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THE WORLD 作者:SEASONS

4月15日

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馬車酔い

《サイド:米倉美由紀》

そろそろ午後7時過ぎを過ぎた頃かしら?

日が沈んでからしばらくしてようやく私達は学園に到着したわ。

いつもなら10時頃に着くところを3時間ほど短縮できたはずだから
それなりに良い結果だとは思うわね。

まあ、途中の休憩さえ省略出来ていたならさらに1時間ほど短縮出来たかもしれないけれど。

さすがにそこまで馬が持たないでしょうし、
乗り潰してしまうような扱いは可哀想よね。

だから今はこの結果で満足するしかないわ。

なかなかの最速記録を更新したんだから。

予定よりも早く帰って来れたことで満足するべきよね。

とりあえず、馬車を校舎の前まで走らせたわ。

「さあ、着いたわよ!」

馬車を止めて荷台を振り返ってみると、
長時間の振動によって完全に馬車に酔った御堂君達がふらつく足取りで馬車を降りていく。

「…もう無理…」

地面にしゃがみ込む翔子の表情は限界を訴えているわね。

舌の痛み以上に乗り物酔いに苦しんでるみたい。

そしてもはや声さえでない様子の深海さんは、
顔を青く染めながら苦しそうな表情で馬車を降りていく。

「………。」

「みゃ~♪」

精霊の鳴き声も今の深海さんにはほとんど聞こえていないようね。

さらにはまだ辛うじて自分で歩ける沙織でさえもその表情は苦しそうに見えるわ。

「私も…さすがに、ちょっと…」

どう見ても限界ね。

「…僕も死にそう…」

吐き気すら感じてるようで、
御堂君でさえもふらつきながら馬車を下りていく。

さすがに私達も乗り物酔いを治す魔術なんて持ってないから治療なんてできないわ。

…というよりも。

そんな魔術は存在しないのよ。

傷の治療は出来ても病気は治せないの。

いかに魔術といえども、そこまで万能ではないからよ。

例外的に『魔法』を使いこなせる天城君なら可能かもしれないけどね。

魔術では難しいのよ。

一定の効果が発動するのが魔術だから、
個々の症状に合わせて効果を変えることは魔術ではできないわ。

魔法なら出来るでしょうけどね…。

魔術では答えがはっきりとしている特定の症状だけを治療することはできるけれど。

不特定とか未知の症状を治すことはできないのよ。

だから乗り物酔いもそう。

人それぞれに症状が異なるから魔術で簡単に治療なんて絶対にできないわ。

回復魔術を得意とする沙織でさえも、病気に対しては無力なのよ。

だからこそ、妹の瞳の治療も難航してるわけだけどね。

目視で確認できる怪我の治療とは違って、
目では見えない病気の治療はすごく難しいの。

特に風邪とかは治療不可能よ。

あらゆる症状があるから魔術では治せないわ。

よっぽど医学に精通してる人でもない限り、病気の治療は難しいの。

栗原薫さんや琴平理事長のような魔術医師でさえも
病気の治療はなかなか出来ないはずよ。

こうすれば治るっていう明確な答えがない病気の治療は医師の技術を持っていても手に負えないの。

それこそ刻一刻と症状が変化してしまうものだから。

病気だけは魔術師でも対処できない分野なのよ。

だから病気に関しては自然と症状が治まるのを待つか、医師に薬を貰うしかないわ。

そんな中で、
地面に座り込む御堂君達の姿を見ている北条君は一人だけ平気な表情で苦笑していたわ。

「ったく、情けねえな」

馬車の振動をものともせずに堂々と馬車を下りる北条君だけは乗り物酔いとは無縁みたい。

体を鍛えているから、というわけじゃないでしょうけど。

速度に対する耐性があるから
御堂君達ほど馬車の揺れに影響を受けてないのかもしれないわね。

その才能は羨ましいと思うわ。

実際問題として、馬車を走らせていた私でさえ体調不良を感じてる状況だから、
平然としていられる北条君が素直に羨ましいと思うのよ。

「北条君は平気なのね」

「当然だろ?と言うか、むしろこいつらの方が問題だろ?大会で優勝したとは思えない情けなさだからな」

一人だけ元気に笑う北条君を見ていた翔子が青ざめた表情で視線を向けてる。

「うるさいわね~。なんでそんなに元気なのよ?」

「だから鍛え方が違うって言ってるだろ?」

堂々と答えるその言葉に翔子は激しくため息を吐いていたわ。

「あんたのそういうところだけは素直に羨ましいと思うわ…」

体力『だけ』が取り柄の北条君。

そう思う翔子が再びため息を吐く。

「…本気で…吐きそ…」

苦しむ翔子は舌の痛みを魔術で治すことさえ考える余裕がないようね。

気力だけで意識を保っている感じよ。

せめて人前で吐くことだけは、絶対に避けたいというところかしら?

