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THE WORLD 作者:SEASONS

4月5日

163/4820

熱湯

《サイド:天城総魔》

再び所長室に戻ってきた。

黒柳と西園寺の二人が先行して室内へと入っていく。

「さて、さっそく検証作業に入りたいわけだが、約束の時間まであまり時間はないだろうからな。手早く済ませてしまおう。すまないが、西園寺君はお茶の用意をしてくれないか?」

「分かりました。すぐに用意いたします」

今回、お茶の用意は西園寺がしてくれるようだ。

その間に黒柳と向かい合って席につくと、
黒柳が実験の資料を机の上に並べ始めた。

「ひとまずこれらが今回の実験記録になる」

俺が展開した拘束魔術の実験記録だ。

内容に関しては興味があるものの。

まだ整理されていない書類の束だからな。

必要なものと不要なものの仕分けすらされていないためにかなりの量の枚数になってしまっている。

全て確認するだけでも数時間はかかるだろう。

これら全てに目を通してから話し合うとなると、とても10分程度では不可能だ。

まともに検証作業を行うとなると、
それこそ丸一日がかりになってしまうかもしれない。

だが、そこまで付き合う時間はないからな。

ここで延々と話し合うつもりはない。

「実験記録の検証はそちらに任せる。さすがにそこまで付き合える時間はないからな」

「まあ、そうだろうな。俺としてもそこまでは望んでいないが、理論の裏付けにはなるだろう。あって困るものではないはずだ」

実験記録は検証を行うためではなくて、
俺の理論を補足するために用意したようだ。

だとしたら言うべきことは何もない。

黒柳の好きなようにすればいい。

そんなふうに考えていると、
準備を整え終えた西園寺がお茶を差し出してくれた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

お茶を用意してもらったことで礼を言った。

ただそれだけのことなのだが。

「?」

西園寺は一瞬だけ驚いたような表情を見せてから、
今まで一度も見せなかった微笑みを見せた。

「へ~。ちゃんとお礼を言えるのね。普段の態度が態度だから、感謝してもらえるとは思ってなかったわ」

普段の態度、か…。

聞き取り方によっては嫌味にしか思えないが、
微笑みを浮かべている西園寺に悪意は感じられなかった。

純粋に思ったことを口に出しただけのようだ。

そういえば、嘘は付けない性格だったか?

黒柳はまだ何とも言えないが、
西園寺の発言に関しては信用してもいいだろう。

良くも悪くもはっきりと自分の意見を発言する性格だからな。

まだまだ味方とは思えないが、
発言そのものに悪意はないと判断して間違いないだろう。

あるいは今回の実験で少し友好的になったと考えていいかもしれない。

だから、というわけではないが。

俺自身の考えを伝えておくことにした。

「どう思われても構わないが、受けた恩に対して仇を返すようなつもりはない。」

必要であれば感謝し、
必要であれば頭を下げる。

その程度の行動はできるつもりでいる。

「ただそれだけのことだ」

個人的にそう思っているだけなのだが。

「ふ~ん。あなたはそう思うのね。でもね。ただそれだけのことをちゃんとできる人って結構少ないのよ」

西園寺としては評価すべき行動だったようだ。

「例えば、ここにいる誰かさんとか、ね。」

ちらりと視線を向けた先にいるのは黒柳だ。

「何度注意してもなかなか掃除をしない所長の代わりに、私がここの管理をしているのよ」

そう言って周囲を見渡す西園寺の視界には乱雑に放置された書類や脱ぎ捨てられた衣服があちらこちらに映っている。

「昨日も片付けたはずなのに…」

室内は既に荒れ果てているといっても過言ではない状況だ。

この状況に疑問を感じる気持ちは理解できなくもない。

「どうして一日でこうなるのか不思議で仕方がないわ」

深々とため息を吐きながら蔑んだ目で黒柳を見つめている。

その態度から本気で疑問を感じているのは明らかなのだが、
黒柳にしても言い分はあるようだった。

「その点に関してはちゃんと感謝しているつもりだぞ。西園寺君が片付けてくれたあとは必ず礼を言っているし、謝罪もしているつもりだ」

礼儀を欠くようなことはしていないと自信を持って宣言していた。

だが西園寺の態度は変わらないようだ。

「どれだけ感謝したとしても結局私が片付けることになるのならそれは感謝しているとは言えません。そもそもの前提として謝罪しなくてもいいように事前に行動するのが模範的な行動というものです。最終的にご自分でなさらない限り、反省の気持ちは認められません」

