表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

某月某日、日本で

某月某日、市民権を貰った。

作者: 銀月

 某月某日、また町に行った。


 あれからさらにひと月ほどの日数が過ぎている。モトイは学校が始まったので、私一人での外出だ。

 言葉もどうにか片言はというレベルになり、バスの乗り方も覚えたし、雑談は無理でも買い物をする程度であれば何とかなる。

 それに今日赴くのは、あの質屋だ。少なくとも意思の疎通で問題が起こることはないだろう。


「それで、今日はどのようなご用件で?」

 質屋の主人……あの水神の使いという(こう)の兄弟は、(うるう)と名乗った。彼はたいていのことなら便宜を図ることができるというので相談に来てみたのだが。

「あれから少しはこの国のことがわかったのだが……ここの市民権を手に入れるためにはどうしたらよいのだろうか。やはり金か? 私の手持ちで足りるとよいのだが……」

 そう、市民権だ。断片的に聞きかじったところによると、この国では何をするにも身分や身元を問われてしまうらしい。官憲に誰何を問われた時はすぐに身分を示さなければいけないし、仕事を得るにも身元の証明が必要だと。しかも、それはここの市民権がなければ手に入れられないのだという。

 ならば、どうにかして市民権を得なければ、ここに住み続けることが難しいということだ。モトイにもいらぬ迷惑を掛けてしまうことにもなる。

「市民権……なるほど。では、国籍と住民登録が必要ということですね」

「国籍? 所属国を登録すれば、市民権も手に入るのか?」

 市民権ではなく、国籍という言葉に少し驚いた。身元を保証するのは、町ではなくて国なのか。

「ではまず、いくつかお尋ねします。あなたの出身国はどちらですか?」

「どちらと言われても……物心つく前からあちこちを転々としていたし、親と別れたのも早かったので、よくわからない。いちばん多く滞在した場所でいえば、“深淵の都”だと思うが、それも数年は前の話だ」

「ふむ……“深淵の都”ですか。聞いたことがありませんね」

 潤はまったくわからないというように、首を振る。魔法嵐でできたのは次元の裂け目だったし、それならやはりここは違う世界ということになるのだろうか。

「やはりそうか。ここがどの辺りの次元なのか皆目見当もつかないんだが、やはりあまりアーレスとは馴染みのない場所なんだな」

「次元? アーレス? 異次元という意味でしょうか。では、魔の国か天の国からこちらへ来たということで?」

 私が言うと、潤もふむと考え込むように腕を組む。

「いや、ここと同じような、人間やいろんな種族がいる世界だ。天のような神々の世界ではないし、悪魔が統べる世界とも違う」

「……つまり、異なる世界から参ったという認識でよいですか?」

「ん……そんなところ、だろうか?」

 首を捻りながら答えると、潤は心得たとでもいうように大きく頷いた。稀にあることなのだと言いながら。

「では、出身国の国籍というわけにはいきませんね。外国育ちの日本人ということにしましょうか」

「よくわからないので、いいように頼みたい。それで、代価はどれくらいになるのだろうか」

「そうですね……今日の金相場ですと、先日あなたが持ち込んだ金貨と同質同量のものであれば、千枚ほどあれば足りるでしょうか」

「金貨千枚か! よかった、それで済むなら今すぐにでも払える」

 1万枚と言われたら少し考えてしまうところだったが、千枚で済んでよかった。それくらいなら、手持ちから即金で払っても問題ない額だ。

 私が腰に下げた袋から金貨を出して数え始めると、潤は「意外に持っているんですね」と呆れたように呟いた。


* * *


「モトイ!」

 某月某日、講義が終わって帰宅すると、イスカが嬉しそうにA4の紙ぺらとカードのようなものを出してきた。

「どうしたの? 何……住民票? それと……保険証に、住基カードじゃないか」

「つくった。しみんけん、もらった」

「貰った?」

 驚いてイスカを見ると、とても嬉しそうにこくこくと頷いている。貰うって……くださいと言って貰えるようなものだったか、これは?

「国籍……日本になってる」

 明らかに日本人じゃないのに、どうやったのか……まさか、戸籍売買? 犯罪?

 そこまで考えて、慌ててもう一度イスカの住民票をよく見ると、名前は“鳴滝伊朱香”になっていた。

 なるたき、いすか?

