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THE WORLD 作者:SEASONS

4月6日

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安眠か、永眠か

《サイド:黒柳大悟》

さて、と。

時刻は午後1時40分か。

お昼前には終了した御堂龍馬に関する実験だが。

使用した実験機材を全て片付けてから実験資料も報告書としてまとめたことで、
ついに一通りの作業が終了したと思う。

そして今。

俺はようやく全ての仕事から解放されたのだ!

極限に達する睡魔。

やっと…。

やっと眠りにつくことが出来る。

緊張の糸が切れたことで、
安堵のため息を吐きながら倒れ込むようにソファーに体を預けた。

もう終わったんだ。

これで俺の安眠を阻むものは何もない。

誰にも文句を言われずにゆっくりと眠りにつけるだろう。

そう思って一切の作業を全て放棄することにした。

今はただただ眠りたい。

それだけを願い。

休息に失われていく意識。

精一杯の充実感と、仕事を終えた満足感。

間違いなく今日は心地好い眠りにつけるだろう。

まだテーブルの上は散らかったままだが、もはや片付ける気力はなかった。

いや…まあ、片づけを放置するのはいつもの癖だからな。

いまさらだろう。

とにかく今は眠りたい。

その気持ちだけで思考と心が埋め尽くされていく。

そして。

「おやすみ」

…と、誰にともなく呟いてみた。

その瞬間に。


俺はもう…


仕事を終えて…


ゆっくりと…


眠れるはずだった。



なのに…。



なのに…っ。



なのにっ…!



突然、扉が開かれてしまったのだ。

「おはようございます」

…はぁぁぁっ!?

問答無用で侵入して来る人物。

こいつは遠慮という言葉を知らないのか!?と。

全力で叫びたくなる心をかろうじて残っていた理性でギリギリ…

いや、ギリギリのギリギリで押さえ込んでから。

扉を開けて『侵入して来た人物』に視線を向けてみた。

そこにいるのは確認するまでもない。

声だけで分かる人物だからな。

俺の腹心であり、参謀でもある西園寺つばめ君だった。

「…寝させてくれ。」

真剣に願う俺に、西園寺君は容赦なく歩み寄って来る。

「所長。報告書がまとまりましたので、確認をお願いします」

ズカズカと歩み寄って来るのだ。

その姿を見た俺には、ため息を吐くことしか出来なかった。

…はあ…。

頼むから寝させてくれ。

本気で願いながら、西園寺君に話し掛けることにしてみる。

「…西園寺君」

「はい。何でしょうか?」

平然と言葉を返す西園寺君は極力表情に出さないようにと努力しているようだが、
目の回りには疲れが現れているのが見えた。

彼女も今まで仕事をしていたのだろうか?

ソファーに寝転んだままの俺に接近する西園寺君に対して、
俺は体を起こす気力さえないまま眠たい目を無理矢理こじ開けるようにして彼女に視線を向けてみる。

「一応聞くが、何の報告書だ?」

「もう忘れたのですか?一度『痴呆症ちほうしょう』の治療を受けられるべきかと…」

「いや、冗談はいい。今は最小限の報告にしてくれ」

彼女の冷徹な言葉に付き合える余裕はないんだ。

今すぐにでも眠りたい。

それが最優先事項だからな。

だが、彼女はそれを許さないようだ。

「例の検定会場の事後処理に関する報告書です。今すぐに確認をお願いします」

………。

「今じゃないとダメなのか?」

「緊急に片付けるように指示を出したのは所長だったと記憶しています」

確かにそんなことを言った気がしなくもない。

だが…な。

今はただただ眠りたいんだ。

「あとにしてくれないか?」

「急ぎだと言って指示を出したのは所長のはずです!その為に私も徹夜で仕上げたのですから、所長も寝てばかりいないで今すぐに書類を確認してください!」

い、いや、ちょっと待て!

全くと言って良いほど寝た覚えはないぞ!?

そうは思ったものの。

彼女を説得するのは難しそうだ。

どこまでも真面目に仕事をこなす西園寺君の冷たい視線が俺に突き刺さっているからな。

「はあ…。分かった。確認しよう」

諦めの心境…などと言う言葉では言い表せない状況だった。

絶望感に満たされながらも疲れきった体を無理矢理起こしてみる。

「こちらです」

「ああ」

報告書を差し出す西園寺君から受けとってみた…のだが。

………。

正気か?

もはやため息さえ出ない。

厚さから考えるに100枚は超えるであろう書類の束だ。

この全てに目を通すだけで、一体何時間かかるのだろうか?

考えるだけで憂鬱ゆううつになる。

「全て確認しなくてはいけないのか?」

尋ねてみると、彼女は当然とばかりに頷く。

「何を今更。当然、所長には全ての報告書を確認していただきます」

そうだろうとは思っていたが、ついつい本音を漏らしてしまう。

「正直、今は眠いんだが?」

俺が呟いた瞬間に。

「はぁっ!?」

西園寺君の表情が急変した。

「それが大人しく仕事を終えた部下に対して言うべき言葉ですか!?いくら私といえども我慢の限界というものがありますっ!!そんなくだらない事を言っていないで、さっさとご自分の職務を果たしてくださいっ!!」

全力で怒りをあらわにする西園寺君に下手な言い訳は通用しないだろう。

冷たい空気が俺を包み込んでいるからな。

この状況では何を言っても許しては貰えない気がする。

「あ、いや、すまん。悪かった。すぐに確認する」

「ええ!当然です。そして、確認次第、すぐに、理事長へ、報告を、お願いします!そこまでが、所長の、お仕事ですから!」

嫌味なくらいに滑舌よく宣言した西園寺君が背中を向けて歩きだした。

はっ?

お、おい!

「ちょっと待て!どこに行くつもりだ?」

「私は自分の職務を果たしましたので、自室に戻って寝ることにします」

「いや、ちょっと待てっ!それはずるくないかっ!?」

俺の制止にゆっくりと振り返る西園寺君だが
、その表情には悪魔が宿っているように思えた。

「何か、問題でも?」

短い言葉だが恐ろしいほど鬼気迫る迫力があったのだ。

「い、いや、何でもない…」

「そうですか。それでは失礼します」

ゆっくりと部屋を立ち去る西園寺君。

その背中からは『話し掛けるな!』という殺気が感じられるほどだ。

呆然と彼女の背中を見送る俺の視線の先で『必要以上』に静かに閉じられる扉。

いなくなったはずの彼女の気迫を感じながら、
俺は背筋に冷たいものが走り抜けるのを感じていた。

………。

なんだこの寒さは?

室温が10度くらい下がっただろうか?

そんなわけがないのだが、
そう思えるほど俺の心は冷え切っているようだ。

部屋の中で一人きり。

ゆっくりと視線を下ろしてみる。

手の中には彼女の用意した報告書の束がある。

今ここでこの書類を手放せば、俺は『安眠』という言葉に包まれるだろう。

そして同時に『永眠』の恐怖にさらされることになるかもしれない。

そんな気がしてしまう。

「やるしかないのか…?」

恐怖に震える手で書類をめくってみる。

中身は恐ろしく丁寧に書かれた報告書だ。

これを製作した彼女の努力は表彰に値するだろう。

その努力を放棄するわけには行かない。

俺の『命の為』にも、だ。

俺は…まだまだ眠れそうになかった。
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