きっぱりと黒柳の訴えを退けていた。

「仮にも私の上司なのですから、私が尊敬すべき人物になってください」

そんな一方的な言い分を押し付けたあとに、
西園寺は黒柳の分のお茶を用意するために再び席を離れていった。

「………。」

西園寺が離れたあともまだ何か言いたげな表情をしていた黒柳だったが、
数秒ほど考えてから大きくため息を吐いていた。

どうやら反論することを諦めたようだな。

立ち去った西園寺から視線を逸らした黒柳は今までの会話がなかったかのように話題を変えて本題に移ろうとしていた。

「さて、君がここにいられる時間もあと僅かだからな。ひとまず調査結果を話し合おう」

少し無理がある気がするが、
これまでの会話をなかったことにするつもりのようだ。

黒柳は強引に本題へと話を進めようとしていた。

それでもさきほどの西園寺の発言によって居心地の悪さを感じているのだろう。

今もまだ表情が引きつっているのが目に見えて分かる。

とは言え。

その辺りに関しては追求しないほうがいいだろうな。

二人の関係はよくわからないが、
現在の状況から察するにおそらく普段からこの調子なのだろう。

だとすれば余計な詮索はしないほうがいい。

それこそ時間の無駄だからな。

まずはテーブルの上に広げられた調査結果の書類を黒柳と共に眺めつつ。

拘束結界について話を進める事にした。

「ひとまず魔術の証明は出来たと判断していいんだな?」

用意された書類を眺めながら問いかけてみると、
黒柳は満足そうな表情で頷いてくれた。

「ああ、そうだな。実験は大成功と言っていいだろう。魔術の理論に矛盾はない。拘束能力の実用性も認められたからな。文句なしに拘束結界は完成したと言えるはずだ」

汎用性にさえこだわらなければ、という条件はつくものの。

結界そのものは完成したことで黒柳としては満足できる結果になったようだ。

「この理論をもとにして研究を続ければ、より高性能な結界を作り上げることもできるだろう。それに汎用性に関しても時間をかければ解決できる問題だからな。根本的な理論さえ完成すればあとの改良はどうとでもなる。まずは研究の完成を喜び、君の協力に感謝しよう」

よほど満足のいく結果だったのだろう。

俺の手を取って力一杯握手をかわそうとする黒柳の表情は喜びで満ち溢れているように思える。

だから聞いてみることにした。

「それほど喜ぶことなのか?」

「当然だろう。研究所を任される者として『依頼された研究が出来ませんでした』とは死んでも言えないからな。任務を達成できたことは心から喜ぶべきことだ」

つまり、心から喜べるほど限界ギリギリのところまで追い込まれていたということだ。

一体誰が黒柳に依頼を出したのかは知らないが、
ここまで黒柳を追い込める人物となるとそう多くはいないと思う。

学園の関係者であることを考えれば考えられる候補は数名しかいないだろうな。

学園を管理する者達の誰かだ。

それが校長なのか理事関係の人物なのかは分からないが、
それ相応の権力を持つ者なのは間違いないだろう。

「喜んで貰えるのは有難いが、今回の実験は個人的に興味があったから協力しただけだ。感謝してもらうために手を貸したわけじゃない」

「はっはっはっはっ!!!それでもいいじゃないか。結果さえ出れば俺も満足だ。君がどういう理由で協力したかは問題ではない。少なくとも、研究を盗みに来たのでなければそれでいいのだ。まあ、仮に実験に失敗していたとしても君を責めるつもりなどなかったがな。」

