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THE WORLD 作者:SEASONS

4月5日

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自然の法則

「とりあえずだ。汎用性に関しては今後も研究を続けるとして、他の部分から解決していくことにしよう」

未だに解決していない汎用性に関しては黒柳が責任を持って考えるようだ。

実際に経験している為にどういう現象が起きるのかを知っているからな。

時間さえかければそれほど難しいことではないと思う。

極論すれば超音波を発生させるだけの簡単な魔術だからな。

黒柳も難しく考える必要はないと結論を出しているはずだ。

だからこそ今は別の疑問から解決していくことになった。

「まず、基本的な部分からだが。一口に超音波といっても、実際にはどの程度の波形が必要だと考えているのだ?」

超音波の周波数か。

どう説明するべきだろうか?

数字で示すことができれば一番なのだが、
正確にこうでなければならないという基準はないと思う。

ある一定以上の周波数であれば最終的な効果はほぼ同じだと思うからだ。

だから今回は実験で実際に行った方法を説明することにした。

「実験で展開したのは人が認識出来る限界のおよそ『10倍』の音域だ。今回はそうしていた」

と言っても、倍率に関しての理由は特にない。

ただ単に発動してみた結果として10倍になっていただけだからな。

「10倍か、なかなかの高周波だが、それだけの力が必要だと思うか?」

どうだろうな。

「今回は暫定的に設定しただけだ。」

おそらく5倍程度でも十分に通用するとは思う。

ただ、周波数を下げれば下げるほど効果が弱まる可能性はあるだろう。

「気になるのなら他にも色々と試して見れば良い。」

「…ふむ。それもそうだな。」

黒柳は顎に手をあてて、何かを黙考し始めた。

周波数の計算をしているのだろうか?

通常、人が認識できる可聴域かちょういきは2万ヘルツ以下だ。

犬なら6万ヘルツ程度であり、
猫であれば10万ヘルツほどになる。

人が認識出来る音域の10倍ということは単純に20万ヘルツの高周波ということになるのだが、
これほどの音域となれば聞き分けられるのはせいぜいコウモリくらいだろう。

それらを踏まえたうえで黒柳の頭の中では拘束結界の全貌が組み上げられているはずだ。

「ふむ。確かに10倍程度が理想的な数字かもしれないな」

観測結果が記された書類を考慮して周波数を計算しているようだ。

黒柳が考えていた理論とは大きく離れているが、
そんな事はどうでもいいように思える。

肝心なのは結果を出す事だからな。

誰のどんな理論でも問題はないと考えているのは明らかだ。

拘束結界という目的さえ実現できれば黒柳の目的は達成されることになる。

それで十分だと考えているのだろう。

将来的に敵になるかもしれない俺の理論を丸呑みすることに抵抗などないようだ。

研究者として、
完成された理論に欠点がないか?という一点のみを重要視しているようだった。

「それでは聞くが、この結界の欠点は何だと思う?」

…欠点か。

今回の実験では明らかにならなかったが、
可能性を言い出せば思い浮かぶ欠点は幾つもあるだろう。

黒柳もすでに幾つかの答えを想定しているはずだ。

だとすれば、これは俺を試すための問いかけなのかもしれないな。

欠点に気付かない程度の実力なのか?
それとも欠点をごまかそうとするのか?

それらを見極めようとしているように思えるからだ。

もしもそうなら、ここは即座に答えておいたほうが無難だな。

「可能性だけなら思いつく問題点は幾つもあるが、確実に欠点といえる問題が一つだけある」

「ほう…」

欠点があると認めたことで、黒柳は素直に感心したようだ。

「自分の理論を客観的に判断できるのだな?ふふっ。一流の研究者としての素質が感じられるぞ」

どうやら分析能力があることを評価してくれたようだが、
それ以上に黒柳を感心させた理由が別にあるだろう。

『弱点が存在する』と認めた発言そのものだ。

俺がその事実を認めるとは思っていなかったようだが、
今回の発言によってこれまで以上に黒柳の信頼を得られた気がする。

「自分自身の考えを否定できる者はそう多くない。それこそ実験が成功したあとであればなおさらだ。目の前の結果だけに満足して、そこで研究を止めてしまう者が数多くいるのが実情だろう。それが間違いだとは言わないが、その先へと踏み込んでいくのが一流の研究者というものだと俺は考えている。」

