
『この子龍は、ここで魔術を使って余計な体力を使うのはもったいないから、自分に任せろと言っておる。この地方管轄の龍と顔馴染みらしいから、天候を変えるように頼んでみても良いそうだ』
「時間はどれ位かかる?」
『ほんの一時だ。霊にとって、物理的な距離の長短はさほど問題にならぬ。相手の居所を明確に思い描くことさえ出来れば、な』
「あの、管轄とは?」
思い付いた疑問を、問うてみた。
今まで、教会の書物で学んだ知識に誤りがなければ、世界に数多いる精霊達は地・水・火・風、それぞれの要素を司る存在であり、天候も神の命を受けた精霊――龍神が動かしていると言う。
自分達の身勝手で、彼等を命に背かせることにはならないのだろうか?
その点を訊ねると、『問題ない』とのことだった。
基本的に神は、天候をそれぞれの地域の龍達による「自治」に任せているらしい。
いついつにどうこうしろと言う命令が下るのは、珍しいことのようだ。
ただ、あまりにも身勝手に天候を乱し、災いをもたらしている龍には「天罰」が下るそうである。
「――では、頼む」
アークが逡巡したのは一瞬のことで、すぐにちび龍の申し出を快諾した。
駄目で元々、と思ったのかもしれない。
彼の声に「キュピ!」とちび龍は嬉しそうに甲高い声を上げた後――突如、姿を消した。
霊と言うのは、本来瞬間移動が可能な存在なのかもしれない。
自分も幽体離脱時にそうやって移動出来ていればと思ったが……まあ、過ぎたことである。
さて、どれ位待てば戻って来るだろうと思っていると、「しょーうぐーん」と間延びした声が後方から聞こえて来た。
振り返ると、自分の口に手を添えている水色長髪美人なお兄さんが青い龍の上に跨りながら、こちらを向いている。
こちらと少し距離があるため、声を張り上げた結果、間延びしたような感じになってしまったのかもしれない。
アークの部隊の一員で、魔術戦闘要員の――名は確か、イルナードと言っていた。
「戦場を前にして、何故下りようとされないんですかぁー?」
今まで部隊の先頭に出て、結構な速度で飛行し続けていたラズが止まり、動き出さないのを見て、不審に思ったらしい。
「今、地元の龍に目隠しの雲を張って貰えないか、助力を請うている所だ」
「成程。精霊と交渉出来る仲間がいるとは知りませんでしたぁーそれって、もしかして『アルト』君ですかぁー?」
「そうだ」
それにしても、イルナードの話し方を聞いていると、気が抜けそうになる。
同じ音量で話しているアークはいつもと変わらないのだが、肺活量の差と言う奴だろうか。
ぼんやりしていると、不意に強い視線を感じて顔を上げた。
イルナードがニコニコとこちらを見詰めている。
柔和なお顔なのだが――何故か鳥肌が立った。
この妙なプレッシャーは何なのだろうか?
出発時に目が合った時にも思ったのだが――本能的に危険を感じる。
「すごいですねぇー尊敬しまーす」
「……それはどうも」
何と言って良いかわからず、適当に相槌を打っていると、「キュピッ」と言う可愛らしい鳴き声が下方から聞こえた。
視線を下ろすと、いつの間にか、亜希の膝の上にちび龍が乗っている。
どうやら戻って来たらしい。
『話し合いが上手くいったようだ。間もなく雲が増えて来るそうだ』
ラズがちび龍からのメッセージを伝えてくれた。
当のちび龍は「褒めて褒めて!」と言うかのように、尻尾を左右に振りながら、つぶらな瞳で亜希を見詰めている。
「――ありがとう。助かりました」
少し腰を屈めて、視線を合わすようにしながらお礼を述べると、頬にすりすりされた。
ちゃんと評価されてご満悦らしい。
相手は霊体なので、実際には感触がなく、すり抜けているのだが、愛らしい行動に癒される。
――間もなく戦場に入るというのに、こんな風に和んでいて良いのだろうかと言う気もするのだが、リラックスさせてもらったと考えればプラスになったと取ることも出来るかもしれない。
「そこに、精霊がいるのか?」
亜希の挙動にちび龍の存在を感じ取ったのか、アークが後ろから長い腕を伸ばして来た。
上手い具合に指先が、ちび龍に触れるか触れないかの位置に差し出される。
大体その辺にいるのではと見当を付けたのだろうが、彼はなかなか勘が鋭いようだ。
突然現れた「大きなもの」は、ちび龍の興味を引いたようで、ちび龍は亜希から視線を外すと、そろそろとアークの手に身を寄せた。
そしてそのまま――ぴとっとくっついて目を閉じてしまった。
『おやおや。アーク、子龍にすっかり懐かれてしまったみたいだぞ? 手にしがみついてウットリしておる』
「……何でそうなった」
『その身から出ているオーラが、この子龍には実に居心地の良いものらしい。お前の傍にいれば多分大丈夫だから、自分も戦場に連れて行け、と言っておるぞ』
「でもラズ、他の精霊はあの黒い雲を警戒して、みんな離れているのに、危なくないんですか?」
『本人が大丈夫だと言っておるのだから、良いだろう。それに我の見た所……この子龍はただの幼子ではない。見かけ程、ヤワではなさそうだから、そう心配せんでも良かろう』
「はあ……そうですか」
緊張感のない会話を続けていた時、「しょーぐーん」とまたあの間延びした声で、イルナードが話しかけて来た。
「雲が増えて来ましたぁー!」
彼の言の通り、周囲を見ると雲の数が増していた。
先程までは、今、亜希達がいる付近より下にはほとんど雲がない状態であったが、現在では地上にかなり近い所まで雲が発生している。
短時間で少々増え過ぎたため、魔術による現象かと地上にいる敵兵達に警戒される恐れもあるが、隠れ蓑として利用するには理想的な感じであった。
「よし、着陸態勢に入るぞ!」
アークの号令の直後、騎士達の指示で龍達は一斉に長い身体を下へと傾けた。
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