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THE WORLD 作者:SEASONS

4月5日

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テンプテーション

《サイド:天城総魔》

ここに来るのは2度目だな。

前回来た時と同じ席に座ってみる。

黒柳は少し離れた場所にいるのだが、
今はお茶と茶菓子を用意してくれているようだ。

しばらくしてから二人分の準備を整え終えて、
書類の束を抱えながら向かい側の席に腰を下ろした。

「まあ、お茶でも飲んで気楽にしてくれ」

「ああ、そうさせてもらう」

用意されたお茶を一口飲んで小さく息を吐く。

その間に黒柳が書類の束を広げて、俺に見えるように机の上に並べていった。

これが研究資料か。

本来なら極秘文書として扱われるべき書類なのだろう。

持ち出し禁止と記されていることから書類の重要度が感じられる。

それらを机の上に並べた黒柳が話の準備を整え終えた。

「こうなった以上は隠しても仕方がないからな。君の協力を得る事にしよう」

研究を最優先することを宣言してから、黒柳が説明を始めた。

「まずは基本的な部分からだが…」

隠れて行っていた実験。

その目的は拘束結界の開発であり、対魔術師用の結界のようだ。

魔術名はテンプテーションと名付けられている。

対象となる人物の魔力に干渉して、
魔力の流れを拡散させることを目的としているようだ。

魔力そのものを失わせるほどの効果はまだないようだが、
対象を混乱させる程度の効果は想定しているようだな。

まあ、ここまでは予想通りだ。

問題はその理論だが…。

通常、魔術を使用する手順は術者の魔力を手や足などの特定の部位に集中させることから始まる。

そして集中させた魔力を想像力によって変換して、
炎や雷などの魔術として具現化するという流れになる。

その際の補助的な役割として詠唱を行うことになるのだが、
熟練した魔術師であれば詠唱は必要ない。

最終的な形を明確に想像できるのであれば詠唱を省略することは可能だからだ。

だがそれでも、魔力を変換するという手順だけは省略できない。

無から有を生み出せるわけではないからな。

魔力という媒体を魔術という形に変える手順だけは確実に必要になる。

その手順である『魔力を変換する』という部分を妨害するための理論として考えられたのが拘束結界のようだ。

魔力そのものに干渉して撹乱させることができれば
魔力を集中させることも変換させることもできないことになる。

安定しない力を無理に変換する事はできないために。

事実上、魔術を封印することが可能になるという理論だ。

それでも無理に魔術を行使しようとすれば失敗して暴発するだけだ。

単に魔術が失敗したというだけならまだいいが、
魔力そのものが暴走すれば術者の安全は保証できないと思う。

『魔術を使わせない』という理論は封印というよりも暴走させることを主体として考えられているために。

封印結界ではなくて拘束結界と呼ばれているようだな。

単純な相殺や解呪などによる対処方法ではなく、
魔術そのものを使用不可能にする事を目的としているということになる。

「…と、まあ現状ではこの方針で研究を進めているわけだ。」

なるほどな。

確かに考え方は間違っていないだろう。

「この魔術が完成した場合。魔術師対策としては効果的だろうな」

「ああ、一方的に対象の魔術を使えない状態にできるわけだからな。広範囲魔術としての効果も期待できる。この魔術さえ完成すれば魔術師同士の喧嘩や争いもこれまで以上に効率よく仲裁できるようになるはずだ」

魔術師同士の喧嘩や争い。

それはつまり『俺』を拘束する手段が確立するということだ。

だがまあ、今はそこは問題ではない。

使用方法は気にしないと宣言しているからな。

あくまでも拘束魔術が完成すればそれでいい。

その理論さえ確立できれば俺自身の戦術の幅も広がるからな。

協力する価値はあるはずだ。

おおよその概念は今の説明で理解できた。

そしてすでに実験の進行具合も把握できているつもりだ。

「先ほどの試合中での出来事を考慮すれば、結界としての成果は失敗したものの。魔力に干渉すること自体は成功したというところだな?」

「あ…ああ。君の言うとおりだ。西園寺君からの報告ではそう聞いている。結界としては未完成のために残念な結果になってしまったが、魔力に干渉すること自体は成功していたようだ。とはいえ、それでも20秒の理論値うちの僅か5秒程度だけだったようだがな」

