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THE WORLD 作者:SEASONS

4月5日

172/4820

0ではない確率

《サイド:天城総魔》

ここに来るのは久しぶりか?

たどり着いたのは図書室だ。

すでに通い慣れたと感じる場所なのだが、何故か懐かしい気もしてしまう。

二日目と三日目に訪れて以来。

昨日、今日と来ることがなかったからな。

相反する感覚を感じてしまう。

二日ぶりか…。

毎日来ているような気がしていたのだが、
考えてみるとそうでもなかったようだ。

正直に言えば今日もここに来る理由はなかったものの。

試合予定の午後7時までは特にすることがないからな。

時間を潰すつもりで図書室に訪れた。

そして目的がないまま中に入ってみる。

久しぶりに訪れたが、いつきても静かな場所だ。

特に今は翔子がいないから余計な面倒がなくていいと思う。

現状、翔子と沙織はここにはいない。

翔子達とは別行動をとっているからな。

今は一人きりだ。

決戦に向けて気持ちを集中させたかったと言う理由もあって翔子達とは別行動をとっているのだが、
たどり着いた図書室はいつもと変わらない雰囲気を保っている。

そのおかげかどうかはわからないが、
自然と心が落ち着く気持ちを感じてしまうな。

何気なく周囲を見渡してみると図書室を利用する生徒達の姿はちらほらと見えるものの。

知り合いらしき人物はひとりもいないようだった。

やはり一人の方が気楽で良い。

これまで学園の各地を見てきたが、
図書室にいるときが一番落ち着けるような気がするからだ。

他とは違う独特の雰囲気を感じてしまう。

どことなく神聖な空気さえ漂っているように思えるからな。

だからだろうか?

ここで過ごした時間は短いようで長かったと思う。

二日間で数時間程度しかいられなかったが、
その僅かな時間の間に数多くの魔道書と向き合ってきたからだ。

そしてさまざまな出来事を考えて過ごしてきた時間が今の俺の力になっている。

それらを思えば。

愛着があるというほどではないものの。

ここは特別な場所だったと言える気がした。

…ふう。

今日は4月5日か。

初日を別とすれば実質4日しか活動していないということになるだろう。

僅か4日。

だが、その間に色々なことがあったと思う。

当初は何も知らないまま戦いを繰り返し。

ある日突然、翔子と出会い。

幾度も妨害を受けながらも霧の魔術を完成させ。

美春達との戦いを乗り越えて。

翼を完成させて。

魔剣を産み出し。

数多くの戦いによって魔力を集め。

初めて翔子と戦い。

沙織や北条とも戦ってきた。

そして。

ついに学園2位へとたどり着いた。

次の試合で全てが終わることになる。

もちろん負けてしまえば出直す必要があるのだが、
勝つことができればそこで終わりだ。

その上はもうない。

次で終わりだ。

これまでの出来事を思い返しながら、特にすることもないまま図書室の中を見回してみる。

一体ここにはどれくらいの蔵書があるのだろうか?

例え時間があっても全てを数える気にはならないが、
ざっと計算しても軽く10万冊を超えるだろう。

一定以上の貴重な資料や魔道書は置かれていないようだが、
それでも全てを見てまわろうと思えば年単位の時間は必要になるはずだ。

それほど膨大な数の書籍の中で、
直接手にした魔道書は50冊にも満たないかもしれない。

俺が知っているのは本当にごく一部だけだからな。

これまでの戦いで身につけてきた魔術の数は現存する魔術の何%なのだろうか?