実験の成功が終わりなのではなく、
そこから新たな研究が始まるということだ。

その考えは理解できるが、そこまで考えていたわけではない。

「ただ単純な問題点を理解しているだけだ」

「それでいい。そこに気づけるかどうかが重要なのだ。その先に踏み込むかどうかは個人の判断になるが、そもそも気づけないようでは話にさえならないからな」

まあ、それもそうだな。

何も気づかなければ、そこで研究は止まってしまうだろう。

だが。

気づいてさえいれば、研究はいつでも再開できる。

「答えに気づいているというだけで、君は十分に優秀なのだ」

黒柳はそう判断してくれたようだ。

「…ということで、ここで一つ確認をしてみよう。」

俺に、ではなく、黒柳は自分の隣に視線を移した。

そこにいるのは西園寺だ。

お茶の片付けを終えた西園寺が戻ってきているのだが、
彼女は問題の欠点を未だに理解出来ていないようだ。

懸命に答えを考えている最中のように見えるからな。

とは言え。

ただ一つの欠点に関しては黒柳も実験段階で気付いていたようだ。

未だに答えの見つからない西園寺に視線を向けたまま、黒柳が簡単な質問を始める。

「さて、西園寺君。もしもきみが結界の内部にいるとして、だ。仕掛けられた超音波に対して君ならどんな対策を考える?」

「それはもちろん、シールドを展開しての防御…は、不可能でしたよね…。魔術を遮断出来ても音は遮断できませんから」

思いついた対処法を即座に否定して思い悩む西園寺だったが、
それはホンの数秒だけで、すぐに明るい表情に戻った。

「答えは空気の遮断ですね!」

自信満々に答えた西園寺だが、
その表情を眺めていた黒柳は大きくため息を吐いている。

期待外れだったからだろう。

ため息を吐きたくなる気持ちは分からなくもない。

「…あれ?違いましたか?」

判断に悩む部分だな。

決して間違いではないからだ。

ただ、現実的ではないと思う。

「音を遮断すれば拘束から逃れられると思うんですけど?」

まあ、そうだな。

確かに真空を作り出して空気を遮断すれば、
音が生み出す空気の振動を止めることができるだろう。

だが、な。

実際にやってみるのは非常に難しいと思う。

どう説明するべきだろうか?

納得させられる説明を考えていると、
不満げな態度の西園寺を眺めていた黒柳がもう一度ため息を吐いてから話し始めた。

「間違いではないが、空気を遮断してしまっては呼吸そのものが不可能になってしまうだろうからな。最善策とは言えないだろう。それに、だ。そもそもの前提として拘束結界の内部で魔術を展開する余裕があるとも思えない。それらを踏まえたうえで言わせてもらうと、残念だが君の提案は現実的ではないということになる」

「だとすると…」

西園寺が再び悩みだした。

「風で吹き飛ばす…とかですか?」

今度は自信なく答えた西園寺に対して、黒柳は静かに首を横に振る。

正解から離れてしまったからな。

「………。」

何も思いつかないのだろうか?

完全に沈黙した西園寺の表情は完全に困り果てているように見える。

「…降参します」

答えが分からなかったようだ。

大人しく頭を下げたことで、
黒柳は笑顔を浮かべながら西園寺の頭を撫でている。

「まだまだ勉強が足りんな」

「くっ!」

馬鹿にされているとでも思ったのだろう。

黒柳の行動が気に入らなかった様子の西園寺は頭を下げたままで密かに握りこぶしを小刻みに震わせていた。

「屈辱です…っ!」

まるで子供をあやすかのような態度で頭を撫でられたことが気に入らなかったようだ。

怒りに震える西園寺。

その憎悪に気付いているのかいないのか、
黒柳は笑顔を浮かべたまま正解を発表した。

「答えは簡単なことだよ西園寺君。正解は超音波を起こす事。ただそれだけだ」

「………。………。………。……はぁっ?」

意味不明といわんばかりの表情だ。

まだ理解できていない西園寺の為に、黒柳が解説を始めた。

「今回実証した拘束結界は『超音波』によって混乱を引き起こす魔術だ。だがもしも、結界の内部でも超音波を起こせばどうなるか、分かるか?」

そこまで話を進めたことで、
ようやく西園寺も理解したようだ。

「波形の相殺!?重ね合わせの原理ですね!」

「正解だ」

重ね合わせの原理。

それは特定の波形に対して真逆の波形を合わせると、
互いに干渉しあって両方の波形は『均一化』されるという自然現象だ。

同一の勢いがあれば、
波形は互いに勢いを打ち消しあって平行線になる。

つまり、超音波に限らず全ての『音』が消失するという事だ。

だがこれは『同一』でなければならない。

一方の勢いが強ければ均一化に失敗して相殺するどころか増幅する可能性があるからな。

波形に対して『真逆』の波形を返せなければならないという条件付きだが、
成功すれば理論上は相殺が可能になるだろう。

それが拘束結界の理論にも適用されことになるということだ。

魔術による直接的な効果ではなくて超音波という間接的な方法をとっている為に、
自然の法則から逃れる事が出来ないということになる。

「方法は理解できましたが、結界の発動から対象への影響は僅か数秒間です。その間に魔術を発動させて超音波を起こすことができるでしょうか?可能性としては否定出来ませんが、果たして本当に実現出来るものなのでしょうか?」