期待値の20分の5か。

「それでは完成には程遠いな」

「返す言葉もないとしか言いようがないところが頭の痛い部分だが、それでも理論としては既に確立している研究だからな。決して不可能な実験ではないと考えている」

「そうなのか?」

「ああ、君はまだ知らないかもしれないが、この学園には『生徒指導室』と言う名の隔離施設が存在しているからな。」

「隔離施設?」

「そう、隔離施設だ。具体的に言うなら『牢獄ろうごく』と言ってもいいだろう。学園内において問題を起こした生徒を幽閉ゆうへいして反省させるための部屋だと思えばいい。校舎の地下に生徒指導室はあるのだが、その施設内において魔術の使用は禁じられている。それこそ、使いたくても使えないように防御結界を展開しているからだ」

「魔術を使わせない技術はすでにあるということだな?」

「ああ、そうだ。だがその結界は学園に蓄えられている膨大な魔力を流用することで強制的に魔術を分解しているだけだ。常時、魔術の解呪を行っていると思えばいい。だからこそそんな大規模魔術を個人で扱うのは不可能なのは分かるな?数十名の不良生徒達が暴れるのを防ぐために展開している強力な結界だからな。特定の範囲内だけに作用する小規模の結界が目的とは言え、大規模魔術を縮小するというのはなかなか難しい作業になる」

すでに存在する大規模魔術を縮小するために実験を行っているのだと黒柳は説明した。

だが、だとすれば気になる部分がある。

今の説明と現在の実験の内容に違いがあるように思えるからだ。

「実験の内容は魔力に干渉して魔術を発動させないことが目的だろう?だが、既存の結界が発動した魔術を分解しているのなら理論そのものが別物だ」

「ほう、そこに気づいたか。その辺りの違いに関しても説明するつもりではいたが、気づいてくれたのなら話が早い。詳細に関しては後ほど説明するとして、どうしてそうなったのかを先に言っておこう」

こちらが指摘した差異に関して、
黒柳は書類の一部を指差しながら話し始めた。

「まず根本的な話になるが、大規模魔術を縮小しようと思えば、それ相応の何かを削り取らなければならないのは分かるな?」

「ああ、当然の話だ」

同等効力を持たせたまま縮小することはできないからな。

魔術の範囲を狭めるだけなら不可能ではないとしても、
常時、解呪魔術を展開するなどという無茶を持続させるのは不可能だ。

それこそ無制限に近い魔力が必要になるだろう。

だからこそ完成した魔術を縮小するために何らかの能力を削ぎ落とさなければならない。

「それは分かる」

「うむ。そこで問題となるのが、膨大な魔力を消費することを前提として作られた大規模魔術から魔力の縮小を行えばどうなるか?その答えは聞くまでもないだろう。発動失敗だ。単純に消費量を減らせば小規模で発動するというものではないからな。そもそもの理論が崩壊するだけでしかない。だから個人で扱える程度の魔力で発動できる範囲の結界を展開しようとしても実際にはうまくいかないのだ」

