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  recall 作者:神﨑由宇
序章
閑話「剣士と神父」
 
 ***

 一仕事を終えて、アキを迎えに行くと――何やら、礼拝堂の様子が妙だった。
 ざわめきと共に広がっている、ぴりぴりした空気は何なのか。 
 開いている扉の向こう側にいるのは――

(アキ……!)

 教会の講義に通う、野郎共が遠巻きに彼女へ不躾な視線を送っている。
 奥では、グランツが事態を静観していた。
 
(あんにゃろう……俺が連れて来たってだけで、やたら関心持ってやがったから、大方アキを試したな)

 ――そんなつもりで、彼女をここに連れて来た訳ではなかったのに。
 
 自分とアマンダ位しか、気を許せる相手がいないアキの状態は、精神衛生上、好ましいものではないだろう――そう考えて、旧知のグランツと引き合わせ、彼の仲介で歳の近い野郎共と親しくなれたら良い、とアークは少し前からアマンダと話し合っていたのだ。
 実はここは首都だけあって、蔵書の多い教会はたくさんある。
 わざわざ、アルツァード教会を選んだのには、そう言う理由があったのだ。
 
 グランツが指摘していたように、アークは日頃、女性を連れて歩く趣味はない人間だった。
 仕事柄、やむを得ない場合はそうすることもあったが、自分の容姿等、上っ面だけ見て近付いてくる女が絶えないので、若い異性に対して嫌悪感を持っていた位だ。 

 しかし、アキに対しては不思議と、親しみを覚えた。
 宿の食堂で度々顔を合わせた際は、よく話をするが、彼女との会話は気疲れしない。
 気取らずに話が出来た異性は、アキが初めてだった。
 
 アキと自分が一緒にいた際の、寛いだ空気をグランツは敏感に察して、興味を持ったに違いない。 
 それにしても、こんなやり方は公開処刑ではないのか。
 大抵の女性なら、この空気に晒されるだけで、怯えてしまうだろう。
 
 割って入ろうとした瞬間、アキが顔を上げて一歩足を前に踏み出した。
 
「――こっそり覗いていたことに、お気付きだとは思いませんでした。ところで……何故、私にお聞きになられるのですか?」

 落ち着いていて、実に堂々とした口上に、周囲の声が波のように退いていった。
 
「私はまだこの国に来て、日が浅いので、適切な答えは返せないかと存じますが」

 声に震えがない所を見ると、虚勢を張っているのではなく、本当に肝が据わっていることがわかる。
 それに、グランツも気が付いたのだろう。
 少し前に乗り出すようにして、口を開いた。
 
「だからこそ、お聞きしたいのです。中にいる我々では見えないものが、貴方には見えるかもしれない」

 一体、どう言う質問をアキに投げかけたのか。
 途中から来た自分は、会話から推測するしか術がない。
 「中にいる我々では見えないもの」とは、国内の情勢についてなのか。
 思索していると、アキが口を開いた。 
 
「では、僭越ながら申し上げます――グランツさんは、気が付いていない人々が多いとおっしゃいました。それは、国民が真実の情報に触れる機会が少ないと言うことですよね? 私が見た所、皆さんの情報源は新聞のみのようですが」

「ええ、そうです」

「と言うことは、発行機関の人間がもし、偏向報道を行ったり、政府に媚びを売るようなことになれば、国民が洗脳されてしまう危険性がありますね。いや、むしろそれが現実になっていて、奸臣がその奸臣たる所以を一切、報道しないため、人々が気付いていない。そのことこそが、危機に陥っている理由ではないでしょうか」

 ざわめきが、消えた。
 
(この十日間の間に、そこまで見抜いていたか)

 ――予感はあった。
 
 三日前、アマンダにアキから物価について訊ねられた、と聞いた。
 ――日増しに物価が全体的に下がっているのではないか。
 ――いつから、物価が下がり始めたのか。
 
 異世界に飛ばされて僅か数日、まだこちらの文化を吸収するのに必死だったであろうに、経済に関心を持つ余裕があったことへの驚き。
 さすがに、こちらに来た直後は錯乱状態に陥っていたものの、すぐに冷静さを取り戻していたのを見ていたので、芯の強い奴だとは思っていたが、これには予想外だった。

 それから注意深く、彼女の様子を見ていた所、これまでは宿で取っている新聞を、語学の勉強に使っているものと思っていたが、隅から隅まで熱心に読んでいた。
 言葉が書けないが、何故か読めることは以前に聞いていたので、すらすら読んでいる光景にさほど驚きはしなかったが、別の意味で衝撃を受けた。