それすらわからないが、おそらく一割にさえ満たないだろう。

試合そのものは順調に勝ち進んできたものの。

まだまだ魔術の全てを極めたわけではないからな。

学ぶべきことはまだまだ数多くあると思う。

沙織のように千を超える魔術を扱えるようになろうと思えば、まだまだ先は長いだろう。

だからこそ思う。

仮に学園の頂点に立っても魔術の全てを極めたとは言えないということだ。

本当の意味で全ての魔術を極めるためには、
沙織のように時間をかけて一つずつ魔術を身につけていくしかない。

「全ての魔術を極める…か。」

それも良いかもしれないな。

共和国に存在する全ての魔術を極めるために学園に留まり続けるという選択肢もあると思う。

無理に急いで卒業する必要はないからな。

今後の方針として扱える魔術の幅を広げるのも面白いだろう。

いや…。

それを考えるのは試合の後だ。

先を望みすぎて足元が疎かになるようでは目的を叶えることなど出来はしないからな。

一歩ずつ、着々と進めていくことが重要だ。

それに、ここへきた目的は気分転換だ。

余計なことを考えるのは後回しにして、静かな時間を過ごそうと思う。

最後の試合で勝つために。

今は体力と魔力を回復させることが優先だ。

そのためにここに訪れている。

元々、単独で行動することが多かったことで、
一人でいるほうが気持ちが落ち着くということもあるのだが。

周りの誰かに気を使う必要などなく、
誰もが自分の世界に集中できる特殊な空間であるこの図書室こそ、
気持ちの整理に相応しい場所だと思っているからな。

時間を潰すという目的においてここに勝る場所はないと思う。

そんなふうに考えながら歩いていると、いつもの席にたどり着いた。

ここも変わらないな。

特別な思い入れがあるわけではないのだが、
最初に座ったという理由で図書室に来るたびに同じ席を選んでいる。

ここが俺の指定席だ。

そんなふうに思っている席は今日も当然のように空いていた。

そのせいか無意識のうちに同じ席を選んで腰を下ろしてしまう。

そして一息ついてみる。

だからといって何かが起こるわけではないものの。

ここに座っているだけで安らぎを感じることができた。

いままでなら幾つもの魔道書を並べていたのだが…。

今日は捜し物は何もないからな。

見るべき書物の検討さえ付けていない。

そもそも目的がないから手に取りたいと思う書物も当然存在しない状況だ。

だから机の上には何もないはずだった。

それなのに。

目の前には一冊の魔道書が存在している。

と言っても、俺が用意したわけではない。

ここへ来る前から置いてあっただけだ。

誰かがこの席を使用中という可能性が0ではないと思うが、
他に筆記用具や荷物があるわけではないからな。

単純に置き忘れてしまったのだと思う。

おそらくここへ来る前にいた誰かが片付け忘れたのだろう。

一冊の魔道書だけがぽつんと置き去りにされているのだが、この本には見覚えがあった。

一度目を通したことがあるからな。

本の題名は『特殊魔術基礎理論』と書かれている。

今ではすでに興味がないものの。

以前は興味を持って調べたことがある魔道書だ。

中に記されている内容も今ならおおよそ覚えている。

基本的な属性とは関係のない特殊な魔術に関する項目が数多くあったはずだ。

吸収の能力に関して調べていた時に調べていた魔道書だからな。

今でも内容を覚えている。

似たような魔道書として『特殊魔術応用理論』というものもあるのだが、
こちらは圧縮魔術に関する情報を集めている時に手にした魔道書だ。

どちらにしてもすでに興味がないのだが、
今、目の前にあるのは初期に図書室に訪れていた頃に調べていた魔道書になる。

それが懐かしく思えて、何気なく手を伸ばしてみることにした。

基礎理論か…。

すでに一通りの基本書には目を通しているからな。

この本も研究の為に手に取っていたのだが、
全ての研究がここから始まっていたのだと思えば少し感慨深いものがある。

この魔道書と出会わなければ霧の魔術が生まれることはなかったかもしれないからだ。

この魔道書との出会いも、俺にとっては必要な出来事の一つだっただろうな。

とは言え。

あの日からずっとここに置き去りになっていたということはもちろんない。

翔子に邪魔をされて書物を片付けられなかった経験はあるが、
次に訪れた時には本来あるべき場所に戻されていたからな。

おそらく図書委員の誰かが一つ一つ丁寧に片付けていったのだろう。

その苦労を押し付けたことに関しては申し訳ない気もするが、
翔子にまとわりつかれてそこまで手が回らなかったことも事実だ。

出来なかったことは仕方がない。

だがまあ、書物の管理も図書委員の役目のはずだ。

置き去りにされた書物を本棚に戻す作業も職務の一つだろうからな。

それが当然とは言わないが、
図書委員の職務によって本来であれば本棚に戻されるはずの魔道書だが、
彼らが気づく前にここへ来たことで、魔道書が残っていたのだろう。

つまり…。

この席で、この魔道書を読んでいた人物がいるということだ。

俺ではない他の人物がこの本を手に取って、今日この席で読んでいる。

それが誰なのか知る方法はないが、
俺と同じ書物を同じ席で読んでいた人物がいることを考えただけで自然と笑みが込み上げてしまった。

不思議な偶然でと思うからだ。

決して0ではない確率だが、
その事実にこうして気付ける可能性は何%あるのだろうか?

