8.撃破
「な、何かよく分かんないけど………」
みさえが、王ドラのいた所に座っている者を、ちらりと見やって言った。
「ちょっと形勢が、こっちへ傾いてきたのは確かなようだな。」
ひろしも、やや戸惑い気味ながらそう応じる。
敵を吹っ飛ばした文字群は、やがて巨大ノートの中へと、吸い込まれるように戻っていった。するとノートは元通りに小さくなり、王ドラ弐の手の中に戻った。王ドラ弐は、それをこともなげにかばんの中にしまう。
すげー、やるなー、とキッドたちが歓声を上げるのを聞きながら、トオルはドラメットに尋ねてみた。
「ドラメットさん、どうしても気になることがあるんですが………なぜパワーアップした王ドラさんが、僕とそっくりな姿をしてるんでしょう?顔や身体はともかく、服装まで似てるんです。」
「うーむ…」
ドラメットは、何やら考え込みながら顎をなでていたが、
「我が輩にもよくは分からないであーる。しかし、仮説を立てることはできるであーるよ。実は、あの薬は環境に非常に敏感で、場所によって効果が変わってしまうのであーる。恐らく春日部で飲んだことから…それに王ドラの心も関係しているであーるな。」
「心?」
「王ドラは、お主を女の子にしてしまったことについて、非常な責任を感じているはずであーる。そうした気持ちが薬に影響して、お主と同じ姿になってしまったのではないかと…我が輩は思うであーる。」
「………」
分かったような分からないようなややこしい説明を理解しようと、トオルは長くなった髪をかき上げた。ああもう、この髪うっとおしい。どうにかならないかな………。
「!………ガウガウ!!」
「どうした!?ドラニコフ。」
ドラニコフが突然吠え出したので、みんなが反射的に顔を上げた。
「………あ!」
みさえが叫ぶ。下の方からふわりと、浮かび上がってきたものがあったのだ。
先生と、母親たちだった。
「くそっ、また来やがったか。」
キッドが舌打ちして呟く。空気砲があれば、と心から思った。
「残念だったわね………吸血鬼は怪我や負傷からの回復能力が、とても早いの。これぐらいじゃくたばらないわよ……。」
風間ママが、少し笑って言った。その目は自分の息子の姿をしたものに、じっと注がれている。
「驚いたわ、トオルちゃんの姿になるなんて…とにかく消えてもらうわよ!」
その言葉と同時に、絨毯を取り囲む女性たち全員が、一斉に衝撃波を放った。かばんの中を相変わらずごそごそやっている、王ドラ弐に向けて………。
「うわ、また来たぞ!」
マタドーラがヒラリマントを振り回して叫んだ。
「…まったく、うるさいですね。」
ボシュンッ!
「!?」
またしても、一同唖然となった。
今度は絨毯の周りを囲むようにして、巨大な盾がいくつも、空中に出現したからだ。
いや、それはよく見ると………
消しゴムだった。
「う、嘘だろ?」
マタドーラは目の前の光景に目を疑った。でっかいいくつもの消しゴムが、放たれた衝撃波を全て打ち消してしまったのだから…。
「そ、そんな…」
風間ママも、さすがに呆然としている。
「…お前、ほんとにすげえな。すげえけど……………何で武器が、勉強道具?」
キッドの的確な質問であったが、王ドラ弐なる少年の返答は実にそっけないものであった。
「僕が秀才だからです。」
「それだけの理由で?ていうかぬんちゃくは使わないのか、ぬんちゃくは。お前のトレードマークだろーがよ。」
「さあ。」
「また生返事かてめー!」
「くっ、こうなったら仕方ないわ。肉弾戦よ!」
まつざか先生の合図と共に、敵が一斉に襲いかかってきた。
しかしその瞬間に生まれた隙を、ドラメットは見逃さなかった。
「それっ!」
絨毯が風のように動き(シロは危うく転げ落ちるところだった)、先生たちの間をすり抜けて包囲網を突破し、逃避行ならぬ逃飛行を開始した。
「しっかり捕まっているであーるよ!」
ドラメットの声がする。トオルは長い髪が邪魔をして視界を遮られ、色々と悪戦苦闘していた。
「ああもう、これ………やだ!」
「逃がさないわよ!待ちなさい!!」
風間親子の声が重なった。
「そんなスピード、すぐに追いつけるわ!!」
確かに、彼女らの飛ぶスピードは予想以上に速かった。ドラメットが精一杯頑張っているのにもかかわらず、もうネネママの手が絨毯にかかりそうだ。
それを見た王ドラ弐が立ち上がり、かばんに手を突っ込んで何かを引っ張り出した。
「…ものさし?」
30センチのものさしだ。こんなもので、どうしようと言うのか?
「…必殺。」
王ドラ弐が呟いた、次の瞬間。
ヒュンッ、バキッ!
「がっ………!」
風間ママは、激痛にうめいた。ものさしで、胸元を叩かれただけだと思ったのに……何なのこれは!?
バキッ!バキッ!!
他の女性たちも、次々とものさし攻撃の餌食になってひるんだ。
「い…痛い。何をしたの?」
「…僕の『ものさしソード』に触れた者は、ただでは済みませんよ。」
「ものさしソードぉ!?」
真面目な顔で言う王ドラ弐を前に、キッドはもう笑い出しそうになっていた。なんてふざけた奴だ、勉強道具を全て武器にしてしまうとは!
まあ、強いからいいのだが………。
ピコーンピコーンピコーン!