 民衆で、政治に興味を持っている者はそう、多くはない。
 皆、自分の生活に直結した問題だけを、気にしている。
 しかも、アキは女である。
 女性でありながら、生活とは無関係の政治の動きにまで関心を持っている人間は、非常に珍しい。
 
 また、彼女は疑問点があれば、宿の者に度々質問していたらしい。
 アキの国では、女性にも男性と同様の事柄を、学舎で教えていたのだろうか。
 
 思い返せば、アキの話し方は理知的で、どちらかと言えば思考は男性に近い所があった。
 
 ――パチパチパチ…… 
 
 思索に耽っていたアークを、拍手の音が現実に呼び戻した。
 
 「素晴らしい!――アークが連れて来たお嬢さんなので、どんな方かと思っていたのですが、お見逸れいたしました。私がこの後話そうと思っていたことを、先に言われてしまいましたね」 

 ふふふ、と愉快そうに笑うグランツと、視線がかち合った。
 その一瞬、微笑みがにやりとしたものへと変わる――どうやら、気付かれていたらしい。
 
(相っ変わらず、気配には敏感らしいな) 
 
 一応、向こうから姿は隠していたのだが、歳を食ってはいても油断ならない男である。
 目を細めるアークを余所に、グランツはアキへと視線を戻し、興奮覚めやらぬ様子で、「その着想はどこから得たのですか?」等と話しかけていた。
 それに対して、アキは「私の祖国もこの国と、似た状況に置かれていたので」と返している。

「成程――――このような貴人と、どこでお知り合いになられたのですか、アーク」

 そこで、いきなり話を振るのはいかがなものか。
 こちらの気配には、さっぱり気付いていなかったのであろう、アキはびくりと肩を震わせた。
 怖がらせてしまったではないか。

「ポンデグッタ亭で、偶然出逢ったんだよ」

「わわ……アーク! 気配消したまま現れないで下さいよ。心臓止まるかと思ったじゃないですか」

「大袈裟だな。こいつは職業病って奴だ」

 あまりにも予想通りの反応に、思わず失笑してしまった。
 笑いながら、視線をグランツへと移す。
 何とか、無事にこの場が収まったから良かったものの、そうならなければ、どうするつもりだったのか。
 アークが陰から見守っていたのを知っていたので、事態が不味くなれば、割って入ることを計算されていたのなら、癪だ。
 アキが怯えないように、口元は笑みを浮かべながら、目でグランツに気を飛ばす。 
 少し言っておかねば、腹の虫が治まらない。 
 
「ったく……こいつを試すような真似しやがって」

「純粋な好奇心から訊ねてみただけですよ」

「……腹黒神父」

 そこらにいる男に、軽く視線に殺気を込めれば、それだけで尻尾を巻いて逃げる者がほとんどなのだが、肝っ玉がでかいこの男には、さほど利かないのが悔しい。

(この野郎)

 すっきりしないままでいるのは嫌だったので、グランツの下へと足を進める。
 周りにいる野郎共が、自分から道を譲ってくれた。
 どうやら、殺気が少々外に漏れているらしい。
 グランツの肩に腕をかけ、声を低めて話しかけた。

「何でこんなことをした。俺が信用出来ねえか」

「まさか。物騒な講義をしている教会ですから、私の許可なしにはこの時間、魔術で中には入れませんからね。貴方の紹介なので、信用してお招きしたんです。直感で、この方はもしかしたら……と思ったものですから、つい質問を」

「あんたが優れた若者に目がねえのは知ってるが、やり方ってモンがあるだろうが」

「すいません。衝動を抑え切れませんでした」 

 ははは……と、邪気なく笑う顔を見て、何だか毒気が抜かれてしまった。
 
(はあ……困ったおっさんだな)

 溜め息をつきながらも、言うべきことは言っておかねばなるまい、とアークは頭を上げた。
 
「気に入ったのなら、それは結構。可愛がってやってくれ。だが、あいつにはあいつの祖国がある――あっちには巻き込むなよ」 

「おや……宜しいのですか?」

「二度言わせんな」

 睨むと、グランツは首を竦めて見せた。
 一々、素振りが癇に障る。
 付き合いが長い分、こちらの本心を見透かしている所があるので、余計気に食わない。

(アキは人物だが――俺の勝手で元の世界に帰ろうとしてるのを、引き留められる訳ねえだろうが)

 アークは胸の内でそう吐き捨てた後、グランツに背を向けた。
 
 *** 
 


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