西園寺の言葉を聞いた黒柳が俺に視線を向けてきた。

それだけで黒柳の言いたいことは理解できてしまう。

すでに俺の情報を知っているはずだからな。

「出来るのだよ、西園寺君。少なくとも彼にはできる」

黒柳は確信しているようだ

この結界を無効化出来るはずだと、な。

その可能性を考える黒柳と西園寺の視線を真っ直ぐに受け止めながら、
黒柳から説明を引き継ぐことにした。

「絶対とは言わないが、不可能ではないと思う。実際に影響が出てから混乱作用が発生するまでには2、3秒の時差があるからな。その間に圧縮魔術を展開、発動できれば間に合う可能性が十分に有る」

俺の説明を聞いたことで西園寺が『なるほど』と頷く。

「確かに圧縮魔術による対応は可能ですね。相殺が間に合うかどうかは別問題ですが…」

まあ、そうだな。

疑問を呟く西園寺の言葉を引き継いで再び黒柳が解説を始めた。

「現状では俺と天城君なら可能だろう。一時的には意識を分断される苦しみに耐える必要はあるが、影響が出る前に理論を構築して魔術を圧縮できれば、あとは発動するだけだからな。純粋に詠唱を行うよりも抵抗できる可能性は遥かに高いはずだ」

もちろん即座に解除とはいかないだろう。

防衛の為に発動した超音波が拘束結界の波形と真逆でなければ相殺は失敗となって拘束結界の影響を受ける事になるからな。

それは避けられない。

だが、魔術を展開することさえできればこのあとの対応は可能になる。

試合場全域を覆う巨大な結界の全方位から発生する超音波に対して、
真逆の超音波を起こして相殺を計るというのは至難の技だと思うが決して不可能ではない。

残念な話だが、ここに所属する職員達の実力では無理だろう。

西園寺でさえ不可能かもしれない。

だが…。

「おそらく、俺と天城君なら相殺は可能だ。理論を正しく理解し、対応出来るだけの力もあるからな」

黒柳の発言を否定しようとは思わなかった。

俺も同じ考えを持っていたからだ。

完全なる相殺。

あるいは無効化を行う為には真逆の超音波を起こす必要があるのだが、
その答えを知らなくても正確に調べる方法が一つだけある。

ある程度弱めた超音波から徐々に周波数を上げていけばいずれ答えを探り出せるということだ。

もちろん結界の内部にいて自らの意思で魔術を操ることはできないと思うが、
自動的に周波数を上げるだけの魔術を展開しておけばあとは放置するだけで答えを調べてくれるだろう。

その間。

解析までに多少の時間をようするせいで一時的には魔術の影響を受けてしまうことになるのだが、
解析が追いついた瞬間に超音波が途絶えて魔術の影響から逃れることができるようになるはずだ。

ただ、この方法では正解が判明したあとも迎撃魔術は自動的に周波数をあげようとしてしまうため。

拘束から逃れられる時間はコンマ数秒程度だろう。

それでもその瞬間さえあれば周波数を固定することは可能だと思う。

「言いたいことは理解できなくもないのですが…」

西園寺がふとした疑問を口にする。

「超音波を起こすと言っても、向かい来る超音波に対して、相殺の為の超音波など起こせるものなのでしょうか?」

まだ信じられないといった雰囲気の態度だな。

そんな態度の西園寺を見て。

「簡単な事だよ、西園寺君。」

黒柳が自信をもって答える。

「自分の周囲に拘束結界を展開させて、内側ではなく外側に向けて超音波を起こせば良いだけだ」

「外側へ、ですか?」

「ああ、そうだ。もちろんこの方法にも限界はある。だがそれ以外の方法はないと言っても良い」

そう言って黒柳は再び解説を始めた。

結界の外側に向けて超音波を起こすこと。

それ自体は難しい事ではないからな。

実現可能だ。

だがこの方法にも自然の法則が適用されてしまうという欠点がある。

攻撃側は全方位という効果を最大限に利用出来るのだが、
迎撃側は距離と共に周波数が変化してしまうからな。

立ち位置によって音波の強弱が生まれてしまうのは避けられない。

そのため。

拘束結界の内部において各方面に応じた超音波を起こせるかどうかが上手く相殺出来るかどうかの分かれ目となるだろう。

だからこそ拘束結界に対する相殺の条件は3つだ。

【1】超音波を利用していることを知っている事。

【2】圧縮魔術を使える事。

【3】相殺出来るだけの超音波を起こせる事。

それら全ての条件を満たした時に拘束結界の影響から逃れる事が出来る。

現段階でいえば正確に理論を理解しているのはここにいる3人のみだ。

圧縮魔術の使用そのものは3人とも可能だとしても
理論構築能力において西園寺では及ばないだろう。

その結果、黒柳と俺だけが相殺可能になる。

「はあ…。」

黒柳の説明を聞き終えて、
西園寺は小さくため息を吐いていた。
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