「んん?何だ!?」
王ドラ弐の身体のどこかから、警報みたいな音が響いてきた。
「…どうやら、もうすぐ時間切れのようです。そろそろとどめをさしますか。」
それを聞いて、トオルが慌てて王ドラ弐にしがみついた。
「王ドラさん(ですよね?)、ママたちを殺したりしないで下さい!お願いします!」
どうやら王ドラ弐は、オリジナルと違って女の子アレルギー(?)ではないらしい。トオルに対してこくりとうなずいただけで、ひょいと絨毯の上から、先生たち目がけて飛びかかった。
「く…」
先生たちが身構えようとするが、王ドラ弐の動きの方が速い。かばんから、もう何かを取り出しかけている。
「何が出るんだ?シャーペンか!?」
「いや、多分分度器だ!!」
「どっちにしてもしょぼいですね。」
大騒ぎしているキッドたちを尻目に、王ドラが取り出したのは………。
「アチョーッ!」
「最後にぬんちゃく出たー!!!(やっぱこいつ王ドラだったんだ!!)」
バシバシバシッ!
「きゃああ!」
王ドラ得意のぬんちゃく攻撃を食らい、ネネママたちは飛行能力を失って落下し始めた。
「あ、いけない!」
みさえが叫んだが………。
心配は無用だった。
「くそ…これを使うことになるなんて……!」
よしなが先生が舌打ちし、ポケットから取り出した何かを空中に投げた。
ボンッ!
「何っ!?」
キッドが目を見開いたのも無理はない。何かが爆発した所に、巨大な円盤みたいなものが浮かんでいたからだ。たちまちのうちに、先生と母親たちの身体がそこへ着地する。
よしなが先生が、悔しげに言った。
「覚えてらっしゃい!このままじゃ済まさないわよ!!もちろん風間くんや、しんちゃんたちもね!!」
「先生、本当にどうしちゃったんですか?元に戻って下さい!」
トオルが必死に呼びかけたが、よしなが先生の表情は変わらなかった。
「ふん、私たちを戻したいのなら、あそこを潰してみなさい。」
「!?」
よしなが先生の指差す方向を見て、トオルと野原一家は仰天した。春日部の中心に、つい最近まではなかったはずのものがそびえていたからだ。
巨大な塔。
一言で表せばそうなるが、何だか嫌に金属質の輝きを放っていて、ほっそりした流麗な形で、現代にそぐわない感じの建物だ。未来の建物のような印象を与える。
「何あれ?」
ドラリーニョが素っ頓狂な声を上げる。
「あそこには、吸血鬼四天王の方々がいらっしゃるわ。私たちに捕まるのが嫌なら、彼らを倒すことね。………ま、無理でしょうけど。」
「な、何だとぉ?」
「じゃあ、また今度ね♪」
そう言って、どう操縦しているのか、よしなが先生は気絶した仲間をつれ、円盤を飛ばして塔のある方向へと消えてしまった。
「…なんかよく、分からねえが。」
しばしの沈黙の後、キッドがやや低い声で言った。
「要は助かりたかったら、あのでっかい塔に殴り込みにいけってことか。」
「そのようであーるな。」
ドラメットがそう答えた時、
ボシュッ!
という音と共に、王ドラ弐の周りから煙が上がった。
いや、もう王ドラ弐ではない。
「う〜ん…何があったんですかあ?」
オレンジ色の身体に中国服のネコ型ロボットに戻った王ドラが、絨毯から身を起こしてぼんやりした声を出した。
「どうしたんですかって………お前ドラリーニョじゃあるまいし、さっきのこと覚えてねーの?」
「さっき?私、何かしたんですか?」
「………」
どうやら変身中のことは、当人の記憶に残らないようだ。
さっきまでの一連の出来事を聞かされて、王ドラは心底驚いた。
「そうですか…まさか私が、そんな力を……」
「でもカッコよかったゾ!」
「たやーい!!」
しんのすけとひまわりにおだてられ、王ドラは顔を赤くした。照れ屋さんなのである。
「四天王って言ってたけど………かなり強いんでしょうね。大丈夫かしら?」
不安げなみさえに、ドラメットが励ますように言った。
「まあまあ、そんなに心配しない方がいいであーるよ。…おお、そうだ、この薬を皆に渡しておくであーる。いざという時に飲むであーるよ。」
「まじで?」
「わーい!!」
こうして王ドラを除く、ドラえもんズのメンバー全員が、ドラメットの薬を四次元ポケットや四次元ハット、四次元マフラーにしまうことになった。マタドーラはすぐにでも試してみたそうだったが、王ドラににらまれてやめておくことにした。
「あー、オレなんか眠くなってきたぜ。シェスタシェスタ………。」
「オラもー………ところでシェスタって何?」
お寝坊なこの二人、誰も何も言わないうちに、絨毯の上でさっさと眠りについてしまった。それを呆れて見つめる一同だったが、
「まったく幸せな奴らじゃな………でももう我々も、眠った方がよさそうであーる。」
「そうですね、でもここじゃ敵の的ですよ。どこか安全な場所へ、移動しましょう。」
というわけで、みんながやって来たのは春日部山であった。
安全かどうかは微妙だが、少なくとも町中よりは敵の目も少ないだろうというわけだ。色々と疲れていたトオルたちは、驚くほどあっという間に眠りの中へと引き込まれていった。
明日から、命をかけた戦いが始まることを、うすうす予感しながら………。
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