 鳴滝ってどこからだ……と考えて、以前ふたりで行ったあの神社の名前が“鳴滝神社”だったことを思い出す。よく見たら、本籍地の住所もあの神社ではないだろうか。

「イスカ、これどうやって」

「ウルウが、てはいたのむ」

 あの、水神の使いっていう質屋か……なら、神様の伝手でも使ったのだろうか。

「じゃ、大丈夫なんだね。正式なものなんだよね」

「せいしき? ウルウが、ぜんぶてはいした。だいじょうぶって」

 神様が関わってるのなら、たぶん、犯罪みたいなものではないのだろう。少しだけほっとして、それからあとで念のために確認に行こうと考えた。

「でも、いいのかな。日本人になってるけど、日本語はまだ片言だよね」

「がいこくでそだつ、にほんじん。だから、うまくない」

「ああ、なるほど」

 外国育ちでってことにするのか。なら大丈夫かな。

「じゃあ、今度パスポートも作っておこうか。そしたら、身分証明が楽になるよ」

 にこにこと笑うイスカは、「つくる」と頷く。これで、ひとりの時にまんいち職質とかにあっても安心だ。

「ああそうだ、携帯も買いに行こう。そうしたら、俺が学校行ってる間も連絡取るのが楽になるしね。あ、そうか、口座も作れるんだ」

「けいたい?」

「これ。携帯があれば離れててもこれで話ができるんだ。スマホなら、たぶん日本語の勉強の助けにもなると思うし……」

「はなしのどうぐ……」

 こくりと頷いて、「いつも、モトイと、はなせる」とにっこり笑う。


 ……初めて会った時は、俺がまだ幼児だったからか、母親みたいな年上だと思っていたけれど、今は片言のせいか、もっと幼いように感じてしまう。

 ふと、そういえば、あれからもう15年経つのにイスカはあまり変わってないということに気付いた。もしかして、イスカは歳を取らない種族なんだろうか? そのことが気になってしまい、もういちどイスカの住民票を覗き……。

「イスカの歳、24だったのか」

 イスカは少し考えて、それから頷いた。

「それくらいだと思う」

「じゃ、俺がそっちに行った時って……?」

 単純に計算すれば9歳ということになるが、そんなはずはないだろう。では、なんで?

「ん、18か、19か、そのくらい」

「……こっちじゃ、俺がそっちから帰ってきてから、もう15年経ってるんだ」

「かえってから、15……」

 しばし考えてから、イスカも茫然と俺を見た。やっぱり、あっちとこっちじゃ、時間の流れが違っていたんだろうか。

「……われめ、とおるときに、ずれた?」

「割れ目? 通る?」

「せかいのわれめ、たまに、できる。とおるときに、ずれる」

「……違う世界から来るときに、時間がずれるってこと?」

「んー、そう?」

 そういえば、自分があっちで過ごした期間も、たぶん数ヶ月くらいの長さで……ちょうど春から秋になるくらいの期間は向こうにいたはずだ。なのに、帰ってきてみたら、いなくなっていたのはたった3日間だけだと言われて混乱したんだった。

 あれも、世界を移動する時に時間がずれたということなのか。

「そっか、ずれるんだ」

 ズレがこの程度でよかったと、改めて思う。あと、イスカと年齢が縮まるほうにずれたのもよかったなと。そのおかげで5つくらいの違いになれたのなら、むしろ全然問題ない。あっちに行ってた半年くらいを計算に入れれば、むしろ実年齢で4年半だろうか。

「モトイ?」

「え、あ」

 きょとんと覗き込まれて、俺は少し慌てる。思わず、いろいろと考え込んでしまっていたようだ。

「とにかく、これで、いろんなことがやり易くなるね」

「ことば、もうすこし、うまくなって、しごと、やりたい」

「仕事……」

 仕事と言われて、また考え込んでしまう。たとえアルバイトでも、最低限の読み書き計算ができなきゃ雇ってもらえない。こっちの常識もひととおり知らないと困るだろうし、面接も通らない。

「じゃあ、勉強もしないとか……うん、ちゃんと勉強しよう。俺が教えるよ」

 イスカは「べんきょう……」と呟いて、それから「モトイ、よろしく」と笑った。


* * *


(うるう)さん、イスカの戸籍登録とか住民登録とかって、大丈夫なんですよね」

「大丈夫とは?」

「不法に売買したものじゃないですよねって意味です」

 あの、異界から来たという(あやかし)イスカに戸籍と住民登録の手配を依頼された数日後、その後見たる人間、(もとい)がやって来た。

「あたりまえです。そもそも、妖たちが平穏に人間社会に溶け込めるように手を回すことが私の役目です。犯罪行為などで手配したものではありませんよ」

「じゃ、どうやって……」

「それは、秘密です」

 どことなく納得がいかないという顔の基に、私は笑みを返す。

 最近は電子化が進んだおかげでだいぶ手間も省けるようにはなったが……そもそも、公文書をいじくるのだから、完全に犯罪でないとは言い難いだろう。しかし、人間からすれば不可能な手順を使っているし、出来上がるものだって本物なのだから、問題にはならないはずだ。

「とにかく、あなたが心配するようなことは何もありませんよ」

「なら、よかった」

 とりあえずの息を吐く彼を見て、そうだ、とふと思い出す。

「あなたは、たしか法学部に在籍していましたね。将来の進路にはどのようなものを考えているのですか?」

「え? 一般の公務員とか、裁判所書記官とか……そのあたりかな、と」

「なるほど」

 我々のことを知る人間はそう多くない。基もこのままこちらの関係者として止め置くのがいいだろう。将来は官吏を目指すというなら、なおさらかもしれない。

 質問の意図がわからず、不審げに首を捻る彼に、「では、せいぜい勉学に励んでくださいね」と私はにっこりと微笑んだ。


簡単な登場人物紹介


(もとい):某地方大学法学部在籍二回生。神隠し経験ありの普通の人間。司法試験とか無理ゲーなので、公務員目指そうかなって。


イシュカ(イスカ):異世界出身の魔人と呼ばれる種族の変わり者。完全ぼっちの冒険者ライフを送っていたので、サバイバル能力の高い脳筋。


(こう):鳴滝神社に祀られる荒ぶる水神様の神使。まんいちにも主人(あるじ)が起き出して暴れないよう、毎日心を砕いている健気な白蛇。


(うるう):洪の兄弟だが別に妖なだけで神使とかではない。地域内の妖の相談窓口役の黒蛇。ちなみに質屋はわりと儲かっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