挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
THE WORLD 作者:SEASONS

4月16日

763/4820

治療法

だけどこの状況はどうなのかな?

30分ほどの休憩で随分と落ち着いた様子の馬達はすでに体力を取り戻したように見える。

実際にどうかなんて調べようがないけどね。

それでも見た感じだと、たぶん大丈夫だと思う。

…となると。

そろそろ出発するべきかもしれないね。

「休憩はもう十分かしら?」

出発の準備を進めようとする理事長の側を通り過ぎてから、
僕は自分の荷物の中から幾つかのノートを取り出してみた。

「すっかり忘れてたけど…」

特にやることもない空いた時間だからね。

一冊のノートを沙織に差し出すことにしたんだ。

「思い出したから、これを渡しておくよ」

「…え?ノート?」

不思議そうに視線を向ける沙織だけど。

「何これ?」

隣にいる翔子が問い掛けてきた。

うん。

まあ、当然の疑問だよね。

差し出したノートに視線を向ける沙織と翔子の二人に説明しておく。

「これは総魔のノートだよ」

「えっ!?」

僕の言葉を聞いたことで翔子は戸惑っているようだった。

「彼の…?」

翔子と同様に戸惑う様子の沙織だけど、
それでもノートを受けとってくれたんだ。

そしてパラパラとページをめくりながらノートの中を確認している。

「これって…治癒系魔術の考察…かしら?」

どうなのかな?

僕も詳細はわからないからね。

だけど僕が気にいなったページにたどり着いた沙織の手が不意に止まっていた。

「もしかして、これ…」

驚いた様子の沙織が目にしたのは総魔の研究記録だ。

『眼の治療法』と書かれた一文を目にして、沙織は手を止めている。

詳細に理論を組まれた魔術は複雑すぎて僕にはさっぱり分からないけれど。

おそらくは沙織も考えなかった数々の理論が、そこには記されているんじゃないかな?

まあ、だからこそ僕には理解できないんだけどね。

「…すごい…」

それが正直な感想だったようだ。

「役に立ちそうかい?」

「え、ええ。私の考えていた理論とは根本的に違うけれど。これなら…。いえ、もしかしたらこの方法でしか…」

僕にはわからない部分だけど。

沙織にとっては重要な記録のようだ。

「治療ではなくて付加なら…。あ、いえ、でもこれだと制限が…。ああ、違うわね。だから私の…。」

総魔の研究記録を眺めながら沙織は何かを考えているようだ。

言葉の内容から推測すると目の治療じゃなくて、
見えない目でも見えるようにするということかな?

模倣を得意とした総魔なら例え瞳が存在しなくても視覚を再現できてしまうのかもしれない。

…だとすると。

ノートに書かれている理論は治療じゃなくて再現なのかな?

もしもそうだとしても、
やっぱり僕には難しすぎて理解できない治療法になる。

沙織はどうなのかな?

読めるのかどうかわからないけれど、
少しでも意見が聞ければ良いと思って相談した治療法に関して
総魔はすでに治療法を完成させていたのかもしれないね。

現時点では仮説の理論でしかないから実験結果は存在しないけれど。

それでも沙織にとっては衝撃的な内容だったようだ。

「僕には理解出来ないけれど、沙織はどうだい?」

問い掛けてみる。

沙織は少し考えてから答えてくれた。

「私も解らない所はあるけれど…。でも、何となくなら分かるわ」

それが精一杯の答えのようだ。

だけど、それなりにでも理解できるなら十分だと思うよ。

僕にはさっぱりだからね。

一応、自分なりに理解を進めようとして読み進めてみたことはあるけれど。

総魔の理論は一読しただけで全てを理解出来るほど簡単な内容ではなかったんだ。

根本的に存在しない魔術を総魔の能力で構成してるわけだからね。

構呪の能力を持たない僕達が再現しようと思うと相当な努力が必要なはずなんだ。

「………。………。………。」

黙り込んでしまう沙織。

さすがの沙織も一人で全文を解読するのは難しいのかな?

「理事長なら…」

呟いた沙織が振り返る。

そして休ませていた馬を馬車に誘導して手綱を繋いでいた理事長に駆け寄った。

「すみません、理事長」

「ん?何?」

理事長は作業の手を止めて沙織に振り返ってくれた。

その瞬間に沙織はノートを差し出していた。

「このノートがどうかしたの?」

「えっと、その~少しお聞きしたいんですけど、この魔術の解読は出来ませんか?」

「え…っ?解読?」

さりげなく嫌そうな顔をした理事長だけど。

それでもノートを受けとってから内容を確認してくれたようだ。

だけどそれは一瞬だけで、瞬間的に視線を逸らしてしまっていた。

「無理っ!」

一瞬で諦めた理事長はノートからも視線を逸らして沙織に突き返してしまっている。

「ごめんね、沙織。私ってこの手の論文は苦手なのよ。解読とか分析って性に合わないのよね~」

理事長にも読めないようだ。

…と言うか。

読まないだけで読めないわけじゃないのかな?

翔子もそうだけど、
やりたくないことは全力で回避する性格だから
理事長にはこの手の作業は向いてないのかもしれない。

だからかな?

苦笑いを浮かべる理事長を見た沙織は残念そうな表情で俯いてしまっていた。

「そうですか。お邪魔してすみませんでした…。」

落ち込む沙織だけど。

「まあまあ、治療に関する理論ならマールグリナに行けば調べてくれるんじゃない?」

理事長は笑顔で別の方法を教えてくれたんだ。

「向こうは医療の本場なんだし、ね。」

「…あ、そうですね」

理事長の言葉を聞いて、沙織は笑顔を取り戻したようだった。

今から向かうのは『医療の町』マールグリナだからね。

総魔の理論もマールグリナでなら解読出来るかもしれない。

その事実に沙織も気づいたようだ。

総魔の研究記録を大事に抱え込む沙織は今までにないほど嬉しそうな笑顔を浮かべているように見えた。

念願の夢だった『眼の治療』がついに手に入ったわけだからね。

嬉しくなるのは当然だと思うよ。

ようやく成美ちゃんの眼を治す為の方法がようやく確立できるかもしれないんだ。

その可能性を考えるだけで、
沙織の心は喜びに満ち溢れているんだろうね。

あるいは総魔に相談してよかったって心から思ってるんじゃないかな?

大きな希望を胸に抱いて笑顔を浮かべる沙織。

その様子を見て微笑む理事長は3頭の馬を馬車に繋ぎ終えていた。

「それじゃあ、急ぎましょう。沙織の為にもね」

次々と馬車に乗り込む僕達を確認してから理事長が馬車を走らせる。

「さあ!全速力で駆け抜けるわよ!!」

気合い十分に手綱を操る理事長によって再び動き出した馬車は…

『ガタガタガタガタガタガタガタガタッッッ!!!!!!!!!』

かつてないほどの勢いで走り始めたんだ。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

翔子が慌て出す。

「ちょ…っ!?」

大暴走する馬車。

「序盤から激し過ぎぃぃぃぃぃぃ!!」

激しく揺れる荷台。

「…痛ぃ…」

翔子は今日も舌を噛んで瞳に涙を浮かべていた。

「…泣きそ…っていうかもう泣くわよ…」

泣き言を呟く翔子は、今日も一人虚しく回復魔術を発動させて舌を治療しているようだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