だろうな。

それも分かる。

魔術は理論的に組み上げるものだ。

魔力の消費量を調整して効果範囲を縮小するだけで効果を維持しようとするのは難しいだろう。

少なくとも、大規模魔術の理論を単独で理解して改変出来るだけの実力がなければ実行不可能だ。

ただ単純に炎や氷を生み出すのとはわけが違うからな。

対象に変化をもたらせるという技術は術者の理解力と実力が重要になる。

すでに存在する技術とは言え。

複数の魔術師が協力して発動する大規模魔術を単独で実行しようと思うのなら、
それこそアルテマ級の難易度になるだろう。

並みの魔術師では実現不可能な方法としか思えない。

いや、単純な攻撃ではないために翼を展開しても発動は無理だろうな。

魔術の数の問題でもない。

大規模魔術を単独で展開できるかどうかという問題だからだ。

こればかりは個人では解決できない。

「だから大規模魔術の縮小は諦めたということか」

「ああ、そうだ。全く同じ理論を維持したままで個人で扱うのは不可能だからな。だから全く別の理論を考える必要があった」

「そのために既存の理論を流用して、新たな技術を開発しようとしたのか」

「そういうことだ。それともう一つ問題がある。それは既存の大規模魔術は魔術を分解する能力に特化しているために物理的な行動を阻めないということだ」

「どういうことだ?」

「つまり、結界の内部にいる間は魔術を使えないが、結界を出てしまえば使えるようになってしまうということだ。そして結界の出入りを制限する手段が既存の結界には存在しないのだ」

「だとすればどうやって生徒達を地下に閉じ込めているんだ?」

結界から出られれば魔術を使えるのなら、
閉じ込めること自体が難しいはずだ。

「だからこその地下だ。鉄骨で汲み上げられた地下室は人の手では破壊不可能だからな。唯一の出入り口である扉も鋼鉄製で耐久度は高い。魔術の使えなくなった生徒達に脱走は不可能だ」

物理的な障壁によって逃亡を防いでいるのか。

「というのも、魔術を使えなくするのは当然の処置ではあるのだが、彼らは決して囚人ではないからな。生活する上で最低限の自由は守らなければならない。施設の内部では一般的な生活をさせなければならないからな。魔力そのものに影響を与えて行動不能にするわけにはいかないというのが実情でもある」

「確かに、そこまでするわけにはいかないだろうな」

「ああ、だからこそ新たな研究を行う必要があった。特定の場所に押し込めてから魔術を展開するだけなら大規模魔術の縮小を考慮してもいい。だがどういう条件下でも発動できるようにするためには対象の行動そのものに影響を与える結界を展開しなければならないのだ。対象を逃さないという条件も成立させなければならないからな」