「わざと失敗する可能性もあるだろう?」

「ははははっ。それを見抜けないほど間抜けな男に見えるか?」

「…いや。見えないな」

「当然だ。そんな節穴な目で研究所の所長など務まりはしない。君が俺をどう思っているか知らないが、それなりに人を見る目は持っているつもりだからな。君が何らかの意図を持って行動していたなら、その意図を見破れる程度の判断力はある。」

自信を持って宣言する黒柳の言葉はおそらく真実だ。

黒柳自身の実力に関してはまだ何も知らないが、
瞳の奥に見え隠れする意志の強さははっきりと感じられる。

この男はどうしてここにいるのだろうか?

ただの研究者の目ではないと思う。

瞳の奥に宿る光は寒気すら感じるほど研ぎ澄まされているからだ。

広範囲から細部に至るまで、
全てを見透かすかのような力強さを感じさせる。

もしもここにいるのが心の弱い人間であれば、
黒柳と視線を混じり合わせることさえできないだろう。

「その目は修羅場を経験してきた者の証だな」

「ははははっ!!!それを君が言うのか?君のほうこそ挫折を乗り越えてきた者が放つ意志の強さを感じさせるぞ。それは…そうだな。それこそ地獄を経験した者の目だ」

………。

「ははははっ。図星だったか?」

「さあな。だが、人を見る目があるというのは本当のようだ」

「その発言自体が俺の指摘を肯定しているようなものだが、まあその辺りに関しては無理に追求しないようにしよう。気にならないといえば嘘になるが、君を詮索するためにここに呼んだわけではないからな。今は実験に関する話だけにしておこう」

少しばかり空気が重くなったのを感じ取ったのだろうか。

黒柳は早々に追求を諦めて本題へと話を戻そうとしたのだが、
会話の途切れ目を待っていたかのように西園寺が戻ってきた。

「所長、お茶が入りました」

一度に済ませればいいはずの作業を何故か二回に分けていた西園寺が戻ってきたのだが、
今回は何故か分厚めの鍋つかみを右手にはめている。

そして何故か鍋つかみで掴んだ湯呑を黒柳の手元に置いてから、
邪魔な鍋つかみを外してテーブルの上に茶菓子を並べていった。

これは何の真似だろうか?

意味がわからない。

だが…。

肝心の黒柳は一切動じていないように見える。

これが標準なのか?

いや、まさかな。

ありえないと思う。

微かな疑問が脳裏をよぎるが、
それは考えすぎだと思うことにした。

…のだが、どう見てもこれは…。

視線の先にあるモノは明らかな異常を示している。

どう考えても普通ではないからだ。

本気なのか?

常人であれば不可能だと思うのだが、目の前の現実は常軌を逸している。

「それは…」

どういう目的かを問いかける前に。

「やっぱりおかしいと思うでしょう?」

あきれ顔を浮かべる西園寺が冷ややかな視線を黒柳に向けた。

「どうして、これが飲めるのかしらね?」

西園寺としても理解しがたい行動のようだ。

だが、当の本人である黒柳は涼しげな顔で湯呑を掴んで、
『蒸気』の立ち上る湯呑みに躊躇ちゅうちょする事なく口を近付けている。

そして、それが当然のことのように口の中へと流し込んでいた。

「ふう。やはり茶は熱いほうがいいな。」

いや、そういう問題ではないと思うのだが…。

黒柳は熱さを感じないのだろうか?

それとも純粋に熱いお茶が好きなのだろうか?

よくわからない。

だが、どちらが正解だとしてもこれは無理があるだろう。

湯気が立ち上っていると表現できる範囲を逸脱しているからだ。

どういう原理かは知らないが、
沸騰している状態のお茶が湯呑に注がれていたように思う。

本来なら飲むどころか触ることさえできないはずだ。

それなのに。

黒柳は平然と湯呑を掴んで熱湯と呼ぶべきお茶を飲んでいる。

その異常な行動はさすがに俺も理解できない。

西園寺でさえも鍋つかみを利用しなければ湯呑を運ぶことさえできなかったはずだ。

それなのにどうしてその湯呑を素手で持てるのか?