そんな疑問を考えながら置き去りにされていた書物を本棚へ戻す為に席を立ってみる。

周囲の席では真面目に勉強を行っている生徒達が数多くいるようだが、
少なくとも彼等ではないだろう。

魔道書を忘れていった人物はおそらくすでに図書室にはいないだろうからな。

それでも、もしも会えるとしたら一度会ってみたいとは思う。

会えたからと言ってどうするということもないものの。

俺と同じ行動をとっていた人物を見てみたいと思うからだ。

だがまあ、そうそう簡単には会えないとも思う。

学園には2万人以上の生徒がいるわけだからな。

その中の誰かを調べるのは無理だ。

ただ。

魔道書が基礎理論であることを考えれば、
俺と同じように入学したばかりの新入生なのかもしれない。

年単位で学園にいる上級生達が今更になって基礎理論を調べるとは思えないからな。

絶対にないとは言わないが可能性はかなり低いだろう。

だとすれば新入生になる。

今年の新入生は千人を超える程度だ。

2万人の中から捜すよりは簡単か?

それでも十分なほど面倒な話だとは思うが、
同期とも言える他の新入生達はどうしているのだろうか。

俺はすでに頂点の一歩手前まで歩みを進めている。

だが、他の新入生達も同じように活躍しているかどうかはわからない。

一部の生徒はセカンド・ステージにたどり着いているだろうか?

サード・ステージまで進んでいる生徒がいても不思議ではないと思うが、
よほど特殊な魔術を考えでもしない限りは難しいだろうな。

おそらくほとんどの新入生はファースト・ステージで悪戦苦闘しているだろう。

それが普通だと思うからな。

もしも吸収の能力がなければ、俺もまだファースト・ステージにいたのかもしれない。

………。

どうだろか?

あるいは別の能力に目覚めて活躍していたのだろうか?

そんな仮の話は想像すらできないが、
おそらく今ほど簡単に勝ち上がることは出来なかったのではないだろうか?

全く異なる能力でも特化した才能があれば話は変わってくると思うものの。

それはやはり仮定の話だ。

実際にどうなるかなんて考えようもない。

だが、別の道があった可能性は事実だと思う。

吸収ではない別の能力を発見することで、
もしも今とは異なる能力を手に入れていたとしたら?

もしかしたら今とは異なる世界が見えていたのかもしれないな。

吸収ではない別の能力、か。

その可能性を考えてみるのも面白いかもしれない。

意味があるかどうかはわからないが、
魔術とは想像力を具現化するものだからな。

今の自分とは異なる状況を想像することで、
新たな能力を手に入れられる可能性は十分にあるだろう。

そういう選択肢もあるのかもしれない。

別の能力を模索すること。

それも試合後の一つの可能性だろう。

………。

まただ。

考えないようにしようと思っていても、それでも何故か考えてしまう。

試合後のことは考えないようにしているつもりでも、
思考の先にたどり着く答えはそこだった。

「まあ、いい。」

書物を本棚へと戻してから再び指定席へと戻ってみる。

今は何もないテーブルの上。

そこに少しだけ寂しさを感じてしまう。

何もないということがこれほどまでに殺風景だとはな。

いつもなら所狭しと書物を広げて研究を行う状況だ。

それなのに今日は目的がない。

幾つか考えている事はあるものの。

今はただ試合に向けて集中すべきだと考えて何もしないでいる。

何もしない…か。

このままでいいのだろうか?

もう4時だ。

試合開始まであと3時間しかないが、まだ3時間あるとも言える。

どうするべきだろうか?

現状で出来ることは幾つもあると思う。

ただ、何をするにしても中途半端に終わってしまいそうな気がする。

だとすれば…。

何もしないという選択肢もたまにはあっていいのかもしれない。

気持ちを休めることも重要な選択肢だからな。

今はこのまま考え事でもしていよう。

時間はまだまだあるが、
新たな魔道書を眺めることは一切せずにただ静かに時が過ぎるのを待つことにした。
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