そのために考えたのが魔力への干渉であり、
対象を行動不能にするという理論のようだ。

「…とまあ、これが現在抱える多数の問題だ。先ほどの君達の試合での実験結果によって多少の改善は見込めるが、それでもまだまだ未完成と言わざるを得ないだろうな」

拘束できる時間が5秒から20秒になったとしても、
それで全てが解決するわけではないからな。

今回は17名の職員を動員して実験を行っていたのは間違いない。

実際に結界を展開していた職員が何人かは分からないが、
単独での展開を考えるのならまだまだ規模の縮小理論も突き詰めなければならないだろう。

「今回の実験では、何人の職員が結界を展開していたんだ?」

「4人だ。残り13名は純粋に防御結界の調査を進めていたはずだからな」

「その4人で分担した役割を単独で扱うことは可能なのか?」

「不可能ではない、というのが状況だな。誰でもとはいかないが、俺か西園寺君なら実行可能だろう。もちろん、現状では、という条件がつくがな」

「改良して複雑になった理論を展開できる保証はないということか」

「…そういうことだ」

黒柳が素直に認めたことで、一通りの情報が出揃った。

実験は未完成という以前の段階だ。

文字通りの試作段階だった。

現状では未完成と呼ぶのも早いだろう。

この理論が完成して魔術が確立するまでには時間がかかりすぎる。

どう頑張っても数日で解決できる問題ではないはずだ。

多種多様な実験を繰り返して多方面からの分析を行い。

安定した結果を出せるようになるまで時間をかける以外に解決策が思い浮かばない。

「これでは完成までに年単位の月日が必要だろう?」

「ああ、そうだな。それは分かっているが、だからといって保留にするわけにはいかないのだ」

まあ、そうだろうな。

俺が学園にいる間に完成させるのが黒柳の目的だろうからな。

数年後では話にならないだろう。

とは言え。

学園内においてもすでに魔術を使用不可能にする為の結界の研究は進んでいて、
特定の場所においては魔術が使えないようになっているようだ。

だがこれは並の魔術師程度の話だろうな。

最上位の生徒達まで完全に封じ込められるという保証はどこにもないだろう。

いや…むしろ不可能と言うべきか。

俺はすでに試合場の結界に影響を与えるほどの魔術が使えるからな。

全力で放つ『アルテマ』は結界を崩壊させることができる。

それに。

かつて実験室で見た青年も結界を破壊出来るだけの力があるはずだ。

だとすれば現存する結界よりも強固な結界が必要になるのも当然だろう。

何よりも俺には『吸収』という能力がある為に。

通常考えられる魔術結界で押さえ込める可能性は0に近いと考えるべきだ。

だからこそ新たな理論による拘束結界が必要になる。

完成すればどれほど強力な魔術師も魔術が使えなくなり、
ただの一般人と大差なくなるであろう拘束結界。

その為の方程式がびっしりと書き込まれた書類には複雑な理論構築が記されていて、
見た目だけでは判断出来ない図式が並んでいる。

その内容は俺にとっても複雑過ぎて、
すぐに理解出来るものではなかった。

この書類を見ただけでは把握しづらいと思う。

これが完成した理論であれば理路整然として見る者全てに分かりやすく書かれるだろう。

だがこの実験はまだ試作段階であって、
要所要所において仮説的な部分がある為に余計に複雑に見えてしまう。

そのことを黒柳も理解しているようだ。

「読みにくくて申し訳ないが、これが今の現状だ」

謝罪するかのように苦笑いを浮かべている。

「一応、順に説明しておこうか」

黒柳が並べた書類順に説明してくれるのだが、
まだ理論としてあい昧な部分もあって説明そのものが矛盾する場合もある。

「当初考えていたよりも問題点が多くてな。正直、どうすればいいのか頭を悩ませていたところだ」

それが素直な感想なのだろう。

実際に書類を見た限りではこの場で協力できることは何もないように思えてしまう。

せいぜい調査期間を短縮させられる程度でそれでも完成にたどり着くまでに1年はかかるだろう。

この理論では時間がかかりすぎるからだ。

だからと言って理論そのものに問題があるわけではない。

そうではなくて求めるモノが多すぎて理論が複雑になってしまっているのだ。

それらを一つずつ解決するためには時間をかけるしか方法がない。

だとすれば別の方法を考えるべきか?

書類に目を通して自分なりに理論を構築してみる。

目的にしているのは『魔力への干渉』だ。

それさえ実現できれば対象を行動不能にすることができるだろう。

魔力への干渉か…。

それはすでに俺にとって得意分野になっている技術だ。

魔術を分解して魔力に変換することも、
魔力を奪って吸収することも出来るからな。

それらを擬似的に再現できれば目的を達成することは難しくないように思える。

ただ、魔術を分解する技術は確立されているが、魔力を吸収する技術は確立されていないからな。

そのことも踏まえて考えなければならない。

複雑な理論を考えてはいけないということだ。

汎用性がなければ実験が完成したとは言えないからな。

俺だけが使える魔術ではなくて、黒柳達も使える魔術でなければ意味がない。

決して研究を盗みに来たわけではないからだ。

協力すると宣言した以上は黒柳達が使える魔術を構築しなければならないのは当然だ。

だからこそ考えるのは魔力に干渉する方法だけでいい。

それだけを実現する為の理論を頭の中で組み立てていく。

ここにある理論も間違いではないだろう。

大まかな道筋は黒柳の示した理論で間違いない。

ただ所々で矛盾が出るだけだ。

それらが問題ではあるのだが、致命的と言えるほどの欠点でもない。

黒柳の抱える問題を解決するために、頭の中で整理してみる。

どうすれば解決出来るのか?

目を閉じて深く黙考する。

そんな俺の行動を黒柳は静かに見つめていた。
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