そしてどうして沸騰状態の熱湯が飲めるのか?

色々と疑問が尽きないのだが。

黒柳は当然のようにお茶を飲みながら用意されたお菓子にも手を伸ばし始めている。

「今日は団子か。西園寺君が用意してくれる茶菓子はいつも美味いな」

純粋に茶菓子を堪能しているようだが、俺の興味はそこにはない。

むしろ茶菓子への興味が薄れてしまうほどの異変に目が逸らせないというべきだろうか。

「いつもその茶を飲んでいるのか?」

あまりにも平然と熱湯を口にする黒柳の行動に驚いて問いかけてみると、
黒柳は当然と言わんばかりに力強く頷いた。

「ああ、そうだ。お茶は熱いくらいが丁度良い。君はそうは思わないか?」

逆に問い掛けられたのだが、はっきり言って同意はできない。

どう考えても沸騰している茶など飲めそうにないからだ。

それでも一応、西園寺が用意した黒柳の湯呑みに視線を向けてみる。

まだ湯呑の中には半分ほど茶が残っているのだが、
今でもボコボコと沸き立っている状態だ。

おそらく保温効果を通り越して、
発熱作用のある湯呑を使用しているのだろう。

わざわざ手で触れるまでもないが、
見るからに熱湯を注がれた痕跡のある湯呑は相当冷ましてからでなければ触ることさえできないように思う。

それこそ鍋つかみでも使わなければ火傷するのは確実だろう。

さすがにこれは無理だ。

耐熱魔術で手を強化して、
冷却魔術で冷ませば何とかなるかも知れない。

だが、そこまでする必要があるだろうか?

そもそも普通に入れればそれで済む話だ。

そんなふうに思ったことで。

「…普通で良い」

と答えてみた。

「…ふむ。まあ、そういう考え方もあるだろうな」

控えめに否定したことで、黒柳は不満そうな表情を見せている。

「なかなか理解してもらえないものだな」

本気で言っているのだろうか?

わざとらしく嘆く黒柳の側では西園寺が激しくため息を吐いていた。

「所長の趣味を理解できる人なんて世界中を探してもいないと思います」

「………。」

はっきりと言い切る西園寺の行動が気に入らなかったのだろう。

西園寺に対して一瞬だけ睨みつけるような視線を向けた黒柳だったが、
口喧嘩では西園寺に勝てないと思ったのかすぐに気持ちを切り替えて空になった湯呑をテーブルの端に移動させていた。

「さて…。冗談はここまでにして、本題へと入ろうか」

本題を進めるために書類に手を伸ばした黒柳の目はすでに真剣なものへと変わっていたのだが、
議論を始める前にどうしても言わなければ気がすまなかったのだろう。

「どこまでが冗談で、どこからがそうでなかったのですか?」

黒柳の発言を遮るかのように西園寺が呟いていた。

「冗談でも熱湯は飲めませんよ?」

ごく当たり前の発言ではあるのだが、
黒柳としては気に入らないようだ。

「言いたいことはそれだけか?」

再び黒柳が西園寺を睨みつけると、
西園寺は一滴の冷や汗を流しながらそそくさと湯呑を片付けて離れてしまった。

…ふう。

この話の流れだけで5分は無駄にしたな。

俺の湯呑はまだ置いてあるが、
まだそれほど減ってはいない。

黒柳のような熱湯ではない普通の温度だが、
それでも十分に熱くて飲み干せないからだ。

もう少し冷めるまで待とうと考えていたのだが、
そんなこちらの考えなど気にする事もなく黒柳は話を進め始めていく。

「…まあいい。西園寺君のおかげで話が逸れたが、今度こそ本題へ戻ろう」

仕切り直してから項目毎に書類を並べ替えた黒柳がようやく議論を開始した。
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