そんな雰囲気の翔子は苦しみと戦いながら何とか立ち上がってる。

「…医務室に行ってくるわ…」

「気をつけてね。それと明日の朝『6時』までにここに来るのよ。いいわね?」

弱々しくこくりと頷いてから、翔子は校舎の中へと足を進めていったわ。

その後ろ姿を見送ってから、沙織と深海さんにも話し掛けてみる。

「二人とも大丈夫?」

心配する私に、深海さんは泣きそうになりながら答えてくる。

「…ダメです…」

あう…。

そんな悲しそうな目をされると、ちょっと罪悪感を感じるわ。

明らかに原因は私だから反論できないのよ。

そのせいか、沙織もうっすらと涙目になりながら、苦笑いを浮かべつつ頷いていたわね。

「私も…ちょっと…しばらく、休みたいです。」

もうすでに立ち上がる元気さえないようね。

さすがにこの二人を見ていると申し訳ない気持ちになってしまうわ。

「ごめんなさいね」

私はまだこのあとも仕事があるからのんびりとはしていられないけど、
二人はゆっくりと体を休めてもらったほうが良さそうね。

「ここにいるよりも『医務室』で休んだ方がいいわ。あと少しだけ頑張って!」

二人に手を差し延べて、ゆっくりと立ち上がらせる。

そして二人の背中を後押ししたわ。

「あと5分ほど我慢したら医務室でゆっくり出来るから、そこまで頑張って!!」

精一杯の笑顔で送り出してみる。

そんなささやかな私の応援を受けながら、二人も医務室に向かって歩きだす。

「みゃ~♪」

もちろん深海さんを追い掛ける精霊も一緒よ。

小さな小猫の愛らしい仕種に微笑みながら、私は二人の無事を心から祈っておく。

「気をつけるのよ!」

歩き去る二人を見送ると、残ったのは御堂君と北条君だけになったわ。

「で、御堂君はどう?」

「何とかまあ、医務室に向かうくらいは、頑張れそうです」

「あら、そう。良かったわ」

ひとまず何とかなりそうな御堂君には微笑んでおく。

「出発は明日の朝になるわけだけど、もちろん明日も全速力でマールグリナに向かうことになるから、前もって酔い止めの薬でも用意しておくことね」

「あ、はい」

私の忠告に、御堂君はしっかりと頷いてくれたわ。

「必ず用意しておきます」

うんうん。

御堂君は素直な子で助かるわ。

「それじゃあ、気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

丁寧に挨拶をしてから、御堂君も立ち上がって医務室に向かって歩きだす。

その結果として、最後に残ったのは北条君ただ一人。

だけど北条君は医務室に向かうつもりがないようね。

でもね?

それは必要がないとかそういうことじゃなくて、多分、別の理由でしょうね。

そう思えたから北条君に話し掛けることにしたわ。

「こうなったのは私のせいだからあまり偉そうなことは言えないけれど…。あまり無理はしないほうがいいわよ?」

「ん?ははっ。気付いてたのか?」

苦笑する北条君に一度だけ頷いてみせる。

「まあ、一応ね」

強がってはいるけれど、実は北条君も馬車に酔ってることに気付いていたわ。

口では平気そうな素振りを見せているけれど。

その割には一歩も動こうとしない態度から無理をしているのはなんとなく感じ取れたのよ。

ただ、御堂君達はみんな重症だから北条君の異変に気付けなかったようね。

「まあ…だからこそ、あなたを信頼出来るのよ」

決して弱音を吐かないからこそ誰よりも信頼できるの。

ホントにそう思ってるのよ?

決して弱みを見せずに、常に明るく振る舞う北条君の存在は大きいわ。

冷静に状況を見極めて、
とるべき行動を判断出来る北条君を私は大きく評価してるの。

『頼りになる』という意味で言えば翔子や沙織以上なのよ。

強がる態度は、決して屈しないという心の現れでもあるわ。

その心の強さを誰よりも評価しているつもりよ。

「一応、薬は手配しておくわ 。あとで部屋に届けさせるから『不要じゃないなら』受けとっておいて」

あえて逆説的に告げておく。

素直じゃないこの子にはこういう言い方が丁度良いのよ。

そう思う私の言葉の意味を察してくれたようで、北条君は変わらない態度で微笑んでた。

「そうだな。あっても邪魔になる物じゃねえから受け取ってやるよ」

話を終えたことで、北条君は校舎に背中を向けて歩きだす。

「集合は朝6時で良いんだな?」

歩きながら問い掛ける言葉に、私は苦笑しながら頷く。

「ええ。間違いないわ」

「それまでは自由行動でいいんだな?」

「ええ。そのつもりよ」

「なら、自由にさせてもらう」

「ふふっ。また明日ね」

「ああ」

挨拶を終えたあとで北条君は一人でどこかへ立ち去ったわ。

方角的には寮かしら?

寮に帰るのかどうか知らないけれど、
北条君だけは医務室に向かわなかったわね。

でも、まあ、これはこれでいいのかしら?

「強がるっていうのも大変よね」

素直じゃないとも言えるけれど。

辛くても苦しくても自分を貫くっていうのは大変なのよ。

まあ、北条君の場合は下手に弱みを見せれば
翔子にからかわれるっていう面倒くささがあるのかもしれないけどね。

だけどそれでも自分の意思を貫き通す信念は尊敬するわ。

「さぁ。時間は限られているし、急がないと間に合わなくなるわね」

北条君のことはまだ少し心配だけど、
私は私でまだやるべきことが山のようにあるのよ。

ひとまず馬車を移動する為に、再び馬車に乗り込んで手綱を握る。

残り時間はあとわずか。

今から半日後にはもうジェノスを離れなければいけないのよ。

だからその前に、今日中にやらなければならないことを考えながら馬車を走らせることにしたわ。
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